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■閉ざされた心

「――秀光さんよ、竜之介との試合の前夜にこの俺を呼び出すとは、一体何の冗談だ?」


 拠点奥深くに位置する王将秀光の部屋で影虎は訝しそうに秀光を睨んだ。


「ククク……影虎よ、そう我を毛嫌わずとも。調子の方はどうだ? 竜之介には勝てそうか?」


 秀光の言葉に引っ掛かった影虎は怪訝そうな顔をして言い返す。


「何寝ぼけた事を言ってるんだ? 俺が竜之介に負けるとでも言いたいのか? それには及ばねえ、あの長信さんの偽者は明日で終わるんだからよ」


「そんなくだらない事を俺に言う為にわざわざ俺をここへ呼んだのか? なら話は終わりだ。明日の試合も控えてるし、俺はとっとと部屋に戻らせてもらうぜ?」


「それに――先に言っておくが、俺はあんたが嫌いだ。竜之介を倒した後は直ぐに王将の座を明け渡して貰うからな?」


 秀光に時間を無駄に使わされ、迷惑そうな表情を浮かべて踵を返そうとした時、秀光が懐から何かを取り出して影虎の目の前に差し出す。刹那、影虎の表情が一変した。


「ひ、秀光! お前、そっそれは……!」


 秀光の手に握られている物、それは獄龍の鍔であった。影虎の驚いた様子に怪しい笑みを浮かべながら秀光は口を開いた。


「お前も見覚えがあろう? そう、これは長信の獄龍だ」


「そ、それをなんでお前が!?」


「お前の程の男が愚問だな? 竜之介が持っている獄龍が『偽物』だからに決まっているではないか、クククク」


「な、何だとっ! やはりそうだったのかっ!?」


 鍔へ熱い視線を注ぐ影虎を見ながら秀光は言葉を重ねた。


「影虎よ、お前がこの本物の獄龍を使い、竜之介を倒すのだ……」


「お、俺が長信さんの獄龍を使って!?」

 

 言葉と同時に秀光の手から獄龍の鍔を奪い取った影虎はしげしげと獄龍を憧れの眼差しで見つめた。


「……影虎、お前がそのまま竜之介を倒したとしても桜子の心までは手には入らぬぞ……?」


「――なっ!?」


 自身が持つ桜子への感情を見抜かれた影虎は一気に顔が赤くなり、思わず後へたじろいだ。


「ククク……影虎、桜子を我が物にしたいか? ならば、これを桜子の目の前で抜刀すれば必ずや心の隙間が出来よう。後は自然の流れに任せれば良いのだ」


「ひ、秀光、何故俺にそんな事を?」


「何、竜之介の存在が目障りなのは我とて同じ事。それに我が好敵手、長信の死後も桜子の想いは一片たりとも揺るがぬ。流石の我も諦めたという事だ」


「その桜子に相応しい男に影虎、お前は成るべきなのだ」


「秀光……」


 今まで心底嫌っていた秀光が影虎の目には突如降り立った神のように見え始めていた。 


「どうだ影虎? その獄龍を使い、亡き長信の意志を継ぎ、その男を未だ未練がましく想っている桜子を我が物にしたくはないか? その全てを手に収めたくはないか?」


「桜子さんを俺の物に……俺は、俺は……両方の全部を手に入れてええっ!」


 今までの想いを吐き出すかの様に影虎は叫んだ。 


「クククク……良かろう。その願い、我が叶えてやる」


 ゆっくりと懐に手を入れた秀光はまがまがしく光を放つ魔石を取り出した。


「影虎、お前がその獄龍を使う為には闇属性が必要となる。そう、これは必要な儀式なのだ!」


 叫んだ秀光がバーチャルボードを表示させ操作すると、秀光の後方の壁が真ん中を中心に怪しい音を立てながら開き始めた。


「ひ、秀光――これは!」


「ククククっ! 我に着いて来い影虎よ! お前は今から長信となるのだあっ!」


 扉の奥から皇后しく光を放つ巨大な装置の中へと影虎は惹かれる様な表情を浮かべ、そのまま吸い込まれて行った。


 影虎が邪悪な力を手に入れようとしていた頃、竜之介は自室で暫くの間全く姿を見せなかった天竜を不機嫌そうに見据えていた。


「師匠! 今まで何処をほっつき歩いていたんですか? 明日はいよいよ藤堂さんとの試合だっていうのに、ろくすっぽ修行も出来なかったじゃないですかっ!」


 説明を求める竜之介に対して、天竜はのんびりと茶を啜る。


「まぁ、そんなに騒ぐな。 竜之介、お前はもう十分強くなっておる。後は経験を積んでゆけ」


「何ですか!? その投げやりな発言は!? 今まで俺がどれくらい苦労を――」


「――お主、あのシヴァを倒したのだろう?」


 天竜が突然言葉を重ねる。その真剣な眼差しを見た竜之介は何も言えなくなってしまった。 


「それがお前が強くなった証拠だ」


「師匠、でも俺はまだ――」


「竜之介、今のお前に必要な物は一人の男として立ち上がる事。お前の持つ力はもはや人に縋り、問うレベルでは無い。これからは自身で腕を磨くのだ、良いな?」


「師匠……」


「ふふふ、竜之介。わしからこのような言葉が出るとは信じられないといった顔をしておるな? だがな、本当にわしがお前に教えられる事は無い。それは長信と宗政に鍛えられたレベルがわしの予想を遥かに超えていたからだ。竜之介、それだけ長信と宗政の両名は剣豪であったという事だ。それを胸に刻み、これからを歩んで行け」


「はい……。でも今の師匠の言葉、何故かお別れの言葉みたいな感じがするのですが、俺の気のせいでしょうか?」


「ふっ。細かい事は気にするな。それにわしはまだ遣り残した事があるのでな、そう間単には成仏せんわい」


「遣り残した事って、それは今まで姿を消していた理由ですか?」


 天竜が漏らした意味深な言葉に竜之介が問うと気難しそうな表情をしながら口を開いた。


「まあな。元治に頼まれてこの小柄な体を利用して、ある調べものをしているんだが……前王将康家の病死に不審な点があってな」


「えっ!? それは一体どういう事なのですか!?」


「うむ、それは……」


 言い掛けた所で天流は口を閉ざす。肝心な点を答えて貰えなかった竜之介は不服そうな顔を全面に出して抗議したが、「お前は明日の試合に集中しろ」と一蹴されてしまった。


「もう! 分かりましたよ、それ以上は聞きません! 俺、ちょっと外の空気を吸ってきます!」


 外に飛び出した竜之介は剣士の丘へと足を向け始める。煮え切らない気持ちを墓の前で二人に愚痴りたいのだ。


 目的の場所に近付いた時、薄暗い墓の前に誰かが立っているのが目に留まった。距離を詰めながら竜之介が目を凝らすと、それは長信の墓の前で寂しそうな後姿を見せる桜子であった。自身の足音に気付き、踵を返した桜子と思わず目が合ってしまった竜之介は気まずい表情を見せた。


「あ、さ、桜子さん」


「り、竜之介……」


 互いに呼び合うも、それ以上は会話が続かない。暫く暗闇に沈黙の時間が訪れた。二人は黙ったまま、見詰め合うだけだった。


「竜之介……二人に明日の試合の報告ですか?」


 張り詰めた空気を断ち切るかの様に桜子が口を開いた。


「え? あっ、はい! 長信さんと宗政さんに明日の藤堂さんとの試合の報告を!」


 先程の天竜への不満が一片に吹き飛んだ竜之介が慌てて答えた。


「そう。ところで竜之介、姫野から話を聞きました。貴方が宗政と姫野の仇、あのシヴァを倒したそうですね……?」


「あ、はい! な、何とか倒す事ができました」


 しどろもどろしながら答える竜之介の様子を見て、桜子は思わず苦笑した。


「ふふっ、竜之介。姫野の変わりにお礼を言います。ありがとう。その後姫野は昔の様に明るく振舞える様になりましたから」


「う、いやや、そんなっ! お礼なんて、とんでもないっ! 俺は宗政さんに頼まれた使命を果たしただけで……あ!」


 宗政の名を口に出した竜之介は「しまった」という表情を見せた。死人の頼まれごとなど通常存在しない。そんな事を桜子の前で口に出すと、表情が一変するのを竜之介は知っていたからだ。


「……竜之介、姫野は言ってました。シヴァを倒した後に宗政が現れたと。それは本当の事なのですか?」


 桜子は表情を変えず、何かを探る様な感じで静かに問う。


「それは――俺は覚えてないんですけど、どうやらそうみたいです」


「目の前に眠る宗政が現れたなどと、信じる余地も無いですが、姫野が嘘を付くとは到底思えません」


「もしそれが真実ならば、長信も私の前に現れてくれるのでしょうか……」


 寂しそうな目をして長信の墓をそっと触りながら、気持ちを口に漏らす。


「桜子さん、俺にはまだ長信さんの使命が、秀光を倒すという約束があります」


「だから、俺が秀光を倒せばひょっとして長信さんも再び桜子さんの前に現れてくるかもしれません」


 桜子の願いを竜之介が口にした瞬間、桜子は目を見開いて竜之介を見つめた。


「……本当に?」


「――桜子さん、俺も同じ事を二度言うのが大嫌いなんですよ」


『――桜子、俺様はなあ、俺も同じ事を二度言うのがでいっ嫌いなんだよ』


 長信の墓の傍で苦笑しながら竜之介が長信の台詞を口に出した時、桜子にはその声が長信が言っているかのように聞こえた。


「竜之介、何故なのでしょう? 貴方は見た目といい、性格といい、全く長信とは間逆な筈なのにどうしても貴方が長信に思えてしまう。それは以前、貴方が私に言った、長信の闇属性を引き継いでいるからなのですか?」


「桜子さん、そうです! 俺の中に長信さんが居るからです! 俺を、長信さんの言葉を信じてくださいっ!」


「そうなのですね……今まで私は自分を押さえてきましたが、姫野の話と今の貴方を見て私は貴方を信じられそう――」


「違うな! そいつは真っ赤な偽者だ!」


 桜子が震える身体を竜之介に預けようとした時、その背後で影虎が唸るように叫んだ。

 

「か、影虎! お前はいきなり何を言うのですか!?」


 影虎は黙ったまま竜之介を睨みながら懐にゆっくりと手を入れ、鍔を取り出した。桜子と竜之介の二人は影虎が突き出した獄龍を見て思わず息を呑んだ。


 「そんな馬鹿な!?」という驚きの表情を竜之介は見せ、桜子も明らかに動揺し始める。その様を見て満足そうに影虎は笑みを浮かべた。


「桜子さん、そいつから今直ぐ離れな。奴が持っている獄龍は偽物だ。本物の獄龍はこの俺が持っている物だ!」


「と、藤堂さん! いきなり何を!? 俺はこの獄龍を抜刀出来るんですよ!?」


「だから――それがどうした?」


 竜之介の反論を一蹴した影虎は体勢を低くし、腰を落として力強く叫んだ。

 

「抜刀――獄龍ううっ!」 


 影虎の叫びに呼応するかの様に、鍔から黒剣、獄龍が黒い渦を巻きながら姿を現した。獄龍を握り締めた影虎は狂気な表情を浮かべて笑った。


「ははははは! 見たか桜子さん! これが本物の獄龍だあっ!」


「そんな筈は――何故お前が竜之介と同じ獄龍を持ってるのですか!?」


「それはなぁ、桜子さん、いや、桜子! それは、俺様が本物の長信だからだっ!」


「嘘――!」


 影虎が一気に桜子の心を畳み掛ける。それでも桜子は頭を抱え、懸命に首を横に振った。だが、その抵抗も影虎の口から発せられた次の言葉で空しく崩れ落ちてしまう。


「光と影は共にあり、互いを際立たせ支え合う、光と影が交わりし時、指し示されたその道を共に歩まん」


「か、影虎! 長信しか知らないその詩を、何故お前が知っているのです!?」


「桜子、だからさっきから言ってるだろ、俺様が長信だってよお!」


「貴方が――長信?」


「そうだ桜子。俺様が長信だ、随分待たせてしまったな。でも、もうその心配はいらねえ! 明日その偽者をぶっ倒して、お前の傍にずっと俺様が付いててやるからな!」


 影虎が指差す先には竜之介が居る。その指の先を辿る様にして桜子は竜之介を見た。


「さ、桜子さん! これは何かの間違いだ! 長信さんの獄龍はこれだけなんです!」


 慌てて竜之介が懐から獄龍を取り出し、構えながら叫ぶ。


「抜刀――獄龍ううっ!」


 竜之介の鍔から黒い渦を巻き込みながら獄龍が姿を現した。両剣の刃に月明かりが反射し、まるで互いが敬遠するかの様に怪しい光を放ち合う。その様を見せられた桜子はショックで両目の生気を失い、両手をだらりと下げ、心を閉ざしてしまった。


「桜子、俺を信じろ。あんな頼りねえ奴が、長信な訳がねえ……」


 ゆっくりと桜子に近付いた影虎が右手で桜子の顔を上げると、そのまま唇を重ね、竜之介を睨みつける。その左目は赤黒く変色し、悍ましい殺気を放っていた。


「竜之介えエ、これは警告だ! 明日もしお前が試合会場に現れたなら、その時はお前の最後だと思エ――」


 刹那、一陣の砂煙が舞い上がったかと思うと、獄龍同士がぶつかり合い、激しい火花を散らした。戦闘モードに切り替わった竜之介の表情からはあどけなさが完全に消えていた。


「藤堂……桜子さんから離れろ」


「竜之介エ、生意気な……!」


 互いの獄龍が小刻みに震えながら交差し、押し殺し合う。大柄な影虎が力任せに捻じ伏せようとするが、竜之介を後方へ退ける事が叶わなかった。やがて怒りに満ちた竜之介の視線を感じた影虎が目を合わせた瞬間、思わず顔を強張らせた。影虎にはその鋭い目が長信の物に見え始めたからだ。


「長信だと? ――馬鹿なっ!」


 動揺した影虎は竜之介がら飛び退き、大きく距離を取った。


「くそがあっ! 違うっ! 長信はこの俺だああっ!」


 激しい呼吸をしながら、恨むような目付きで竜之介を睨みつけると、影虎は獄龍を解除した。


「はあっ、はあっ、はあっ、いいか竜之介、良く聞け! 明日この俺が全てを手に入れるっ! 長信の名も桜子もなあっ!」


 狂気じみた様に叫ぶ影虎に竜之介は獄龍の剣先を突き出し、静かに言い放つ。

  

「俺は長信さんの威信に賭けてお前には絶対負けないし、桜子さんも渡さない。明日化けの皮を剥がされるのは藤堂、お前の方だ!」


「はははははっ! 竜之介、馬鹿な奴! 自ら死を選ぶとはな! いいぜ、俺とお前どっちが本物か明日ハッキリさせようじゃあねえか!」


 言い放った藤堂は踵を返すと、闇の中へと消えていく。竜之介は直ぐに桜子を気遣い、声を掛けた。


「桜子さん、しっかりしてください!」


 竜之介の声に反応した桜子は、朦朧とした目で一瞬竜之介を見たが、そのままゆらり立ち上がると光の消えた瞳でぼそりと呟いた。


「私は……これ以上、苦しみたくはない。お前も影虎も偽者。何もかもが嘘言、虚言、造言、偽言……」


「さっ、桜子さん!」


 心を閉ざした桜子が怯える様に竜之介から後ずさり始め、やがて逃げる様に竜之介の傍から立ち去っていった。その姿を目で追いながら、止め処もない感情が湧きあがった竜之介は大きな声を上げた。


「くそおっ!」


 そのまま長信の墓の前で両膝を付いた竜之介は両手で墓石を掴みながら質問を投げ掛ける。


「長信さん! 俺はどうすれば桜子さんに信じて貰えるんですか!? もう少しで桜子さんの心が開きかけたというのに、こんな事になるなんて! お願いです! お願いします! 長信さん、教えてくださいっ!」


 剣士の丘で竜之介の声だけが空しく響く。竜之介への問いに対し、長信は何も答えない。ただ竜之介の両手には冷たい墓石の感触が伝わるだけであった。


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