01:どこの誰
誰だって小さなころから、自分がこの世界にとって特別な存在であることに憧れを抱いている。記憶を遡れば、戦隊物の登場人物になりきっていたり、ごっこ遊びをする時だって何だかんだ理由をつけて個々人がそれぞれ特別で最強の存在になりきっていた。少しばかり年齢が上がれば、今度は漫画やアニメの主人公になることを想像したり、寧ろ自分がその作品の中でありえないチートを持った味方や敵方、或いは第三勢力になることを、退屈な授業中に思い浮かべるのだ。
しかし、あと少しだけ。ほんの少しだけ年を取るだけで、思い知らされるのだ。
特別な存在って、何?
才能って、何?
誰が自分を認めてくれるの?
自分が今ここにいる意味は?
自分って、何?
今日も退屈な授業中に、黒板をぼーっと見つめながらそんな思考が頭を掠める。握られたシャープペンシルは昨日買ったばかりの新品で、世間一般的には使いやすいと言われ、皆がこぞって文具店に出向いてまで探す種類だ。しかし、筆圧の高い自分にはむしろ使い辛く、これなら昨日まで使っていた物の方が遥かに使い易い。無駄遣いをしてしまったと、心底後悔したのが今日の一限目の初め。
今はもう太陽は真上を過ぎた午後二時で、学生食堂で無理矢理胃に詰め込まれた無駄に量の多いお昼ご飯達はもうとっくに消化を始め、丁度眠気のピークを迎えている。
この高校に入学してから既に半年が経とうとしていた。別段、容姿も性格も成績も他の何に至っても飛び抜けたものがない自分は、平々凡々とこの青春時代の真っ只中で、ただただ日付だけを更新していっている。運動や芸術に興味がないため、当然の如く帰宅部。バイトをする気にもなれず、家でごろごろと無駄な時間を過ごす。そんな自分に親は特に口は出してこない。なんせ、平凡に過ごしているからだ。問題も起こさなければ結果を残すこともない。
今日もいつもと同じように家に帰り、靴を玄関に脱ぎ捨て制服から部屋着へと着替える。少しだけ袖の伸びてしまったパーカーは指先が少し出るだけで、それがたまにうざったい時もあるが今の涼しい季節を過ごすには勝手が良い。
小腹が空いたので自室から階段を下りてリビングに行き、棚の中からスナック菓子を取り出す。これくらいなら成長期だし、夕飯を食べる前でも問題ないだろう。何だかんだ理由をつけて、少しだけ気分を高揚させながら、また自室に戻る。使い慣れた扉を開いて、閉じた。
「・・・え、なに、お前。」
「・・・・・は?」
ついさっきまで自分の部屋にあったベッドやタンス、テレビやテーブルを頭の中に思い描いて扉を開けた。しかし、今目の前に広がっている景色はどこをどう見たって、ついさっき制服から部屋着に着替えた部屋ではない。もくもくと湯気が立ち上り、かけていた眼鏡を若干曇らす。
そして一番問題なのが、目の前に現れたその人物。長身で長い手足に筋肉隆々とした体つき。だが、どこか儚さのあるその肢体は水に濡れて半端ではなく妖美な印象を受ける。たとえるなら、どこか西洋の男性グラビアのような体つきだ。
・・・え?西洋?
そこまで思考を巡らせたときに、初めて自分の状況を理解した。
「は!!?な、えっ、ちょ・・・・ここどこ!!??」
自分の素っ頓狂な声が家庭用にしては大きすぎる浴室にこだまする。急いで逃げる様にバッと振り返り、自分が入ってきたドアを開こうとした。
「ちょっとまて。」
その瞬間、裸体男に部屋着のフードをつかまれぐいっと手繰り寄せられた。鳶色の瞳は自分に敵意をむき出しにし、少しでも抵抗すれば息の根を止められそうな勢いである。今にも叫びだしたい声帯をギュッと抑えて、口をパクパクさせながらその瞳を必死に見つめ返す。
「てめぇどこのどいつだ。そんなアホみたいな格好しやがって。」
「いや、あの、自分でもこの状況がさっぱりで・・・」
「そなこと聞いてねんだよ、お前はどこのどいつだと聞いてる。」
さっきよりもさらに強い力でフードを引っ張られ、急に息が苦しくなった。大きく後ろに倒れそうになったが、なんとか裸体男の腕に支えられて体制を保つ。
「みっ、観鈴!観鈴真琴!!菅野第4高校1年5組32番です!!!」
必死になって自分の名前と所属を叫ぶ。しかしそれを聞いた張本人は、まるで呪文でも聞いているかのような困惑した表情でこちらを見るばかりであった。
「ミスズ、マコト?すが・・・なんだその隊名は?」
「た、隊名・・・?いや、隊とかじゃなく・・・」
「ていうかお前、ここら辺の出身じゃねえな、そのかお顔付きみてると」
鳶色の瞳は、また自分をじっと捕らえる。しかし先程のようなギラギラとした敵意を向けるわけではなく、好奇心と疑心の入り交じった、なんとも表現し難い目で、こちらを見つめていた。
ていうかそもそも、ここはどこだ?なんで自分の部屋を開けたらそこに真っ裸の男が風呂から上がりたてでホカホカしながら自分の体をふいている?
いや、むしろその前に・・・
「あ、あの・・・なんで、驚かない、んですか・・・?」
さも平然と、ここに誰かが来ることを分かっていたような身振りであった。どこの誰だと問い詰められはしたが、至って平然で取り乱した様子は全くなかった。そのせいか、自分自身も未だこの状況下で暴れだしたりはしていない。まぁフード掴まれて牽制されてればそんな気も起きないけど。
いや、待て。
普通風呂上がりに誰か・・・例えば親が入ってきたとしても、普通だったら驚くもんじゃないのか・・・?
「別に、一々驚いてたら拉致あかねえだろ。そんな時間があったら着替えてる。」
「あっ!・・・いつのまに・・・」
モヤモヤと考えを巡らせている間にも、目の前の裸体男は裸体男ではなくなっていた。高そうなシルクのシャツを身にまとい、ボトムは何だか強そうな 濃紺色。形容するのは得意ではないが、なんというか・・・・
腕利きの、上司?
「どうせまたレインの転生魔法だろ。あいつ、よそから何でもこっちに持ち込もうとしやがるから。」
「よ、そ?・・・こっちって・・・」
まるで隣近所の話でもしているかのように、淡々と現状を理解しているであろう口調に、自分の粗末な思考回路は寸断してしまいそうだった。
ん?
この人今
転生、魔法と
「だから、お前は多分別の世界の住民だろ。」
「・・・あの、こちらは、どこぞの国なのでしょう・・・?」
「ラバラン。」
「ラババン?」
「ちげえよボケ。シャスティーナ大陸の真南、ラバラン王国だ。」
お母様、お父様、今日の夕飯はきっと肉じゃがだろうと期待していたのがつい5分前。
自分は今、あなた方とは違う世界にいるようです。パーカーと、スウェットで。