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■上杉蛍編(壱)

 記憶が断片化してしまった竜之介は今まで何等かの関係があったであろう女達を医務室のベットの上から必死になって見回していた。


 同時に開かなくなってしまった記憶の引き出しを音を軋ませながら強引にこじ開けようとする。途端に竜之介の脳が悲鳴を上げ、その激痛に耐え切れず竜之介は頭を抱え込んでしまった。


「駄目だ! くそっ! 思い出せないっ!」


 竜之介が唇を噛みしめながら、悔しさを爆発させた時、その様子を見ていた蛍が耐えかねて思わず竜之介に抱き付いた。


「竜之介! 無茶するんじゃにゃい! そんなに焦っちゃ駄目にゃ!」


 竜之介は自身に抱き付いてきた蛍を茫然と見つめる。刹那、脳内にノイズが走り、自然と口が開いた。


「蛍……さん」


「――!!」


「そっ、そうにゃ! 竜之介、私が上杉蛍にゃあ! 今はちょっと訳ありで髪型が違うけど……正真正銘の蛍にゃっ!」


「貴方が……蛍さんですか? すみません、俺、名前しか出てこなくて」


「いいのにゃ、竜之介。それより他に名前が分かる人はいるのかにゃ?」


 竜之介は静かに首を横に振る。刹那、蛍の目が輝くと、他の隊長達に向かって勝ち誇る仕草を見せた。


「皆の者、見たかにゃ? これが一体何を意味しているのか、そうにゃあ! 竜之介は私に救いの手を差し伸べているのにゃ! それはこの私の名前が出た事で証明されているのにゃあ!」


「――よって、竜之介はこれからこの桂組隊長、上杉蛍が預かるにゃあっ!」


 蛍の提案に皆は納得するしかなかった。蛍は早速、玄信に許可を貰い、竜之介は桂組のと成として任務を継続する事となる。


「うんうん、私の桂組の衣装、本当に良く似合っているにゃあ!」


 蛍は早速、竜之介の記憶を確かめるべく、拠点内をうろつき始めた。その結果、竜之介は建物の施設等はちゃんと覚えている事が分かった。最後に蛍は竜之介が転落した剣士の丘へと連れて行った。


「さて……竜之介、お前はあの場所を覚えているかにゃ?」


 蛍は竜之介が実際に落ちた柵を指差しながら問い掛ける。その柵へ竜之介が視線を向けた刹那、一瞬だけ竜之介の脳裏に白いリボンが揺らめいた。


――な、何だ? 今の?。


 竜之介の様子に変化を感じ取った蛍が慌てて詰め寄る。


「りゅ、竜之介、何かを思い出したかにゃ!?」 


「えっと……良く……分からないです」


 期待を裏切られた蛍はがくっと頭を垂れたが、直ぐに気を取り直し「そうだ!」という顔を見せた。


「よし、竜之介、明日は私の『極秘任務』に付き合うにゃ!」


 一瞬、蛍の言葉に竜之介が本能的に反応する。


――極秘任務? その言葉を俺は以前何処かで?。


「じゃあ、今日はこの辺にしとくにゃ! 竜之介、明日はちゃんと起きて指定の場所に来るのにゃぞ!」


 蛍と分かれた後、竜之介は自室で静かな時間を過ごす。深夜、突如目が覚め布団から起き上がった。


「なんだか眠れないな……」


 着替えを済ませた竜之介は少し外を散歩する事にした。優しい風が竜之介の頭を撫でて、月明かりが神秘的に地面を照らしている。その少し歩いた先、葵が見慣れない通信機で誰かと会話をしている所に出くわした。


「ああ――を受け取りに行く。場所は……」


 葵が何を言っているかは良く聞き取れない。竜之介の足音に気付いた葵は通信機を切ると、竜之介の方に寂しそうな瞳を向けた。


「竜之介、お前は本当に私の事を忘れてしまったのか……?」


 必死で語りかけてくる葵の瞳に応えようと、竜之介は額に手を当て必死に思い出そうとするが、結局何も思い出す事は出来なかった。葵は歯軋りをした後に踵を返し、言葉を吐き捨てた。


「竜之介の――大馬鹿野郎!」


「あ……!」


 そのまま駆け出し建物に消えて行った葵の背中に手を伸ばして竜之介は茫然と立ち尽くす事しか出来なかった。翌朝、支度を済ませた竜之介は蛍に言われた通りバス停に向かっていた。


 バス停が竜之介の視界に入った刹那、竜之介の脳裏にノイズが走りながら、一瞬、白黒のバス停が重なった。


――何だ? 今の?。


「あ、竜之介にゃん! ちゃんと待ってたにゃ! 偉いにゃ!」


「あ、蛍さんお早うございます!」


 竜之介は直ぐに蛍の異変に気付く。蛍の下していた髪はツインテールへと変化していたのだ。蛍は両手で自身のポニーテールを摘みながらはにかんだ。


「にゃはは……訳あって今日限定にゃんだけど、どうかにゃ? 似合うかにゃあ?」


 嬉しそうに蛍はその場でくるくると回る。


「はい、その髪型も着ている服も蛍さんにぴったり――」


 突然、竜之介の脳裏にノイズが走り、白黒で同じ格好をした蛍が重なる。特に背に背負っている大つちのこのリュック。竜之介はそのリュックを見た時、強烈な感覚を覚えた。


「え――?」


 狐に包まれた感覚に捕らわれながらも、竜之介は到着したバスに乗り込んだ。刹那、強烈な殺気に見舞われる。


――この殺気、まさかチェスがっ!。


 その方向に竜之介が鋭い視線を向けると、座席に二人連れの女が物凄く怪訝そうな顔をして睨んでいた。


「うわっ! 怖すぎるっ!」


 その様を見た蛍は鼻を鳴らしながら竜之介を宥める。


「竜之介、気にするにゃ、あの女共は私達を見て僻んでいるだけにゃ!」


 その声は確実にその二人組に届いている。その証拠にハンカチを取り出した二人組はそれを口で咥えながらぎりぎりと噛んでいたからだ。


「あはは……」


 苦笑しながら竜之介視線を車外に向けた時、視界に観覧車が映り込む。そこで又、ノイズが走り白黒の観覧車の画像が重なった。


――観覧車。俺は依然、この位置から見た記憶があるような、無いような……。


 竜之介が気難しい顔を浮かべながら、首を傾けた時、バスは遊園地のロータリーに到着していた。バスから元気よく飛び降りた蛍は踵を返すと破顔した。


「さぁ! 竜之介、極秘任務の開始にゃああ!」


「ご、極秘任務って……」


「ほらほら、そうやって直ぐ油断しては駄目にゃ! そうだにゃあ――」


 蛍は辺りをきょろきょろとし始め、黒いサングラスを掛けた男二人に眼を付けると、眉を顰めて耳打ちをしてきた。


「ほら、あの二人組、見るからに怪しいにゃ。男二人で遊園地に来るにゃんて……。しかもあのサングラスで顔まで隠して、益々怪しいのにゃ!」


「ええっ!? その判断はちょっと……もしかしたら施設の関係者の方かも知れないし……」


 蛍が目を付けた二人組は直ぐに園内へと入って行った。


「あ! 逃げたにゃ! 竜之介、私らも後を追うにゃ! 早速フリーパスを手に入れて来るのにゃ!」


「いいい!? はっ、はいい!」


 二人は急いでフリーパスを入手し、園内へと入って先に入園した二人組の後を追う。暫く歩くと、こちらの行動に気付いたのか、その二人組の歩幅が急に大きくなり距離を取り始めた。


「む? 急にスピードを上げてきたにゃ! 遅れを取るにゃ、竜之介!」


「り、了解!」


 二人組は建物の角で急に曲がり、竜之介達もそれに続いたが、そこにはもう二人組の姿は無かった。


「あれ? あいつらは何処に行った?」


 周辺をきょろきょろと見回していたが、竜之介はそこで一枚の看板に目が留まった。


「何々――、『カップル絶賛! ラブコースター』」


「……なんて、ネーミングなんだ。ダサすぎるだろ」


 刹那、その文字に見覚えがある感覚に捕らわれる。


――あれ? 以前俺はこれに誰かと乗らなかったか? もしかして蛍さんなのか?。


「ふふーん、竜之介。これに乗りたいのかにゃ? 何なら乗ってみるかにゃ?」


「いや、俺は別に――うわっ!」


 竜之介の手は蛍に引っ張られる様にして、ジェットコースターの乗り場へと引きずられて行った。それに乗り込むと、ジェットコースターはガタガタと揺れながら上へ上と上り始めた。竜之介はその感覚を身で感じながら茫然と目の前に広がってくる青い空を眺めていた。


「さ、早くするにゃ!」


「え? な、何をですか」


「うにゃあ! さっきのアナウンス聞いてなかったにゃ! 下に落ちる前にお互いが抱き合うのにゃ!」


「いいいっ!?」


「ほらほら! 早くしにゃいと、頂上に到着してしまうにゃ!」


 蛍は両手を広げて催促する。


「うっ! すみません蛍さん、では――」


 照れながら竜之介は蛍を抱きしめた。刹那、蛍のふわっとした優しい香りと自身の胸辺りに密着する柔らかな感触に竜之介は強烈な衝撃を覚えた。


――待て! この柔らかな感触! 俺は覚えがあるぞ!。


 何かを思い出せそうになった時、ジェットコースターの角度が急激に下を向いた。そのまま引力に従って猛スピードでレールを下り始める。


「う、うおおおおおおおおお!」


 そのせいで竜之介の頭は真っ白になり、乗り場に戻った頃にはすっかり忘れてしまっていた。


「くっ、くそう!」


 ふらふらになった頭を手で押さえベンチに座り込む竜之介。そこに蛍から冷たいジュースの差し入れが入った。


「どうかにゃ? 何か思いだせそうかにゃ?」


「そうですね、もしかしたら俺は抱き……」


 竜之介は言いかけた言葉を慌てて飲んだ。それもその筈、「抱き合った時の蛍さんの胸の感触を覚えている」などと言える訳がないのだ。


「いやっ、あははは! ざ、残念ながら!」


 慌てて蛍から顔を背ける竜之介。蛍は訝しそうに「んんー?」とい仕草で竜之介の顔を覗き込んでいたが、遠くで例の二人組を見つけると忙しく竜之介の肩を叩いた。


「りゅ、竜之介! あそこを見るにゃ! あいつらが居たにゃ!」


「あ! 本当だ!」


「よし! 尾行続行にゃ!」


「は、はいっ!」


 駆け足で二人組の後を追う。竜之介達の先程の行動に警戒したのか、一人が何度も後方を振り返っていた。


 やがて竜之介達とサングラスが合うと、二人組は慌てて走り出した。


「うにゃ! 気付かれたにゃ!」


 慌てて竜之介達も後を追うが、二人組は姿を消していた。残念そうに蛍が溜息を吐いた刹那、その周りで何かを打ち出す音が木霊した。


 竜之介がその音の方向に目を向けると、子供達が土台の上に上り、玩具の銃で楽しそうに景品を狙っている様子が目に映った。


「――射的か」


 竜之介が土台を何気に見ていた時、又ノイズが走り、白黒で必死に足をバタつかせている女の画像が重なった。


「くうっ!」


 竜之介は溜まらず、頭を手で押さえた。気付いた蛍は背中のリュックを外して竜之介の前に差し出した。


「ねえ、竜之介。このリュック、竜之介が私の為にとってくれたのにゃよ?」


「え? 俺が?」


「そうにゃ、普通ならまず取れないこの景品を竜之介は見事ゲットしてくれたんにゃ!」


「そう言われると、そんな気がしてきた様な……」


「論より証拠。あそこに行ってみると、きっと何かが分かる筈にゃあ」


 蛍に促された竜之介は射的場に向かった。確かに見覚えのある玩具の銃。そう思った時だった。射的場の店主が突然、竜之介を指差しながら叫び始めた。


「あっ! お前はあの時の景品かっさらい野郎じゃねえか! あん時は良くもうちのその目玉商品を持って行ってくれたなあ!?」


 指先を蛍のリュックに向けた店主は椅子から立ち上がり、地団太を踏む。


「なっ! やはりそのリュックは俺が取っていたのか!?」


「何言ってやがんでえ、手品まがいな撃ち方しやがってよお……」


 その言葉を聞いた刹那、ノイズが走り、白黒で自身が撃ち出した球二発が間隔を開け、一直線状に並び景品を倒す画像が重なった。


――この撃ち方は!。


「ああ、そうだ! 確かに俺はその方法で景品を……」


「商売の邪魔だ! とっとと消えやがれ!」


 竜之介達はそこから体よく追い出されてしまった。厳しい表情を見せる竜之介を気遣って蛍が目を細めた。


「竜之介、疲れたんにゃら、少し休もうかにゃ?」


「あ、俺なら全然大丈夫です!」


 気丈に振る舞う竜之介。二人が園内の奥まで歩いた時、その先の駐車場の近くで二人組の姿を捉えた。


「あっ! 居た!」


 男の一人が一瞬振り返ると更に奥へと進んで行く。竜之介達もその後を追うと次第に人がいない閑散とした場所に辿り着いた。


 そこで二人組の足が止まった。踵を返した二人組は吐き捨てる様に言葉を投げ掛けた。

 

[お前ラ……気付いていやがったのカ?]


 もう一人の男がサングラスを外しながら不適に笑った。


[まさカ、シェルで偽装した俺達ヲ見抜く奴がいるなんてナ……!]


「えええっ! 嘘! お前ら本当にチェスだったのにゃあああ!?」


 驚いた表情を見せながら、二人組を指さして叫んだ蛍の後に暫くの沈黙が訪れた。直ぐに気を取り直して蛍は甲高く笑った。


「にゃ、にゃはははは! う、嘘にゃ! 本当は最初から知っていたのにゃあああっ!」


 必死に取り繕うが、その声に誰も反応しない。


「ふん、まぁいイ。知られたからにはお前達ヲ生かしてハおけなイ」


「悪いガ、ここデ死んで貰うゾ?」


「――ひゅっ」


 二人組が殺し文句を吐いていた頃、竜之介は既に風神の抜刀を終え、電光石火で斬り掛かっていた。


[な、何だトおおおおオ!?]

 

 旋風を背に竜之介は風神を振り切り二人組の間をすり抜ける。刹那、二人組は攻撃も出来ぬまま、同時に地面に崩れ落ちて消滅してしまった。


「ふん、雑魚が……ハルを召喚するまでも無かったな」


 竜之介は風神を解除する。その様を蛍は唖然として見ていた。その後は何も無かった様に色々な乗り物に乗って二人は楽しい時間を過ごす。日も傾き、乗り物達が華やかなイルミネーションを灯し始めた頃、竜之介達は最後の乗り物の前で足を止めた。


「――観覧車。乗ってもいいかにゃ?」


 目を細めて蛍が笑う。竜之介は観覧車を見上げ、ゆっくりと回転する様を見ていた。視線を戻した竜之介は静かに頷く。


 観覧車は次第に上昇を始め、十洞の街並が色鮮やかなパノラマを演出をし始めた頃、蛍が背中に背負ったリュックを竜之介に向け、眼下に広がる街並みを見ながら楽しそうに燥ぐ。


「ほらほら、竜之介、見て見るにゃ! 凄く綺麗にゃあ!」


 破顔して、振り返った蛍の顔が竜之介の瞳に映った刹那、今までよりも更に大きなノイズが走り、白黒の同じ光景が重なった。


「ああ……ああ!!」


 竜之介が眼を見開いて声を上げた時、その白黒画像に色が付き始めた。その色は竜之介が以前、蛍と一緒に観覧車から見た時の色であった。竜之介はその時の記憶を一気に手繰り寄せた。


「お、思い……出した」


「え? 竜之介、今にゃんて言ったのにゃ……?」


「蛍さん……俺、蛍さんの事、全部思い出しました!」


「う、嘘! う、うにゃにゃ、本当なのにゃ!?」


「――蛍さん、以前『極秘任務』とか言って、俺を騙すなんて酷いじゃないですか」


「りゅ、竜之介っ! それは!」


「あははは、あの時はすっかり俺――うわわっ!」


 言葉の続きは蛍が勢いよく竜之介の胸に飛び込んで来た事によって遮られてしまった。


「竜之介! 竜之介! 本当に、本当に良かったにゃああああ!」


「はい、蛍さん。心配掛けてすみません……」


 観覧車が頂点に達した時、長い沈黙が訪れ、二人は静かに見つめ合う。薄暗くなった観覧車の窓から広がるパノラマは、互いの顔が近付く事によって、まるでカーテンが閉まるかの様に次第に見え無くなっていく。


やがて中心の街並みが全て消えた時、再び両端から漏れ始めた街並みの光が幸せそうな二人を鮮やかに照らすのであった。


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