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■二人の剣士

 動きを封じられた姫野にゆっくりとナイトが近づいてくる。


 尚も上空からはビショップの雷が容赦なく姫野を直撃し、三紗の刻印は残り三つまでになっていた。


 姫野のダメージの大きさは纏っている甲冑から立ち上る焦げ臭い煙を見れば火を見るよりも明らかであった。


 シヴァは姫野が苦しそうに叫ぶ姿を見て退屈そうに大剣を肩で鳴らした。


[どうしタ? その様子でハ、お前の刃は何時まで経っても俺には届かないゾ?]


「シヴァああああっ!」


 姫野は鬼の形相でシヴァを睨む。その視界の前にナイトが立ち塞がった。


[シヴァ様ガわざわざ出る必要モありません、この女は直にくたばりますかラ!]


 ナイトは剣を姫野に向け、ビショップに命じる。


[さア、止めの雷ヲ食らわせてやるがいいッ!]


[分かっタ!]


 ビショップが杖を高々と掲げ、一気に力を蓄えながら叫ぶ。


[これデ終わりダアア!]


 姫野の頭上が更に激しく光を放った刹那、姫野が三紗を斜めにして高速に旋回させ始める。


「三紗――旋乱っ!」


 三紗は旋風を巻き起こしながら、姫野を舞上がらせる。その勢いで姫野を掴んでいた土の手が引き千切れた。


[なにいッ!]


 一枚の羽と化した三紗は雷をぎりぎりで交わし、姫野を一気にナイトの間合いまで導いた 。


「おおおおっ!」


 三叉の刃がナイトの剣と激しくぶつかり合い、一枚目が衝撃を加え、二枚目がひびを入れ、そして最後に三枚目が剣を砕く。


[馬鹿ナ――!]


 その刃は勢いが衰える事無く、ナイトを両断した。


[ヒィッ!]

 

 ナイトの無残な姿を見たビショップは、堪らず姫野に背中を見せて逃げ出す。


「逃すかああっ!」


 高々と舞った姫野が叫び、ビショップの頭上から三紗を突き刺した。


[ゴバアア!]


 ビショップは断末魔の声を上げながら面を両断され、一瞬にして肉塊と化す。


「ぜえっ、ぜええっ、ぜえええっ!」


 片膝を付いて髪を乱し、苦しそうに息を吐き出しながら姫野は刃をシヴァに向けた。


[ほウ、なかなか面白イ]


 ゆっくりと大剣を降ろしたシヴァが不敵に笑う。


「……出来れば力を温存して起きたかったが、出し惜しみしている場合ではなかったからな……」


[女、残りの力ヲ全てこノ俺にぶつけテみせロ! フハハハハ!]


「……言われずとも、これよりの一撃は、全て宗政の物と思え!」


[ふん、俺二一太刀でモ入れられればなア!]


 姫野は三紗を構えながら、亡き宗政と竜之介に向けて想いを呟く。


「……宗政よ、私の覚悟は最初から決まっていたのだ。お前の居ないこの世に未練などあるものか。シヴァに私の全てを賭けた一撃を入れ刺し違い、直ぐに私もお前の所にいくからな」


「……竜之介、私に今一度火虎を、夢を見せてくれて本当に嬉しかったぞ。お前は生き、これからも隊の者達を引っ張ってやってくれ!」


「――シヴァあああ! 私と共に地獄に堕ちろおおっ!」


「三紗――烈華あっ!」


 姫野が叫ぶと、全ての刻印が激しく光を放ち、刃先から氷の刃がシヴァを覆い尽くす様に、一気に襲い掛かった。


[ちいッ! 小賢しイ!]


 大剣を盾にしながら、姫野の連撃を受ける。その攻撃が止み、大剣を下げた刹那、高く舞った姫野が三紗を翳しながら真っ直ぐ

突っ込んできた。


[――ッ!]


 全ての想いを叫びに変え、渾身の力を込めて振り下ろす。その刃はシヴァの面を確実に捉え、叩き斬ったと姫野は自身の目を見開いた。


 だが、回転しながら吹き飛んだ物はシヴァの頭部では無く、面のシールドであった。


[その攻メ、見事だったゾ、女ッ!]


 姫野が視線を横に流した時、大剣が空気を切り裂く音を立てながら三紗の柄毎、脇腹に食い込んできた。


――届かなかった!。


 そのまま脇腹が嫌な音をさせながら姫野の意識を半分削り取った時、主の終わりを感じ取るかの様に三紗の刻印が全て消え、柄が砕け散った。


*姫野――!*


 地面に叩き付けられ、ゴム鞠の様に跳ねた姫野は、糸の切れた操り人形の様にそのまま無様に横たわった。


[残念だったナ、女! 今度ばかりハお前の為二命を捨てル間抜けナ男は現れないゾ?]


――宗政……。


[もう一人ノ奴モ今頃は力果テ、俺の兵二血肉ヲ食らわれていル事だろウ]

 

――竜之介……。


[さらばだ女、自分の愚かさヲ冥土に持っテ、あの男ト一緒二地獄デ悔やむガいいッ!]


 大剣が振り翳される。姫野はそれを素直に受けいれ、死を覚悟した。


 破壊され剥き出しになったシヴァの目が狂気に染まった時、大剣が一気に振り下ろされた。


 美しい女の無残な骸を想像し、目を細めたシヴァが見た物――それは見覚えのある赤剣で大剣を凌がれた光景であった。


[赤剣だト?]


 赤剣を握る竜之介を睨み付ける。


[そノ赤剣、お前ハ何者だ?]


「俺は、風間竜之介、この赤剣を継ぐ者だあっ!」


 竜之介の力強い声が朦朧としている姫野に届いた。ゆっくりと目を開けた時、マントに刻まれたと成の文字が風に吹かれ力強く揺れていた。


――り、竜之介……。


[貴様、俺の兵ヲ全て倒シ、此処まで辿り着いたト言うのカ? あれ程ノ数ヲ倒ス等まズ不可能――]


 シヴァは言突然葉を切り、竜之介が握っているもう一つの黒剣に目をやった。


[双剣使いだト? ぬ? 待テ、お前ガ持つそノ黒剣はまさカ?]


 シヴァは竜之介の黒剣に見覚えがあるらしく、すかさず竜之介から距離を取った。


[お前らノ隊の中デ一人黒剣を持チ、其の者ハ立ち所二俺らノ兵ヲ殲滅した『闇の剣士』が居るト言う]


[それハ、お前ノ事だったのカ? だが、その赤剣ハ――?]


 シヴァは竜之介が二つの剣を持っている事に疑問を抱いている様だった。


「俺は、炎の剣士であり、闇の剣士でもある

!」


[何だト?]


「今から、その二人の剣士がお前を討つ! 覚悟しろ! シヴァっ!」


 シヴァを見据えながら力強く叫んだ竜之介は姫野の方を振り返る。


「姫野さん、遅れてすみませんでした。俺がもっと早く来ていれば、そんな酷い姿にさせなかったのに……」


 後悔の言葉を漏らす竜之介に姫野は苦しそうながらも、謝罪の言葉を口にする。


「……結局、竜之介をここに来させてしまった。また私は何も出来なかっ――」


「姫野さん 、何を言ってるんですか! 生きていてくれたじゃないですか! 俺はそれが一番嬉しいです!」


――私が生きて……?。


 姫野は竜之介の言葉を聞いた瞬間に泪が頬を伝わり始めた。


[先程かラ虫唾ノ走る事ばかリ口に出しやがっテ。その希望ハ今から直ぐ二その女ヲ殺しテ、絶望に変えてやるゾ]


「お前には――出来ない!」


「シヴァ、俺はお前をそこから一歩も前に進ませないっ!」


*ああ、もう何が何だか。今のダーリンの台詞、黒子、心底痺れた*


 獄龍から黒子が話し掛ける。


 右手に持つ獄龍を真っ直ぐ突き出し、火虎を後ろに回した竜之介は右手首を返して叫ぶ。


「獄龍――陣破!」


 黒い闇が渦巻ながら、シヴァをに襲い掛かった。


[お前ノ闇ハ俺の闇デ食らいつくしテくれル!]


 刹那、シヴァの全身が闇に覆われ竜之介の闇と激突した。


[人間如きノ、闇なド!]


「長信さんの闇を舐めるなあっ!」


 竜之介の闇はシヴァの闇を徐々に飲み始める。


[俺ノ闇ガ押されテいルだト!?]


 竜之介が言った通り、シヴァは足を前に踏み出す事が出来なかった。


[い、如何二お前の闇ガ勝ろうガ、こノ俺の頑丈ナ鎧を通ス事などできヌ!]


 動揺しながら後退するシヴァに竜之介は更に言葉を重ねる。


「もう忘れたのか? 俺は言った筈だ! 二人の剣士がお前を討つと!」


*宗政様、見えていますか? マスターが貴方の敵を討つ姿が!*


 火虎から火目子が呟く。


「火虎――隼」


 獄龍と入れ替わりに振り翳した火虎は大剣を巻き込むと、地面に叩き付けた。


[がアアっ!]


「終わりだっ! シヴァああっ!」


 入れ替えた獄龍をシヴァに唯一隙が出来た面の中へ突き刺した後、更に返す刀で火虎を突き刺し止めの必殺技を叫ぶ。


「火虎――爆炎牙!」


 竜之介の炎は鎧の中で一気に吹き出した。燃え盛る炎の中で、シヴァは叫び声を上げる。


[ウオオオ! 俺の目がッ、顔ガ、顔があ熱いイイ! くそがアアっ! くそがアアアっ!]


「シヴァ! お前の敗因は、宗政さんに付けられた面の刀傷をまるで勲章の様にそのままにしていた事だあっ!」


「宗政さんが自身の命と引き換えに一矢報いた一太刀は、既にお前の命を断つ布石となっていたんだ!」


「その驕りから招いた敗北を悔やみながら地獄へ墜ちていけええっ!」


[ぁアアア……]


 怒りの炎はあらゆる鎧の隙間から吹き出し続け、やがて抜け殻だけになった鎧は無様な音をたながら地面へ崩れ転がり落ちた。


 全てを終え、姫野の方へ向き直った竜之介は、急に薄れ始めた意識の中、無理矢理笑顔を作る。


「姫野さん、見ていてくれましたか? 俺は遂にシヴァを倒しましたよ……?」


 そのままがくりと頭を下げた竜之介に泪ながら姫野は声を掛ける。


「……ああ、しかと見せて貰った。竜之介、本当に有難う。宗政もさぞかしあの世で喜んでいる事だろう」


「――竜之介?」


 頭と両方の剣をだらりと下げ、竜之介は何も答えない。両方の剣が沈黙したまま、再びその頭がゆっくりと上がった時、竜之介の顔つきが宗政へと変化した。


「む、宗政っ!?」


 宗政は、自分自身にも何が起こったのか分からない様子で、暫く辺りを不思議そうに見回していたが、事態を飲み込むと懐かしむかの様に姫野を見て破顔した。


「おや? 竜之介殿がシヴァを倒したと言う事は何と無く私に伝わったのですが、まさか以前の様に現世に出て来れるとは、あはははは……」


 懐かしい口調に姫野は無我夢中で駆け寄ろうとしたが、肋が折れている痛みで呻き声と共にその場に崩れ落ちた。


 宗政は助け起こそうと、身体を懸命に動したがそれが叶わない事が分かると寂しく目を細めた。


「姫野隊長……此処から動く事は出来ませんが、神様の粋な計らいと言う事なのでしょうか、再びこうして貴方に会え、話す事が許されました」


「姫野隊長……どうか私の事でその足を踏み止めないで下さい。今の私は本当に満足しているのです。後悔など微塵の欠片もありません」


「宗政……私はっ、私は――!」


「姫野隊長……何も言わなくて良いのです。この宗政、その心中全て察しております」


「宗政、私はお前に今まで何もしてやれ無かった! せめて、何か、何か私に出来ることは無いのか?」


「姫野隊長……ならばこの宗政、最後に目にしたい物があります」


「な、何だ? 私は何をお前に見せれば良いのだ? 何でも言ってくれ!」


「姫野隊長――笑ってください。私は貴方の悲しい顔を見ながら此の世を去ったのが唯一の心残りだったのです。この目が眩む程、姫野隊長の眩しい笑顔を、最後に見せてください」


 少し照れながら言葉を口にする宗政を見た姫野は、苦笑して大きく溜息を吐いた。


「……宗政、お前はこんな時でも、隊長、隊長と堅苦しく私を呼ぶのだな? 今位は姫野と呼んでくれないか?」


 暫くお互いが見つめ合う。静かに目を閉じ再び目を開けた宗政は真剣な眼差しを姫野に向けた。


「……姫野さん 、一刻も早く私の事を忘れ、私が認めたこの竜之介殿と共に再び前を向いて歩いてください」


「それこそ私が、心より望んでいる事なのです……」


 宗政の想いを聞いた姫野は泪を堪え、唇を震わせる。


「馬鹿者、私は一生涯お前の事を忘れるものか。 お前の様な馬鹿正直で何処までも真っ直ぐな奴を……忘れる事など出来るものか!」


 必死で想いを吐きだし、宗政に向け満面の笑顔を見せた。


「姫野さん、ああ――私の人生はとても良い物となりました。竜之介殿にも宜しくお伝えください……何時までも何時までも二人共、お元気で――」


 その言葉を最後に竜之介の目が変化する。我に返った竜之介の視界には姫野が止め処もなく泪を零している姿が飛び込んで来た。


「あ、あれ? うわっ! ひ、姫野さん、そんなに泣いて一体どうしたんですか! それに俺は今まで何をしていたんだ? 何だか急に時間が止まった気がするんだが……」


 直ぐに獄龍と火虎から黒子と火目子が飛び出して来た。


*何だ? 全く動けなかったぞ!*


*私は、何処からか宗政様のお声がした気がします……*


「確かに、俺も宗政さんが此処に居たような気がする――ぐえっ!」


 竜之介が不思議がっている所に黒子が力一杯抱き付いてきた。


*流石ダーリン、大漁旗を揚げるべき。先程の台詞と良い、ダーリン格好良すぎ*


 その様を目の当たりにした火目子が直ぐに不満の顔を全開にした。


*もうっ! 黒子さんっ! マスターと喜びを分かち合うのはこの私ですよっ! さっさとマスターから離れてくださいいっ!*


*ふん、知ったことか! べー*


 二人に揉みくちゃにされ、困惑をした表情を浮かべながら竜之介は呟く。


「宗政さんに報告したかったな……」


 残念そうな竜之介の言葉を耳した姫野が泪を拭いながら突然笑い出した。


「……竜之介、お前の想いは宗政にしかと届いているぞ?」


「え? 姫野さんそれは一体どういった――」


 竜之介が真意を問いただそうとした時、棋将武隊の援軍が到着する。隊の者達は野原に横たわる夥しい数のポーンを目の当たりにして唖然とした。


 更に隊の者達は竜之介の近くで、あの最強ルークと謳われたシヴァが息絶えているのを信じられないという表情で見ていた。


 担架にゆっくりと乗せられた姫野が心配そうに見つめる竜之介を見ながら静かに口を開く。


「……竜之介、私はこれからお前と共に歩いても良いのか?」


 言葉の意味を完全に理解していない竜之介は苦笑しながら答える。


「何を今更、当たり前ではないですか、俺は姫野さんと何処までも歩いて行きますよっ!」


「……そうか、それを聞いて安心した。宗政、聞いての通りだ。お前との約束を果たす為、私はこれから努力を惜しまないからな」


「……ん?」


 姫野の真剣な眼差しを見ながら、竜之介は何かとても嫌な予感を感じたのであった。


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