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■葉月編(捌)

 敵である秀光を討つべく、勇敢に立ち向かっていった竜之介は後もう少しという所でチェスの血が目覚めてしまい、その闇にどんどん引き込まれていた。彪舞は今正に敵となりうる竜之介に短剣を構えながら対峙する。そんな異様な光景を葉月は複雑な心境で見つめていた。


「お前等……俺から直ぐに離れるんだ……意識が……!」


 体をふらふらとよろめかせて後ずさりしながら、竜之介が彪舞達から距離をとろうとする。


「クカカカ、滑稽だな竜之介! 我を討ちに来て、己がチェスに変わり果てていくのだからなあ!」


 チェス化する竜之介を見ながら秀光は愉快そうに声を漏らす。


「竜之介さんっ!」


「竜之介! てめええっ!」


「さあ、どうするのだ、竜之介? そのまま殺気を放ち続けると、お前の中の闇がどんどん引き出されてしまうぞ?」


「な、舐めるなあっ!」


 ぶんぶんと強引に頭を振った竜之介は、風神を秀光の方へと低く構え直し、力強く左足を踏み込んだ。その勢いに床に亀裂が走り、破片が宙を舞った。


「お、俺が人間である内に、お前を倒すっ!」


 竜之介は秀光へ真っ向から風神を伊弉弥毎ぶつけ、常人ならぬ速さで連撃を浴びせさせる――だが、人間とチェスが混ざり合ってしまった今の竜之介は風神を上手く使いこなす事が出来なかった。


「クカカカ! 竜之介、そんな軟な剣術如きで我に勝てると思うたか? 甘い! 甘いわああああっ!」


「くそっ! 風神を思うように扱えない!」


「ちいっ! しゃあねえな! 葉月、お前は安全な場所に隠れてやがれ!」


 竜之介に加勢する為に、走り寄る彪舞。だが近づいた彪舞に竜之介は険しい表情を見せた。


「こっちに来るな、彪舞っ! 今の俺は目の前の秀光をなんとか敵として捕らえているだけだ! もうすぐ俺はお前達を敵として斬り付けてしまうかもしれないっ!」


「――何だと!?」


「クカカカア! 無様なり! 竜之介っ!」


 自我を保つ時間がもう無いと判断した竜之介は、凌ぎを削りながら眉を歪めた。


「黙れええっ! お前だけは必ず倒してやるっ! ハルっ!」


*む、無茶じゃっ! 竜之介っ!*


「風神――旋渦せんかああっ!」


 強引に振り切った風神から黒い闇と風の渦が秀光の伊弉弥毎を押さえ、一気に襲い掛かった。その一撃を受けながら、秀光は周りの建造物に体を打ち付けながら、後方に吹き飛んだ。


「ぬおおおおっ!?」


 ハルの制止の声も無視して、竜之介は技を繰り出し、秀光に一撃を浴びせた――だが、その反動は大きく竜之介もハルも溢れ出る闇に絞めつけられ、苦悶の叫び声を上げた。


「がああああああっ!」


*ああああああああっ!*


「カカカ! 愚か者め! その状態で技を繰り出すとは! 己の醜い姿を鏡で映して見るがいいっ! どんどん化け物に変わっているぞ! カカカアッ!」


 秀光の言葉通り、竜之介は人間の部分をどんどん失っていった。両腕は既に赤黒く、半分人間であった顔も、もう目の部分しか残っていない。そればかりか、竜之介の額には秀光同様、悍ましい魔石が現れ、その魔石は深く淀んだ青色の光を放っていた。


「ふうっ、ふうっ、ふうううっ!」


「うううう! がああああああ!」


「ふうううっ! ふうううっ! ふううううっ!」


 竜之介は苦しく肩を揺らし、呻きながらあちこちに体を打ち付け、風神を苦しそうに滅茶苦茶に振り回す。その様を見た秀光は変わり果てて行く竜之介に歓喜の声を上げた。


「これは愉快っ! 竜之介、お前の敵は目の前の二人だ! 存分に食らい尽すがいいっ!」


「目の前……二人?」


 人間の目はそれを否定し、チェスの目はぐるぐると蠢きながら彪舞達を捉える。


「そうだ! そいつらは我らの敵よ! さぁ、竜之介、そいつらを殺し我に忠誠を誓うのだ!」


「殺して……忠誠……」


 ふらふらと風神を彪舞に向け始める竜之介。秀光の言葉に飲まれそうになったその時、彪舞が竜之介に向かって吠えた。


「ふざけんなああっ!」


「――!」


「てめえ竜之介、そんな事位で簡単にチェスになってんじゃねえよっ!」


「…………ひょ……うま」


「お前が今此処でチェスに化けちまったら、お前を信じて此処まで着いてきた葉月はどうするんだ!? ええ!? おいっ!?」


「彪舞……!」


 葉月は思いがけない彪舞の言葉に声を上げ、その言葉を聞いた竜之介は風神を小刻み震わせ、葉月を朦朧と見つめた。

 

「は、はづき……ち」


「――そいつの戯言に耳を貸すな、竜之介。良いからさっさとそいつらを片付けろ!」


「あ……あああああ……」


 竜之介は一度大きく息を吸い込むと、再び我を取り戻し、風神に力を溜め一気に秀光の懐に入り込んだ。


「おおおおおおっ!」


「な、何いいいいっ!?」


 風神を伊弉弥毎に交差させた瞬間、竜之介は風神から溢れ出る闇を伊弉弥毎の刀身へ絡ませると、彪舞の方を振り返って叫んだ。


「ひ、彪舞……今なら秀光をう、討てる! お、俺が秀光の動きを止めている間に、俺達の額の魔石をその短剣で砕け!」


「竜之介、お前、なっ、何を馬鹿な事を言ってやがる!?」


「きっ、貴様ぁああああ、そのば、化け物の姿で、まだ我に抗うというのかっ!? ええいっ! 離せ! 離さぬかあっ!」


「――駄目だ秀光。お前はここで終わるんだ。付き合ってもらうぜ?」


「な、何故だ! 何故振り解けぬ! 我が、我がこんな奴にぃいい!?」


「忘れたのか秀光? 俺には最強キングの血が眠っていたんだぜ? お前みたいな出来合いのキング如きの力に劣るものか……」


「ふぬうううっ! 離せといっておるだろうがあああっ!」


 絡まれた伊弉弥毎を強引にそのまま竜之介の腹へと突き刺した。途端に腹部から濁った血が噴き出した。


「がふうううっっ!」


「クカカカカア! この伊弉弥の刃は元々チェスの肉体を切り刻む為の物! 流石のお前も一溜りもなかろう!?」


「ば、馬鹿が……此れで詰みだ……」


 腹部から漏れだした闇は伊弉弥毎の刀身を覆い、竜之介の体を更に貫きながらも、秀光を引きずり込み始めた。


「わ、我の伊弉弥毎だとっ!? くおおっ、我の闇が、我の闇が竜之介の闇に飲まれる! 引き込まれていゆくっ!」


「は、離さないぞ……絶対に。今……だ、彪舞、殺れ……」


「くそがあっ!」


「お願いっ! 彪舞、竜之介さんを殺さないでっ!」


 葉月の悲痛の叫びに足を止めた彪舞は、踵を返すと、


「葉月……俺は人間なんかひとつも信用してねえ。……優しい顔で近づいてきて、最後にはころっと豹変しやがる、人間ってそんな薄汚ねえ生き物だ……竜之介もその一人だと思っていた……けどよ」


「良く見とけ葉月……、これが俺の出した答えだ……!」


 と、言って何かを決した様な表情で短剣を振り翳しながら再び力強く走り出した。


「彪舞っ!」


「うおおおおおおっ! 竜之介えええっ!」


 自分に向かって一直線に飛び込んで来る彪舞をコマ送りの様に見つめながら、竜之介は消えゆく意識の中で別れの言葉を呟いた。


「さよう……なら、彪舞、葉月……ちゃん……」


 伊弉弥毎を右手で掴んだまま、しゃがむ様に床へ崩れ落ちた。その瞬間、入れ替わる様に彪舞の短剣が秀光の額の魔石を確実に捉えて砕いた。


「ああああああっ! わ、我のま、魔石があああああっ!」

 

 額から様々な光を漏らしながら砕け散っていく魔石を見ながら秀光は叫んだ。


「わ、我の、野望が……我の夢があああああっ! 我のか、体があああああっ!」


「あああああああっ――!」


 魔石の力を失った秀光は肉体が滅び始め、瞬く間に人骨化して、断末魔の声を上げながら塵と化して消えてしまった。静寂が訪れた部屋の中、彪舞は意識を失った竜之介を眼下にして、つまらなそうに呟いた。


「こいつが目覚めたら今度こそ本当に俺達を襲ってくるんだろうな……」


「……けっ、ざまあねえな、こんな化け物になっちまいやがってよ」


「さあてと……今のお前ならその額の魔石を砕けば簡単に殺す事が出来る」


「――が、それだと葉月が悲しむ……」


「俺は自分を犠牲にするお前みたいなお目出度い奴を見たのは初めてだ……」


 と、苦笑しながら短剣をホルダーの中に納めた。


「なぁ……竜之介」


「次にお前が目が覚めたら、お前はもう棋将武隊には居られねえ……この意味が分かるか?」


「――なぁ、あんたもそれでいいんだろ?」


 と、言って風神のハルに向かって話し掛けた。


*……聞くまでもないわ……さっさとやらんか、犬っころ……*


 ハルもチェス化した竜之介は見たくなかったのだろう。既に覚悟を決めていた。そして今から彪舞が竜之介に何をするのかも――。


「けっ、口の悪い精霊様だな!」


*竜之介を頼んだぞ……*


「……そりゃあ、葉月に言う台詞だぜ……?」


*哀れな…犬っころじゃ*


「うるせえよっ!」


 お互い最後の言葉を交わした後、彪舞は懐から薬瓶を取り出すと、大きな溜息を吐いて――その薬瓶の蓋を開けた。




「行くのか……彪舞?」


 新しく建てられた両親の墓の前。手を合わせて立ち上がった彪舞に長老が背中越しに話し掛けた。


「ああ、じい――長老。後の事は頼んだぜ?」


「ふん。心配には及ばんわい」


「……そうか、じゃあな」


「――待つのじゃ、彪舞」


「何だよ? まだ何かあるのか?」


「背中越しに聞いてゆけ。お前が使った秘薬に関する物語じゃ……」


「――物語?」


 彪舞は訝しそうな表情をして、振り返ろうとしたが思いとどまった。それは一時の気紛れだったのだろうか、その時彪舞は何故だかは分からないがそうした方が良いと判断したのだ。


「昔……この村に、若い女の研究者が一人おった」


「その者は大層美しい女じゃったが、村の男共にはピクとも靡かない、大層な変わり者じゃった、よほどの研究の虫じゃったのじゃなあ……」


「ある日、その女は薬草を採取する為、一人山の中を散策しておった」


「ところがじゃ、人間共が仕掛けた罠に掛かって身動きが取れなくなり、そこになんと、はぐれチェスが現れてしまったのじゃ……」


「女はそこで覚悟を決めた。自分はここで終わってしまうのだとな」


「忍び寄る魔の手に女が顔を上げて静かに目を閉じた時じゃった、急に目の前で何かが倒れ込む物音がして恐る恐る目を開けると其処には――」


「武装し、棋将武隊のマントを翻した一人の若者が立っておったのじゃ……」


「女はその若者の姿を見て、一瞬にして心奪われた」


「若者は、耳と尻尾がもふもふした女を初めて見た瞬間、体に物凄い衝撃が貫いた。決してもふもふがどうのこうのいう事ではないのじゃが……もふもふが……」


「……なぁ、長老、その物語の若者って、まさかとは思うが――」


「せっかちな奴じゃのう。話は最後まで聞かぬか……」


「ちっ」


「――こうして二人は互いに恋に落ちて愛し合う関係になった……じゃが」


「二人の愛は決して認められるものなどなかった。お互い、人間と犬獣族じゃったからな……」


「それでも、女は諦めなかった。その若者と約束したのじゃ『一緒になれる秘薬』を作るとな」


「その若者は女の言葉を信じ、雨の日も、風の日も、雪の日も、来る日も来る日もその秘薬の完成を心待ちにして待っておった」


「――やがて若者は歳を重ね逞しい男となった。そんな時、この村に恐ろしい疫病が襲ってきたのじゃ……」


「女はその疫病に侵され、床に臥せてしまった。やっと念願の秘薬が完成したという時に……」


「男は女の傍に走り寄って、秘薬を手に取ると、急いでそれを口に含んだ。もう二人の間に時間は殆ど残っていなかったからのう……」


「女が消え入る瞳の光の中で同じ犬獣族になった男を見た時、一瞬じゃったが、ぱあっと光輝いたのじゃ」


「――そして男の手を握ってこう言ったのじゃ」


「私はその姿をやっと目にする事が叶った――と」


「私は愛する貴方と此処でずっと一緒に暮らしたかった――と」


「そして、男の手に最後の一粒の秘薬を手に持たせてこう言ったのじゃ」


「私達の様に人間と犬獣族が愛する時がきっとまた訪れる。その時が来たらこの秘薬をその人に渡して、今度こそ二人幸せになって欲しい――とな」


「わ……男は女に約束した。必ずその者の幸せを見届ける……と」


「その言葉を聞いて最後に、その女は最高の笑顔を見せて静かに息を引き取ったのじゃ……」


「種族を超えた愛を叶えたかった女と男の悲しい物語……じゃ」


 全てを聞いた彪舞は背中を向けたまま静かに口を開く。


「――長老、今、その女とおっさんはどう思ってるんだろうな? その最後の一粒を俺に使われてしまってよ……」


「ふむ……そうじゃのう……」


「頑として人間を受け入れなかった者が、心を開いて秘薬を使ったのじゃ、きっと二人共満足している事じゃろう」


 と、長老が「ほっほっほっ」と目を細めて笑った瞬間、彪舞が背中をすくめて、慌てた素振りをしながら言い返す。


「か、かっ、勘違いすんなよ! 俺は決して人間に心を許した訳じゃねえからなっ!」


「まぁ、そんなに照れんでも良いではないか」


「――だっ! 誰が! おっ、俺はな、ただ、葉月が悲しむ顔を見るのが嫌なだけだったんだよ!」


「おお、そうそう。そうじゃったなぁ」


「ちっ、もういいっ! 俺は行くぜっ!」


 ずかずかと少し歩いた所で、ふと足を止めた彪舞は、何処までも遠く澄んだ青空を仰ぎ見ながら再び長老に話掛けた。


「ああ……忘れていた。長老、竜之介が目を覚ましやがったら、伝えておいてくれないか?」


「ふむ」


「今度会った時に葉月を泣かすような事してやがったら、『同族』だろうが、容赦しねえ――とな」


 最後にそう告げると彪舞は再び歩き出した。やがて屋敷の奥から「竜之介さあんっ!」と嬉しそうな葉月の声が聞こえて来る。


 彪舞はその声を目を閉じて、耳をピクリと動かしながら聞く。再び目を開けた彪舞は眦を上げ、にかっと笑うと、満足そうに亜殿に飛び乗るのであった。


――「と成」の竜之介 葉月編(完)


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