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■豊臣音々編(弐)

 ――向けられた銃口を見つめながらオルガは音々の姿を見て愉快そうに笑った。


「その姿、君も棋将武隊の者かい? ……まぁ、仲間が何人此処に集まってきたとしても――」


「誰もこの僕には手出しはできないんだけどね……フフフ」


「くっ! この卑怯者があぁっ!」


 元治が悔しそうに言葉を吐いたと同時に銃声が鳴り響くと、その弾丸は容赦なくオルガの肩の一部を吹き飛ばした。


「ぐああああっ! ――なん、でっ!?」


「うおっ! う、撃ちよったああ!」


 唖然とする元治。


「な! 何故撃てるんだ? ぼ、竜之介は、な、仲間なんだろ?」


 理解できない、そういった顔をしながら音々を見るオルガを音々は怪訝そうに睨み返しながら、飛燕のレバーを引いて何事も無かった様に弾丸を装填させた。


「はぁ? さっきから何を言ってるなり? 私はそんな歯の浮くような台詞を吐く気障な男の仲間なんて知らないなり」


「それに、その体なら二、三発くらい受けても簡単には死なないなり」


 その台詞を聞いた元治は一瞬、背筋に冷たいものを感じた。


「姉貴もそうじゃが……女子おなごとは割り切るのが早い生き物なんじゃのう……えびせええっ(怖ろしい)!」


「だから、ちょこまかと逃げないでなり」


 と、言って無表情でトリガーを引く。


「うわっ! またっ!」


 今度は警戒していたのだろう、オルガは身を翻しながら弾丸を避けた。


「せっかく私の連射が復活したというなり、まさか最初がこうなるとは、思ってもみなかったなりね」


 飛燕の銃口が横に移動する事に気付いたオルガは照準から直ぐに逃げたが、飛燕の本体の上に浮かぶスコープは確実にその動きを捉えた。


 瞬時に音々の青く鋭い眼光が光り、銃声を二回鳴り響かせた。 


「うっ! があっ!」


 思わず悲鳴を上げるオルガ。痛みが走る部分にゆっくりと視線を向けてみると、腕と脇の肉塊が吹き飛ばされていた。


「し、信じられない! 肩だけでなく、この僕の腕と脇を!?」


「き、君には思いやりというものがないのかっ!」


「思いやり? ――私にはチェスの化け物なんかに思いやる気持ちなんか一つもないなりよ」


「なっ!」


「さてと……次にその頭を吹き飛ばしたら、そこから何が生えてくるかなりね?」


「き、君っ! いいのか? 僕を殺したら中の竜之介も一緒に死ぬんだぞ!?」


「そう。そうなりたくなかったらさっさと返事くらいするなり――竜之介」


 肩を震わせながら音々は言葉を続けた。


「こんな奴に何時までも乗っ取られているんじゃないなりよ。さっさと私の前に現れて『おかえりなさい』の一言でも言ってみせるなり」


「返事がないのなら――その頭が消えて無くなるまでなり」


 銃口がオルガの頭部を捉えた。


「くうっ……そんな無駄な呼びかけに竜之介が反応――ううっ!」


 突然オルガが顔を押さえてもがき、苦しそうに体を捩り始めた。音々が再びトリガーを引こうとした時、元治がその異変に気付いて制止した。


「ま、待つんじゃ! あいつの様子、何か変じゃ!」


 オルガが顔から手を離した時、その顔の半分が竜之介の姿へと戻っていた。苦しそうに眉を歪めながら竜之介は口を開いた。


「はは――ご、ごめんな音々さん、こんな再会に……なるなんて……思っても見なかったよ」


「『竜之介っ!』」


 オルガの口から竜之介の声が漏れる。気付いたオルガは悍ましい目でもう片方の目を睨んで驚きの声を上げた。


「お、お前、完全に封じた筈なのに……まだ消えて無かったのか……!」


「俺……何処からか懐かしい音々さんの声が聞こえてきた気がしたんだ」


 竜之介が自分の名を呼んだ瞬間、音々は目を潤ませながら竜之介の方を見つめた。


「竜之介、私の事を覚えて……覚えていてくれていたなりか?」


「ああ。だって音々さんとの『何処か静かな場所で一緒に暮らす』っていう約束をしてたからな……」


「――竜之介」


 止めどなく自分の口から漏れる竜之介の声に嫌悪したオルガは怒りの形相を見せながら、


「邪魔だ! お前は引っ込んでろっ!」


 と、言って再び竜之介を中に閉じ込めようとする。それに抗う様にして竜之介は言葉を続けた。


「だ、だけど、その約束はどうやら無理みたいだ。ごめんな、音々さん……元治、頼む、俺毎こいつを倒してくれ……」


「う、煩いっ! 余計な事を言うんじゃない!」


「僕の再生能力を舐めてもらっては困る!」


 オルガが低く唸った瞬間、怪我を負わされた部分が悍ましい妖気に包まれ、瞬く間に再生を始めた。やがてそれが完全なものになると、一瞬姿を見せた竜之介もまた消えてしまった。自身を取り戻したオルガは狂喜の笑みを浮かべる。


「フフフフ。残念だったねえ……ほら、すっかり元通りだよ?」


 その様子を何気なく見ていた元治であったが、大事な事に気付くと目を見開いて、


「――おおっ! そういう事かあっ! その手が残っとったああっ!」


 と、大きな声を上げた。


「――突然何叫んでいるなりか? 山猿?」


「もう、山猿だろうが、海猿じゃろうがそんな事はどうでもええわいっ! 豊臣音々、ちいっと耳を貸せい」


「……何なりよ?」


 と、胡散臭い顔をしながら、元治の口元に耳を近付けると、暫くして音々の顔が一気に真っ赤に染まった。


「あ……あ? あああああっ!?」


 そのまま、音々は悲鳴を上げながら自分の拳を元治の鳩尾に思いっきり突き入れた。


「ごふうううっ!」


 海老の様に体を折り曲げたまま、勢い良く後方に吹き飛んだ元治は、大きな岩に打ち付けられた後、ゆらりと立ち上がって、


「ふふふ、今のはいい拳じゃ、豊臣音々――どうじゃ? この作戦、完璧じゃろが!?」


 と、腹を押さえながらにかっと笑った。


「あ、あ、あんた正気なり? こっ、こんな所で私にそういう事をいきなり言うなりか!?」


「じゃが、そうすりゃ竜之介を助けられるんじゃ!」


「でっ、でも――」


「ええんか? お前の竜之介が記憶だけの残像でしか残らなくなっても? おおうっ?」


 音々にじりじりと詰め寄る元治。残り顔一つ分という所で音々は溜まらず顔を背けた。


「あうう……この鬼畜がっ! わ、分かったなりよ……や、やってやるなりよおっ!」


「――よっしゃ、決まりじゃあ!」


 二人が何やら怪しい相談をしている様をオルガは不思議そうに見ていたが、


「さっきから二人で何をここそこそやってるんだい? いずれにしても僕は再生したし、まだ竜之介も中に残っているようだし、手出し出来ない状況は何も変わらないよ?」


 と、言って余裕の笑みを見せた。


「さあて、それはどうかのう?」


「――何だって?」


 にやりと笑った元治の「奇策あり」という態度にオルガの顔が一瞬だけ曇った。


「今度は遠慮なくやれるわ。其処におる豊臣音々様のお陰でのう」


 と、言って怪しい笑みを浮かべ音々を見ると、


「くううっ! やまざるめぇええっ! 後で覚えているなりいいっ!」


 音々はその場で肩を震わせながら「きーっ!」と地団太を踏んだ。


「へっ、それじゃいくぜ? 覚悟はええかオルガ、空蝉――鬼蜻蜓おにやんま


「こいつ! 先程とは雰囲気が全く違う! 本気か!? くそっ、風魔――」


 「自分には手が出せない」そう高を括っていたオルガは元治の本気の技を察知して直ぐに反撃を試みたがその動作には一歩及ばなかった。


「遅いんじゃ! ボケがああああっ! 今じゃ! 撃て! 豊臣音々ええっ!」


「分かってるなりよっ! いちいち私に、指図するんじゃないなり! くそ猿がっ!」


 怒りの声と同時に連続で銃声が鳴り響き、オルガの握っていた風魔が弾き飛ばされた。


「ぐおおおおおっ!?」


 更にオルガの体からどす黒い血飛沫が飛び散る。悲鳴を上げ、体を押さえながらよろめくオルガの頭上を今度は大きな影が覆った。「何だ?」と思い、顔を上げたその上空には大きな蜻蛉が激しく羽音を響かせている。


 オルガが蜻蛉を見て思わず息を飲んだ瞬間、その大きな羽から無数の氷の針が放たれた。その針に体中を貫かれながら、オルガはそのまま意識を失ってしまった。





「お目覚めか? お二人さん!」


 元治の軽々しい声でオルガは意識を取り戻す。だが、体の自由が全く利かない。それもその筈、オルガは地面に串刺しにされていたのだった。


「――な、何だ? これは!?」


『元治、これって……?』


 更に大きなダメージを与えられたオルガの体の半分が竜之介の姿の戻っている。それに気付いたオルガは怒りに任せ、じたばたと体を動かしながら声を上げた。


「くそっ! 外れないっ! 貴様あああっ!」


「ああ? わしの鬼蜻蜓の氷針はそんじゃそこいらじゃ融けないし、外せないぜ? 舐めんじゃねえぞ?」


 と、オルガを覗き込む元治に


『それはいいが、元治、何故俺は倒されずにこんな事になっているんだ?』


 と、竜之介が困惑した顔をしながら言うと、


「その通りだ! どうせ僕はすぐに復活するし、何も変わらないんだよ?」


 と、今の状況を理解出来ないオルガが答えを求めるように元治に言った。


「煩いのう……じゃあ後は豊臣音々に任せて、わしは暫く離れてるから……って、事で、またな! 竜やんっ!」


「おっ、おい! お前、どこへ行く気だ?」


「ん? ああ、お前を『殺す』のにわしは『邪魔』だから、ちょっくら雲隠れさせて貰うけえ」


「は? 僕を殺すだって? お前は何を言っている?」


「――今に分かるわい」


 意味深な言葉を残して元治は立ち上がる。


「後は頼んだでえ――豊臣音々」


「――ふんっ! さっさと何処かへ消えるなり!」


「……忠告しておくけど、もし覗いたらその両目に風穴開けて、二度と外の景色が見れない様にしてやるなり。分かったなりか!?」


 すれ違う元治に念を押す様に音々が言った。


「へいへい。竜やんもえらい女子に惚れられたもんじゃのう……くわばらくわばら」


 と、元治が何処かに姿を消した事を確認した音々は自身の武装を突然解除し始めた。


「おいっ! 其処の女! 何故武装を解除する? 一体何を始める気だ!?」


 音々の異常な行動にオルガは不安の声を上げると、


「煩いなり! お前は見るな!」


 と、言って目隠しをされてしまう。


『……いや、あの音々さん、同時に俺も見えないんだが……』


 巻き添えを食らった竜之介も不安を口にした。


「いいから、竜之介は黙ってるなり。とても恥ずかしいなり」


『――恥ずかしい?』


「な、何をするんだ!? や、止めろ!」


 その言葉と同時にオルガの纏っていた着物がはだけはじめた。驚いたオルガが


「な、何故に僕の服を脱がす?」


 と、更に不安を口にした。


「うう……あの鬼畜め……。あの状況下でとんでもない提案を私に吹き込みやがったなり」


「――提案?」


『え? 元治が? ……あ、あああああ!? その提案って、まっ、まさかあっ!?』


 此処で竜之介は今から何が行われようとしているのかを理解した。と、同時に顔半分が一気に真っ赤になる。


「だから――静かにしてっていてるなり……竜之介」


 音々の恥ずかしい声がする近くで着物が擦れる音がし始める。


『その衣の擦れる音……おそらく服を脱いでるよな? 音々さん……』


「ううっ! お、お前、な、何を考えている!?」


「さ、さっき元治が言ったなり、お、お前を殺すって――」


 と、言いながら音々の柔らかい手が竜之介の下半身を弄り始める。


『うおっ! 音々さん! そっ、其処は駄目――!』


 その言葉を最後に竜之介の声は途絶えた。何故なら目隠しの次に今度は口を塞がれてしまったからだ。


「どうせ、動けないんだから大人しくしててなり。ああ、どうしてこんな事になったなりか……これではロマンの欠片もないなりよ……とほほほなり」


 音々の後悔を呟きながらオルガに体を密着させる。その柔らかな感触と温もりが伝わったオルガは溜まらず叫ぶ――が、何をいっているかは分からない。


「んぐぐぐー!!(な、何を!?)」


『もごもごもご(俺は分かったけどな……)』


 と、でもそれぞれ言っているのだろう。


「ああ……竜之介のバカ……後でちゃんと仕切り直してなりよ……あうっ!」


「んがんがあああああっ! んごおおっ!(僕の力が急に無くなって来た! 止めろ!)」


『ふんごおおおおおっ!(ふんごおおおおっ!)』


「ああっ! もうっ! 竜之介のぉおお……っ、馬鹿ああああああああっ!」


「『んごおおおおおおおっ!』」


 ――そのまま竜之介達はまた意識を失ってしまった。





「よっ! 竜やん、目が覚めたか? おや? おや? 何処となしかすっきりした顔をしとらんか? ええ? おいっ」


 気が付くと、再び元治が覗き込んでいる。どうやら針は外されているようだ。竜之介はあちらこちらの痛みに耐えながら体を起こして口を開いた。


「元治……体中が痛い。特に頬が痛い。最悪だよ」


 何故か右の頬が真っ赤に腫れ上がっている。察した元治は、


「かはははっ! まぁ、そう言うなや竜やん、こうしてお前は自分を取り戻す事が出来たんじゃからのう!」


 と、笑い飛ばした。元治の言葉の通り、既にオルガは消えていた。完全に自分を取り戻した事に喜びを感じつつ、恐る恐る音々に視線を向けると


「ふんっなり!」


 と、言ってそっぽ向いた音々が不機嫌そうに腕を組んで立っていた。


「――まぁ、最終手段だったとは言え、場所が場所だけにのう……。じ、じゃがまあ、軽い怪我をしたと思えば。の、のう竜やん」


「いや、俺は今大怪我させられてるんだけど……しかも、頬ぶたれてるし」


「さあてと、わしは一旦拠点に戻って報告してくるわ。救護隊も連れて戻ってくるけえ、ここで二人待っとけ」


「お、おい、元治――!」


「んじゃ竜之介! 後で祝杯あげようやあ!」


 と、片手を上げながら元治はその場から姿を消してしまい、その場になんとも言えない空気が流れ始めた。


「……竜之介」


 と、向こうを向いたまま、突然音々が不機嫌そうな声を漏らす。


「う、な、何だい? 音々さん」


「……ただいま」


 と、ぶすっとした声で呟く。「相変わらずだなぁ……」と思いながらも竜之介はにっこりと微笑んで


「……お帰り」


 と、言った。その言葉に音々の両肩が一瞬ぴくっと震えると、少し間を置いてから、


「やっと会えたなり。私はこの時をずうっと待ってたなりよ」


 と、相変わらず顔を背けたまま、音々は不機嫌そうに言った。


「音々さん――俺もです」


 竜之介は音々との再会の仕方がどうあれ、素直に今の自分の気持ちを伝えた。その言葉に音々は再び両肩をぴくっと震えさせ、今度は少し長い間を置いてから、


「ふふっ……とうとう聞けたなり……」


 と、満足そうな声を漏らした。


「え? 何をですか?」


 と、疑問に思った竜之介が問い掛けると、ゆっくりと竜之介の方へと振り向く。その時、竜之介と音々の間に優しい風が吹き抜けた。音々は黄金色の髪とイヤリングを靡かせ、青い瞳を優しく細めると、


「――内緒なり」


 と、竜之介に微笑みかけたのであった。

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