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■真田小梅編(肆)

 竜之介達が奥に進んで行くのをタデルが追おうとするがその道は京子と柴田に阻まれた。


[――ちっ!]


「ここから貴方達は一歩も通さないですの! ここからは貴方方のお相手は私達がいたしますの! 何処からでもかかってらっしゃいですの!」


 槍を旋回させた京子が鈴の音を奏でながら、ルクサーを挑発する。


[ふむ。貴方はなかなかお強そうですね……]


[ふん、俺の邪魔をした償いはお前の命であがなってもらおうか!]


 剣を構えたタデルが柴田に向かって唸った。


「笑止!」


 柴田が嘲笑った刹那、巧みに槍を旋回させ、二人は同時に攻撃を仕掛ける。


[ふむ、我々の連携攻撃を封じる作戦ですか……]


「後方支援しか出来ない貴方など私の敵ではないですの! この一撃で決めますの!」


「やあああああああっ!」


[兄貴っ!]


「余所見してる暇はねえぜ? お前の相手はこの俺だ!」


[ちいいっ!]


 ルクサーに向かっていった京子はルクサーの持つ杖を跳ね上げ、がら空きになった胸に向け一撃を入れようと槍先を突き入れる。


「貰いましたですのっ!」


 京子がルクサーに一撃を浴びさせようとした刹那、自身の目の前に鋭い刃が突如出現した。


「――な!」


 瞬時に身体を捻り、その刃を紙一重で交わす。一体何が起こったのかという顔を見せた京子がルクサーの杖を見た時、杖は両端に鋭い刃が相対して付いてる槍に変化していた事に気付く。


「な!? お前はビショップの筈、後方支援が主ではなかったですの!?」


 驚く京子に対してルクサーが静かに槍を構える。


[すみません。私は他の者と違って、こういった武器を扱えるのですよ。あ、どちらかと言えばこっちの方が得意だったりします]


「こんな奴が居たなんて! 今まで知らなかったですの!」


[うーん……私はこの時代に存在していませんでしたからねぇ]


 ルクサーが槍を旋回させ始めた時、相対した刃から電撃が迸り始めた。


[では……今度はこちらから行きますよ!]


「ふん! 臨む処ですの!」


 互いが激しく凌ぎ合う。そのすぐ近くで柴田もタデルと一進一退の攻防を繰り返していた。


「俺の一手槍を受けてみやがれ!」


 柴田が左手で槍を握り、小手の上に軽く乗せると、手首を高速に返して槍を踊らせ始めた。その槍先はタデルの懐を目掛けて、上へ下へと縦横無尽に攻め立てた。


「おらおらおらおらああっ!」


[くそが! 小賢しい真似を!]


 柴田の突きがタデルの剣を押した刹那、強烈な一撃が決まり、槍の鋭い刃がタデルの胸の鎧を勢いよく貫いた。


[がはあああっ!]


 その勢いを保ったまま柴田が槍を引き抜くと、開いた鎧の風穴から勢いよく変色した血が噴き出した。タデルは自身の血を豪快に撒き散らしながらその場に崩れ落ちた。


「へっ、さっさとくたばりやがれ」


 致命的な一撃を入れた柴田が京子の加勢をしようと足の向きを変えた刹那、倒れていたタデルが鎧の音を軋ませながらゆらりと起き上がり、自身に付いた土埃を払う仕草を見せた。


「あああ? 俺の一撃は確かにお前の心臓を潰した筈。何で起き上がってこれる?」


 歯ぎしりをしながらタデルを睨むと、タデルは狂ったように笑い出した。


[馬鹿が! 俺たちは偉大なる秀光様の加護を受けているんだよ! 今の俺達の力は無限大! 何度殺られようが関係ねえんだよお! うはははははああっ!]


「ちっ……! このゾンビ野郎が!」


 京子も同様にルクサーに致命的な一撃を入れていたが、ルクサーは平然と立ち上がって来ていた。


「なっ、何なのですの!? 貴方気持悪いですの!」


[ふふ。貴方達の力が尽きるまで、私達の相手をしてもらいましょうか……]


「――くっ!」


 京子と柴田が苦戦を強いられいた頃、竜之介達は城の中にいたチェス達を蹴散らし、大きな赤い扉の前まで辿り付く。その扉の隙間から悍ましい殺気が漏れているのを竜之介は感じていた。


「この殺気、ここだ! ここに秀光がきっと居る筈だ!」


「竜之介、油断しては駄目さね!」


 扉に手を掛け、ゆっくりと開けるとその部屋の中の様子が目に入ってきた。足元には真っすぐと伸びる赤い敷物。高く聳える天井には何かの像が掘られており、敷物の両側には均等に設置された高台の上にモニュメントが飾られ、怪しい灯が揺らめいていた。


 二人がその敷物の上を警戒しながら前へ進んでいた刹那、高台の上のモニュメントからぽたぽたと何かの液が垂れている事に気付いた。小梅がそのモニュメントをじっと見た時、突然悲鳴にも似た声を上げた。


 そのモニュメントはチェスの生首であった。引き裂かれた口の中には燭台が突き刺さっており、悍ましい炎が揺らめいていたのだ。


「どうだ? 前キングの生首の灯篭は? 我の作品、中々の出来栄えであろう? そうは思わないか? 竜之介?」 


 声の方向に目を向けると、玉座に座りグラスの中の液体を口に注いでいる秀光の姿があった。その液体は高台の上の生首から滴り落ちる液体と同じ色をしていた。


「全く……我も少しお前の生命力を軽んじていた様だ。再び蘇りここまで乗り込んでくるとは思わなかったぞ。流石キングの血を受け継ぐ者と言ったところか……四天王達を討伐隊として城外に出したのはいささか早計であったな」


 秀光の言葉に竜之介は反応出来なかった。それは竜之介が秀光に貶められた記憶が欠落している事を示していた。その事に気付いた秀光は手を額に当てて笑いだした。


「クククク。そうなのか、貴様、記憶が欠落しておるのか。これは愉快だ! ククククク!」


「ふざけるな! 俺は全てを忘れた訳じゃない! 長信さんの敵、今こそここで取らせて貰うっ!」


「ほぉ……貴様、忌々しい長信の事は覚えていたのか。なれば桜子も覚えているのか?」


「桜子……?」


 竜之介がその名を口にした時、一瞬だけ見知らぬ女の顔が頭を過り、すうっと暗闇の中へと消えていく。


「ま、待ってくれ! 貴方は一体誰なんだ!」


 頭を抱え、必死で思い起こそうとしたが、その映像は完全に消えて無くなった。その様を見て秀光は哀れむような眼をして竜之介を見下ろした。


「そうか……あれほど想っておった女さえも――」


「それ以上、余計な事をべらべらしゃべるんじゃないさね! 秀光!」


「……お前は確か香組の真田小梅とかいう女であったか……成程な。クククク」


「なっ、何が可笑しいさね!」


「ククク。お前達は我を倒しにわざわざここまで追って来たのであろう? 我も少々退屈していた所だ。遊んでやるから、掛かって来るがいい」


 ゆらりと立ち上がった秀光は手にしていたグラスを投げ捨て、自身の鍔を取り出した。


「言わなくても、やってやる!」 


 態勢を低くした竜之介が睨みながら風神を構える。


「クク……抜刀――伊弉弥いざなみ


 秀光の握った鍔から長剣が姿を現し始める。その刀身は何かに憑り付かれたかの様に闇が渦巻き、紫色に変色している。


「遊んでやれ、七照羅なてらよ……」


*…………*


 無言のまま七照羅は伊弉祢にリンクすると、刀身に五つの刻印が表れる。


「竜之介、うちが隙を作ってやるさね! そこを狙うさね!」


 旋光を旋回させながら、飛び出した小梅が秀光に目にも止まらない速さで突き始める。秀光はそれを何事もなかったかの様に伊弉祢の刀身で受け流す。


「どうしたのだ? 香組隊長よ? 我の隙を作るのではないのか? クククク」


「男の癖に口数が多いさねっ! 少しは竜之介を見習うさね!」


「旋光……一閃!」


 小梅が距離を取り、槍先を下に向け上に突きあげると、大津波が出現し、秀光を飲み込まんとばかりに襲い掛かった。


「ふん。この様な水芸、我には利かぬ――」


「いくさねええ! 竜之介ええっ!」


「おおおおおおっ!」


 秀光の視界を一瞬遮った刹那、竜之介は風神の刃先を後方に向けて叫んだ。


「風神――鎌鼬!」


 刃先を一気に秀光に向けて振り切る。剣先から大きな鋭い鎌が出現し、風音を立てながら一直線に向かっていった。


「こざかしい真似を!」


 自身の闇を溢れさせ、秀光は鎌鼬にぶつけ相殺させたが、常人の域を逸脱していた竜之介の放った鎌鼬の破片は秀光の頬を掠めていた。傷口から人間のものとは言えない悍ましい色の血が滴り落ち始める。その血を手で拭った秀光は暫く黙ったまま、じっと指先を見つめていた。


「この我の顔に……傷を付けただと?」


 やがて伊弉祢をだらりと下げたまま、鋭い視線を竜之介に向ける。


「やはり、お前は棋将武隊に現れた時から長信同様、殺しておくべき男であったな……」


「秀光! 俺は自分の持てる力の全てを今ここで出し切って、お前を倒すっ!」


「竜之介! うちも居る事を忘れては駄目さね! 一緒に秀光を倒すさね!」


「面白い……それがお前に出来るのか……?」


 ゆっくりと伊弉祢の刃先を小梅に向けた刹那、秀光の姿が消え、再び姿を現した時は小梅の横を通り過ぎていた。その直後小梅の脇腹に激しい痛みが走った。


「か……はっ!」


「小梅さんっ!」


 秀光の一太刀は小梅の脇腹を捉えていた。そのダメージを甲冑が吸収していたが、その代償は余りにも大きく、旋光の四つあった刻印を嘲笑うかの様に半分削り取っていった。


 更に静かに目を閉じた秀光は全身に殺気を込め始める。そして再び目を開き不適に叫んだ。


「クククク、伊弉祢――魔眼」


 突如、秀光の頭上に瞼を閉じた大きな目が出現した。その目が闇を吹き出しながら竜之介達の方へゆっくりと向かっていく。見覚えのある技に小梅はよろよろと立ち上がると、竜之介に向かって叫んだ。


「り、竜之介! その瞼が開いたら絶対にその下に居たら駄目さねっ!」


 瞼がゆっくりと開き始めると、直下にあった高台に向けて闇の光線が照射され、それらは一瞬にして掻き消えてしまった。


「くそ! とんでもない物をだしやがって!」


 宙に浮いた様に不気味に近づいた秀光は竜之介を魔眼の下へ追い込む様、激しい連撃を浴びせる。


「どうした? そのままでは魔眼の餌食になるぞ? そら! そら! クククク!」


「くうっ!」


「いいのか? 我の魔眼の間合いまであと少しだぞ? 自慢の獄龍と火虎を使えばいいではないか! クカカカカ!」


「獄龍? 火虎? 何の事だそれは!?」


「りゅ、竜之介、お前まさか宗政殿と長信様から引き継いだ鍔の事を忘れてしまったのかさね!」


「お、俺が宗政さんと長信さんから鍔を? も、もしかして俺が部屋に置いてきてしまったあの二つの鍔の事なのか!?」


 竜之介の口から意味不明な発言が飛び出す。秀光は攻めながらも一瞬眉を顰めたが、やがて口元を大きく歪めてほくそ笑んだ。


「哀れなり! 哀れなり竜之介! 我を倒す唯一の方法を記憶と共に失っていたとは! 貴様はもはや我の脅威では無い! そのまま魔眼の餌食となって我の前から消え失せるがいいっ!」


竜之介の足が魔眼の間合いに入り、その瞼が開き始めた時だった。竜之介の脳裏に何時も身近にいた一匹の針鼠の姿が頭を過った。その記憶は一気に駆け上り、その名を口に出す所までに至った。


「天竜師匠――!」


 刹那、風神の刻印が一斉に眩い光を放つ。魔眼の直下で風神を真っすぐ天に向けた竜之介は技の名を静かに呟いた。


「風神――刃紋」


 魔眼が完全に見開いた時、風神の剣先から凝縮され一つの線となった風が一気に上空へと突き抜けて行く。その線は魔眼の中心に接触すると、波紋を描く様に一斉に広がり始め、剃刀の刃と化した風が魔眼をバラバラに切り刻む。崩れ落ちていく魔眼は傾いた方向へ闇の光を照射し、最後に天井を支えていた石柱の一本を巻き添えにして消え去っていった。


 直ぐに天井から軋む様な音がし始め、ぼろぼろと大理石の破片が落ち始める。魔眼を消された秀光は信じられないといった表情をした後、鬼の形相で竜之介を睨み付けた。


「貴様あああっ! 宗政や長信の力を失っても尚、その様な力を我に見せつけるとは! 忌々しい奴めええ!」


 崩れ落ち始めた王室で、秀光は怯み始める。竜之介と小梅は最後の力を振り絞り、互いに身体を入れ替えながら、秀光を連続で攻め立てる。互いの刻印が徐々に消滅するも竜之介達は遂に秀光を追い詰めた。


「お前の命もここまでだ! 秀光! 覚悟しおろっ!」


 刹那、竜之介達の刻印が全て消滅し、力を失った旋光と風神は主達を気遣う様に鍔へと戻ってしまった。


「くそ! あと一歩という所でっ!」


 秀光は伊弉祢の刻印が今正に消えかけようとしている時、突如高笑いを始めた。


「クカカカカ! 人間の力は所詮この程度の物! 生きるに値しない弱者なのだ!」


「だがぁっ! 我は違う! 我は真の力を宿している! 竜之介、その力を目にして絶望し、死の淵で己の弱さを後悔するが良いいっ!」


「あああああああああああアアっ!」


 奇声を上げた秀光の顔は見る見る内に赤黒く変色し、額には大きな魔石が現れ両目の中の赤い眼が不規則に蠢きながら竜之介を見据えた。更に手に握っていた伊弉祢は禍々しい妖気に包まれ、刀身からは今まで吸収された人間とチェスの呻き声が漏れ始めた。


「どうダ、こ、これガ、我の本当の、チ、力……ダ! 貴様の武器ハ、もはやガラクタに等しイ。 今度こソ、オワリダ、ダ」


 悍ましい姿で秀光は一歩、また一歩と竜之介達へと近づいてくる。二人は互いに見つめ合い覚悟を決めた。


「竜之介、うち貴方に会えて本当に良かったさね! あの世でもうちを離さないでさね!」


「小梅さん――俺も!」


 竜之介も腹を括った時であった。突如、あの玄信の言葉が脳裏を翳めた。


『愛する者の鍔を重ね合わせよ。さすれば真の力ここに姿を現さん』


――そうだ!。


 竜之介は握った風神を小梅に向けて差し出した。


「小梅さん! 鍔だ! 俺の鍔に!」


「馬鹿メ! イ、今更何をしようと、お、遅いいいイ!」


 秀光が伊弉祢を振り翳しながら、目の前に立ちはだかった。


 小梅は必死に手を伸ばし、風神の鍔に自身の旋光の鍔を重ねた。刹那、二つの鍔が共鳴し合うと手を繋ぐかの様に一つとなって青い光を放ち始めた。


「し、死ねえええエエエエ!」


 秀光が伊弉祢を奇声を上げながら振り下ろす。互いの動きが止まり、秀光が狂喜の笑みを浮かべた時、一つとなった鍔から青槍が出現し、その槍先の刃が秀光の額の魔石を粉々に打ち砕いた。


「あ……バ、馬鹿ナ……こノ我ガ……」


 ふらりと立ち上がった秀光の額から、大量の魔力が吹き出し始めた。額を押さえ、身体を震わせながら後退していく秀光。


「力が……我ノ、力がああああアア!!」


 秀光が玉座まで後退した刹那、大きな音と共に天井が一気に崩れ始めた。竜之介は危険を察知し、小梅の手を握りしめると、扉に向かって勢い良く走り出す。途中、後ろを振り向くと、天井を茫然と見つめながら崩れ落ちてきた大理石と共に消えていく秀光の最後の姿が見えた。


 城の崩壊は遠くで戦っていた棋将武隊の者達にも直ぐに分かった。その中で京子と柴田は未だルクサー達と戦っていたが、遂に二人は力尽き、追いまれてしまっていた。


[おめえら、残念だったな! これで終わりだ!]


「ぜえっ、ぜええっ! くそがあっ!」

 

 怒りの言葉を吐く柴田。それを横目に目を閉じながら京子が静かに呟く。


「柴田、先程城が崩れていくのをお前も見たでしょ? きっと竜之介様が一矢報いてくださったのですの……私、本望ですの……」


「京子さん……そうだな、俺達は勝ったんだ!」


[けっ、死に掛けの癖に良く言うぜ? じゃあな!]


「――とっとと、殺りやがれ」


 タデルが剣を振り翳した刹那、そこで動きが止まり、剣が小刻み震え始めたかと思うと、呻き声を上げながら力なくその場に座り込んでしまった。


[なっ、何だ? こりゃあ……?]


 直ぐに続いてルクサーが片膝を付いた。同時に二体の身体が朽ち始めた。自身の手が朽ちていく様を見てタデルが慌てて叫んだ。


[あ、兄貴! 何で俺達が消えていくんだよ! あり得ねえ! いっ、嫌だ! 俺はまだ死にたくねえっ!]


[タデル……所詮我々は一度死んだ身。土に帰るのは自然の摂理という物です]


 ルクサーは朽ち行く身体で自身の頭の鎧を辛うじて外すと京子に向かって微笑んだ。


[貴方みたいな強敵と再び剣を交えられ、とても楽しかったです……良い思い出となりました。それでは、ご機嫌――よう……]


 タデルは最後まで足掻きながら無様に消え、ルクサーは静かに消えていった。城が崩れた時点でチェスの連携は乱れ始め、そこを棋将武隊が一気に叩くと、チェス軍は蜘蛛の子を散らすかの様に一斉に退却をし始めた。玄信は刀を天に向かって突き上げ、力強く叫んだ。


「見よ! 奴らの城は崩れ落ちた! これは竜之介が見事明智秀光を討ち取った証! この戦、我らの勝利だああっ!」


「おおおおおおおおおおっ!」


 チェスとの戦いは終焉を迎えた。傷ついた兵達は互いを支え合いながら立ち上がる。そしてきちんと整列した武隊の者達はひとつの方向を見つめ、一人の剣士が姿を現すのを待った。やがて小梅を肩に担いだ竜之介が姿を現した。


 竜之介がその隊の中心に収まった時、取り囲む様に包まれた刹那、一斉に歓声が沸き上がる。その声は暫くチェス界に轟き、止むことは無かった。


 こうして、長きチェスとの戦いが終わったかと思われたが、数か月が経過した頃、新たな術式を用いて奇門を開き、チェスが再び現れ始めた。竜之介は大半記憶を無くしたまま、棋将武隊で香組のと成として生活を送っていた。


 その竜之介が今、剣士の丘で長信の墓に座り込んで話し掛けている。


「長信さん……俺は本当に秀光を討ったのでしょうか? 今もチェスが現れたという事はもしかするとまだ奴は生きているのかも知れません」


 その背後で人の気配を感じた竜之介はゆっくりと立ち上がると、踵を返した。


「竜之介、こんな所にいたのかさね。うちは随分探したさね、早くしないと槍の稽古に間に会わないさね!」


「ああ、御免小梅。今日は稽古の日だったな。じゃあ行くとするか」


 苦笑しながら竜之介が小梅を見つめた時、一陣の風が通り過ぎる。刹那、小梅の背後で髪の横に白いリボンを結び、静かに微笑む女の幻覚が見えた。口を開けたまま、動きが止まった竜之介を心配して小梅が近寄って来て声を掛ける。


「竜之介? どうしたさね? 何処か具合でも悪いのかさね?」


 暫くぼうっとしていた竜之介だったが、何かを打ち消すかの様に首を横に振り、小梅の手を取ると破顔した。


「いや、何でも無い。さあ、真田道場に向かおう!」


「全く……変な竜之介さね……」


 二人は手を繋いだまま、互いに微笑み合い、石段を下りて行くのであった。




「と成」の竜之介――真田小梅編(完)

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