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■須惠千葵編(肆)

 戦場から戻ってきた竜之介は傷ついた姫野を医務室へと運び、ベッドの上で静かに寝息を立てている姫野をぼうっと見つめていた。


「俺が不甲斐無いせいで姫野隊長をこんな目に合わせてしまった……」


 竜之介は戦場での出来事を振り返る。


『――直ぐに取り戻すからな!』


 突然、もう一人の悍ましい声を思い出す。


「うおおおっ!」


 チェス化に恐怖し、慌てて自分の腕を見て変化が無いのを確認すると、両手で自分の顔を覆い、ずるずると下に下げて安堵の溜息を吐いた。


「良かった、何ともなってない」


 再び姫野の方へ視線を向けた時、ふと背後に人の気配を感じて振り返った。


「ふん、姫野らしくねえ、随分やられちまったようだな」


「――美柑さん」


 美柑はだるそうに頭を掻きながら竜之介の方へと近づいてくる。


「何だ竜之介、お前まだ其処に居たのか? そんな所にぼうっと突立っていても、どうせ何も出来きゃしないんだからとっとと自分の部屋に戻りな」


「……う」


 核心を突かれ、自分の弁明を誰でも良い、聞いて欲しいという思いが竜之介の口を開かさせた。


「記憶を無くす前の俺はもっと姫野隊長の事を知っていた筈なんだ……どういう風にこの人に接していたのか、もしかすると互いに身体を寄り添う仲だったのかもしれない。そう感じていれば俺は姫野隊長をこんな目には――」


「竜之介、今そんな事を口に出して何になる?」


 竜之介は自分の言葉を遮り、怪訝そうな表情をしながら腕を組んでいる美柑を見た。


「お前がこうなっちまったもんはしょうがない、これは運命なんだ。とっとと諦めな」


「そんな事より、今自分の頭の中にある、大切な人の事をこれから考えるべきだろ?」


 美柑に大切な人と言われ、竜之介は直ぐに葵の姿を思い浮かべた。その様子に気付いた美柑は少し面白くなさそうな表情へと変わり、脇と豊満な胸の重みで竜之介の頭を押さえ付けた。


「ぐええっ!」


「ほれ、ほれ、今思い浮かんだだろ? そいつだよ、そいつ。ったくよぉ、お前の頭の中に私の記憶があっても、完全に恋愛対象外になっちまってるなんてな、面白くないねえ」


「美柑さん、ぐるしい……」


 何も無かった様に美柑は竜之介を解放すると、両手を気だるそうに白衣のポケットの中へと押し込む。


「分かったら、さっさと此処から出ていけ。お前にゃ分からんだろうが、わざわざお前を追って十洞の山奥からお前を追っかけてきた女……いや、待てあいつは獣女か? まあいい、そんな奴もいたんだぜ? まぁ、その努力は結局無断になっちまったけどな」


 出ていけという言葉の後は美柑が呟く様に言った為、竜之介には聞こえなかった。そのまま一礼をした竜之介は医務室から出ていく。表に出た竜之介は夜空の月が静かに流れる雲で見え隠れしている様子を目にしながら自室に戻ろうと足を向けた。


 そんな時、竜之介は少し離れた所で誰かが建物から出ていく姿を捉えた。時間的にもう隊の者は任務に備え、身体を休めている時間帯の筈である。それなのに何処に向かうのだろうかと竜之介は気になり、建物の影に身を隠すと、その人物を目を凝らして見つめた。


「ん!? あれは……もしかして、葵じゃないか?」


 葵は周りを警戒しながら、何処かに向かっていた。竜之介もその後を息を殺しながら追っていく。その葵は正門へと向かったかと思うと、並み外れた力を出して守衛の建物の屋根を踏み台にし、十洞山へと入って行った。


「こんな時間に十洞山に入るなんて一体何の用があるんだ? しかも守衛に気付かれない様にしてまで……プライベート絡みだし、俺はどうすれば……」


『――大切な人の事をこれから考えろ』 


 追尾するかどうか迷っていた時、美柑の言った言葉が竜之介を決断させた。一人頷いた竜之介は葵の行動を真似して、十洞山に入り込む。


「居た……見つけたぞ……」


 足を速めた竜之介は直ぐに山奥へと入り込んで行く葵の姿を捉えた。一定の距離を保ちながら竜之介も尾行する。葵はやがて滝の音がする方へと足を向け始める。その音は次第に大きいものへと変わり、縦横無人に生えている草木の匂いが竜之介の鼻を突くと、その場所が何故か懐かしい、そんな気持にさせた。


「待て……俺は確か此処で誰かと……」


 竜之介が何かを思い出そうとした時である、葵が一人中央に立ち、いきなり誰かに向けて叫び始めた。


「――べトルク、とうに着いているのだろう? さっさと姿を見せろ」 


 葵が当たり前の様に口にした名前は、間違いなく人間を差す物では無い、敵側の名前であった。竜之介が不思議に思い身を前に乗り出した時、亡霊の様に一人の男が姿を現した。


「――葵様。完全に気配を消している私に気付くとは……流石ですねえ」


 明らかに上司に対する仕草を見せるべトルクに竜之介の疑問は更に深まった。


「私はお前の顔を知っているが、その怪しい偽の顔も気味が悪い程、良く似合っているな」


「フフフ、葵様。その言葉、このべトルク、褒め言葉と受け止めます……」


「ふん、そんなつもりは毛頭ないのだがな……それより、例の薬は持って来たんだろうな?」


 二人の会話の「薬」という言葉に竜之介は耳を疑った。最近葵が体調を崩していたのは知っている。それを直す為にその薬を手に入れるからといってこんな所で、しかも敵側から受け取るというのは全く理解出来ない。その気持ちが竜之介を更に混乱させた。


「はい。葵様、薬は此処に――」


「ふん、さっさとそれを此方に渡せ」


「分かりました。葵様、ではこのシェルⅢの使い方をご説明しましょう。ああ、これはもはや薬とは呼べません。言うなれば常駐型の変換機といった方が良いでしょう」


「――常駐型?」


「はい。此れは飲み薬ではありません。私の腕を見てください、この様にシェルⅢは自分と一体化し、思うがままその姿を維持する事が可能なのです」


 この会話を聞いた竜之介は一瞬眩暈を覚えた。それは葵が敵側の者だという事を理解したからだ。そしてその真の目的はおそらく人間に化け、棋将武隊に潜伏して動きを掴み、その情報を漏らしていた密偵の役目の為だと痛感したのであった。


「葵……嘘……だろ?」


 竜之介は葵に裏切られた気持で一杯になりながら、共に行動した葵の仕草や笑顔を何度も頭の中でループさせた。


「さぁ……葵様、これをお持ちください」


 べトルクがもう一つのシェルⅢを取り出すと葵の方へ差し出す。


「べトルク、本当にお前は賢い奴だな……こんな凄い物を作り出すとは……褒めてやるぞ」


「……いえいえ」


 葵が今正にシェルⅢを手に掴もうとした刹那、べトルクがその指をゆっくり離して宙へ泳がせた。「あ……!」という表情をし、自分の両手で地面に落ちるのを防いだ葵がほっとした表情を浮かべた後、直ぐに苦痛の顔となり、視線を下に落とした。


「ううう……」


 その視線の先に見えた物――背後から貫かれた剣先から滴り落ちる自分の血であった。刺さった剣が強引に引き抜かれた後、よろよろと葵は振り返ってその刺した人物を見て愕然とした。


「お、お前は……デュルガー!!」


「ふふ。お姉様、こんばんわ。いえ、永遠にさよならの方が良いかしら?」


 デュルガーは目を細め、ドゥルガーの血が滴り付いた剣を見つめながら恍惚の笑みを浮かべる。べトルクに向き直った葵は傷口を手で覆いながら睨み付けた。


「べトルク……これは、一体……どういう事だ? かふっ!」


「葵様……今までのお勤めご苦労様でした。あなたの死、このべトルク決して無駄には致しません」 


「なん……だと?」


「葵様……いやいや、馬鹿なモルモットと言ったほうが相応しいかも知れませんね。貴様は知らないだろうが、その姿になっている間、その両目には今まで見聞きした物が全て記憶されているのですよ……私はそれを回収に伺った次第です」


「そ。だから私達はお姉様を殺してその忌々しい目をくり抜きに来たって訳。馬鹿なお姉様、まんまと騙されて、しかも、何時も警戒を怠らず一時も隙を見せななかったお姉様が、まさかこんなくだらない物に魅入られて完全に無防備になるとはねえ……」


「く……うう……」


 地面に力なく崩れて落ちていく葵の姿を今までの鬱憤を晴らすかの様に楽しそうに見つめたデュルガーは直ぐ近くで身体を震わせ、顔面蒼白で茫然と立ち尽くして居る竜之介に気付くと、更に愉快そうに声を上げた。


「あら!? あらあらあらあら!? お姉様、ほらほら見て見て! お姉様を心配してのこのこ後を付いてきた竜之介が目の前に居るわよ!」


「え……竜之……介?」


「あ、葵……っ!」


 その目の前で薬の効果が切れ始め、葵の青い髪が月夜の光に照らされ浮かび上がった。その姿をデュルガーはしゃぎながら指を差し、竜之介に向かって叫んだ。


「さあ! 竜之介、良おく御覧なさい! これがお前を慕っていた女の真の姿なのよ! どう? 今までずっとお前を想い続けていた女が私のお姉様だったというご感想は!? あは、あははははははっ! その間抜け面、本当に楽しいわあ!」


 竜之介とドゥルガーはお互いに見つめ合う。そしてドゥルガーは蚊の鳴くような声で申訳なさそうに呟いた。


「今まで騙してすまない……竜之介……さぞかしお前を失望させた事だろ……う。で、でも。ううう……わた、わた、私は本気で……お、お前を……」


 ドゥルガーは口から血を吐き、這いずる様にして震える手を竜之介に向かって伸ばす。その青い瞳と乱れた青い髪を見た瞬間、竜之介は戦場で初めてドゥルガーと出会い、そして葵としてこの滝壺で出会った時の記憶を取り戻した。


「嘘だろ……! ドゥルガー……君がまさか葵だったなんて!」


「……竜之介……わら、わらってくれていい……そうまでしてお前の傍に居たかった私を……でも、ねがうことなら、ゆるされるなら……もっといっしょ……いっしょ」


 懸命に伸ばした手はデュルガーの足によって無常にも踏みつけられた。


「ふん。気持ち悪い。餌に心をときめかすなんて、吐き気がするわ」


 虫螻を見る目で死にゆくドゥルガーを見た後、振り返って不気味な笑みを見せる。べトルクはドゥルガーが必死に握っていたシェルⅢを取り上げると、目の前に投げ捨て、それを足で踏み潰して粉々に壊した。


「あ……」


 目の前の希望が打ち砕かれ、絶望の声をドゥルガーは漏らした。


「このような物を作り出す事は私にとって造作も無い事。これから死んでいくお前にわざわざ作って見せた理由。それは何時も気高くクイーンの座に居たお前のその絶望の顔が拝みたかっただけなんですよ! フフフフフ! アハハハハッ!」


 デュルガーと共に狂った笑い声を上げたべトルクは笑い声をピタリと止めると、冷ややかな目をして言い放つ。


「さて……茶番はその位にして、虫の息のお前からその両目を頂きましょうか……」


 ゆっくりとドゥルガーに近づいて行く。その光景を目の当たりにしている竜之介は混乱の渦に飲み込まれていた。これから共に歩もうとした女が敵のクイーンでそれは誰もが最も恐れていた闇のドゥルガーだった。その女が自分の事を想い、命を投げ出してまで自分に近づいて来た。その女は今目の前で惨殺されようとしている。


 ふと気付くと、竜之介は本能的に武装をし終え、風神を抜刀して二人の前に立っていた。べトルクは竜之介を怪訝そうに睨み、自身のシェルⅢを外して無造作に投げ捨てると、懐からスティック状の物を取り出して手に握り締めた。


「ほぅ……事実を知った上で、まだこの女を助け、私と戦うつもりですか?」


「ああ……その通りだ!!」


 睨み返した竜之介は風神を中段に構えた。


「なんと愚かしい事を……。諦めなさい、この女はもう助かりませんよ? それに何故、お前は敵でもあるこの女を何故助けようとする? 全く無意味な――」


「黙れっ! 無意味なんかじゃあねえっ! こいつは……葵は……俺の、俺の……」


「大切な娘なんだよっ! 敵とか味方とか俺にはそんな事どうでもいいっ!」


 竜之介の声が届いたのか、意識を失った筈のドゥルガーの身体が一瞬動いた。


「何? お姉様、まだ生きてるの? 早く死ねば?」


 デュルガーが手を踏みつけていた足を浮かせ、そのまま頭を蹴りつける。その瞬間、竜之介の怒りが頂点に達した。


「お前等……ぶっ殺してやるっ!!」


 その瞬間、竜之介の鼓動が激しく高鳴った。


「ベトルク、こいつ、貴方と戦いたいんだってさ。どうする? 相手してあげる?」


「そうですね……まぁ勝負にもならないと思いますが、いいでしょう相手をして差し上げましょうか、と言ってもこの者の先に待つのは死ですけどねえ……Arm」


 その言葉と同時にべトルクが武装する。胸に刻まれたルークのエンブレムが不気味に光を放った。


「いくぞっ!! べトルク覚悟――!!」


 その言葉を竜之介が発した時には目の前にいる筈のべトルクの姿は消え、変わりに甲冑の隙間から勢い良く血が噴き出していた。


「がああああああっ!!」


 その場で身体を押さながら崩れ落ちる竜之介。その無様な光景を目にしながらべトルクは退屈そうに声を漏らした。


「相手が悪かったようですね。よりにもよって私ですからねえ。ああ、私の持つ剣『神の目』はお前達の甲冑を簡単に擦り抜けて確実にダメージを与えますからねえ、武装しても無駄ですよ?」


「流石チェス界一速いと噂されるだけの事はあるわね、べトルク。さあ、さっさとそいつを殺して帰りましょう」


「やれやれ……せっかちは流石姉妹と言ったところでしょうか、言われなくても直ぐに終わらせますよ」


 気だるそうに剣を斜めに構え、ゆっくりと竜之介を追い込む。 


「とは言っても、今の攻撃でまだ生きてるとは……流石ドゥルガーが目を付けただけの事はあると言ったところでしょうか」


「だが……次はありませんよ?」


「俺は絶対に負けないっ!! ハル、出て来い! 俺に力を貸せっ!!」


 竜之介はハルを召喚したが、ハルは一向に現れる気配がない。


「な……ハル、お前どうしちまったんだ? ハル! 出て来いよっ!」


 竜之介の慌てぶりに気付いたべトルクは愉快気に鎧を揺らした。


「おやおや……確か棋将武隊の持つ武器は契約した精霊の力を借りて初めてその力を発揮するという代物の筈でしたねえ、それが使えないとなると……その剣はただの鉄屑同然ですね、なんと見苦しい事か」


「黙れっ! 俺は最後まで戦うぞ!!」


 絶望的な状況でも戦う意志を崩さない竜之介に、べトルクの視線はドゥルガーへと向けられた。


「成程成程……こんな状況でもまだ私と戦おうとする理由はあの女でしたか。では、完全にその希望が失われてもお前はまだ、私に剣を向けていられますかねえ?」


 マスクから怪しい声を漏らすと、踵を返して楽しそうにデュルガーへ言い放った。


「デュルガー、その剣で女の首を撥ねてください。私はその後、絶望に満ちたこいつの顔が拝みたいのです」 

 

「あ、そうだわ! そうしましょう、フフフフフフ」


 ゆっくりとドゥルガーの頭上に剣を翳し始める。

 

「や、やめろおおおおお!」


「幾ら泣き叫んでも無駄ですよ」


「うがあああああああああああっ――!!」


 竜之介が絶叫した後にその口は静かに閉じられた。そして再び開いた瞬間、別の低い声が新たに漏れ始めた。


「――上出来だ、お前達」


 その背後でデュルガーは躊躇無く剣を振り下ろし、ドゥルガーの身体が分断される様を見て、歓喜に打ち震えている――筈であった。だが、両手に握っていた剣は何処にも存在しない。


「あ、あれ? 剣が無い?」


「お前の探し物はこれか?」


 低い声と共にデュルガーの胸元から鋭い剣先が姿を現した。


「あ……れ?」


 悲鳴にも似た声と同時に血飛沫を上げ、貫かれた剣を握り締めながら、デュルガーはそのまま地面に膝を付いてぐにゃりと体を丸めた。


「――何だと!?」


 予想していなかった光景を見せられたべトルクが直ぐに体勢を整え、目の前の竜之介の悍ましいい程の力を悟ると、後ずさりをしながら剣を構え直した。


「誰です、お前は? 明らかに先程の者とは違いますね」


 風神を肩に担いだ竜之介は無表情のまま冷ややかに言い返す。


「やあ……こんばんわ、べトルク君。いや、永遠にさよならの方がいいのかな?」


「――な!」


 竜之介は殺意に満ちた赤い眼で、ベトルクを見据えると体中から溢れる殺気を漏らしながら、にっこりと微笑むのであった。


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