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■真田小梅編(参)

 チェス界に乗り込む朝を迎えた竜之介の自室。窓の外では雀達が忙しく囀っている。


「うーん……」


 何時もの布団。だが、何故か自由が利かない。竜之介はうっすらと目を開けた。その目の前に幸せそうに目を瞑って寝息を立てている小梅の顔があった。竜之介の自由が利かない理由――それは竜之介の身体に小梅の腕と足で拘束されていたからだ。


――なんで、俺の布団に小梅さんが……?。


 寝起きで頭の回転が落ちていた竜之介であったが、徐々に昨晩の事を思い出し始める。次第に顔が真っ赤に染まり始めた。


――あ……あ、ああああっ!。


 全てを思い出した竜之介は、池の水面から餌を求める鯉の様に口をぱくぱくさせた。更に時計に目を向けた竜之介がその時刻が既に集合しなければならない時間帯である事に気付く。


「げっ! こ、小梅さん! 小梅さん!」


「うーん…竜之介、…そんな事をしてはうちの身体が持たないさねぇ……」


「小梅さん! ね、寝惚けている場合じゃないですよ! じ、時間が!」


「あ、お早うさね竜之介……」


 呑気そうに挨拶をしながら小梅が目覚める。小梅も竜之介同様、最初は何が何なのか理解できていなかったが時間が経過していくにつれ、事の事態を把握した刹那、顔が赤く染まり始めた。


「そっか……あれは夢ではなかったのさね。うちは幸せ者さね」


 竜之介の焦りの態度とは違い、小梅は幸せそうに悪戯っぽく微笑んだ。釣られて竜之介も一瞬、笑みを返すが、再び重要な事を思い出す。


「こ、小梅さん! 呑気にしている場合じゃないですよ! 俺達、早く転送ゲートに向かわないとっ!」


「え? 転送ゲート……?」


 小梅がゆっくりと時計に目を向ける、その時間は既に集合時間を指していた。


「あああっ! 竜之介! まずいさね! 早く準備をするさねっ!」


 跳ね起きた小梅が一糸まとわぬ姿を曝け出すと、驚いて声を上げながら慌てて身体を布団で隠した――竜之介の方が。


「ん? 竜之介、何隠しているさね? さっさと支度するさね」


「ええっ!? は、はいいいっ!」


 必死で視線をあちこち泳がせながら、小梅を見ない様にして竜之介は着替え始める。準備が整い部屋を出ようとした竜之介の腕に小梅がぎゅうっとしがみ付いて来た。


「うわわっ! ちょ、ちょっと小梅さんっ!」


 人目を気にして竜之介が焦りの顔を見せているが、小梅は平然としていた。


「竜之介、何を恥ずかしがっているさね。うちらはもうそんな関係じゃないさねっ」


 更に腕に力が籠る。その時竜之介は高笑いする自身の母親の姿を思いだし、十洞の女性達をより一層強く感じていた。当然その姿は他の者の目を引きつけた。


「おい、あれを見てみろよ! 竜之介の横にいるのは……真田隊長じゃないか?」


「な! 何だって? 本当だ! あんなにくっついて、くそっ! 竜之介の奴めええ!」


 小梅は結局転送ゲートに到着するまでその態勢を崩さなかった。その様を茫然と隊長達は見ている。やがて美柑が呆れる様に口を開いた。


「全く……お前達二人、仲良く集合時間に堂々と遅刻をしてきた挙句、今日は大事な日だっていうのに只ならぬ雰囲気を周辺にまき散らしやがってよお」


 美柑は何かを察した様に顔をにやつかせ始めた。


「ははーん、さては……お前達」


 その言葉に他の隊長がびくっと反応し、一斉に小梅を睨んだ。それに対して小梅は勝ち誇った様に鼻を鳴らす。二人の前に玄真が「やれやれ……」といった表情をしながら近付いて来た。


「やっと来たか竜之介、お前達、その幸せを継続したいのならこの戦に勝利し、再びここに戻ってくる事だ」


 目を細めて苦笑した玄真は直ぐに真剣な顔に戻り、作戦の内容を隊の者達に説明した。


「行くぞ! 目指すは敵地、チェス界! チェスを殲滅し、我々を裏切った秀光を倒すのだ!」


「おおおおおおおおっ!」


 その勇ましい声が転送室に響き渡る。刹那、隊の者の声が割って入った。


「玄真様! まだ金組隊長代理、須恵千葵がここに来ておりません!」


 その刹那、他の隊の者が転送室に走り込んで来て、大きい声で叫んだ。


「たっ、大変です! 十洞山の山中で我が隊の者と思われる変死体が発見されました!」


「何っ!?」


 玄真が報告をした者を睨むと、更に言葉を詰まらせながら、その者が「信じられない」といった表情を見せる。


「そっ、その死体なのですが……纏っている衣装が、その……金組隊長の衣装で……」


「あの、須恵千葵が何者かに殺されただと!?」


 周りが騒然としている中、葵との記憶を消失してしまっていた竜之介はその雰囲気に反応出来ずに唖然としている。更に報告をした者の次の言葉によって周りは一瞬にして氷付いた。


「そっ、それで……その変死体なんですが、我々の同胞では無く、チ、チェスの……あの、闇のドゥルガーで。自分でも何を言っているのか、全く理解出来ないのですが……」


「ドゥルガーだと? 一体どういう事なのだ?」


 ドゥルガーは鋭い刃物の様な者で胸を貫かれており、相手と戦った形跡も見られなかったとの事であった。腕を組みながら考え込んでいた玄真はやがて結論を導き出した。


「須恵千葵が……ドゥルガーだったという事か……もしかすると、こちらの動向を探っていたのかもしれないな……だが、その様な怪しい行動は一切見受けられなかったのだが、ならば何故この様な事を――?」


 その真実は誰にも分らない。ドゥルガーは竜之介への想いを遂げる為、自身の危険を犯してまで竜之介の傍にいたかったという事実を。悲しい事にその切ない想いは当人である竜之介の記憶にはもう存在していなかった。


「この様な時に、水を差されてしまったが動じるな! 予定通りこれよりチェス界に乗り込む! 気を引き締めなおせっ! 皆の者出陣だああっ!」


「うおおおおおおおおおっ!」


 その言葉を皮切りに各武隊が次々と転送ゲートの光に包まれながらその向こう側へと消え始めた。やがて竜之介達の番が回ってくる。


「竜之介、うちと約束するさね……絶対死なないと」


 小梅が竜之介の隣で床に視線を落としながらぼそりと呟く。竜之介は小梅の両肩を掴んで自分の方に向かせ眦を上げた。


「小梅さん、俺は死にません! そして俺は小梅さんも守って見せます! 俺はその為に今日まで己を鍛え上げてきたんだと思います」


「ふふ。昨日の夜とは打って変わって今の竜之介は別人の様さね。流石うちの見込んだ男さね。さぁ、一緒に行こうさね、竜之介」


「抜刀……旋光」


「抜刀――風神」


 武装を終え、互いに精霊を召喚する。目の前に現れた麻凛は二人を交互に見つめると何かを納得したかの様に手を鳴らした。


*ふーん……そういう事ね!*


 意味深な言葉を残し、そのままリンクする。同様に二人を見つめていたハルであったが、やがて静かに竜之介に向かって問い掛けた。


*お主が選んだ運命の者は槍使いの女か……それがお前の導き出した答えなのじゃな?*


 竜之介はハルの問い掛けに真剣な表情を見せる。


「ハル、小梅さんは俺が持っていたチェスの血を断ち切ってくれた。今度は俺が生涯を掛けて小梅さんを護る番だ。その為にはハル、俺にはお前の力が必要なんだ!」


*ふっ、仕方ないのう! 良かろう。わしの力を存分に使うがいいっ!*


 竜之介の決意を聞いたハルは一瞬寂しそうな表情を浮かべたが、直ぐにいつもの顔に戻って元気良く風神にリンクした。


 互いに差し出した手を繋ぎ、静かに二人は目を閉じる。再び目を開けた竜之介達の目の前に今まで見た事も無い世界が飛び込んできた。


「こっ、これがチェス界か……!」


 時間帯は不明。太陽や月といった物は無く、地面から放たれている白い光が街灯のように辺りをぼうっと照らしていた。その対向で、まるでその武隊の行動を知っていたかの様にチェスの大軍が待ち構えていた。


「やはリ、秀光様ノお告げの通リ、忌々しい餌の群れガこんナ所にまデ、我々に食わレに来たゾ!」


「ここニ来た事を後悔しテ死んでいケえええエ! 皆殺しだアアアア!」


 この事を予測していたかの様に玄真も声を張り上げた。


「こうなる事は本より覚悟の上! 皆の者、奴らの陣を崩し、竜之介達を秀光の元へと押し通すのだ!」


「おおおおおおおおっ!」


 一斉に互いが走りだし、直ぐにそこが戦場と化す。激しく互いの武器をぶつけ合い、所々で爆炎や砂煙、悲鳴が上がり始めた。


 竜之介が小梅を援護しながらチェスを次々と倒し、前へ前へと進んでいた時、二人の前に悍ましい殺気を纏った二体のチェスが行く手を阻んだ。


[兄貴、こいつの青剣を見ろよ! こいつだ! こいつに間違いねえ!]


[そうだ、タデル。この者が秀光様が我々に命じた対象物の竜之介だよ]


「秀光を良く知っているようなその口ぶり、お前らは一体何者なのさね!」


 小梅が旋光を低く構えながら間合いを測る。


[失礼。僕達は貴方に用は無い。用があるのはその横の竜之介という男だ]


「おっ、俺だと!?」


[はん、そうだよおめえだよ! 秀光様から殺せと言われてるんだよ! って事で――]


 地面に砂煙が上がると、一瞬にしてタデルの姿が見えなくなった。その姿は小梅の直前にいきなり現れた。


[とっとと、くたばりやがれええ!]


「はっ、早いっ!」


 寸前でその動きに追いついた小梅が、竜之介を庇う様に旋光を差し込む。剣を寸止めしたタデルが押し殺す様に言葉を吐いた。


[――おめえ、邪魔すんじゃあねえぞ……!]


 そのまま片腕で力一杯小梅を殴りつけた。小梅は柄で塞ぎながらも勢いよく後方へ吹き飛んだ。


「ぐうううっ!」


 直ぐにタデルの後方で兄のルクサーが呪文を唱え始めた。


[仕方ありません。邪魔者は排除するしかなさそうですね……]


 上空から激しい雷撃が小梅を襲う。


「――蛇眼八陣っ!」


 小梅の頭上に水の防御壁が現れ、雷撃を拡散させた。その直後、前田の不敵な声が辺りに響いた。


「おいおいおい! お前達、そう簡単に小梅隊長は殺らせないぞ! 何故なら香組と成、この俺、前田和利様が居るのだからなあああっ!」


[おやおや? また変な邪魔者が増えましたね] 


 溜息を漏らしながらルクサーが頭を横に振った。


 タデルはそれに動じず、そのまま竜之介に向け、剣を振り翳した。


「てめえ! 俺を無視するなっ! これでも、食らえ! 邪眼水檻んっ!」


 前田の邪眼から水蛇が大きな口を開けて、タデルに襲い掛かる。


[けっ、雑魚があ……っ!]


 タデルの剣から激しい炎が噴き出し、水蛇は一瞬にして蒸発した後、消えてしまった。


「んな馬鹿――ぐはあああっ!」


 何かの障害物でも弾き飛ばすかの様にタデルは剣の刀身で前田を吹き飛ばし、その勢いを殺さぬまま、竜之介へと襲い掛かった。


「死ねえええ! 竜之介ええええっ!」


「――っ!」


 剣が強引に振り下ろされた刹那、真っ黒な槍が光を放ちながら割り込み、激しい激突音と共に火花を散らした。予想を覆させられたタデルは怪訝そうな声で槍を持つ男に向かって唸る。


[なんだぁ? てめえ……]


 全身黒尽くめで武装したその男はタデルの殺気を押し返すかの様に自身の殺気を放ちながら口元を歪めた。


「俺か? 俺は村上道場の二番手、槍の使い手でもあり――裏駒武隊が一人」


「柴田……剛」


 柴田の台詞に続き、軽快な鈴の音が響くと甲高い声で女が叫んだ。


「そして、道場一はこの私、裏駒武隊が一人、村上京子様ですの!」


 タデルに向け、空気を切り裂く音と共に鋭い槍先が割り込んで来た。


[くそがああっ!]


 剣を即座に引いたタデルは、後方に引きさがって業を煮やす。


[次々と竜之介の前に沸きでてきやがって! めんどくさいったらありゃしねえ!]


 地団太を踏むタデルを前に槍を肩に担いだ柴田が嘲笑う。


「竜之介、お前何こんなところでチンタラやってるんだ? さっさと先に行って秀光を倒してきな」


「柴田さん、その恰好は一体? それに裏駒武隊って――?」


 竜之介の問い掛けに柴田は面倒臭そうな表情をする。


「ああ? んな事はどうでもいいじゃねえか。こんな所で無駄な体力使ってないで、お前は早く行け」 


「そうですの! 竜之介様、この者は私達に任せて先に進んでくださいですの!」


「京子さん……」


「嫌ですの! 私の事は『京子』と呼んでくださいですの!」


 顔を赤らめながら京子が身体を捩る様を見た小梅は吐き捨てる様に会話に割り込む。


「村上京子、裏で大人しく活動していれば良かったものを――こんな所まで竜之介を追ってくるなんて! 全くしつこいったらありゃあしないさね!」


「あらぁ? 知らないのですの? 今回の戦に私達、裏駒武隊にもお声が掛かっていたですの! 竜之介様を死守せよってね! 真田小梅、貴方は対象外ですの! そこら辺でくたばろうが私には知ったこっちゃないですの!」


「村上京子……秀光を討つ前にどうやらうちはお前をぶっ飛ばした方が良さそうさねぇ……」


「へぇ……受けて立ちましょうか? 真田小梅ぇ?」


「京子さん、今はそんな事をやってる場合じゃねえでしょうが……」


 戦とは全く関係の無い別の戦いが生じようとした所に柴田の一喝が入る。今まで自分らの前で、恐れ戦き泣き叫んだ者しか見ていなかったタデルは握った剣を小刻みに震わせた。


[……俺達が長い眠りから覚めて見てみれば、随分状況が変わっちまったじゃねえか。なぁ? 兄貴?]


[まぁ、あれから随分経ったのでしょう。どうやら昔の様にはいかないみたいですね]


[そういや、唯一表情も変えず、俺等を倒した忌々しい奴の名――なんていったけなぁ? 確か、て……天――]


[タデル、私達は少しお喋りが過ぎましたね。まずはこの邪魔者達を排除する事にしましょう]


 その台詞を聞いた柴田が口元を歪め、槍先を突き出すと不適に笑った。


「ほぅ……やれるものならやって見ろよ?」


「さぁ! 急いでくださいですの! あ、竜之介様、ひとつ貸ですからね! 必ず倍にして私に返してくださいですのっ!」


「あ、ありがとう! 柴田さん、京子さん」


 先へと進む竜之介達の背後から京子が声を掛ける。


「あ! 真田小梅、貴方は百倍にしてさっさと私に返しなさいですの!」


「何だって――?」


 怪訝そうに振り返った小梅に京子は照れ隠しを見せる。


「その為には――生き残って、その憎たらしい姿を再び私の前に晒しなさいですの……」


 その言葉の意味を理解した小梅が鼻を鳴らした。


「……分かった。嫌でもお前の前に現れてやるさね」


 互いが微笑み合い、踵を返した小梅は真っすぐ前を見据え、京子は柴田と共にタデル達に向かって槍を構え直す。かくして竜之介達は秀光を討つべく、更に奥へと奥へと進んでいくのであった。


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