■上杉蛍編(参)
竜之介の耳に優しい水音が響いてくる。少し息を深く吸えば新鮮な空気が胸に送り込まれてきた。ゆっくりと目を開ける。成程、自分は今自然の中にある十洞山の道場で一夜を明かしたのだと気付いた刹那、胸元から漂う甘い香りが竜之介の鼻を擽った。
胸元にゆっくりと視線を向けると、眠気眼だった竜之介の目に、胸の中で可愛い寝息を立てて寝ている蛍の寝顔が次第にはっきりと映り始めた。刹那、自身のあらぬ姿に気付き、思わず目を見開いた。
「な、何故に俺は――裸なんだ?」
その答えは、同じ姿をした蛍を見る事で直ぐに辿り着く。事態を把握した竜之介。だが今は蛍がぴったりと密着している為、どうする事も出来ない。
竜之介は自由の利く首だけを動かし、通信機の時刻を確認する。と、同時に顔が青ざめ始める。
「う、嘘だろ……もう集合時間じゃないか!」
慌てて、蚊の鳴く声で蛍に必死に呼び掛けると、その声に気付いた蛍が「もう、お腹一杯にゃあ」などと寝惚けながら目を覚ました。
「……うにゃにゃ? 竜之介。どうしてお前がここにいるのにゃ……?」
蛍はどうやら自分の部屋と勘違いをしているようだ。その答を蛍は過去の記憶を辿る事と共に、自身の姿を見る事で気付き、恐る恐る竜之介の顔を見た蛍は一気に顔が紅潮し始め、頭から湯気が噴き出す。
「うにゃあああー! 私は勢いで竜之介ににゃんて事をしてしまったのにゃあああ~!」
身体を起こすや否や、竜之介に小さな背中を向けて頭を抱えながら天を仰ぐ。刹那、くるりと振り向き直り眦を上げた。
「竜之介、こうなったら私と結婚してくれにゃ! 私が責任とるにゃあっ!」
「――えええ!? ほ、蛍さんいきなり何言ってるんですか! というか、それは俺が言うべき台詞だと思うんですがっ!」
「……え?」
暫く静かな時間が過ぎていく。そこで竜之介は大事な事を再び思い出した。
「ああっ! そうだ、蛍さん、此処で呑気にしている場合じゃないですよ! もう皆が集まってる時間です! 早く山を下りないと!」
「集まる? 何処へにゃ? ……ああっ! し、しまったにゃああああっ!」
慌てて二人は着替えて山を下り始める。道中、蛍が嬉しそうに竜之介に話し掛けた。
「竜之介、さっき言った台詞、この戦いが終わったら、もう一回ちゃんと言ってくれにゃああ!」
息を弾ませながら、目を細める蛍を見て、竜之介は苦笑した。ようやく二人が集合場所の転送ゲート室に到着した時、その仲を羨むかの様な空気が周りのざわつきと共に一瞬にして流れた。
「見ろよ、二人揃って今頃お出ましだぜ?」
「なんかあの二人って、夫婦みたいな空気が漂ってない?」
隊の者の言葉に各隊長達の表情が一瞬凍りつく。
「お前達、やっと来たのか。遅いぞ! 何をやってたんだ!」
眉を顰めた玄真に「昨夜、俺達は一つになりました」などと言える筈も無く、互いがもじもじとしている。何かを悟った玄真は深い溜息を吐くと、周りに向けて作戦を説明し始めた。
「いいか皆の者! チェス界はどの様な所なのか検討さえ付かぬ。決して気を抜くな!」
「チェスに寝返った卑劣な秀光を倒すため、我々は敵の陣を破り、作戦の要でもある竜之介を秀光の元へと導くのだあっ!」
「おおおおおおおおっ!」
士気が一気に高まった刹那、一人の隊の者が慌てて玄真の元まで走り寄りって片膝をついた。
「玄真様、ご報告致が……」
「――何事だ?」
「はい、我が金組隊長代理の須恵千葵の死体が、先程十洞山の山中で発見されまして……」
「何だとっ!?」
「――それで、誠に不思議なのですがその衣装を纏っていた人物はあの『闇の女王』ドゥルガーだったのです」
「須恵千葵が……ドゥルガーだと?」
「はい。そのドゥルガーの手には何らかの薬が握られており、それを調べれば何かが分かるかと……」
「ドゥルガーが危険を覚悟で我が隊に潜伏していたとは……何かを探っている様子は見られなかったが、一体何が目的であったのか……解せぬ」
玄真は腕を組み、訝しそうな表情を見せた時、竜之介は以前、晩に葵が通信機で誰かと話をしている所を見た事を思い出す。
――そう言えば、あの晩、一体誰と会話をしていたのだろう? 何かを貰いに行くとか何とか言ってた気が……。でもあの時、俺を見た時に何であんなに寂しい瞳をしたのか……?
竜之介の考え込んでいる時、突如玄真の言葉が竜之介の思考に割り込んできた。
「葵は我が武隊の大きな戦力でもあった……この様な時に『葉月』も隊を抜け、自身の里に帰り『武動』の戦力も同時に失ってしまうとは……誠で残念でならん」
――葉月。俺は何処かでこの名を聞いた気がする……。
この時、ノイズが走り、一瞬綺麗な満月の夜の画像が頭に浮かんで消えていった。
――駄目だ、やはり何も思い出せない。
「我々は振り返ってはならぬ! 目指すは敵地チェス界! 今こそ戦いの時! 皆の者、出陣だああっ!」
「おおおおおおおおっ!」
再び玄真が周りの士気を高め、一気に周りの空気が振動した。それを皮切りに次々と隊の者が転送ゲートの向こう側へと消えていく。
「抜刀――魂狩」
「抜刀――風神」
武装を終え、互いに精霊を召喚する。
「来るにゃ……津知乃」
現れた津知乃は、二人をじーっと見つめると途端に妖しい笑みを浮かべる。
*このこの、憎いよぉ、お二人さん! 二人の噂は精霊界でももっぱらの評判ですよぉ!*
「煩いにゃ! 変な事言ってないで、さっさとリンクするにゃ!」
*ほーい。あ、でもいいのかなぁ? 君が忘れてしまった精霊の娘二人、ずーっと石の様に固まってるよぉ?*
――精霊? 二人? 一体何の事だ?。
「――津知乃、いい加減にその軽い口を閉じないと……」
*蛍ぅ、その目は怖いよぉ*
慌てて津知乃は魂狩の中に逃げ隠れた。その後に続く様にして、竜之介はハルを召喚する。ハルもその噂を聞いていたのか、気難しい顔をしながら暫く黙って宙に浮いていたが、やがて蛍に向けて毒付いた。
*……ふむ。お主が選んだ運命の女は大鎌使いか……にしても、お主にはちと釣り合わぬお子ちゃまだのう*
「にゃ、にゃんだとう!」
*……ふん!*
そのまま怪訝そうな顔を残し、ハルは風神にリンクする。蛍と顔を見合わせた竜之介は慌てて苦笑し、取り繕った。やがて竜之介達がチェス界に転送される順番が回ってきた。
「さぁ、行きましょう! 蛍さん!」
優しく手を差し伸べる竜之介。その手に蛍は一瞬触れようとしたが、静かに首を横に振った。
「……蛍さん?」
「今は止めとくにゃ……だって、帰ってきた時、お互い何方か一人だったらとても寂しいにゃ。だから生きて帰ってきてから思いっきり手を繋ぐにゃあ」
上目遣いで竜之介に破顔する。
「分かりました、蛍さん。でも、俺は死なないし、蛍さんも死なせない。俺が必ず守ります」
「……にゃはは、嬉しいにゃあ」
二人が転送ゲートの向こうへと消え、再び自身の足に感覚が戻った刹那、目の前が辺り一面深い霧に包まれている光景が視界に映る。先に到着した隊は既に陣形を敷き終え、うっすらと伺える橋の手前で待ち構えているチェスの軍勢と対峙していた。
「――やはりこちらの動きが秀光に読まれておったか。だが、本より覚悟の上、皆の者、突き進めええっ!」
「うおおおおおおおっ!」
玄真が叫んだ直後、戦が一斉に開始され、周辺の彼方此方で剣がぶつかりあう音が響き始める。道を切り開いた歩兵達がチェスの軍勢を押し退け橋を渡ろうと攻め入った時、突如血をまき散らしながら、四方に吹き飛んだ。
「な、何だ!?」
歩兵達が驚きの声を次々に上げ始めた。
「ば、化け物だ! 鉄球を振り回す化け物がいるぞっ!」
「駄目だ! 全然近寄れないっ!」
橋の手前で鎧を纏ったチェスが自身の細い体にそぐわない鉄球をゴム毬の様に軽々と振り回している。その速さは風を巻き起こし、巨大な旋風と化していた。
[どうしたの? 誰も私を越えられないの? 情けないわねえ]
ルークは愉快そうに笑うと周りの歩兵を鉄球で吹き飛ばす。
「怯むな! 遠隔攻撃に切り替えろ! 力を集中して上から狙え!」
水、炎、雷属性を扱える武隊が力を合わせて、ルークに向け一斉に技を放つが、全て旋風によって掻き消されてしまった。
「駄目だ! 全然通じない!」
「下だ! 地面を潰せ!」
[ふーん。そう来る? でも残念。それは予想済み]
土属性が扱える者が地面を崩そうと試みるが、同じ属性を持つチェスがそれに対抗し、相殺されて叶わなかった。
[あはははっ! どうした、棋将武隊の兵共? つまらない、全然つまらないわっ!]
回転を止め、地響きを轟かせながら鉄球を地面に落とす。左手に剣を持ち、明らかに男の者とは思えない甲高い声の持ち主。だが、胸にはルークの紋章が刻まれている。
「馬鹿な? ――お、女のルークだとっ!?」
歩兵達が驚きの声を上げると、鎧の中から不機嫌な声が飛び出した。
[――何よ? ルークが全て男じゃいけないなんて決まってないでしょ? 全く、失礼しちゃうわねえ]
ルークの隙ががら空きになったのを見た歩兵の一人が叫ぶ。
「馬鹿が! 鉄球の回転を止め、自らの隙を作るとは! 攻め込むのは今だあああっ!」
刀を翳して歩兵達が一斉にルークの領域に足を踏み入れた。
「その首、貰ったあ!」
四方八方から剣先がルークに襲い掛かった刹那、嘲笑と共にその周りでルークの持つ剣が妖しく踊った。
「……うう」
周りを囲っていた歩兵達が無残にも次から次へと倒れると、地面から赤い花が咲く様に血が広がって行った。
[馬鹿な兵達。この私、『豪速のルーク、ロスク』の領域に無防備に足を踏み入れるなんてねえ……? あら? もしかして知らなかったのかしら? ……ああ、そうか、もう随分昔の話だったわねえ。残念]
ロスクを倒そうと次から次へと攻め込んでいく歩兵達。だが、ロスクは独り言の様に昔話を語りながら剣を華麗に躍らせ、自身の周りに次から次へと骸の山を築きあげていく。
[そういや、なんていったかしら? お前達の中に一人、私が唯一気に入った男がいたわね。その男は私の友達とまさかの駆け落ちをしちゃったけど……うーん]
視界をおもむろに前に向ける。そこへ橋の袂まで辿り着き、無残な光景を目の前で見せられた竜之介達が立っていた。ロスクは竜之介に気付くと、面のマスクを上げ、鋭い目を覗かせてにっこりと微笑んだ。
「あら? 貴方、その男の雰囲気にちょっと似てるわ……」
更に、竜之介が握っている風神を見て何かを思い出す。
「――その青剣、貴方、秀光様が言っていた竜之介ね。あら? 私その青剣、何処かで見た気がするんだけど、何処でだったかなぁ?」
「ロスク……俺は秀光を倒す! そこを退けろ!」
竜之介は静かに風神を構える。それを見たロスクは溜息を吐きながら頭を振った。
[秀光様と勝負がしたいの? 残念ね。それを叶えたいのなら――]
鉄球が軽々と宙を舞い、再び回転し始めた。
[私の壁を越えて見せなさい!]
一気に旋風が巻き起こる。
「こんな物、私の魂狩で刈り取ってやるにゃあ! お前はそこで見てるにゃ、竜之介!」
蛍が竜之介の前に出て、舌なめずりをした。
「蛍さん! 行っては駄目だ――」
竜之介の制止をを振り切って、蛍が大鎌を斜め下に構えながら、真っすぐに突っ込んで行く。
「行くにゃあっ! 魂狩百岩っ!」
一気に大鎌を上に振り上げると地面が割れて競り上がった。刹那、後方にいるビショップ達が相殺しようとするが蛍の力に押され、無数の大岩の塊が旋風を潰す勢いで上空へと舞い上がり、襲い掛かった。
「どうにゃああっ! この蛍様の力をみくびるにゃあっ!」
「おお! 流石蛍隊長! 地を扱う力が半端じゃない!」
歩兵達は一斉に歓声を上げる。だが大岩は旋風の中で鉄球に打ち砕かれ、大砲の弾の様に跳ね返り、一瞬にしてそれに当たった歩兵達の悲鳴が飛び交う地獄へと化してしまう。その場に茫然と立ち尽くす蛍に向け岩の塊が飛んできた。
「蛍さん! 危ないっ!」
竜之介は飛び込みながら蛍を抱き抱えると、背中越しに勢い良く地面に滑り込む。
「くうっ!」
胸の中に納まった蛍が震える声を出しながら竜之介を見上げた。
「竜之介……どうしよう、私、仲間を……仲間を傷つけてしまったにゃあ!」
[あははは! 馬鹿な女! 私との力の差も見極めず、無様に自爆するなんてねえ]
ロスクが愉快げに高笑いする。すっかり自信を失った蛍は顔面蒼白のまま俯き、魂狩を杖にしてよろよろと立ち上がった。
[――お前はもう死ねば?]
ロスクは目を据わらせて、鉄球の向きを蛍の立っている方へと変化させた。唸りを上げながら自身に真っすぐ向かってくる鉄球を蛍は茫然と見つめていた。ロスクは鉄球が直撃し、蛍の肉片が周辺に飛び散ったと思ったが、竜之介が瞬時に間に割って入り、風神で受け流したのを見て驚いた表情を見せた。
[あら残念……貴方、やるじゃないの]
即座に手元に引き戻し、再び回転させ始める。
「蛍さん、俺は言いました。貴方を死なせないと。今からは俺の背中を見ててくればいい……俺が貴方の盾となります」
「竜之介ぇ……」
背中越しに蛍に語り掛けた竜之介は態勢を低くし、風神を下段に構え刃を天に向けた。
「風神――鎌鼬」
一気に垂直方向に振り上げる。刹那、鋭くなった風の刃が旋風を断ち切らんとばかりに突き進み、双方がぶつかり合った後――竜之介の鎌鼬が掻き消えた。
「お、俺の鎌鼬がっ!」
[残念だったわね! そんな軟な風如きでは私を到底止めれないわ! あははははっ!]
「な、ならば、これはどうだっ! 受けて見ろ、俺の必殺技……!」
ゆっくりと上段に構える。
「風神――昇龍刃!」
風神が振り下ろされた瞬間、竜之介の足元から風の波紋が一気に広がり、凄まじい迄の風が吹き荒れ始めたかと思うと竜巻へと変化してロスクへ向かって襲い掛かった。
[あら? これは中々……]
更に回転を速めたロスクの旋風は竜之介と同じ激しい竜巻へと変化すると、竜之介の竜巻をあっさりと飲み込んでしまう。大技を繰り出した代償として、風神の刻印は一気に三つ削り取られてしまった。
[惜しいわねえ、竜之介。今のは中々の物だったけど――残念。足りなかったわ]
「くそ……!」
風神を構え直し、息を吐きながら手を拱く竜之介を見てロスクは大きな溜息を吐く。
[残念ね。竜之介、貴方は秀光様より抹殺命令が出ているの。とても残念だけど、お遊びはここまでにしましょう]
[――貴方は自分と同じ風に抱かれて、命を落とすの。本望でしょ?]
呟きながらロスクが徐々に距離を詰め、竜巻が竜之介へと迫っていく。
「俺は……俺は、負けないっ! 絶対にっ!」
竜之介が大きな咆哮を上げた刹那、頭にノイズが走り、胸が激しく鼓動を刻み始めると同時に顔は朧げだが、眩しい太陽を背に木刀を肩に抱え、白く長い鉢巻を靡かせながら、豪快に笑っている男の画像が頭を過った。
――今の人は誰だ!?。
[残念……貴方がもう少し経験を積んでいたら、更にいい男になって、この壁を越えていたかも知れないけど]
再びノイズが走る。今度は黒龍が力強く空を舞う画像に先程の男の画像が重なり合った。
――俺は、この人に大事な何かを教えて貰った事がある!。その何か――!。
[さようなら……竜之介]
「おおおおおおおっ!」
竜巻が間近に迫った刹那、竜之介の両腕から黒い殺気が溢れて、風神に送り込まれ始めた。
*何とも荒々しい力! こっ、この殺気は正に長信の物ではないかっ!*
ハルが膨大な力に耐え切れず、思わず声を上げた刹那、風神の刻印が一気に五つへと回復する。ハルが長信の名を出した時、竜之介は長信の顔と日々鍛え上げられた時の記憶が断片的に蘇った。
「それは、退かぬという事! その為に『圧倒的な力』を放つ『肉体』を、俺は長信さんと今までずっと鍛え上げて来たんだああっ!」
左足を大きく下げて腰を落とし、身体を左に捻ると、風神を水平に構え殺気を注いだ。
「いくぞロスク! これが本当の俺の力だ!」
風神の剣先から殺気が渦巻き始める。
「風神――陣破!」
叫び声と同時に風神を一気に振り抜いた刹那、全身に殺気を纏った青龍が天へと駆け上り、大きな口を開けロスクの竜巻に食らいつく。
ロスクが上を見上げると、青龍が竜巻を螺旋状に飲み込みながら自身に向かってくる様が目に飛び込んできた。
[な、何ですって――!]
鋭い風の牙を剥き出しにしながら青龍がロスクに襲い掛かる。これを凌ぐ為にロスクは手に握っていた鉄球を思わず手放した。
[やるじゃない! 竜之介ええっ!]
両手に握った剣に自身の殺気を込め、青龍の頭に突き刺すと、青龍は激しく頭を横に振りながら、抗う様に消滅していった。
態勢を立て直そうとしたロスクが何かの気配に気付き、視線を下に向けた刹那、その瞳孔が大きく開いた。自身の懐に竜之介が電光石火で踏み込んで来ていたからだ。
[――っ!]
「せりゃああああ!」
竜之介の一撃は開いたバイザーを巻き込んでマスク毎吹き飛ばした刹那、オレンジの髪を風に晒して口元を歪め笑みを浮かべているロスクの顔が目の前に現れた。そのまま互いの剣は交差し合い、凌ぎを削り始めた。
[あははははっ! この私を追い込む男に又出会えるなんて、夢にも思わなかったわ!]
歓喜の声を上げながら、竜之介に鋭い一撃を何度も打ち込んで来るロスクの剣捌きは一向に衰えを見せなない。互いに間合いを取り、苦しそうに息を上げる竜之介を見ながらロスクは苦笑した。
[竜之介、どうやら速さと剣の腕は私と互角みたいね! でも残念、今の私は秀光様の力で疲れを知らないの!]
無尽蔵の力を得ているロスクは勝ち誇った様に言い放ったが、肩で息をしていた竜之介が眦を上げて言い返した。
「俺と互角だって? それは違う!」
――そう、俺はもっと早く動く事が出来る! もっと早く剣を捌く事が出来る! それを俺に教えてくれた人が居た筈!。
その時ノイズが走り、顔は朧げだが頬当てをした男が優しい目で微笑んでいる画像が頭を過った。
[何を戯言を――!]
態勢を低くし、剣を地に這わせながらロスクが攻め込んで来る。その動きに合わせて竜之介が本能的に剣を上段に上げた刹那、両腕から炎が迸り始めた。迸る炎は竜之介の腕を伝って青剣に注ぎ込まれ、殺気と混ざり合って黒炎へと変化した。
*竜之介……お主は宗政の力まで引きだそうというのか……?*
今度はハルが宗政の名を出した瞬間、宗政の顔と日々鍛え上げられた時の記憶だけが断片的に蘇った。
「そうだ! 宗政さんは俺に『圧倒的な速さ』と『不動の精神』を教えてくれた人だ!」
[死になさいっ! 竜之介えええっ!]
「風神……隼」
呼吸を整えた竜之介は静かに技の名を呟いた。
ロスクが剣を上へと振り上げた刹那、竜之介の青剣は弧を描く様にロスクの剣を巻き込むとそのまま、地面へと叩き付けた。
[あああああっ!]
剣を制した竜之介は、大きく一歩踏み込み、怯んだロスクの額にある魔石に向かって青剣を突き入れた。
魔石はガラスの破片が飛び散るかの様に美しい色を放ちながら粉々に砕け散る。魔石の力を失ったロスクは片手で額を押さえながら橋の奥へとよろめき、そのまま欄干に身体を預けた。
握っていた剣は手を離れ、空しい音を奏でる。自身が次第に朽ち始めるのを見ながらロスクはゆっくりと竜之介を見つめた。
[残念……この私が青剣使いに敗れるなんて。しかもそれを持っていた男の名を今頃思い出すなんて……本当、残念だわ]
[――天竜。あの娘は嬉しそうにそう言ってたわね……]
――俺と同じ風使い? て、天竜!?。
ロスクが天竜の名を漏らした刹那、竜之介の脳裏に針鼠の縫いぐるみが頭を過ると、一気に天竜に関する今までの記憶が溢れ返して来た。
「思い出した……天竜――お、俺の師匠だった人だ!」
朦朧としたロスクの瞳に最後の力が宿った。
[成程……それでか。どうりで似ていると思った……わ]
[それで……どう? 私と駆け落ちしてみない……?]
あれ程鋭かった目が緩み、悪戯っぽく笑っている。
「お、俺には蛍さんが居ますから……」
慌てて答える竜之介を見て、思わず吹き出す。朦朧とし始めたロスクは、心配そうに竜之介を見る蛍へ目をやり、ゆっくりと視線を竜之介に戻した。
[……残念。私、二回も同じ台詞を聞かされた上に……またもや振られてしまうなんて……]
[秀光様……決して竜之介を侮られませんよう……私が認めた二人目の剣士は……物凄く強い……もしかすると……貴方より強い……か……も]
その言葉を最後にロスクは美しい光に包まれ、塵と化した。主人を失った鎧が欄干の袂で空しい音を立てて転がった刹那、霧に包まれて武装した何者かの足によって無残にも踏み潰されてしまった。
「クククク……我より強いだと? 寝言は地獄で言うがいい、ロスク……」
「りゅ、竜之介! いっ、今の声!」
蛍が思わず叫んだ。聞き覚えのある声に竜之介は肩を震わせながら、近付いていく。
「――お前、秀光か!?」
「ククク、その忌々しい声に我は聞き覚えがある。竜之介……まさか貴様が地獄の閻魔に見放され、我を再び追って此処まで来るとはな……」
甲冑を身に纏い、伊弉祢を握った秀光が悍ましい殺気を放ちながら、ゆらりと霧の中から姿を現した。
「生憎だったな秀光! 俺は何度でもあの世から舞い戻って来て見せる!」
「ククク……そうか」
秀光は伊弉祢を振り上げ、刃を不気味に光らせると、ゆっくりと振り下ろした。
「良かろう。その青剣で我に向かって来るがいい。そして己の無力さをその身体に刻みながら死んで行け……クカカカ!」
「死ぬのはお前の方だ秀光! 今こそ長信さんの無念を此処でで晴らす!」
「笑止! 笑止なり、竜之介えええっ! クカカカカカアッ!」
辺り一面に霧が立ち込める橋の上。声を高らかに上げて嘲笑う秀光を前にして、鋭く光を放つ剣先を向けた竜之介は、風神を静かに構え眦を上げ、秀光をじっと見据えるのであった。




