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■須惠千葵編(伍)

 べトルクは今の竜之介が既に「別人」である事を嫌という程感じさせられていた。


「全く……こんなタイミングで化け物が目覚めるとは、何とも忌々しいですねえ」


 警戒しつつ、距離を取って体勢を整える。


「フ、だが先程も説明した通り、私の神の目の前ではどの様な武装も皆無という事です」


 一瞬にしてべトルクの姿が消え、竜之介の目の前に剣を振り翳しながら現れた。


「そのまま串刺しになって塵と化してくださいイイイイ!」


 勢い良く竜之介の身体に突き刺す――事は叶わず、剣先は空を切り、空しい反復動作を繰り返した。


「――な!」


 攻撃をの手を止め、竜之介の姿を必死で探すべトルク。その耳元で低く囁く声がした。


「そんな便利な剣も僕に当たなければ意味をなさないよ?」


「だ、黙れっ!」


 直ぐ様振り向いて剣を振るうが、そこにはもう竜之介の姿は無かった。


「どうした? 僕は此処だよ?」


 高速で移動しながら攻撃を仕掛けようとするべトルクの背後から嘲笑う様に竜之介の気配が迫る。


「ば、馬鹿な!? 私の速さはチェス界一なんですよ? その私に付いてこれる者がいる筈などあり得ません!」


「そうか、それは残念だったね……」


 その台詞と同時にべトルクは背中を蹴られ、思いっきり地面に叩き付けられた。


「ぐうううううううっ!」


 鎧が砂に塗れ、無様にのたうち回る。その様を竜之介は愉快そうに見下ろしていた。


「さて……本体となる俺をこんな様にしてくれたお礼をしなくちゃいけないな」


 竜之介は赤い眼に鈍い光を走らせ、冷ややかな表情をして、水晶からハルを召喚する。黒装束を纏ったハルは無言のまま、吸い込まれる様に風神とリンクした。


 竜之介の腕からは悍ましい闇が取り巻き、そのまま風神を覆い始める。やがて風神の青い輝きが消え失せ、風魔の剣と化した。


「成程……それがその剣の真の姿でしたか、だとするとその力、秀光様さえも超える力かも知れませんねえ」


 よろよろと立ち上がる。


「見れば、貴方はまだその身体を完全に自分の物には出来ていないみたいですし、まだ私にも勝機はありそうですね。今の内にその芽を摘んでおきましょう……ArmⅡ」


 べトルクが呪文の様に呟くと、鎧が変化し、先程の重々しい鎧から軽量かつ強化された鎧へと変化し始めた。顔が露わになったべトルクは剣で竜之介を差しながら叫んだ。


「どうです? この美しく洗練された鎧は! これで私の速さは何倍も速くなった! 流石の貴方でも、もう付いては来られませんよ! フフフフ!」


 笑い声と共に姿を消し、竜之介の周辺から土煙が舞い上がった。

 

「本当だ、確かに速くなったみたいだ、凄いね、お前」


 感心しながら、体勢を低くする。

 

「この私の速さに互角に付いて来た事は褒めてあげましょう! ですが、これで終わりです!」


 再び姿を現したべトルクの言葉を聞いた後、ぽつりと竜之介が呟いた。


「――消えるのは君の方だけどね」


「風魔――滅影めっしょう


 竜之介が風魔を振り切ると、べトルクに向かって一陣の風が通り抜けた。その攻撃を受けたべトルクは一瞬驚きの顔を見せたが、自身のダメージが無いのを確認すると、安堵の溜息を吐いた。


「な、何かと思えば只のこけおどしでしたか。そんな攻撃等、蚊が刺したような物。痛く痒くもありませんよ?」


「――さて、それはどうかな?」


「な、何だと!? ううっ!!」


 急激に自分の力が吸い取られ始めたべトルクがその方向を振り向くと、そこに闇で模られた棺桶が蓋が開いた状態で現れ、人の形をした物が鎖に繋がれたままその中へと引きずり込まれようとしていた。


「あ、あれは何だ!?」


「風魔滅影、この技は本体にダメージを与えるのでは無く、その者の『魂』を引き剥し人の形に変える――」


「その魂と本体が繋がったまま、あそこに引きずり込まれたらどうなると思う?」


「な!? ま、まさか!?」


 人の型の右足が棺桶の中へと引きずり込まれた途端、ベトルクの右足が黒い闇に覆われ消滅し始めた。


「ああああああっ!? わ、私の、あ、足があああああ!」


 悲鳴を上げたべトルクを見ながら竜之介はほくそ笑んだ。


「その技からは誰も逃げれないよ? あ、ちなみに僕は凌ぎ合うってのがどうも苦手でね、こっちの方が楽で得意なんだよ」


「うあ、あああああっ! 秀光さまああああああ!!」 


 べトルクは闇の炎に包まれながら最後の言葉を残し、跡形も無く消え去った。棺桶はべトルクを飲み込むとゆっくりと蓋を閉じて消滅した。 


「次は、眠れるお姫様を起こさないとな……」


 竜之介はゆっくりと青い髪の女の方へと近づく。


「違った。こっちじゃなかった。全く、紛らわしいなあ」


 ドゥルガーの元まで行き、抱き上げると自身の唇を噛み切った。


「さあ、お姫様、気高き僕の血を与えてあげよう」


 そのまま唇を塞ぐ。暫くするとドゥルガーの体内から光が溢れ始め、傷口が見る見るうちに塞ぎ始めた。


「あ……う……」


 竜之介が唇を離した刹那、ゆっくりとドゥルガーの瞼が開き始める。ドゥルガーの瞳が竜之介の顔を捉えると途端に涙が溢れ出した。


「り、竜之介……私、まだ生きてた……」


「ああ、そうだよドゥルガー、俺が君を死なしたりなんかするもんか……」


 ドゥルガーを抱きしめた竜之介の口元が怪しく歪む。朦朧として定まっていなかったドゥルガーの焦点がはっきりと今の竜之介の顔を捉えるとドゥルガーは思わず、驚きの声を上げてしまった。


「り、竜之介! お、お前、その姿はどうしたのだ?」


「ドゥルガー、僕はやっと本来の自分に目覚める事が出来たんだ」


「その姿が本来の自分……?」


 優しく微笑む竜之介を目にしてドゥルガーは竜之介が本来持っていた何かが欠けている事を感じ取っていた。


「さぁ、ドゥルガー、僕達の居るべき場所に帰ろう」


「……帰る?」


「戻って、僕達で新しい国を創るんだ」


「新しい国?」


「ああ、そうだ。俺はチェス界に戻り王の座を奪い、忠実な兵や部下を集め進軍し、次々と他国をこの手に収める。どうだ? 凄いだろう?」


「……竜之介」


 恍惚の表情を浮かべながら悦に浸る竜之介を見たドゥルガーは静かに目を伏せ、すっと竜之介の手から離れた。


「そうだな……お前の言っている事は凄い事だ……」


「だろう? きっと楽しいよ?」


「ああ、私は竜之介が居れば、何処に行っても楽しいだろう……お前が『本当』の竜之介だったらな……」


「ドゥルガー、君はいきなり何を言い出すんだ? 僕は先程から此処にいるじゃないか?」


「確かに……その身体は竜之介の物だ。だけど……」


「待ってくれ僕は竜之介――」


 手を差し出す竜之介から、よろよろと距離を取り始める。


「その中に住まう心は、全くの別人だ! お前は誰なんだ!?」


 警戒しながら叫ぶドゥルガーを見た竜之介はその手をゆっくりと下すと不敵な笑みを漏らし始めた。


「――全く、虫の息だった君を救って敵をぜーんぶ、潰してあげたのに、随分と酷い仕打ちだなぁ……」


「煩い! 今直ぐ竜之介を返せ!」


「だぁかぁらぁ、さっきから言っているだろ? この俺こそが竜之介なんだってさぁ」


 ゆらりとドゥルガーに近づき、手を掴んだ。


「止めろ! その手を離せ!」


「随分じゃないか? ほらもっと良く触ってみなよ? この手、この顔、この髪……僕の全て」


 目を反らすドゥルガーの手を掴んだまま自身の身体を触れさせた後、右手でドゥルガーの顎を軽く上げた。


「な? よーく、分かっただろ、僕が竜之介だって事……」


 ゆっくりと顔を近づけていく。


「もう、観念して認めろよ? 僕が竜之介なんだって……」


 唇同士が今正に触れ合おうとした時、ドゥルガーは眦を上げ、叫んだ。


「こらああっ! 竜之介! 何時まで寝ているんだ! さっさと起きて私を迎えに来いっ! 馬鹿者めがっ!」


「見苦しいなあ、もうあいつは消え――ううっ!」


 竜之介がじりじりと後退し、頭を抱えて呻き出し始めた。


「う、嘘だろ? あいつは殆ど僕が飲み込んだ筈、なのになんで――ぐうううっ!」


「り、竜之介!しっかりしろ!」


「煩い! 僕の中で暴れるな! 引っ込めこの野郎っ!」


 頭を抱えた竜之介が顔を上げると、右の顔半分が人間の竜之介に戻っていた。 


『ドゥルガー……良かった……生きててくれて』


「止めろ! 勝手に喋るな! この身体はもう僕の物なんだぞ!」


 ドゥルガーは本来の竜之介を確認すると嬉しそうに駆け寄り、竜之介の右頬に手を当てて目を細めた。 


「馬鹿者、こんな輩に身体を奪われおって……だが、どうやらまだ間に合いそうだ……」


「竜之介……お前は拠点に戻り、チェスの血を完全に消し去って、新たな道を歩め……」


「おっ、お前、何て事を言い出す! ふざけるな!」


「私は本当の姿を竜之介に見られてしまった。それに私の身勝手な行動で随分嫌な思いをさせてしまった……騙し続けていた事も、もう言い逃れは出来ない」


「だぁかぁらぁ、僕が言っているだろ? こいつを完全に吸収すれば何の問題も無い! 向こうの世界でずっと僕と一緒に居られるんだぞ? なあっ、おい? 聞いているのか?」


 ドゥルガーは静かに首を横へ振った。


「それじゃ駄目なのだ。私が好きなのは、馬鹿で間抜けで本当にだらしないけど、優しくて、信頼出来る仲間が沢山居て、最後には計り知れない強さを発揮し勝利する、その竜之介が好きだったんだ、私はそんな竜之介で在り続けて欲しいと思っている」


『ドゥルガー……』


「だからお別れだ。竜之介、今まで私に沢山の思い出を作ってくれて本当に有難う。とても嬉しかったぞ」


「そ、そんな出来るものか! いや、させるものか! お前、僕が折角助けてやった恩を忘れて言いたい放題言いやがって! そうか、分かった、ならばこの身体を使ってお前を殺し、こいつを絶望させ、そのまま飲み込んでやる!」


『させるかあっ!』


 風魔を翳す手と押さえる手が入り乱れ、刀身ががくがくと揺れる。目の前で悲しそうに立っているドゥルガーを見ながら、内なる竜之介は今までの記憶を手繰り寄せて脳裏に映し出し始めた。


「そんな物を僕に見せるなああっ!」


 葵――否、ドゥルガーと重なった葵の姿が次々と映し出される中、内なる竜之介はある結論に達しようとしていた。


――俺が好きになったのは葵だ。


――その葵はドゥルガーだった。


――姿は偽物であっても、負けず嫌いな口調も、何処となく悲しそうな笑みも全て本物なんだ。


――なら、俺はどうする? 人間である事に拘り続けるのか? そうじゃないだろう?。


――そうだな、俺は……。


『俺は人間で無くなっても、ドゥルガー、俺は君と一緒に居たい、居たいんだっ!!』


「りゅ……竜之介!」


 内なる竜之介が、人間を捨て、チェス界でドゥルガーと共に生きようと決断した時であった。急に乗り移っていた側の竜之介がもがき苦しみ始めた。


「ぐああああああああああああ! く、苦しいいいいいっ!」


「お、お前、今、人間である事の蟠りを捨てやがったなあっ!」


「ぼ、僕がお前の中に存在出来たのは、人間でいようとするお前が居たからなんだよっ! がああああっ!! お、お前を完全に乗っ取る為にはその希望を全て食い尽くす事が条件だった!」


「そっ、それを、お前自らがチェス化を望むという事は――ごはああっ!!」


「この僕の存在理由が無くなったと同じ、つまり同じ意志を持つお前に僕は上書きされ――!!」 


「この……僕が……消え……し――ま――」


 その言葉を最後に人間である側の竜之介の顔は再びチェスへと戻る。だが、今までの悍ましい眼とは違い、ドゥルガーを見る瞳は以前の優しい竜之介の物に代わっていた。風魔に取り巻いていた闇の渦も消え、元の風神の姿に戻り始めている。


「竜之介、お前はなんて馬鹿な決断をしたんだ!!」


 両肩を震わせ、涙ぐむドゥルガーにそっと寄り添った。


「……これでいい。俺が初めて君と出会った頃から、きっとこうなる運命だったんだよ」


「ほ、本当にいいのか? 後悔していないんだな?」


 青い眉を歪めながらドゥルガーは言葉を漏らした。


「俺が、後悔したらまたあいつが目覚めるかもしれないだろ? だから俺はこれから先、ずっと後悔しないよ」


「ああ……竜之介、本当にずっと私と一緒に居てくれるんだな? 一生誓ってくれるんだな?」


「――ああ、誓う」


「う、嬉しいぞ! こんな気持ちになったのは初めてだ! 竜之介、私はお前を絶対に手離さないっ!」


 しっかりと両腕を背中に回し、ドゥルガーは竜之介を抱きしめた。


「……じゃあ、俺を連れてってくれないか? チェス界へ」


「うむ、一緒に帰ろう!」


 ドゥルガーが持っていた通信機に向かって誰かと話すと、暫くしてから二人の前に奇門が現れ始めた。


「竜之介、お前がキングとなり、新しい国を作るのだ!」


「キングか……それも悪くないな。あ、そういえば今、秀光が向こうの世界を乗っ取っているんだったな」


「そうだ、だからお前が奪い返すんだ」


「いずれにせよ、長信さんとの約束は果たさないといけないし……よし! じゃあ行こうか」


「うむ! 行こう!」


 二人は手を繋ぎ、微笑み合いながらそのまま奇門の向こうへと姿を消して行く。次の日、棋将武隊では竜之介と葵の二人が忽然と姿を消している事が分かり、「愛の逃避行」という事で騒然としていた。


 それから数日後、チェスの出現がぴたりと止んだ。だが、これで平和が訪れた訳ではなく、チェスが十洞千国から手を引いた噂を嗅ぎつけた別世界の者が新たに民を襲おうと出現し始めていたのである。


 その最中、不思議な噂が棋将武隊を駆け巡っていた。戦地で棋将武隊に良く似た別動隊が援軍の様に現れては、敵を殲滅するという物だ。


 更にその者達が羽織ったマントには以前見たチェスの紋章が縫い込まれており、その前線に立つ者の胸には「と」にも似た文字のバッジが付いていたという――。



「と成」の竜之介――須惠千葵編(完)


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