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■葉月編(陸)

 真直ぐに突っ込んで行く彪舞の足は更に加速し、瞬く間にナイトとの距離を詰めた——だが、彪舞はナイトには目もくれずそのままビショップへと鈍く光る刃を向けた。


「彪舞、どっちに向かって行っているんだ? ビショップは俺に任せ——」


「煩せえっ! 竜之介、そいつはお前が相手にしろ! 俺はなぁ——」


 彪舞の言葉の意味を竜之介は瞬時に理解した。彪舞が怒りに任せ一直線にビショップへ向かっていく理由——その答えは彪舞の次の言葉で明確となった。


「——てめえええ! よくも、葉月に向かって雷を落しやがったなあああ! 絶対許せねえええ!」


 懐に入られ、虚を突かれたビショップは掲げていた杖を慌てて引き戻そうとした。


 彪舞は怒りの叫び声を上げながら、左手に握っていた短剣を真っ直ぐに突き出すと、ビショップはそれをかわそうとして一瞬ではあったが、首元の僅かな隙間を見せた。無論それを彪舞は見逃すはずは無い。その片目にはその一瞬の隙がしっかりと捉えていた。


「くそだらああああっ!」


 そのまま右手の短剣をその隙間へと力一杯突き刺す。ビショップは首から血飛沫を上げながらも、彪舞を逃がすまいと肩を掴み、彪舞の顔はその返り血でどろどろに染まった。


 彪舞の肩にめり込んだビショップの指は彪舞の肩から骨の軋む音を引き出させ始めた。


「こっ、この野郎……っ!」


 ぎりぎりと歯軋りをしながら、彪舞は喉元に食らいつかせた短剣へ更に力を込めた。その瞬間、肩を掴んでいた指は吊り糸で引っ張られるかのように一瞬だけ上に跳ね上がると、そのまま力なく崩れ落ちた。


 縋りつく様にもたれ掛かったビショップを彪舞は見据え、無造作に掴んで払った。ナイトは自分の兄がいともたやすく殺されてしまった事を未だ信じられず、暫く何も出来ないまま剣を握りしめ足を止め、その場で固まってしまっていた。


「何処を見ている! お前の相手は俺だ!」


 風神を中段に構えた竜之介がナイトに向かって叫ぶ。我に返ったナイトが身構えて直ぐに竜之介と対峙した。その様を見た彪舞が声を荒げて言い放った。


「竜之介、今、がら空きだったろうが! 何をやってやがる! なぁ、葉月?」


 彪舞は竜之介のもたついた態度にさぞかしご機嫌斜めだろうと、期待しながら葉月に視線をむけると——。


「ああ……竜之介さん、身を挺して私を庇ってくれたのです。葉月はとても幸せなのです、それになんて、正々堂々と凛々しいお姿なのでしょう!」


 と、恍惚な表情を浮かべて竜之介に見入っていた。


「——な、なにぃい?」


 その様を見て呆然とする彪舞。必死に倒れているビショップと自分を指差して「こいつは、俺がやったじゃねえか! しかも、お前助けたしっ!」と、必死にアピールを繰り返す——が、葉月はそんな彪舞に目もくれなかった。


「くっそおおお、りゅのすけめえええええ!」


 と、声を振るわせ男泣きしながら、恨めしそうに竜之介を睨んだ。


 兄を殺されたナイトの怒りの矛先は目の前の竜之介へと一気に注がれ、炎を吹き出させながら剣を翳し襲い掛かって来た。


「——来いっ!」


 体勢を低くしたまま、竜之介が技の体勢に入り、握る風神に向けて己の力を送り込んだその時、突然左腕に激痛が走った。


「あぐっ!」と、竜之介が苦痛を口に漏らした瞬間、その異様な力の流れ方にハルが気付いた。


*竜之介、お前……まさか! 今直ぐ力を使うのを止めるのじゃ!*


 と、慌てて制止しようとしたが竜之介は「大丈夫だ!」と、言ってそのまま技を強引に繰り出す。


「風神——旋牙!」


 自分の技を繰り出すと同時に竜之介は左腕から力が削り取られる感覚を覚え、更に風神を覆う青い風は悍ましい闇を伴って渦巻きながら、ナイトを瞬く間に飲み込んでいった。


 ナイトは渦の中心で必至に抵抗していたが、次第に鎧が溶けていくように朽ち始め、やがて体がばらばらに分断して掻き消えてしまった。竜之介は振り切った風神を握り締めたまま、激しく息を荒げていた。


 竜之介の完全な勝利。そう瞳に映った葉月は喜び竜之介に近付こうとした——その時、


「葉月、その『化け物』に近寄るな!」


 と、まだ苦しそうに息を荒げている竜之介を指差して叫んだ。そして、


「てめえ、今まで人間を装って葉月を騙していやがったな……?」


 と、言って握っている短剣を真直ぐに竜之介へ向けた。葉月は彪舞が何を言っているのか分からず困惑した表情を見せた。


「彪舞、あんた何馬鹿な事を……」


「馬鹿野郎、葉月、まだ気付かねえのかよ……竜之介の腕を良く見て見ろ!」


「え? 腕——?!」


 葉月は息を飲み込んだ。未だ苦しそうにしている竜之介の左腕が赤黒く変色し始めていたからだった。否、そればかりではない、腕から溢れだした闇は蛇のように風神に絡みついているではないか。その悍ましい姿を見て彪舞は竜之介を一瞥すると、


「へっ、まさか俺達はこんな化け物と一緒に行動させられていたとはな……」


 と、言い頭に手を置いて甲高い笑い声を上げた。その笑い声が暫く城内に響き渡った後、再び静寂が訪れた。


「竜之介、おめえはやっぱ敵だわ。葉月に二度と近づかない様、此処で俺が殺してやるよ——亜殿、殺れ!」


『グゴオ——』


 未だ姿勢を変えない竜之介の頭上に亜殿の大きな足の影が覆った。そのまま竜之介は亜殿の足に踏み潰されるであろう、そう彪舞は考えていたが、その考えは我魔の突然の体当たりで吹き飛んでいってしまった。


 亜殿はバランスを崩しながら横転し、その勢いで周りの壁に大穴をあけた。


「な、何しやがる! 葉月!」

 

 視線の先、竜之介の前で両手を広げ、葉月が必死の形相をして彪舞を睨み付けた。


「それはこちらの台詞なのです! 彪舞、お前は竜之介さんに何て事をするのですかっ!」


「葉月、お前こそ現実を見やがれ! お前にも分かってるだろ? そいつは人間じゃねえ! 紛れも無い『チェス』だ!!」


「——だったら何だというのです? チェスが全て悪い者だと決まって居る訳では無いのですよ!」


「は、葉月、お前言っている事が滅茶苦茶だぜ!?」


「とにかく、これ以上竜之介さんに手を出すと言うなら、葉月は彪舞を許さないのですっ!」


「なっ、何!?」


「——止めてくれ、二人共……!」


 二人が対峙しているその背後で竜之介がなんとか自我を取り戻し、制止する。   


「りゅ、竜之介さん、大丈夫ですか?」


「ああ。なんとかね。でも葉月ちゃん、彪舞の言う通り俺に近寄ったら駄目だ。こうなった俺は何時チェス化するか——」 


「嫌なのですっ!」


 と、言い放った葉月は竜之介の方へ振り返ると、そのまま竜之介に抱きついた。


「は、葉月ちゃん?」


「竜之介さんがチェスだろうが、そうでなかろうが葉月にとって竜之介さんは竜之介さんなのです! 強くて、どこまでも真面目で、正直でそして……」


「——とても優しい瞳をしたお方なのです。葉月はこの先どうなろうと、ずっと竜之介さんのお傍にいるのです!」


 必死に縋りつく葉月を見て、竜之介は深く深呼吸をすると、


「有難う葉月ちゃん、もう大丈夫だから」


 と、にっこり微笑んだ後、彪舞を見据え、


「彪舞……もし、俺が本格的にチェス化するようだったら、その時は遠慮なく俺を殺せ!」


 と、言って真剣な眼差しを彪舞に向けた。彪舞は、


「わ、分からねえ……俺ら以外の種族は簡単に裏切りやがるんだぜ? 葉月もきっと俺の二の舞になる……」


 と、言って頭を抱え、


「だから、俺は葉月に俺と同じ思いをさせたくねえからそれで……」


 と、独り言の様に呟き始めた。


 やがて彪舞は指の隙間から仲良く寄り添う二人を目の前にすると、「ああっ! くそおっ!」と頭をガリガリ掻き毟った後、肩で息を幾度も繰り返すと、


「分かった、分かったよ! 竜之介、この場は退いてやる! 在り難く思え!」と、言ってずかずかと歩き始め、


「亜殿、いつまでもそんな所で呑気にひっくり返って寝てんじゃねえよ! さっさと起きやがれっ!」


 と、八つ当たりするかの様に亜殿に近付くと、尻をげしげしと蹴り始めた。


「彪舞、俺を信じてくれて有難う」


 と、その背後で竜之介がお礼を言うと彪舞は蹴っていた足を止め、振り返ると、


「いいか、竜之介! 勘違いするなよ! これは葉月の為なんだからな! 決して、絶対、間違いなく、完璧にお前の為なんかじゃないんだからなああっ!」


 と、拗ねる声を荒げて駆け足で奥に向かって進んで行った。竜之介と葉月はそんな彪舞を後から見つめた後、互いに目を合わし、苦笑いをしてその後を追った。

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