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■加藤玉美編(壱)

「――どう? 竜之介は私達の事を思い出したかにゃ?」


 蛍は心配そうな表情で姫野に話し掛ける。


「いや……残念だが、相変わらず竜之介に変化はない」


 隊長達が集う休憩室。姫野は蛍の問いに応えられない辛さを静かに目を伏せる事で表現した。秀光に襲われ、死の淵に叩き落とされた竜之介。なんとか一命を取り止めたものの、その後も各隊長の事を思い出せずにいた。


「全く、神様の悪戯にも困ったもんさね。まさか私達との記憶を持っていってしまうなんてさね」


「それに加え……竜之介は『剣士の魂』さえも失ってしまった。……玄真様は暫く静観するとは言っていたが」


 竜之介は隊長達の記憶を失っただけで無く、最悪な事に宗政、長信、天竜と共に修行して得た剣術を全て忘れているのであった。


「そうにゃ、そのせいでこっちの方にも影響が出てしまったにゃ……」


「……玉美か」

 

「せっかく本当の自分を取り戻したというのに、竜之介があんな風になってしまって……可哀想さね」


「……玉美が此処を離れ、まさか自分の部屋に引き込もってしまうとはな……今でも信じられない」


「縁日でたこやきを竜之介と一緒に焼くって……楽しみにしてたのににゃあ。どうしてこんな事になってしまったのかにゃ……」


 蛍は深い溜息を吐きながら、頭を机に突っ伏した。






「――ま、待ってくれ親父! それじゃあ玉美があまりにも可哀想だ!」


 玉美の父親――正清は、大きなモニタを前にして通信相手に向かって反論する。


「正清よ、暫く見ない内に随分軟弱な男になり下がったな……」


 正清の父親は正清の反論を一瞥しながら一蹴した。その目は画面越しに見ても冷ややかで威圧感のあるもであった。


「そ、そうじゃない、何故今なんだ? どうして玉美を今、前田組に差し出さなければいけないっ!?」


「愚問だな……お前も分かっておろう? 後日開かれる縁日の場所決めをする為に行われる試合の事を」


「親父……まさか『松』を得る為だけに玉美を?」


 縁日の場所決めは、各組が公平に良い場所を得る為、『試合』を行って場所を決める手段をとっている。そのランクは「松」、「竹」、「梅」で表現しており、最も良い場所は「松」と呼ばれている。


「正清よ……今回だけはわしら加藤組の名を刻む為に、如何にしても『松』を獲得せねばならぬのだ」


「唯一、頼みの山本がその様な姿では、もはや前田組と組むしかない……そうであろう? なぁ、正清よ」


 正清は思わず振り返って後ろで頭を下げ立ち尽くす山本を見た。この試合に出場する筈であった山本は、不慮の事故に遭い、右手を負傷している状態だったのだ。


「……すみません、おやっさん、俺が油断していたばかりに――」


 山本が謝罪を述べている最中、モニタ越しに聞こえてくる低い声がそれを打ち消した。


「それにだな、この件については、玉美が既に了承しておる。お前に似ず、よほど物分かりの良い娘で何よりだ、フフフフ」


「――な! そんな!? 玉美が!?」


 愕然とする正清。その様を見た山本は踵を返し、部屋を飛び出した。向かう先は――玉美の自室であった。勢いに任せてドアを力強くノックする。


「お、お嬢! 山本です! 部屋に入らしてもらいます!」


 中に玉美がいる事は分かっている。とにかく今の自分の気持ちを伝えねば! その焦りからレバーも引かずにドアを開けようとした山本は勢いよく跳ね返され、よろけてしまう。再びレバーを引いて部屋の中に入るとベットの上で半身を起こし、口を閉ざしたまま、窓から外の景色をぼうっと見ている玉美の横顔が目に入った。


「……山本? その山本が私に何か用ですの?」


 玉美は、以前自分を偽っていた口調で静かに話し掛けてきた。


「お、お嬢その口調は!?」


 動揺した山本はその場で立ち尽してしまう。その反応に今度は玉美の顔が引き攣ると同時に眉が吊り上がった。


「何?……この口調が気に入らないのですか? では――私に何か用か? 山本、あるなら言ってみろよ……」


「……お嬢」


 今度は本当の自分を出す玉美。だが、良く見ればその両肩は小刻みに震えている。やがて半笑いしながら山本を見据えた。


「ねえ? 山本、どっちが本当の私なのかしら? もう、何がなんだか、私には分からなくなっちまったんだよ……教えてくださいな……」


 きゅっと口を噛みしめた後、玉美は少しだけ本音を漏らす。


「本当の自分に気付かせてくれたのは竜之介だったのに……私にはあいつしかいなかったのに……」


「竜之介がやっと目覚めて直ぐに私が駆け寄って話し掛けた時、あいつは私に何て言ったと思う?」


「…………」


 山本は何も答えない。否、答えられないのだ。やがて震える声で、耳に入れたくない言葉が飛び込んできた。


「『貴方は一体誰なんですか?』だとさ……まるで空気を見る様に私を……私を見て……」


「だ、だからといって、お嬢が前田組に行く必要なんか全然ありゃしませんぜ!? どうか、考え直してください!」


 一瞬二人の間に沈黙が訪れ、やがて玉美は静かに首を横に振った。


「山本、これは天罰なのです。 私が秀光に加担したばかりに……その報いを受けろと神様が嘲笑っているんだよ……」


「そ、そんな事はありません! 竜之介ともう一度会って、話せばきっと――」


「嫌っ!」


「私はあの、『他人を見る』様な竜之介と目を合わしたくはないのです! っていうか、もう何もかもどうでもいいんだよっ! 放っておいてくれ!」


「だからお願い――山本、これ以上、私を……苦しめないで、頼むよ……あは、あはははは」


 二つの言葉が入り混じりる度に、山本の心は痛んだ。目の前で自暴自棄に陥った玉美を見せられた山本はこれでもかという位、奥歯を噛みしめ、口の中で滲み出た血をぐっと飲み込んだ。


「……すみませんでした、お嬢、これで失礼しやす」


 そのまま退室する。少し歩いた所でふと立ち止まり、横の壁を力一杯殴った。


「う、うおおおおおおおおっ!」


 山本の咆哮に子分達が驚いて部屋から慌てて飛び出してきた。

 

「ど、どうしやした兄貴!? 何かあったんですかい?」


「うるせえっ!」


「ひいいっ!」


 怒りを子分にまき散らす山本。子分達はどうしていいか分からず、ただ周りでおろおろするばかりであった。息を荒くした山本は一人の子分の胸倉を掴むといきなり大きな声でとんでもない事を言い放つ。


「おい、えめえら! さっさと表に車を回せえっ! 今から竜之介を拉致るぞ!」


「え? へっ、へいっ! 分かりやしたあっ!」


 理由も分からない子分が、命令されるがまま弾丸の如く、車を停めている方へと飛び出していった。


「くそがあっ! 竜之介えっ、てめええっ! てめえええっ!」


 山本は言葉にならない怒りを何度も繰り返しながら、叫び続けた。



 



「……俺は何故、此処にいるんだ?」


 「剣士の丘」と呼ばれる場所で、聞き覚えはあるが、実感の無い名前が刻んである墓を目の前にして竜之介は何をする訳でも無くただ、座り込んでいた。

 

「俺は……この人達に敵討ちを頼まれて……って、敵討ち? この俺が? 一体どうやって戦ってきたんだ? そもそも棋将武隊だなんて、俺には場違いもいいとこじゃないか!」


「元治に聞いても『今は気にすんなや』で終わりだし、周りの人達は訝しそうな視線を向けてくるし……」


 隊の者達が異様な視線を竜之介に向けるのも無理は無い。これまで一番目立っていた棋将武隊の風雲児が今、全ての力を失って、毎日呆然と突っ立っているのだ。その姿を見た隊の者達は、実力が伴わないのであれば「と成」の地位を剥奪するべきだ。と、不満を口に出し始めていた。


「あれから何も思い出せない、俺はこれからどうすれば――うわっ!」


 突然、竜之介の目の前が真っ暗になり、何か大き目な袋に閉じ込められたかと思うと、もの凄い力で上に押しあげられてしまった。


「よし、竜之介の捕獲完了! 速やかに撤収するぞ!」


「な、何だお前等!? 俺をどうする――」


 外側から聞こえる声に、話し掛ける竜之介であったが、直ぐに霧のような液体が袋の中に充満し始める。やがて竜之介の意思が朦朧とし始めた時、一瞬ではあったが、依然自分が拉致された記憶が脳裏を翳めた。


「あ……あれ? 俺は以前この場面をどこかで…………」


 だが、残念な事に、思い出す前よりも先に竜之介の意識は深い眠りに誘われ、そのまま途絶えてしまった。


「えっほ! えっほ!」


 軽快な子分の掛け声と共に、正門を通過しようとしたが、門番に「一寸お待ちください!」と、その足を止められる。大きな袋を抱えた山本達は、門番の方へとゆっくり顔を向けた。


「――わしらに何か用ですか?」


 探る様に問い掛ける山本。


「いえ、その、急に玉美様が姿を見せなくなられましたもので、私共はとても心配しております。その後、玉美様はご健勝であられますでしょうか?」


 自分達に害の無い質問に安堵した山本は、ごく当たり前の返事をし始めた。


「……心配しないで下さい。お嬢様は少しお疲れになっただけで、何も問題ありません」


「そうですか、それを聞いて私達も安心しました。お早いお戻りを心よりお待ちしておりますと、玉美様にお伝えください」


「わざわざ有難うございます。必ずお伝えします……では」


 最後の難関をクリアした山本は早々と石段を駆け下りて、袋を無造作にトランクの中へ放り込んだ。


「――よし、屋敷へ戻るぞ」


「へいっ! 兄貴っ!」


 黒塗りの車は、車輪から砂煙を巻き上げながら、猛スピードで拠点から離れて行った。 






「……出せ」


「へいっ!」


 まるで網に掛かった大漁の魚を放り出す様に、袋から竜之介が姿を現した。床に叩きつけられた竜之介は、頭を摩りながらぼーっと辺りを見回し始めた。


「うーん……あれ? 此処は……?」


「よう、久しぶりだな、竜之介。一応聞いておく。この俺を見て何か思い出したか?」


 山本は「もしかすると……」という期待を少しだけ抱きながら竜之介に話掛けたが、目の前のサングラス男に竜之介は全く見覚えの無いといった反応を見せた。


「な、何なんだ、お前等!? 俺をいきなりさらってこんな所に連れてきやがって!」


「……その様子じゃあ、何も分かってない様だな。竜之介、此処から出たけりゃ、自慢の剣を抜いて掛かってこいよ?」


 更に確かめる様に山本は言葉を重ねた。本能なのだろうか、竜之介は一瞬だけ戦具ポケットにある鍔に手が動いたが、直ぐにぴたりと止まってしまった。


「おお、やってやるとも! って自慢の剣って……?」


「ふん、お嬢を変えた頼もしい白馬の王子様とやらは何時の間にやら只の腑抜けになっていやがったと……」


「白馬の王子……お嬢?」


「その……てめえの『何も知りません』って顔、俺は……俺はなぁ……」


 記憶を失っているのなら仕方が無い、仕方が無いんだと自分を無理やり納得させていた山本であったが、竜之介の余りにも忘却した顔を見て、それが玉美の悲しそうにしている顔と重なり、怒りが一気に爆発した。


「すっげえムカつくんだよ! この大馬鹿野郎がああっ!」


 山本の拳が竜之介の腹を突き上げる。


「――がはっ!」


「今のは……俺がムカついた分、これは――」


「お嬢の分だっ!」


 直ぐ様、拳が同じ軌道を辿りながら竜之介の腹を突き上げた。


「ぐはあっ!」


「すげえ、兄貴がマジになって素人を殴るなんて、おりゃあ、初めて見たぜ……!」


 止めに入ろうとした子分達は山本が今まで見せた事のない怒り方に動揺し、体が思うように動かなかった。


「はあっ、ふうっ、はあっ、いいかあっ! てめえ! 竜之介ええっ!」


「え? な、なん……で? 何で今俺は、殴られたんだ?」


 記憶を失っている竜之介の反応は正しいものだった。だが、それでも山本は認める事が出来ず、感情を爆発させ続けた。


「今のお前がどうかなんて、そんな事知ったこっちゃねえ!」


「俺に……俺に、お嬢のあんな顔を見せさせやがってええっ!」


「それが、それが! それが! それが! それがああっ!」


「俺の体が真剣で真っ二つにされる位、いや、そんなもんじゃねえ! それ以上、それ以上に――」


「『此処』が死ぬほど痛んだんよ……てめえ、分かってのかよ、クソ野郎がぁ……」


 分かる筈はない。そう山本はちゃんと理解している。だが、玉美の悲しい顔がそれを一瞬にして掻き消す。それは山本にとって鉛の弾丸が自分の体に撃ち込まれる事よりも遥かに辛く、苦しいものであったのだ。


「ううう……、このグラサン野郎が、訳の分からない事を言いながら、何度も何度も俺を殴りやがって……」


「俺はグラサン野郎じゃない……」


 怒りを爆発させ、落ち着きを取り戻した山本は片手を静かにサングラスへと伸ばした。


「竜之介、『もう一度だけ』名乗ってやる、俺は山本だ。良く覚えとけ」


 サングラスを外した山本の眼は何かを決意していた。


「山本……さん」


「それと――お前が絶対に思い出さなきゃならねえ『お方』がいる、俺はそれをてめえに必ず思い出させてやる」


 一瞬玉美の笑顔が頭に浮かんだ山本は、動揺した自分の顔を見られない様、慌ててサングラスを掛け直した。


「思いださなきゃいけないお方……?」


「そ、そうだ。だからお前は今日から俺の弟子だ。俺の奥義を叩き込み、後日行われる組同士の試合に出場して貰う」


「え? し、試合って今の俺はまともに戦えないぜ?」


 竜之介の情けない発言に思わず苦笑した山本はゆっくりと背広の中に手を忍ばせる。


「竜之介、俺の事はこれから『師匠』と呼べ……いいな?」


「う……はい、師匠」


 押し殺す様な威圧感に迫力負けした竜之介は思わず了承してしまった。


「いいか竜之介、俺達の試合はこいつでやるんだ……」


「し、師匠、それって――!」


「おおよ、俺達の試合は、『たこ焼き』勝負だ」


 取り出した山本の指と指の間には鋭く光を放つ「千枚通」が握られていたのだった。


「えええっ!? たこ焼き勝負!?」


「どっちにしてもお前とは以前、たこ焼きの修行をする約束をしてたんだ、竜之介、腹を括りな……」


 山本は片手で千枚通を起用に波立たせて、掌を広げると、不敵に笑いながら針先を竜之介に向けるのであった。 


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