■豊臣音々編(肆)
*唯様! 元治の様子はっ!?*
地下の研究室。ガラス張りの窓を境にして元治がベットの上で静かに眠っている。
「なんだい? 薄羽、我が弟がそんなに心配かい?」
*元治の力が急に無くなってきたのを感じて……それで水晶から出て見たらあんな事になってて……!*
薄羽が言った通り、元治が襲われてから直ぐにその異変を感じた薄羽が再び水晶から出た瞬間、目の前に元治が背中を刺されたまま石段で倒れているのを発見した。薄羽は瀕死状態の元治を血相を変えてなんとか唯の所まで運んで来たのであった。
「しかし……我が弟がこんな不覚を取るとは、珍しい事もあったものだ」
*か、感心している場合じゃないですよ! ゆ、唯さん、元治はちゃんと目覚めるんでしょうね!?*
「――さぁ、どうだかねえ」
*どうだかねえ――なんて、呑気な事を言っている場合じゃないですよ! 薄羽はこんなに心配しているんですよ!*
「落ち着き給え、薄羽」
「そうだぜ、薄羽。そいつは簡単にくたばる男じゃねえって」
地下のエレベーターのドアが開くと美柑が煙草の煙をくゆらせながら入って来た。
*み、美柑さん!*
「誰かと思えば美柑か。言っておくが、この部屋は禁煙である。遠慮してくれ給え」
「まぁまぁ、そんな固い事言うなって唯、そんな事より――」
「ふむ――今日だったかね、竜之介君の件」
「ああ。唯。お察しの通り上は相当騒がしくなってきてるぜ?」
「そりゃそうだろねえ。なんたって竜之介君が『処刑される日』だからねえ」
「原因は元治の報告書らしいが、当の本人がこんな有様になってるんだ。絶対裏で何かが動いてやがるぜ」
「そうだねえ。だから我が弟は表に出さずにそのまま『死んだ事にしている』からねえ。さてと美柑、流石に此処でのんびり雑談している余裕は無さそうだ。私達も早速動くとするか」
「にしし。唯、被害者が自分の弟だからってそう焦んなって」
「まあね。それにしても我が弟よ、油断し過ぎだ。目覚めたらきっちりお説教させて貰おうか……」
「それに……可愛い我が弟をこの様な目に合わせてくれた相手にもきっちりお礼もさせて貰わないとねえ……ふふふのふ」
「唯……お前目が怖いぞ。ほどほどにしとけよ……」
「風間竜之介、我が国を脅かす敵と判して、これより貴様を公開処刑する!」
広場の中央、隊の者に囲まれながら壇上の上に竜之介が拘束され、その脇には解釈人が刃を光らせながら立っていた。
「何度言ったら分かるんだ!? これは何かの間違いだ! 俺はもうチェスにはならない!」
「間違いなどでは無いっ! これを目にするがいいっ! これはお前の友でもある毛利元治が記した報告書だっ!」
その報告書には見慣れた字で『竜之介がチェス化する』といった内容が記されていた。納得がいかない竜之介は押さえられている首を無理やり動かした。
「も、元治が……? う、嘘だ! 元治は何処だっ!? 誰でもいい! 元治を此処に呼んで来てくれ!」
竜之介言葉を聞いた隊の者達は、気まずそうに竜之介から視線を逸らす。事態が理解出来ない竜之介は呆然としてしまった。その様を見た那賀が溜息を吐くように竜之介を一瞥した。
「――ん? お前の友か? 竜之介、私はここでお前にとても残念な報告をしなければならない」
「……残念な報告だと?」
「ふふふ。ああそうだった、今日まで暗い獄中で監禁されていたお前が知らぬのも当然の事か。お前の友――毛利殿は拠点の入り口付近で元金組と成、北条政司に背後から襲われ殺害されてしまったのだ。今はその骸も消えてしまって行方知らずだそうがな」
「――なっ!!」
「『残念』だったな、風間竜之介。貴様はこれより皆の前で無様に処刑されるのだ! わはははは!」
「――よし、首を固定しろ。刑を執行する!」
「くっ!」
「や、止めるなり! ど、どうして竜之介が殺されなければいけないなりよっ!? ええいっ! この手を離すなりいっ!」
「それは出来ません、音々様。大人しくしてください。このままでは貴方も反逆者になりますよ?」
必死で竜之介を助けようとする音々であったが、竜之介と共に行動する人物として那賀の部下に拘束されていた。
「さあっ! 殺れえええいっ!」
「ああっ! 竜之介ええええええっ! やめてなりいいいっ!」
「わはっ、わはははっ――風間竜之介! これでお前もおしまいだあっ!」
那賀が狂喜の声を上げた時、竜之介の耳に聞き覚えのある男の声が届いた。
「――その処刑ちょっと、待たんかいいいいいっ!! くはああっ、いででええっ!」
「も、元治っ! お前!!」
竜之介の視界はその男――元治の姿を捉えていた。元治はよっぽど慌てて此処に来たのか、衣装も整えず上着をはだけさせ、その隙間から見える脇は何重にも巻かれた包帯が覆っていた。
「何いいっ!? 元治隊――毛利殿! 何故、生きて――!?」
確か死体は部下に処分させた筈だが!? そう、那賀は思った。予想だにしない展開に那賀は思わず唇を噛みしめた。
「何故も糞もありゃせんわい! この元治様が地獄から這い上がって来ただけの事じゃ!」
「――そんな事より、那賀殿、その偽の報告書は何処で手に入れたんじゃ? わしはそれに全く見覚えがないんじゃがのう?」
声を落した元治が那賀に詰め寄っていく。
「こっ、こっ、この報告書は、この報告書は……そうだ、毛利殿は襲われたショックでご自身で書かれたこの報告書の事をお忘れになってしまったのだ!」
「ほう……で、どっちを信じるんじゃ? うちの大将さんは?」
踵を返し、目を細めてこの一部始終を静観して見ていた玄真に問う。
「無論、この報告書でございますよね!? 玄真様!」
二人の意見を黙って聞いていた玄真であったが、やがてその口がゆっくりと開いた。
「……ふむ目の前の男はどうやら幽霊ではないらしい」
「そっちかい! っていうか、わしはこの通り生きとるわいっ!」
「元治よ……お前がそれを書いたかどうかはさておき、この報告書は本物だ。もしこの真実を覆したいのであれば――」
「敵の大将――秀光を竜之介と共に乗り込んでその首を持ち帰ってみせるがいい。さすれば竜之介を無罪と認めてやろう」
「――そんな! 玄真様!」
無駄な事を! と言おうとした那賀を玄真の鋭い視線が押さえつけた。
「何だ? 那賀よ、俺の判断に文句があるのか?」
「い、いえっ! 恐れ多い、そんな滅相なっ!」
「ならば良い……元治、言っておくが我が隊の援軍は一兵たりとも無いと思え……良いな?」
「おう、分かった。そんなもんわしらには必要ねえ。わしには竜之介がおれば鬼に金棒じゃい」
玄真の判断に満足した元治がにかっと笑って答えた時、二人の前に監視を振り切って出てきた音々が割って入って来た。
「ちょ、ちょっと待つなりっ!」
「玄真様! その任務私も参加させて欲しいなりっ!」
「……ほう。豊臣音々、お主、元治同様に竜之介を助けたいというのか? して、その理由は?」
「そっ、それは……私と竜之介がっ、ひ、ひとつだからなり。そっ、その意味は玄真様なら、分かる筈なりよね?」
「……ふっ。成程な。良かろう、お前の参戦を認めよう」
「有難うございますなり。この豊臣音々、必ずやその期待に応えて見せるなり」
「おいおい、二人の仲に勝手に土足で入ってくんじゃねえよ。なぁ、竜やん!」
「だっ、黙れ! この死に掛け猿! 大体あんた、その怪我で満足に戦える筈がないなり! 竜之介は私が守るなりっ!」
「ったく、久々の再開に邪魔するんじゃねえよ」
「断るなり。絶対に二人だけでは行かさないなり。こないだのお返しなりよ」
「うわっ! 豊臣音々、お前この間の事をまだ根に持ってたんかいっ!」
二人が漫才じみた会話をしていた時、那賀が元治の近くに歩みよって、そっと耳打ちをする。
「隊長……隊長を襲った北条の件について少しお話があります……ここでは人目に付きますので……此方へ」
「……分かった。その話をまず聞こうかの」
元治は那賀と共に何処かに行ってしまった。
「……本当にやるのか? お前達?」
地下の転送室。そこに本来行く予定ではない隊長達が集っていた。
「……皆と決めた事だ。美柑、さっさと転送準備してくれ」
武装を終えた姫野が静かに口を開いた。
「そうそう、これはうちらが勝手にしている事さね。気にするんじゃあないさね」
「にししし、お前等、竜之介に忘れ去られたと言うのに殊勝な事だな」
皆を哀れむようにして美柑が転送室の制御を始めた。
「ふん。しょうがないじゃありませんの。そんな私達にできる事は先に敵地に行って――」
「――竜之介達が手っ取り早く秀光の所に辿り着ける様にゴミ掃除をしておくさね」
竜之介が助かる道が開かれた時、各隊長達は話し合いをし、満場一致で「竜之介を援護する」という事を決め、あから様とならぬよう、美柑にお願いしていたのであった。
「ところで……ここに来る筈の唯さんは何処にゃ?」
この時、唯も此処に来る筈であったが、何故かその姿が無い。気になった蛍が辺りをきょろきょろと見回した。
「唯……? ああ、あいつなら面白そうな『玩具』を見つけたから、自分の研究室に戻ってるぜ?」
「――玩具? その玩具とは一体何なのですの?」
「……内緒だ」
美柑が怪しく口元を歪めて笑っていた頃、地下の研究室では唯達の手によって掴まった数人の男達の悲鳴が上がっているのであった。
「すいません……隊長。この話をちょっと聞かれるのは不味いもので……」
「別にええ。さっさと言わんかい」
拠点から少し離れた場所。ここに隊の者が滅多に入り込む事は無い。日の光も届かない寂しい場所に二人が静かに対峙している。気のせいだろうかこの空間の空気が不気味に振動している様にも感じられる。ゆっくりと歩を横に進める那賀が懐から鍔を取り出した。
「では……抜刀」
那賀は体勢を低くしながら、卑鮫を抜刀し、精霊を召喚する。
「――それは何の真似じゃ? 那賀?」
「やれやれ。確実に殺したと思ったのですが、どうも部下がしくじってしまった様ですねえ……リンクを。弥知」
召喚された精霊が那賀の命に従って卑鮫にリンクをすると、刀身に四つの刻印が示された。
「やっぱりそういう事かい、分かり易い奴じゃのう、お前……」
元治は少し那賀から距離を取り始めた。
「その様な状態なら、この私でも簡単に貴方を仕留める事が出来る……今度こそ闇に葬むり去って差し上げますよ……」
戦う事が出来るのだろうか? と、誰もが疑問を抱く位、今の元治はダメージを負っている。それは移動する元治の足の震えを見れば一目瞭然であった。その様を見て那賀は既に勝利を確信していたのであった。
「……とうとう尻尾をだしやがったな、大狐の手下め」
「――何の事でしょう?」
元治の言葉に那賀の握る卑鮫が一瞬震えた。
「とぼけんな……お前の不穏な動きはずっとわしの部下にマークさせてたんじゃ。今頃お前の仲間は全員掴まって拘束されてる事じゃろうよ、この秀光のクソ狐が……」
「…………」
「お前が此処の情報を漏らしていた事は既に割れてるんじゃ……観念せいや」
那賀は此処を立ち去った秀光と通じ合い、状況を報告していたのであった。密かに水面化で実行されていた『狐退治』は謀反を企てていた秀光に加担する者をあぶりだす準備を終え、この時点で唯と美柑の手によって全員捕縛されていたのであった。
「そうですか……ならばさっさと貴様を殺して秀光様と合流しないといけませんね」
*元治……こいつなの? 貴方を襲わせた黒幕は……?*
二人の会話に薄羽が割って入る。怪訝そうな表情を浮かべて瓶底眼鏡の奥から那賀を睨み付けた。
「ああ……間違いなかろう」
*そう……それなら早くこんな奴に使われる精霊を一刻も早く解放してあげないと可愛そうだわ*
「分かっとるわい。薄羽……裏モードじゃ」
*了解……*
薄羽がゆっくりと瓶底眼鏡を外すと、艶やかな巫女服が真っ黒な物へと変化していく。きちんと整えられていた三つ編みが外れ解放された髪が不気味に風に靡いた。
朦朧とした目を向けながら薄羽が空蝉にリンクを終えると、空蝉の刀身に五つの刻印が示された。あり得ない力を目の辺りにした那賀は驚愕した。
「そ、そんな馬鹿な!? LV五だと!? 貴様……そんな体で、何故化け物染みた力を出せる!?」
「何故、その力を隠し、使い走りの隊長に甘んじているのだ!?」
「ふん――余計なお世話じゃ、さっさと向かって来んかい」
「くそっ! くたばれええ! この死にぞこないめがああっ!」
「我が渾身の一撃を喰らうがいいっ! 卑鮫影刃あああっ!!」
八相に構えた剣先を元治の方へ向け那賀が真直ぐに突っ込んで来た。那賀が繰り出した動きを封じる幅広い氷の刃が元治を襲う。
「どうだあっ! リンクをするのが精いっぱいの貴様では、技も出せず、交わす事も到底叶うまいっ!」
「わしを舐めんなよ……空蝉羅刹」
息を深く吐いた元治が腰を落として顔の前で空蝉をゆっくりと水平に構えた。その刃先の太刀筋を冷気が美しい線を引きながら追ってゆく。元治が身体の酸素を全て吐き出した時、踏み込んだ地面が大きく減り込んだ。
やがて空蝉の刃が空を斬る音が一瞬だけ響くと、元治を襲っていた氷の刃が目の前で罅割れて崩れ落ちた。互いの体が交差し、すれ違った時、那賀は苦痛の声を上げ、握っていた卑鮫を手放してしまった。
「ばっ、馬鹿な! 技も出せる筈もない、そんな状態のお前が何故だ……何故技を放つ事が出来る? この化け物めがあああ……っ!」
必死の形相で元治を睨みながら、ゆっくりと地面に崩れ落ちていく。その言葉を聞きながら元治は那賀の背中を見ながら呟いた。
「……そうじゃ、わしはのう、『化け物』なんじゃ、よう覚えておけ」
「何……だ……と?」
「あでででえええっ!」
*元治! 大丈夫!?*
激痛に襲われ、しゃがみこんだ元治に空蝉から飛び出した薄羽が心配そうに声を掛けた。
「わしに構うな。それよりとっととそいつから精霊を解放せい……」
*わ、分かった! でも、無理して動いちゃ絶対駄目だからねっ!*
薄羽が卑鮫の刀身に触れ、何かを囁き始めると無言のまま弥知が現れた。那賀と弥知を繋いでいた白い糸の様な物が一瞬見えると、それが霧の様に霞み出した。やがて弥知の姿も消え始めると、深々とお辞儀をした弥知は顔を上げ、少し微笑んだ後に、完全に消え去ってしまった。
「き、貴様……私の……弥知を……」
その言葉を最後に那賀は完全に気を失ってしまった。
「さてと……こっちは片付いたし、竜やんと一緒に大狐退治にで行くとするかのう」
空蝉を杖にして立ち上がろうとする元治であったが、先程の無理が祟って背中に激痛が走り、そのまま地面に膝を付いてしまった。
「ちいっ……!」
*ほ、ほら、ほらっ! まだちゃんと歩けてないじゃない! しっ、しょうがないわね、この薄羽様が、か、肩を貸してあげますからっ! ど、どーせ、元治は断るんだろうけどさ……*
「ほうか…………んじゃあ、ちょっとだけ頼む」
*――えっ!?*
「あ? 何目ん玉ひんむいとんじゃ? わし、何かおかしげ(変な)な事を言ったか?」
*い、いいえっ! な、何でもないですわよ! さっ、さあ急ぎます事よ!*
「……変な薄羽じゃのう」
*えー、コホン。では、失礼して……元治のお手を拝借……じゃない、肩を拝借しますですよ……*
絶対に弱音を吐かない元治が、初めて自分の意見を素直に受け入れた事に薄羽は激しく動揺し、戸惑い恥じらいながらも、元治の肩に首を回して、おぼつかない足取りで竜之介達の所へと向かっていくのであった。




