■豊臣音々編(伍)
「おーぃ、竜やん! 悪い、悪い、遅くなってしもうた!」
遠くから元治の声が聞こえる。こちらに向かってくる元治を見た竜之介はその異変に直ぐ気付いた。
「元治、どうした? 何かあったのか?」
「いやあ、ちょっとばかし狐狩りにいとんたんじゃ」
「狐狩り? 何を分からない事を言ってるんだ?」
「まぁ、気にすんな。ところで竜やん、秀光の首は無しになったで。もう心配せんでええ」
「……秀光の首は無し? それって、一体どういう事だ?」
「んー、しいて言えば竜やんの身の潔白が直に証明されるってことじゃ」
「成程……って、全く理解出来ないんだが」
「そうなり、ちゃんと説明するなり、阿保猿」
竜之介と同じ様に音々も事態が飲み込めてはいなかった。ボロボロになって表れた元治を見ながら怪訝そうな顔をしてみせた。
「阿保猿言うなや、ほんま、見た目に似合わず口が悪い女じゃのう……」
「それは悪かったなりね――ん? 見た目に似合わず?」
「まぁ、ちょっと訳があって言えんのじゃ。細かい事は置いといて、戻れば状況が一転しとる筈じゃけえ一緒に行こうや!」
「ああ。分かった。それなら戻ってみるか」
「おう!」
「――ちょいと待った!」
竜之介がほっとしたの束の間。転送準備をしていた美柑が慌てて三人を引き留めた。
「何じゃ? 黒田美柑、わしらに何か用か?」
「いやー。竜之介の無実が証明される事はとてもいい事だとは思うんだけどよ……」
「そのー何だ、もう、行っちまったつーか、何つーか」
しどろもどろな物言いで、口に咥えた煙草を上下に揺らす。
「何じゃ? ハッキリ言わんかい!」
「それがよ、竜之介を助けようとして、勇み足で向こう側に行っちまった奴らがいてな――」
竜之介達は美柑から、竜之介を救う為、隊長達が全員先に乗り込んだという事実を聞かされ、唖然としてしまった。
「何じゃとっ!? 残りの隊長達が全員チェス界に行ってしまっただと!?」
「あ、あいつらとんでもなく余計な事をしてくれたなりね……」
眉を歪めながら「うー」と音々は唸っている。
「どうする? 竜やん?」
「皆、俺を助けたい一心で動いてくれたんだ。それに長信さんとの約束もあるし――俺は行くよ!」
「元治はその様子じゃ、戦えないだろうから此処に残ってくれ」
竜之介が言うのも無理は無い。元治は歩く事さえ困難な状態で、本人は気丈に振る舞っているものの、その両足はがくがくと震えていた。
「竜之介! 私は絶対付いていくからなりねっ!」
「ああ。有難うな、音々」
「――はうっ! そんなのあたり前なり……よ」
「ま、待て待て待てい! 竜やん、当然わしも行くぜ!」
納得のいかない元治が二人の世界に割って入ってきた。
「はぁっ? 一度鏡で自分を見て来ると言いなり。そんな状態じゃ私達の足手纏いでしかならないなりよ。手負い猿」
「うう……煩いんじゃ! こんな怪我どうって事ないわいっ! ほれ! この通りピンピンじゃああっ!」
「その作り笑顔、何だか薄気味が悪いなりね……まぁ、いいなり」
音々が訝しそうな顔を見せて竜之介の方へ視線を向けた瞬間、元治も背を向けて悶絶し始めた。
「うう……ものすっごく痛いぃいい」
*元治、そんな痩せ我慢しなくても……いい子して留守番しといた方がいいと思うけど*
薄羽がそうしようもない性格の元治を見て溜息交じりに声を掛けた。
「ええんじゃ、わしは行くと決めたら絶対行くんじゃっ!」
*あーあ、どうなっても私は知らないからね*
結局、どうにもならないと薄羽は「駄目だこりゃ」の仕草をしてみせる。
「んじゃ、お前達頑張ってきな!」
「ああ。じゃあ美柑さん行ってきます」
「お土産は向こうの特産物でいいからな!」
「美柑さん……観光旅行じゃあないんだから……」
呆れ顔をする竜之介。
「よっしゃああっ! んじゃ、いってらっしゃい!」
三人を転送ゲートに立たせると、美柑は直ぐに転送を開始する。眩い光に包まれた三人はやがてその姿が見えなくなってしまった。
「――と、いう訳だ。唯」
「うむ。流石我が弟。いい根性をしているねえ」
美柑は元治が手負いながらも竜之介達に着いていった迄を伝える。
「っていうか、そいつら皆、口から泡を噴いてるけど、死んでるんじゃないだろうな?」
美柑は椅子に拘束されたまま、ぐったりしている数人の男達を同情の目をしながら見つめていた。この男達が唯の手によってどんな拷問にあっていたのかと思うと、美柑は背筋が凍る感覚を覚えた。
「――ああ。大丈夫だ。私はとても優しい性格だからな。殺してはいないさ」
気のせいだろうか、にっこりと微笑む唯の顔が一瞬、死神に見えた。
「っていうか、お前の弟、何何だよ。竜之介にべったりだぜ? あいつそういう趣味でも持ってるのか?」
からかい半分で唯の反応を伺った美柑は、心が激しく揺らいだ。姉としての顔を見せた唯は急に声を落し、静かに語り始めたのだ。
「ふ。ちょっと誤解してるぞ美柑。そういうんじゃないのだよ。元治は……あの子は――」
「『同じ目』に遭って欲しくないのだろうねえ、自分を通して竜之介を守りたいんだよ」
「同じ目って……そりゃあそういう意味だ?」
何かを語ろうとする唯に美柑は引き込まれ始めた。
「ふむ……頃合いか。美柑には話しておこうか、我が弟、元治は……あの子は――」
「――本当の弟ではないのだ」
その言葉に美柑は頭の中が真っ白になってしまった。自分の頭を一回殴ってなんとか言葉を出した。
「な、本当かよ!? 唯、いきなり何つうカミングアウトをぶっぱなしやがる!?」
「元治は豪雨の日、雷の音と共に我が家にやってきたのだ……」
淡々と元治の過去を語り始める唯。美柑は自分の耳をしっかりと傾けた。
「な、何と大きな音だ! 見ろ! 裏山が燃えているぞ!」
毛利家の屋敷の裏手は広い森へと繋がっている。その日は豪雨で時折、雨の音に交じって雷鳴が刻まれていたが、その中でも今、一番大きな雷が落ちて裏手の木が燃え始めたのだ。
「唯様! 今、外に出ては危険です! お戻りを!」
幼い唯は何かを感じ取ったのか、家来が制止する手を振り切り、勢いよく外へ飛び出す。激しく燃え盛る木に向かって走ると、その真下で目が鋭く、灰色で爪が異様に長い獣が唸り声を上げながら、唯を睨み付けた。
「大っきな犬さんだ……!」
唯の後を追って来た当主の毛利就元が目の前にいる人外の生き物を見て危険を察知し、唯に向かって慌てて叫んだ。
「唯! 下がれ! そいつは雷獣じゃ! おのれえっ! 今の雷鳴と共に下界に落ちて来たかっ!?」
「待って、父様! 犬さんの口元を見て!」
唯はその雷獣を冷静に見ていた。何とその雷獣は口に赤子を咥えているではないか。
「むぅ!? あれは赤子かっ!? 何故に!?」
雷獣は咥えた赤ん坊をゆっくりと地面に降ろすとじっと就元に何かを訴える様にして見つめる。
「お前……まさかこれをわしに委ねると言っているのか!?」
「――という事は、唯の弟だ! やったあ!」
ぱあっと唯の顔が雨の天気にも負けない位、晴れた。
「これも……神の思し召しというのか……しかし、こやつは我が毛利では受け入れ難い者なるぞ……」
だが、代々毛利家は氷属性の一族であり、別の属性を持つ者を受け入れるという事はその者が茨の道を歩まなければならない事を就元は理解していた。
「父様! お願いっ! この子を助けてあげて!」
「ぬうううう……」
赤ん坊は雨に濡れながらも、笑顔で手を翳している。苦渋の決断をした就元は雷獣から赤ん坊を受け入れたのだ。見届けた雷獣は一鳴きして、その場から立ち去っていった。
そして、就元が恐れていた事はごく当たり前の様に起こった。大きく育っていった元治は当然の如く氷を扱う事が出来ず、その事をしった者は毎日の様に嫌がらせをしてくるのであった。
「見ろよ! 拾われっ子じゃ! よそ者ー! お前なんかが毛利の名を名乗ってんじゃねえ!」
「ううう……わしは……わしは……毛利の者じゃ!」
唇を思わず噛みしめる。
「じゃったら、毛利の証、『氷属性』を使ってみせんかい! ほら、やってみい!」
服を強引に掴まれて引き裂かれる。
「お前等ぁ……さっきから言いたいこと言いやがって……」
怒りが頂点に達した元治の両手には激しい雷が迸り始めた。それを見せられた者達が恐れ叫びながら、一斉に元治から距離を取った。
「う、うわあああっ!」
「雷じゃ! 元治がまた雷を呼びやがった! 恐ろしい……! やっぱり元治は化けもんじゃあ!」
背後から石を投げつけられ、頭に鈍い音が響くと、生暖かい血が元治の頬を伝ってぽたぽたと流れ落ちた。
「なんだよ……何でわしゃあ、雷なんじゃ!?」
涙と血が交じって空しく地面に零れ落ちていった。
「我が弟よ、またそんなにボロボロになって……また虐められたのかい?」
「……別にそんなんじゃねえよ……」
「なぁ……何でわしゃあ、毛利の氷が扱えんのじゃ、何で掌から雷が迸るんじゃ? やっぱりわしゃあ化け物なんじゃ――!」
洗脳されるように毎日自分を化け物呼ばわりされていた元治は心のどこかで「もしや……」という感情が芽生え始めていた。その言葉を口に出した時、唯の顔が一気に怒りの表情を見せる。
「馬鹿な事を言うんじゃない! お前は正真正銘私の可愛い弟だ! 案ずるな、お前の『病気』はこの私が直してやるから!」
吐き出す言葉とは真逆に唯は元治をきゅっと抱きしめる。か細く白い手が優しく元治の頭を癒し始めた。
「……姉貴」
全身の力を抜いた元治は静かに瞼を閉じた。唯の声は元治のとって何時しか癒しの音に変わっていたのであった。
「我が弟、そんなに心配そうな顔をするな。私を信じてしばし眠るがいい。再び目を開けた時、お前を苦しめた忌々しい雷は消え去っている筈だ」
毛利家にある地下の研究施設で診察台に寝ている元治に向かって唯は優しく声を掛けた。その傍らには狂った科学者と言われている間戸から入手した「属性操作」の資料が置かれている。
「ああ……頼むぜ、姉貴……」
そのまま、元治の視界は天井の光に飲み込まれて行くのであった。
「――そんな訳で、我が弟のトラウマとなっている雷を私は取り除いてやったのだ」
「――あの間戸の属性操作を元治に施したっていうのか!?」
「そうだ。普通の人間なら実現不可能だっただろう。だが我が弟は違う。何と言っても雷獣の血を受け継いでるからねえ。この前刺された時も、本来なら死んでいても不思議ではない位の深い傷だったからねえ」
「……お前も間戸に引けを取らない、十分危険な奴だな」
「ふ。それは褒め言葉と受け取っておこう。――で、我が弟は竜之介の人外な殺気を感じ取った時、自分を投影して、何とかしてやりたいと思ったのさ……本当に優しい子だよ」
唯は懐かしむように目を細め、お茶の入ったカップを手に取り、ゆっくりと口を近づけた。




