表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/146

■葉月編(漆)

 奥へと長く続く廊下――竜之介達がチェスを倒しながら、更に奥へと進んで行くにつれ、等間隔に建てられていた石柱は何時しか比べ物にならない程、立派な物に変わっていた。その一つには此方の軍神なのであろうか、大層勇ましい姿が丁寧に彫り込まれていた。


 心許ない行先だけを示す廊下の灯が、それを下から照らし上げ、竜之介達の方を恨めしく睨んでいるようにも見える。


「うすっ気味悪い所だぜ……」


 と、先を進んでいた彪舞が足を止め、辺りを見回しながら言った。彪舞も気付いているのだろう、冷たい空気と何とも言えない悍ましい殺気が流れてくるその場所は、既に敵のキングが居る領域に足を踏みいれているという事を。


「ここからは……今まで通りとはいかないようだな……」


 竜之介も警戒し、その歩幅を狭める。そして辿り着いた目の前には彪舞の持つ亜殿を飲み込む位の大きな赤い扉が、開け放たれる時を静かに待っていた。


「この位開けれる奴じゃない奴じゃないと駄目って事かよ――なぁ、亜殿!」


『グゴオ――!』


 亜殿が片手でその扉をいとも簡単に押し開けた。普通であれば何人もの兵共が、もしくはよほどの力を持つ者がどうにか中に入る事が叶う程度の開き具合であっただろう。だが、亜殿の力はそれを優に超えていた。勢い余って開かれた扉は激しい音を轟かせ、半壊してしまった。


 薄暗い広い部屋の中へと竜之介達は足を踏み入れる。その視線の先に幅の広い階段が在り、その上には玉座が鎮座していた――だが、その景色よりも違った物を彪舞は真っ先に捉えた。


「――あ、あれは、まさかあっ!」


「どうした、彪舞――」


 竜之介が声を掛けるよりも早く這う様に階段を上り、玉座の両脇の高台に飾られている剥製を左目を見開いて交互に覗き込んだ。


「親……じ――な、何で、こっ、こんな所に!?」


「彪舞! そっ、それはお前の両親なのか?」


 竜之介が叫んだ直後、葉月も直ぐに気付き、その残酷さに溜まらず両手で口を押さえたその時、悍ましい笑い声が部屋の中へ響いた。


「だ、誰だ! 出てきやがれ!」


 彪舞が辺りを警戒し、短剣を構えながら叫んだその時、部屋の中央で黒い渦が立ち上った。それは次第に人の形へと姿を変え、竜之介達の目の前に現れた。


「お、お前は――秀光!!」


「ほう、誰が此処まで辿り着いたかと思えば、貴様、竜之介か――疎ましくも地獄の淵から這い上がってくるとは、流石、チェスの血が流れているだけの事はあるな……」


「黙れ! 此処に居るキングは何処だ!?」


「お前の目は節穴か……我のこの紋章が見えぬのか?」


「何だと……?」


 言われて竜之介は思わず息を飲んだ。秀光の纏っている鎧、その胸元にはキングの紋章が刻まれているではないか。竜之介だけではない、秀光の姿を見て硬直している人物――それは彪舞であった。彪舞は目の前にいる秀光の姿が揺らぎ始め、幼少の頃のあの男と重なっていたのだった。


「お前、その紋章は……前のキングは一体何処だ!?」


 竜之介の言葉を聞いて秀光は口元を歪めた。


「ククク。良く見たのか? お前の直ぐ近くに居るではないか」


 今度は秀光の言葉に葉月が反応し、「り、竜之介さん、あ、あれを見てください……」と、震える手で竜之介の頭上を指さした。


「え? 上?」


 と、言って竜之介が上を見上げた時、両手をだらりと下げたキングが串刺しとなって石柱に掲げられていた。そのキングが死に絶えたのはそう時間も経っていなかったのだろう、血は石柱の溝を伝い、どす黒い血の滝を描きながら冷たい床へと流れ落ちていた。


「な、死んでいる……これをお前がやったというのか?」


「聞くまでもなかろう――その者はこれよりの我の船出に邪魔であったからな」


「それに、お前も手間が省けたであろう? 今直ぐ我と戦えるのだからな」


 秀光がほくそ笑みながら、武器の伊弉弥を斜に構えたその時、二人の間に彪舞の震える声が割って入ってきた。


「待てよ……このクソ野郎、お前の時間はかなり進んだろうが、俺はお前を見つけるまでずっと止まったまんまだったぜ……?」


「何だと?」


 秀光が「戦いの邪魔をするとは無粋な」という表情で怪訝そうな顔をして彪舞を見据えた時、一瞬ではあったが、驚きの表情を見せた。


「ほう――覚えのあるその右目の刀傷、お前は何時ぞや取り逃がした『物』あったか。まさか、かような場所に竜之介が連れて来ようとは、これも何かの運命か……」


「……勘違いすんな、俺は自分から此処に来たんだ、竜之介の部下でもなんでも無え!」


「ふむ――時間を経て出会ってみれば、口汚い下賎な兵に成り下がっておったか」

 

「口汚ねえ? 俺の大事な家族を晒し物にした奴が、良くもほざきやがったな……」


 「晒し物?」と、呟いて剥製に気付いた秀光は目を細めて笑った。


「ああ、あれの事か、なかなか良い出来栄えであろう? お前、自分の親を殺されて憤りを感じているのか? 何、案ずる事は無い。何故なら貴様は直ぐにその後を追うのだからな――」


「やれる物ならやってみやがれえええ!!」


 秀光がまだ言い終わらない内に、彪舞は宙を舞い、翳した短剣の刃を真直ぐ秀光へと向けた。


「死ねええっ!」


 短剣を首元を目掛けて突き刺す――が、秀光はそれを半身で交わした。着地後、今度は真横に短剣を振りぬくが、それも秀光は簡単に避けた。


「うらあああ!」


 今度は目にも止まらない足蹴りを繰り出す――が、これも秀光は後退しながら右へ左へと交わし、纏わり付く虫を払う様に伊弉弥で斬り付けた。


「ちいいっ!」


 それを彪舞は紙一重で交わすと、華麗な宙返りを見せながら距離を取った。


「彪舞! 秀光は一筋縄ではいかない! 俺に任せろ!」


 突然の出来事に一瞬我を忘れ、呆然と二人を見ていた竜之介だったが、風神を構えて加勢に入る体勢に入った。それを見ていた彪舞は眉を吊り上げながら「邪魔すんじゃねえよ!」と、一蹴した。


 風神を構えたまま困惑する竜之介を見て秀光は嘲笑しながら、「竜之介、何時でも我に斬り掛かってきても良いのだぞ?」と、彪舞に視線を向けたまま、伊弉弥を振り上げた。その瞬間、床から幾つもの闇の穴が交互にぱっくりと口を開け、彪舞の足元を襲った。


「やられるかよっ! 今だ! 亜殿、やれええっ!」


 と、それを自慢の足で飛び跳ねる様に交わして、亜殿を背後から襲わせた。


「我魔さん! 亜殿さんを援護してくださいなのですっ!」


「『ゲコオオオ!』」

 

 相槌を打ったように、狙いすまして二匹の長い舌が秀光の頭上を襲い、大きな音と共に床の破片が砕き飛んで、その周りから砂煙が舞った。「仕留めた!」彪舞は砂煙の中心を食い入る様に見つめる――だが、その光景は彪舞の予想を覆す物であった。


「――そんな!?」

  

 秀光が叩き潰されたであろうその中心では我魔と亜殿の舌が重なり合い、舌の中央は床から飛び出した大きな鋭い闇の針で貫かれていたのだ。その袂で秀光が伊弉弥を握りしめながら退屈そうに口を開いた。


「お前達が駆る武動――確かに力もあろう。だがこの様にしてしまえば……」


 貫いた針が舌を巻き込み引きずりながら床へと沈み始めた。やがて苦痛で苦しみ始めた二匹の伸びきった舌の奥から巻物が転がり落ちてきた瞬間に変化が解けてしまった。その巻物を秀光が掴み、一瞬目を向けた後、


「実に下らぬ――まやかしだ」


 と、つまらなそうに手を開き、意識を失った武動の顔に向け掴んだ巻物を無造作に落とすと、ゆっくりと伊弉弥を構えた。


「本当の力とはどういうものなのか、我が最後にその身に刻んでやろう……」


 と、彪舞に向かって伊弉弥を水平に構えた秀光が悍ましい力を流し込むと、伊弉弥の刀身が呻く様に震え始めた。


「ククク……伊弉弥――魔眼」


 そのまま彪舞へ向けて振り切った瞬間、彪舞の頭上で黒い渦が巻き起こり、その中心から瞼を閉じた大きな一つ目が姿を現した。その瞼がゆっくりと開き始めていく。彪舞はそれを見ながら唖然と口を開いた。


「何だってんだ? あれは?」


 秀光が放った技の恐ろしさを本能的に感じ取った竜之介は、


「彪舞っ! 其処から今直ぐに離れろっ!」


 と、叫んだが時既に遅く、彪舞はその技に嵌り、身体の自由を奪われてしまった。


「なっ!? 何だこりゃあ、かっ、身体が、う、動かねええっ!」


 成す術もなく、呆然と頭上を見上げる彪舞。瞼はもう殆ど開きかかっていた。


「うおおおおおっ! 彪舞ああああっ!!」


「クカカカカカあ! そのまま闇に飲まれて消え去るがいいっ!」


 秀光の笑い声と共に、瞼が完全に目が開き、直下に向かって黒い光線が放たれた。 

 

「があああああああっ!」


 その中でもがき苦しむ叫び声が聞こえる。次第に光線が周りを飲み込みながら縮み始めた。


 「いやあああああっ!」恐怖の声を上げた葉月は視界を悍ましい光線に占拠されながら、その場に座り込んでしまった。


「クカカーッ! 我に歯向かう屑虫があ――」


 狂喜の笑みを浮かべ叫んだ秀光の言葉が途中で止まり、その視線は闇の光線の中へと注がれた。


「何だと……何故、我の闇は屑虫を食らい尽さないのだ?」


 秀光が疑問を抱くのは当然の事であった。光線は一定の大きさを保ったまま、微動だにしていなかったのだ。


「何故だ? 何が起こっている?」


 と、秀光が呟いた時であった。逆流するかの様に闇の触手が光線を駆け上り、一つ目を巻き込む様に拘束すると、そのまま収縮して握り潰した。


「我の闇に勝る……闇だと?」


 そのまま視線を彪舞の居た場所へと向けると――其処には竜之介が彪舞を庇う様に覆い被さっていた姿があった。


「竜之介……貴様、まさか……」


 俯いていた竜之介はゆっくりと顔を上げ始めた。その顔を秀光が見た途端、目を見開いて愉快そうに笑った。


「ククク、なる程、竜之介、貴様そういう事であったか……!」


 秀光が笑った理由――それは半分人間を失った竜之介の姿が目の前にあったからであった。チェス化した顔の黒い眼球の中心にある赤い眼は焦点が定まらぬまま、朦朧と秀光を見据え、左腕から溢れている闇は絡み付く様に風神の刀身に纏わりついていた。


「愚かなり、竜之介えっ! 仲間を庇う為、己自身の悍ましい闇を引きずり出すとはなあっ!」


 指差しながら叫び声を上げる秀光に反応した竜之介は、彪舞からゆっくりと離れ始める。


「そんな事をしても無駄だ、竜之介、お前の精神と肉体は直ぐにチェスの闇に全て飲み込まれる。完全体となれば我の忠実な部下として使ってやろう……クククク」 


「竜之介さん……!」


「りゅ、竜之介、おめえ……!」


 変わり果てた姿となった竜之介は、右手でチェス化した側の顔を覆い隠し、秀光の笑い声の中、自分を茫然と見つめる二人の前で、人間側の目を苦しそうに細めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ