■長信の必殺技
少し冷え込んだ空気が竜之介の頬を撫でる。瞼を開けた視界に広がる白い壁。目覚めた竜之介はぼんやりと天井を眺めながら、昨晩の出来事を思い返していた。
――藤堂さんが俺と同じ獄龍を持ってるなんて、あり得ない話だ。なんたって俺のは長信さん本人から託された物だから……だとしたらあの獄龍は一体何処から?。
――それにあの時の藤堂さんは明らかに様子が変だった。人格が変わったというか、特にあの左目は尋常じゃない。
「起きたのか? 竜之介」
天竜の呼び掛けに気付いた竜之介は慌てて体を起こした。
「あ、師匠おはよう御座います」
竜之介の朝の挨拶に頷きながら天竜はゆっくりと茶を啜る。
「竜之介、お前昨日俺に話した事をまだ考えているのか?」
「はい。だって獄龍が二つも存在するなんて……」
真剣な表情をして考え込む竜之介の様を見て、天竜は大きな溜息を付いた。
「いいか竜之介、本物の獄龍はお前が持っている物に間違いないわい。聞いた内容から察するに、どうやら影虎を裏で誰かが操っている奴がいるようだな……」
「えっ? 裏で? それは一体誰なんですか?」
竜之介の問い掛けに天竜は一人で何かを考えている様子で、返事が一向に無い。
「ふむ……大狐め、どうやら本格的に動き始めたか」
「ちょ、ちょっと、師匠! 俺の声、聞こえてますか?」
天竜の目の前で手の平をひらひらさせる仕草を見せると、ゆっくりと視線を竜之介に向けた。
「いいか竜之介、これだけは言っておく、偽者の獄龍が本物を越える事は無い。自信を持って今日の試合に挑め」
「は、はい! 分かりました……って、師匠まさか、また何処かへ行く気ですか!? 俺の大事な試合を見てくれないんですか?」
さっさと身支度を済ませ、器用に扉のレバーにぶら下がって扉を開けて出て行こうとする天竜を制止した。
「すまん竜之介、ちょっと用事を思い出したのでな。まぁ、今のお前なら大丈夫だろう」
適当に答えると天竜は扉の隙間から身を滑らせ、外へと飛び出して行った。
「ああっ! もう! 全然俺を心配してくれてない! 適当過ぎるっ!」
怒りを露にするが、矛先を向ける相手はもうそこには居ない。諦めて頭を項垂れた竜之介の脳裏に突如桜子の生気を失った瞳が頭を過ぎった。
「桜子さん……」
「俺はどうすれば貴方を救えるのですか? ……どうすれば貴方の傍で長信さんの代わりを――」
更に竜之介の脳裏に喜怒哀楽を見せる桜子の表情が駆け巡った時、竜之介の鼓動が激しく脈を打った。
「――あれ? どうかしたのか俺? 桜子さんの事ばかり考えてたら何故か胸が急に苦しくなってきたぞ? いけない! これから大事な試合があるというのに!」
頭を何度も横に振り、自身の顔を両手で叩いた竜之介は準備を済ませ、大きく深呼吸を一度すると、愛用の白い鉢巻を頭にぐっと締めて「よし!」と自身に気合を入れ、試合会場へと向かった。竜之介が会場に一歩足を踏み入れた時、鬼神と謳われる藤堂影虎と長信と宗政の鍔、龍虎の鍔を持つ風間竜之介との試合開始を今か今かと待ち望んでいる隊の者の歓声で一気に包まれた。
その雰囲気に飲まれ一気に舞い上がってしまった竜之介だったが、二階席で姫野に支えられながら死んだ魚の様な目をして呆然と自身を見つめている桜子に気付き冷静さを取り戻す。
「桜子さん、俺は――長信さんは絶対に負けません。 その瞳に俺が必ず光を取り戻して見せますから!」
静かに決意を言葉にした竜之介は、会場で先に来て武装を済ませ、鬼雷を肩に担ぎこちらを睨んでいる影虎を睨み返した。藤堂は怪訝そうに口元を歪めると、大きく鬼雷を翳して地面に突き刺す。
「竜之介、俺の忠告も無視して証拠りもなくここに現れやがって! ふん、まあいい。皆の前でその偽物の獄龍を叩き割るまでだ!」
影虎は戦具ポケットからもうひとつの鍔を取り出し、左手に握り締めた。
「藤堂さん、貴方は誰かに騙されているんです! 決してそれは本物なんかじゃないっ!」
「煩せええっ! それを決めるのはこの俺様だああっ!」
「抜刀――獄龍うっ!」
叫んだ影虎が獄龍を抜刀する。その悍ましい光を放つ黒剣を目にした隊の者が一斉にどよめいた。
「な、何だ!? 藤堂さんが持っている剣、あれってまさか?」
「ま、間違いねえ! あれは長信さんの獄龍だよ!」
「お、おい、ちょっと待て! 獄龍は竜之介が持っているのでは?」
周りの驚いた反応に影虎は満足そうな表情を浮かべ、周囲に向けて大きな声で言い放つ。
「いいかああっ! 良く聞けここにいる全ての奴ら! 俺様が持っている獄龍が本物で竜之介が持っている獄龍は偽物だあっ!」
思いもよらない光景と影虎の爆弾発言に隊長の面々が騒然とし始める。
「竜之介の獄龍が偽物だとにゃ!? んなことないにゃ!」
「そうさね! 藤堂の左目を見てみるさね! そっちの方が怪しいさねっ!」
蛍と小梅の言葉の後に、葵が影虎を哀れむような顔をしながらぼそりと呟く。
「あの男の目――魔石か」
獄龍を左手に持つ影虎の左目は赤黒く変色していた。意図通りの展開となった様子を見て満足そうに頷いた影虎は竜之介に獄龍の剣先を向けながら叫んだ。
「さぁ、抜けよ竜之介! 偽物の獄龍を! 皆の前で何もかもが嘘だったって事を今から証明してやるぜ!」
「皆の前で化けの皮を剥がされるのは――藤堂さん、貴方だ!」
影虎の挑発に対し、竜之介はゆっくりと獄龍を取り出す。
「抜刀――獄龍っ!」
黒い光に包まれながら獄龍が姿を現した。竜之介は水晶に触れると黒子を召還する。
「来い! 『俺の』黒子おっ!」
竜之介の声に黒子が顔を赤らめながら顔に両手を当て、黒い渦の中でくるくると回りながら姿を現した。
*ダーリン、いきなりのプロポーズ。 まさかの展開に黒子どきどき*
「え!? あ、いやっ! さっきのは湧きあがる感情が昂ぶってしまって、つい……」
*良い、照れるなダーリン。黒子、ダーリンの気持ち、十分理解してる*
竜之介にしがみ付く黒子の様を見て影虎は鼻で笑った後、二人を見据えながら二つある水晶の内の左側の水晶に手を触れた。
「……来な、黒子!」
影虎が黒子を召還すると、竜之介が召還した黒子と全く同じ姿をした精霊が現れた。それを目の辺りにした黒子が怪訝そうな顔をして影虎の黒子を睨みつけた。
*何お前? 美人は私だけ。偽物は今すぐ去れ*
直ぐに影虎の黒子が反応する。
*お前こそ何者? 二番煎じは要らない*
**この! 偽者めが!**
互いが火花を飛ばし合いながらそれぞれ獄龍へリンクすると、互いの獄龍の刀身に五つの刻印が表れた。地面に刺した鬼雷を抜いた影虎は両剣を構えながら、ゆっくりと距離を取り始める。それを見た竜之介は右手で静かに鍔を握り締めた。
「抜刀――風神」
右手から青い光を放ちながら風神が現れた刹那、竜之介はハルを召還する。
「来てくれ――ハル」
竜之介の声に水晶からハルが召還される。ハルは姿を現すと暫く黙ったまま竜之介を見つめ、竜之介と目が合うと、一気に顔が赤くなり、慌てて顔を逸らした。
「……ハル?」
少し様子がおかしいハルを心配し、竜之介が声を掛けるとハルは目を瞑ったまま慌てて口を開いた。
*お? おお、竜之介! 何か久しぶりじゃの、元気だったか?*
「うん。って、何処見ながら言ってるんだ? ハル、俺はこっちだよ?」
*え? あ? そうじゃったかの。すまぬすまぬ*
ハルが照れながら反対方向を向いたまま、目をゆっくりと開ける。その視界に影虎の姿を捉えたハルは正気に戻り、背中越しに竜之介に話し掛けた。
*竜之介……あの者、もはや人間を捨てておる。 心せよ*
「な、何だって!? ハルそれってどういう――」
竜之介が慌てて問うが、ハルは何も答えない。そのまま風神にリンクすると風神の刀身に五つの刻印が表れた。
注目の視線を浴びた二人が互いに距離を取り、双剣を構えた瞬間、試合開始のアナウンスが響く。刹那、竜之介の表情は次第に剣士の顔へと変化し始めた。
「行くぞ! 藤堂!」
体勢を低くし、地を蹴った竜之介が電光石火で藤堂の左懐に入り込む。刹那、身体を右に捻りながら斜め下から一撃を加えるも、影虎の獄龍に阻まれ、ぶつかり合い上へ滑り流れる獄龍同士の刃から激しい火花が走った。
「させるかよおおっ!」
口から鬼の様な牙をぎらつかせながら影虎が叫び、竜之介の攻撃を交わして鬼雷を頭上へ翳すと、そのまま一気に振り下ろす。
竜之介が風神で一撃を受け止めた瞬間、風神と鬼雷の刃がぶつかり合い、互いの力を誇示するかの様に激しい音を響かせた。竜之介と影虎は互いに間合を保ち、幾度も鎬を削りながら一進一退の攻防を繰り広げた。
「藤堂! 逃がさないぞ! 獄龍――陣破っ!」
左足を下げ、獄龍を後方から水平に振り抜く。それに共鳴するかの様に影虎も同じ姿勢で叫ぶ。
「けっ! 偽物の技なんか、返り討ちだぜえええ! 獄龍――陣破あああっ!」
闇同士が中央で激しく激突し、影虎の闇が竜之介の闇を飲み込みながら襲い掛かかった。
「くううっ! くそおおっ!」
竜之介の甲冑がダメージを吸収したが、その影響で竜之介の獄龍の刻印が一つ消滅する。肩膝を付いた竜之介を見て影虎が歓喜の声を上げる。
「かかかかあっ! どうだ竜之介っ! これが本当の長信の力ダ! お前なんかには絶対負けねえ! さっきから身体から溢れる力が、闇ガ、止まらねえんだよおおっ! すげえ、すげえゼ! この力あああっ!」
狂った様に咆哮する影虎を見て、竜之介は危険を直感し、何とか立ち上がると大きく後方へ退いた。
「馬鹿がああっ! 今の俺様の力は無限だぜええ!?」
「鬼雷――神掌おおっ!」
影虎が鬼雷を翳しながら叫ぶと、上空に電光を散らす雷の球が現れた。球は凄まじい勢いで地面へ落下すると、落下地点を中心に怒り狂った様な雷撃を走らせ、地面を削り上げながら、四方へと飛び散った。
「かかーっ! お前が何処に逃げようガ、その雷撃は交わせないいイイッ!」
逃げる竜之介を嘲笑うかの様に雷撃が追い、瞬く間に竜之介は巻き込まれた。
「があああああっ!」
甲冑から煙を上げながら、竜之介は地面に倒れ込む。そのダメージの大きさは獄龍と風神の刻印が一つずつ削られている事が証明していた。必死に起き上がろうとする竜之介。その姿を二階席の桜子は呆然としながらずっと見ていた。
目の前に繰り広げられている死闘を拒み、ただその画像だけが光を失った瞳に映っている。その心の奥底で桜子は一人、自問自答を繰り返していた。
――あの二人が戦っている? 何の為に?。
――どちらにしても私には関係の無い事。もう私は諦めた。一瞬でも竜之介を信じようとした自分が馬鹿らしい。長信を名乗る馬鹿者などこの世に幾らでも存在するのだ。
――長信の魂など、それを引き継ぐ者など何処にも居ない。居るのは偽者ばかり。
その時だった。以前の様に再び自身を封じ込める呪文を唱え続ける桜子の脳裏にふと、長信と交わした会話の様子が頭を過ぎり始めた。
「――え? 必殺技?」
呆れた様な表情をしながら桜子は長信を見た。
「おおともっ! その技はなあ、一瞬にして敵をやっつける技なんだぜ!?」
得意気に目を輝かせ、鼻息を荒くしながら長信は答えた。それを目を細め、嬉しそうな顔をしながら桜子は聞いている。
「ふふっ、じゃあその技がお前に備われば、さぞかし、恐ろしい必殺技になるのでしょうね?」
「おいおい、桜子、確かに俺様の闇は恐れられているけどよ、その必殺技だけは違うんだぜ? 俺様の闇をきらびやかにというか、華やかにというか、ええっと……」
長信が必死になってその技のイメージをあーだこーだと身振り手振りで伝えようとする様を見て桜子の笑顔が倍に膨らんだ。
「そう。その技が完成した暁には、是非私も披露してくださいね? 無論一番最初に見るのはこの私ですよ?」
楽しそうに桜子が微笑み掛けた時、長信は動かしていた手を止め、桜子を恨めしそうにじっと見つめた後、大きな溜息を交えながら項垂れてしまった。
「長信? 急にどうしたのです?」
「いや、それがよ……その技は俺様の闇だけじゃ出来ねえ。力の強い風の精霊の力が無えと実現しねえんだ」
「あらあら、それでは夢の技という事ですね、とても残念です」
「うんにゃ! 俺様は絶対諦めねえ! 俺様の力で風の精霊を口説いてやる!」
「ふふふっ。長信、私は貴方が実現するのを何時までもずっと待ってますよ? 必ず実現させてくださいね? 約束ですよ? それで、その技の名は何というのですか?」
「おお! 桜子、聞いてくれ! その技の名はだな――」
そこで長信との会話は途切れた。
「……力の強い風の精霊」
桜子はゆっくりと竜之介の持つ風神を見つめる。竜之介は肩を苦しそうに上下させ、息を荒げながら影虎と対峙していた。
「どうだア! 竜之介エ! 偽物のお前ガ、本物の俺様に勝てる訳ないんだよオオ!」
「これデ、終わりにしてやルウウ! 俺様の最高の闇でなあアア!」
影虎が獄龍を振り翳し、止めの一撃を放とうとした刹那、竜之介が両手を前に出し、獄龍と風神を交差させ、両剣の刃先を後方に向けた。
「影虎ああっ! 俺の、長信さんの闇は絶対に負けないっ! 今からそれを証明してやるっ!」
「俺が長信さんと修行の中で編み出した絶対無敵の必殺技ああっ!」
叫んだ竜之介の言葉は心の奥底に沈んでいた桜子の魂を突き動かすと、強引に引き上げて瞳に光を宿らせた。光を取り戻した桜子は見開いた瞳で縋る想いを乗せ、竜之介を見つめた。
交差した両剣に自身の持つ気を一気に注ぎ込んだ竜之介は腰を落として力強く叫んだ。
「獄龍――風雅あああっ!」
『――獄龍風雅って言うんだぜ?』
竜之介が口にした技の名が追う様に長信の言葉へと変わり、桜子の耳に飛び込む。刹那、桜子の瞳から止め処もない涙が溢れ出した。
溜め込んだ力を爆発させる様に竜之介が一気に水平に振り抜いた刹那、両剣から激しい旋風と闇が同時に放たれた。旋風は闇を乗せ、鋭利状になった風が闇を一枚一枚の黒い花びらの様に切り抜いていった。花びらは旋風に巻き込まれながら舞い踊るかの様に影虎へと向かっていく。
竜之介の技を目の前にして影虎は一歩も動けなかった。ただ呆然と迫り来る花びらを見詰めている。やがて唇を噛み締めながら言葉を漏らした。
「……何故ダ? 何でお前が、長信さんの必殺技の名前を知っていル……?」
影虎は嘗て信長に憧れ、その背中を必死に追っている最中、会話の中で一度だけ、技の名前を聞かされていたのだった。全てを思い出させる技の名を耳にした影虎は迫り来る花びらを見つめながら静かに目を閉じた。
「ちぇっ、何だよ……その技は正義の味方が悪者をやっつける時の技なんだロ? なんで俺なんだよ……長信さん、へへっ」
花びらに包まれながら影虎は旋風の中へと飲まれていった。全てが消え去った時、そこに武装が解除され、地面に転がっている影虎の姿があった。その周りには無常にも獄龍の鍔が砕け散っている。力なく起き上がろうとする影虎の胸の中心に埋め込まれた魔石が露出し、今にも消え入りそうな光を放っていた。
会場が影虎の悍ましい姿に騒然とする中、竜之介が信じられないといった表情をしながら叫ぶ。
「と、藤堂さん! その魔石は!?」
武装を解除し、駆け寄った来た竜之介は影虎を抱き起こした。虫の息になりながらも影虎は口を弱弱しく開く。
「へっ……ざまあねえな。 まさか偽物が俺の方だったなんてな。 長信さんの獄龍を使う為に秀光に言われて、わざわざこの魔石を身体に埋め込んだのによお……かふっ!」
「な、何だって!?」
影虎が朦朧と見ている視線の先を竜之介が追うと、冷ややかな目をして自分達を睨んでいる秀光の姿を捉えた。
「秀光……! 藤堂さんを騙してまで、桜子さんを惑わし貶めやがって……!」
怒りが頂点に達した竜之介は怒りを露にしながら秀光を指差して叫んだ。
「秀光! 貴様あっ、ここに降りてきて俺と勝負しろおっ! 今すぐぶっ倒してやる!」
竜之介の声に、秀光は一瞥をくれ、そのまま会場から姿を消してしまった。
「馬鹿野郎、お前、もう力がねえだろ? 焦るんじゃねえよ……王将の座はすぐ目の前じゃねえか?」
正気を取り戻した影虎が竜之介を諭す。最後の力を振り絞って立ち上がった影虎は二階席に居る桜子を見ながら想いを口に出した。
「桜子さん! 今まであんたを苦しめて本当に悪かったな! でも、もう安心だ! 何たって此処によ、長信さんの意志を継ぐ男がいるんだからよお! こいつは間違いなく本物だ! この俺が保証してやるぜ!」
牙を光らせ、破顔した影虎は竜之介の背中をばんばん叩いた。桜子もそれに応えるかの様に大きく頷く。背中を叩く手はやがて空を切り、前に倒れこみそうになる。影虎は何とか踏ん張り、震える両膝を押さえながら竜之介を見据えた。
「り、竜之介、俺からも頼んだぜ? さ、桜子さんの……桜子さんの呪縛を解いてやってくれ……! お、お前なら、そっ、それが出来る筈だ!」
影虎はよろよろとしながら前に歩み寄り、更に想いを桜子に伝える。
「さ、桜子さん、俺は……お、俺は本当にあんたが……」
両目に涙を浮かべながら影虎は真っ直ぐ桜子を見つめる。
「貴方が――好きでした!」
最後の想いを伝えた時、胸の魔石に罅が走り、粉々に砕け散った瞬間、影虎の姿は霧状となり、そのまま空気の中へと消えて行ってしまった。
「と、藤堂さああああん!」
その場に残ったぼろぼろの衣服を握り締めながら竜之介は咆哮の声を上げる。全てが終わった夕暮れ、竜之介は今日起きた事を剣士の丘で長信に報告していた。
「俺は……俺の意志で必ず秀光を討ちます。 例えそれが俺の命を落とす事になっても……」
「竜之介、そんな事を言っては駄目ですよ?」
聞きなれた声に思わず振り返ると、そこに桜子が立っていた。
「貴方は――長信に鍛え上げられ、その意志を継いだのしょう? そんな男が秀光に後れを取る事は絶対ありません」
「桜子さん……」
「貴方は長信の必殺技を見せ、再び私の心を開いてくれました。あれを見せられた私はもう、貴方を信じる事しか出来なくなってしまいました」
そのまま竜之介の横に座り、長信の墓を静かに見つめた。
「長信……本当に貴方は竜之介に全てを託していたのですね……」
――でも貴方の墓を目の前にして、この押さえ様の無い竜之介への想いを私はこれからどうすれば良いのでしょう……?。
桜子が思い詰めていた時、長信の墓の隙間から猫の親子がひょっこり顔を覗かせた。その親猫を見た瞬間、桜子は思わず息を呑んだ。
「お、お前は確か――あの時の!」
親猫は子猫から離れると、竜之介の膝に擦り寄り「にゃあ」と一鳴きした。突然の出来事に驚いた竜之介は恐る恐るも親猫の頭をそっと撫でる。
「ははっ、この猫、一体何処から来たんだろう? 可愛いですね、桜子さん。って、ええ!? 桜子さん! 何で泣いているんですか! 一体、ど、どうしたんです!?」
動揺しながら声を掛ける竜之介に桜子は涙ながらに笑い、頭を横に振って静かに呟いた。
「――長信。それが貴方の答えなのですね?」
親猫は竜之介から離れると、子猫を連れてそのまま姿を消す。事態を飲み込めない竜之介が唖然としながら桜子を見ると、桜子はおもむろに自身の付けている首飾りの「影」をゆっくりと外し始めた。
「え? な、何してるんですか? 桜子さん、って、まっ、まさか!?」
そのまま「影」の穴に持っていた鎖を通すと竜之介の首に手を回して掛ける。
「わ、わ、うわわわわ!」
言葉に出来ない気持を竜之介が漏らすと、桜子は首に回した手を引き寄せ、唇をそっと重ねて竜之介の口を塞ぐ。ゆっくりと離れた桜子の唇はそのまま竜之介の耳元へと移動し、小さな声で囁いた。
「――竜之介。貴方、今日から私の『影』となりなさい。これは命令ですよ……?」
「お、俺が、桜子さんの、かっ、かっ、影ええっ!?」
見開いた目で桜子を見る竜之介に向けて、桜子は顔を赤らめながら潤んだ目を細め、悪戯っぽく笑うのであった。




