表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/146

■伝説の犬獣族

 自然豊かな十洞千石。今日も太陽の恩恵を受けながら平和な朝を迎える。その棋将武隊の建物へと続く石段をのろのろと蛞蝓が這いずるかの様に登ってくる女の影があった。


 その影はそのまま正門へと差し掛かり、門番に挨拶をする。


「――おはようにゃ……」


 死に掛けた兵の様に今にも掻き消えてしまいそうなその声に訝しさを覚えながらも、門番達は挨拶を返した。目の前を頭の横に付けた猫顔の髪留めが横切った時、その顔と声に何処か覚えがある二人は互いに顔を見合わせて不思議そうな顔をする。


「ねえ、ここを今通った人って何処かの隊長――だったよね?」


「背中にマントを羽織ってたからそうなのだろうけど……」


 目を細めてその女の背中を凝視すると、一陣の風が背に纏ったマントの文字を靡かせた時、そこに縫い込まれいる文字「桂組」に二人の目が串刺しとなった。


「いっ、今のって――!!」


「嘘おっ! 蛍様あああっ?」


 門番達が驚くのは無理は無かった。蛍は自慢のトレードマークでもあったツインテールを止め、肩まで真っ直ぐに髪を下ろしていたからだ。「何事?」と思った門番が恐る恐る声を掛ける。その声に蛍の肩が一瞬反応したかと思うと、ゆっくりと振り返った。


 良く見ると、蛍の顔の周りにはあちらこちらと絆創膏が張り付いていた。刹那、絆創膏が数枚剥がれて地に落ちる程、眉間に皺を寄せた蛍は瞳に泪を滲ませながら言葉を漏らした。


 「くにゅう……玉美とツインテールを賭けて勝負して、敗れたにゃ。あの八九三女め、前の面影がまったくないにゃ! しかも全力で私を突き飛ばしやがったにゃ、悪魔のツインテール女誕生にゃ!」


 蛍はがっくりと肩を落としながら、ふらふらと建物の奥へと消えていった。その哀愁漂う背中を門番達は只、黙って見送る事しか出来なかった。


 その惨めな姿を物陰から焦りの表情で見つめる女がいる。


――何かが大きく動き出したな。こりゃあ私もうかうかできないぜ。


 口に咥えた煙草を上下に揺らしながら美柑は「獲者」を探し始める。少し歩くとその獲者は「剣士の丘」の長信と宗政の墓の前で何か言葉を掛けている最中であった。美柑は何故か何時もの調子でその背中に声を掛ける事が出来なかった。


 暫くして竜之介が背後の気配に気付いて振り向いた時、まるで別人の様な剣士の表情をした竜之介を目の辺りにした美柑は思わず口に咥えていた煙草を地面に落としてしまった。不自然に流れた前髪の裏から角度を付け真っ直ぐに伸びた眉毛、そして幾多の死線を越えてきた剣士が持つに相応しい鋭い眼、自分の背負った運命を全て受け入れたかの様に硬く閉じられた口、それはまるで嘗ての長信と宗政を思わせる程、凛々しい顔立ちであった。


――な、なんだ? 私が暫く見ない間にどんだけ修羅場を潜った顔になってんだよ……?。


 口を中途半端に開けている美柑は脳内で最初出会った頃の竜之介と現在の竜之介を秤に掛ける。秤は後者の方へ思いっきり傾き、その勢いで前者は遠くの彼方へ吹き飛んでいってしまった。


「あ、やっぱり美柑さんだ」


 開いた口は竜之介から声を掛けられる事によってようやく閉じられる。先程の剣士は瞬時に破顔して普通の好青年の顔に戻っていた。我に返った美柑は慌てた素振りで白衣のポケットを弄りながら煙草を口に咥えなおした。


「よ、よお、竜之介、良く私だと気付いたな」


「え? ああ、何と無くですが最近人の気配の色というか、例え難いのですが、そういうのが分るようになって来たんですよ」


「へぇ――で、私は何色なんだい?」


「美柑さんは、ピンクですね」 


「ピンク? 何だあ? それじゃあ私はエロさ全開って事か? まぁ、強ち外れては無いけどな、にしししし」


「あ、いえっ! そういうんじゃあ無くてですね!」


 慌てて弁解をする竜之介の仕草に美柑は悪戯っぽく笑い、沸々と湧いて来た独占欲に駆られ自然と竜之介へと手が伸びる。そのまま腕を掴むと何処かに向かって歩き始めた。唖然とする竜之介をぐいぐい引っ張りながら美柑の頭には先程の剣士の顔をした竜之介が頭を過ぎった。途端に顔が真っ赤になり頭から湯気が立ち上る。


――やばい、さっきの竜之介の顔は本気でやばい。あんな顔を他の女が見たらいちころだぞ! 条件反射で思わず竜之介を引っ張って来てしまったが、さてさて、どうしたものか――そうだ!。


 美柑は思いついた事をたどたどしく口に出す。 


「り、竜之介、少し時間が取れるか? ち、ちょおっと手伝って貰いたいんだけど」


「え? そうですね、師匠は黒丸に何か用事があるとか言って何処かに行ってしまったし、お役に立てれるのなら手伝いますよ?」


「そ、そうか! じゃあ行こうぜ?」


「は、はい、でもその前に美柑さん」


「な、何だよ?」


「その――掴んでる腕をそろそろ離して貰ってもいいですか?」


「うおおっ!?」


 無意識に掴んでいた自分の手を見た美柑は仰け反る様にして手を離す。同時に自身の胸の高鳴りを感じながら心の中で「年甲斐も無く止めんかっ!」と叫びながら竜之介に悟られまいと必死に抑えるのであった。


 暫く葛藤が続いた後、美柑はようやく目的地に辿り着いた。その場所――地下の転送室に到着した竜之介は不思議そうな顔をしながら辺りを見回す。


「何、ぼけらーとした顔をしてるんだよ。私はな、人間の健康管理もするが、機械の健康管理もしてるんだぜ?」


「え? そうだったんですか、それにしても美柑さんは色々やってるんですねえ」


「にししし、私をそんじょそこらの女と一緒にしたら駄目だぜ? 悪いが今から転送装置を予備機へ変更するのを手伝ってくれ」


 スパナをぐっと握り締めた美柑が、びしっと腰に手を当てながらポーズを決めて見たが、全く反応しない竜之介を見て呆れ果てた後、頭を項垂れた。


「……んじゃ、やろうかね、竜之介」


 煙草に火を点けた美柑は袖を捲くり始める。


「竜之介、何ぼけーっと突っ立っている、早くこっちに来て手伝え!」


 無造作に工具箱の中から取ったドライバーを竜之介に向かって投げつけた。竜之介は両手をもたつかせながらなんとか掴む事に成功する。


「ちっ、ちょっと届かないな。竜之介、そこに脚立が置いてあるから持って来い」


「分かりましたって、どこにあるんですか?」


「どこ見てるんだよ! あそこにって、ありゃ? 無いじゃねえか。くそっ! 誰かが持っていきやがったな!」


「俺が別の場所から貸りてきましょうか?」


「ちぃ、面倒くせえなぁ……」


 美柑は何やら考え込んでいたが、ぱあっと閃いた顔付きをした後、手をぽんと叩く。


「竜之介、お前、私を肩車しろ!」


「ええっ!?」


「つべこべ抜かすな、時間がないんだよ。ほら! さっさと下になれ!」


 命令された竜之介の視線は何処となしか定まっておらず、時折美柑の下半身をちらりと覗いてはまた直ぐに逸らした。竜之介は美柑が下に穿いている物がスカートであるという事実をどうしたものかと考えていたのだ。


「なんだ? お前まさか私のスカートがどうのこうのと気にしているんじゃないだろうな? ――まったく、先程の剣士は何処に行ってしまったのかねえ?」


 頭を面倒臭そうに掻いた美柑は竜之介の首根っこを掴むと強引に下へ押しやり、そのまま跨った。 


「うわっ!」


 竜之介は動揺する時間も与えて貰えず、瞬く間に顔の両サイドが美柑の弾力がありそうな太ももに挟まれてしまった。


「よしっ、あそこだ竜之介!」


「は、はいっ!」


「今度はあっち!」


「はいっ!」

 

 美柑が上で小刻みに動くと徐々に太ももに熱が帯び、スカートの中に篭るなんとも言えない甘い香りが竜之介の鼻を擽り始めた。その甘美な匂いに引き込まれそうになった竜之介は両手で支えていた手の力を思わず緩めてしまった。


「ば、馬鹿野郎! しっかり支え――!」


「――しまっ!」


 必死に竜之介は近くにある物を掴んだが、握った手は規則的に下に下がるとあっさり離れてしまった。二人はそのままバランスを崩しながら転送ゲートの方へと倒れこんでしまう。宙に浮いた美柑を竜之介が何とか両手で受け止めた時、眩い光が唸り始めた機械音と共に二人を照射し始めた。


「やべえ! 転送装置が動きやがった!」


「うわわっ! どうするんですか! 美柑さん!」


「どうするもこうするも――」


 その言葉を最後に二人は着地地点も分らぬまま、転送されてしまう。竜之介の視界が緑一色に広がった時、その場所へと思いっきり投げ出され、そのまま勢い良く転がり落ちた。


「いててて……」


 頭を摩りながら竜之介が辺りを見回すとそこは山の中らしく、無数の木々たちが彼方此方に生い茂っていた。


「あちゃー、参ったねぇ。どうやらかなり山奥に飛ばされちまったな」


 美柑が竜之介の胸の中で溜息交じりに口を開いた。


「あの……美柑さん、悪いんですがそろそろ俺から離れて貰ってもいいですか?」


 美柑は一向に竜之介から離れようとはせず、自慢の胸をぐいぐいと押しつけてくる。


「だあーっ! ちょ、こんな時に勘弁してくださいっ!」


「なんだ、竜之介、別に減るもんでも無しこれ位したって罰は当たらないだろぉ?」


 膨れ面を見せる美柑を他所に竜之介は人気が無いか耳に神経を集中させ地面に当てる。その行為は正解だったらしく、竜之介の方へ真っ直ぐ向かってくる気配を察知した。


――敵かもしれない!


 竜之介は咄嗟に身構え、風神の鍔を握り締めた。


「……ふん」


 美柑も先程とは様子が一変し、竜之介が見定めている方向へ目をやりながら、顔付きを狩人の目つきへと変えた。


 駆け寄ってくる足音は次第に大きくなり、目の前の茂みが激しく揺れたかと思うと、人影が竜之介を目掛けて襲い掛かって来た。


 目を見開いた竜之介は身体を捻りながら攻撃態勢へと移行する。そこへ自身の拳を打ち込もうとした時、視界の中に顔を強張らせた女が飛び込んで来た為、「攻撃中止!」と本能が急ブレーキを掛け、慌てて拳を上へと開放する。


 竜之介は必死でしがみ付いて来た女の頭に大きな耳と、お尻の辺りにもふもふとした尻尾がある事に気付いた。


「嘘だろ? こいつ――犬獣族だ!」


 美柑が驚いた顔を見せた。


「え? 犬獣族って……もしかしてこの娘が!?」


 二人が驚くのも無理は無い。犬獣族は十洞千国において伝説的に取り扱われており、十洞山の奥深い場所で固い結界を張り静かに暮らしていると言われていた。その為、人目に触れるという事等あり得なかったのだ。


 その伝説となっている犬獣族が今、竜之介の胸の中で小刻みに震えている。良く見ればよほど慌てていたのか、裸足な上に、服は土や泥で汚れていた。


「き、君、一体どうしたんだい?」


 竜之介が話掛けると、その女は縋るように顔を上げて叫ぶ。


「お願いします! 助けて欲しいのです!」


 その瞳は恐怖に震え、初めて人間を見るのだろうか、挙動も穏やかでは無い。


「大丈夫。安心していいよ、僕は君を決して傷付けない。まずは落ち着こうか」


 竜之介が優しく宥めると、その女は大きく深呼吸をして、何とか落ち着きを取り戻した。


「お願いします! どうか、私達の村を救って欲しいのです!」


 そのまま続けて竜之介に必死に訴え続ける。


「え!? 村を? 一体何が起きたんだい? 落ち着いて話してくれないか」


 竜之介が困惑した表情をして女を宥めている姿を目にして、美柑が煙草の煙を吹かしながら怪訝そうに口を開く。


「その前にお前さあ、悪いんだが、ふーっ」


「そろそろ、竜之介から離れろよなっ!」


「――ああっ!」


 叫んだ女の顔が見る見る内に赤くなっていき、わなわなと震えたかと思うと、頭から湯気を噴き出しながら慌てて竜之介から離れる。


「うむ。それで良い。私は黒田美柑、そこにいるのが私の旦那になる予定の風間竜之介君だ、良く覚えておくように」


「何と! そうだったのですかっ!?」


 女は両手で口を隠しながら、驚いた顔をした。


「ああっ! 勘違いしたら駄目だよっ! 美柑さん、お願いだからどさくさ紛れに変な事言わないでください!」


「にししししっ」


 美柑は笑って誤魔化す。「まったくこの人は……」という困り果てた表情をした竜之介が深い溜息を付いた後、気を取り直して再度話し掛けた。


「とりあえず、君の名前聞いてもいいかな?」


「あっ、はい! 私は、葉月はすきというのです!」


「葉月ちゃんか、いい名前だね。それで――」


「――胸の大きさは?」


……あれ? 今のは俺じゃあないぞ?。

 

 思わず竜之介は口をぱくぱくさせた。 


「ええ?! そっ、そんなに大きくはないのですぅ」

 

 健気にも葉月は正直に答える。


「では、一番敏感な所はどこかな?」


――待て。本当に俺はそんな事言ってない!。


 声の持ち主を竜之介は思いっきり睨んだ。


「えええ!? あっ、みっ、耳の後とか、結構駄目っぽいですっ!」


 それでも葉月は馬鹿正直に答えてくる。肩をわなわな震わせた竜之介は美柑を一喝する。


「みぃーかぁーんさぁーん、俺の声の真似をして、葉月ちゃんに変な質問するの止めてくれませんかねぇえ?」


「あら? なんの事かしら? おほほほほほほ」


 竜之介は威嚇する様に美柑に向かって唸った後、再度葉月に向き直る。


「ごめんね。さっ、事情を話てみてごらん」


「はっ、はいっ! 竜之介さん、実は――」


「狼獣族?」


「はい、昔から我々犬獣族と仲が良く、お互い助け合って共存していたのですが、いきなり変な格好をした集団と一緒にいきなり村を襲ってきたのです!」


「変な格好?」


「そうなのです! 身体中鉄に覆われた変な生き物なのです!」


――チェスだ! こんな山奥に存在していたとは!。


 竜之介は美柑と顔を見合わせた。


「ちっ、はぐれチェスが……こんな山奥に潜んでいたとはな!」


 美柑が、怪訝そうに舌打ちをした瞬間、辺り一面が悍ましい殺気に包まれた。


「美柑さん! 下がってください!」


 近くの茂みが激しく揺らいだ瞬間、竜之介は躊躇無く抜刀する。


「抜刀――風神」


 直ぐ目の前に武装した数匹の狼獣族、後方にはチェスが現れる。立ちはだかる狼獣族の目は黒く濁って変色しており、チェスの術によって操られていた。


 後方に位置するチェス2体の鎧の胸にはビショップのエンブレムが刻まれており、複数のポーンを引き連れている。思わない所で棋将武隊と出くわしたチェスは不適な声で叫ぶ。


[そノ見覚えのある衣装、貴様は棋将武隊の者カ。まさカこんなところデ、出くわすとハ好都合ダ!]


「そりゃあ、こっちの台詞だよっ!」


 美柑が、素手で狼獣族を殴り倒しながら叫んだ。


「美柑さん、葉月ちゃんをお願いします!」


 竜之介は葉月を引き寄せた後、美柑の元へと走らせる。


[こいツ、その娘ヲよこセ! そいつは俺達ノ貴重な栄養源なのダ!]


「悪いけど、そうはいかない!」


 風神を翳した竜之介は周りの木々に阻まれ、思うように振れない事に気付く。


「竜之介、この地形はめちゃくちゃ不利だぞ!」


「くそ、思うように剣が振れないっ!」


[馬鹿ガ! この地は我らに利があル!]


 2体のビショップは杖を振りかざし、同時に呪文を唱え始めた。刹那、竜之介の周辺の土が大きく揺らぎ始めた。


「こいつら――土属性か! 最悪だぞ! 竜之介っ!」


 土中から無数の土の手が現れた瞬間、竜之介達は両手両足を掴まれる。


[ワハハハハ! 動きハ封じタ! このまま無様に引きずり込んデやるうッ!]


 竜之介と美柑は成す術も無く、瞬く間に土の中へと引きずり込まれていく。


「ちいっ!」


 半身が土中に沈む。竜之介はそれに抗うように身体を激しく暴れさせた。


[キャハハハハハ! 無駄無駄アアアアア!]


 竜之介はもはや地面から頭しか残っていない。微かに見える視界には、自分と同じ様に土の中へと引き込まれる美柑と、強引に狼獣族に引きづられていく葉月の姿が映った。


[ギャハハハハハハアッ! 死ネッ! 死んでしまエエエエ!]


 チェスの甲高い笑い声と無情な鈍い音と共に暗い土の中に飲み込まれていく竜之介。長信や宗政に出会う前の竜之介であったならば無様にもがき苦しみ、下手をすれば命を落としていただろう。だがここに居る竜之介はもはや別人なのである。低く呼吸を整えた竜之介は水晶になんとか触れ、ハルを召還する。


「来い――ハル」


*な、なんじゃあああ!?*


 暗い地中の中が一瞬明るい光を放ったかと思うと、ハルが姿を現した――と言っても、明確に言えば鮨詰め状態だが。竜之介の顔の前にはハルの豊満な胸が遠慮なく押し当てられ、ハルの両手は竜之介の頭を抱えた形となっていたのだ。


*ひ、ひぎゃあああああ!* 


 悲鳴にも似た声を土中で上げるハル。竜之介はハルの胸中でどもる様に声を絞り出した。


「……あどで説明ずるから、どりあえずリンクお願いしばず――」


 竜之介が言う前に速攻でハルはリンクしていた。5つの刻印が刀身に表れたのを見届けた竜之介は肺の中の酸素を全部吐き出す様にして叫ぶ。


「風神――剛旋龍ごうせんたつ


 土中に深く沈み行く竜之介の手に握られた風神の剣が激しく輝き始め、竜之介の廻りから激しい旋風が巻き起こった。やがてそれは勢いを増して、竜之介を抑えつけていた土さえも巻き込みながら渦巻いた。激しく揺らぎ始めた地面の地響に気付いたチェスが驚きの声を上げる。


[なんダあッ?! 何が起こったのダ!]


 異変に気付いたビショップが振り向くと、土と岩石が空中で大きく唸りを上げ渦巻き、その渦の中心で美柑を抱えた竜之介がゆらりと立っているのが見えた。


[ア? バカな? 俺達ハ何を見てるのダ?]


「お前達、土と相性がいいのだろう? ほら、今から返してやるからしっかり受け取れよ」


 呆然としているビショップへ向け竜之介が不敵に笑いながら美柑をゆっくりと下に降ろすと、風神を片手で持つ手首をくるりと返し、膨大に膨らんだ渦をビショップへ向けて放つ。


[貴様あアアアアッ!]


 2体のビショップが素早く呪文を唱えて防壁を出現させ、竜之介の放った渦にぶつけて相殺した。


[どうダアアア! 我々ハ2人デ1人イッ! 他ノ奴らとは違イ、力も最強なのダ! 今度こソお前の息の根ヲ止めテヤルウっ!]


 そのやりとりの最中、美柑が意識をとり戻して自分の命がまだある事を全身を持って感じた時、目の前で自分を護る竜之介の背中がはっきりと見え始めた。


「……竜之介が私を?」


「美柑さん……良かった気付きましたか! 危ないから少し離れていてください!」


 気遣う言葉を掛ける竜之介の顔を見た美柑は思わず息を呑んだ。その表情は剣士の丘で見たあの凛々しい顔だったのだ。思わず美柑は小さな声で「はい……」と素直に返事をしてしまった。


[貴様、中々やるようだナ! だガ、これでお前も終わりダア!]


 2体が同時に呪文を唱え始めると、土が先程とは比較出来ない程、激しく競り上がり、やがてそれは一つに集まると大木の高さに劣らないゴーレムへと変化した。


[ギャハハアア! どうだアアア! 我々最強ゴーレムだア! 踏み潰しテ挽肉ニしてヤルウウウウ!]


 ゴーレムが激しい足音を立てながらゆっくりと近づいてくる。それを物ともしない竜之介は先の戦いで視界の広くなった地面を確認していた。


「さて、だいぶ視界が良くなったな」


「ア? 貴様、何ヲ?」


 足場を確認した竜之介は風神を両手で水平に構えると体勢を低くして身体を捻った。


「風神――鎌鼬」


 静かに剣を下に下げ手首を返した竜之介は刃を天に向け一気に振り抜く、それは一枚の鎌となって木と木の間を縫うように垂直に放たれた。


[馬鹿メ! そんナ弱弱しい攻撃ガ我らのゴーレムに通じルとでモ思っているのカ!]


 自信に満ちたビショップの声は徐々にその勢いを増してくる大鎌を目にして掻き消えた。鋭く洗練された風の刃は地面をも強引に切り裂きながらゴーレムへと向かっていく。


[ウ、嘘ダ! こんナ桁外レのチカラなド――]


 全ての台詞を言い終わらない内にゴーレムは真っ二つ分断され、無様な音を立てながら崩壊していった。大鎌の勢いは衰える事無く、ビショップに容赦無く斬り掛かる。


[ギ、ぎゃアアアア!]


 断末魔の声を最後にビショップ2体は完全に消滅してしまった。戦いを終えた竜之介が「ふぅ」と安堵の溜息を吐いた瞬間、背後から美柑に思いっきり抱きしめられた。


「わわわっ!」


「竜之介、私はお前の背中に護られながら、今までに見た事も無い強さを目にした。剣士の丘で見たあの顔は偶然じゃあ無かったんだな! いつの間にかこんなに格好良くなりやがって、この野郎!」


「竜之介、私はこれで確信したぜ。お前に対する私の気持ちは本気だってなあ!」


「み、美柑さん!」


 竜之介が動揺した声を上げた時、風神から全身土まみれになったハルが飛び出して来た。


――あ、まずい。俺は間違いなくハルに殺されるな。


 ハルは竜之介に真っ赤になった顔を見せ、口元をわなわな震わせて涙目にながら無言のまま水晶へと戻って行った。 


「あ……あれ?」


 竜之介はまだ気付いていない、気高き風の精霊、ハルの心が大きく竜之介へと揺らいでいる事など。竜之介は本当に超鈍感で幸せな男なのである。


「あ、ああっ! しまった! 葉月ちゃんを助けに行かないと!」


「おっ、おう! おそらくここから見えるあの村だ、急いで助けに行こう!」


 二人が山道を駆け下り村に辿り着くとそこは既に催眠が解けた狼獣族がポーンと格闘していた。


「どうやら、さっきのビショップ2体が頭だったみたいだな。もう、雑魚しか残っていないぜ」


「はい、行きましょう! 美柑さん」


「よっしゃあ! さっき戦えなかった分、倍にして返してやるぜ!」


 二人が堂々と正面から入っていくと、そこに葉月がポーンに拘束されている姿が見えた。


[なんダ! お前達ハ!]


「ああっ! 竜之介さんっ、良かった! 無事だったのですね!」


 葉月は二人の無事を確認すると安堵の表情を見せる。


「葉月ちゃん、今助けるからね!」


「抜刀――如月きさらぎ


 竜之介が斬り込むより先に武装を終えた美柑が懐から鍔を取り出し抜刀した。薙刀を出現させると今までの鬱憤を吐き出すかの如く、豪快に薙刀を旋回させた。


「よっしゃああ、この感触だぜえっ!」


「いいか竜之介! 今度は私を良くみておけ、私ら薙刀武隊はお前らのように精霊は召還できんが――」


「体内属性をこの籠手を通して、武器からを技を繰り出す事が出来るんだよっ!」


 叫んだ瞬間、美柑の小手が激しく光を放つ。


「唸れえ! 如月熊牙ゆうが!」


 刃先から冷気が放たれ、一瞬にしてポーンを凍浸けた。その勢いは留まる事を知らず、次から次へとポーンを凍らせながら吹き飛ばしていく。


「はははは……俺は出る幕なしかな?」


 苦笑いをした竜之介は、葉月を拘束しているポーンと対峙した。


[お、おマエ、そこから動くナ! さもないトこの女ヲコロ――]


 ポーンの台詞が言い終わらない内に竜之介はその場所から見えなくなっていた。刹那、電光石火で懐に踏み込んだ竜之介は身体を捻りながら、思いっきり回し蹴りを食らわせる。ポーンは面白い様に宙に吹き飛んでいった。自由の身になった葉月が竜之介目掛けて走りよってくる。


「竜之介さあんっ!」


 喜びを身体全体で表した葉月はそのまま竜之介を押し倒し、顔中舐めまわし始めた。


「わわわわわわぷ、わぷ、ちょ、ちょわぷぷ!」


 戸惑う竜之介等お構い無しで葉月はもふもふした尻尾を左右に激しく揺らしながら、顔中を舐め捲くる。


「は、葉月ちゃん、お、お、落ち着いて……わぷぷぷっ!」


 竜之介の叫び声に反応した葉月がやっと我に返った途端、喜びの表情から焦りの顔へと変化していく。


「あ、ああああ! 竜之介さん、すっすみませんなのですぅ!」


 竜之介の顔は葉月の唾液でべっとりになってしまった。


「こっ、この餓鬼! 私の竜之介になんて事しやがるっ!」


 美柑はポーンを蹴散らしながら地団太を踏んでいた。


「あっ、あの、私達犬獣族は嬉しくなると舐めずにはいられなくなるのです――だから」


 その言葉の後、これでもかと言わんばかりに竜之介はまた舐められ始めた。


「あああっ! てめえ、性懲りも無く、またああっ!」


 ポーンを全滅させた美柑が慌てて駆け寄り、竜之介から葉月を引き離す。その美柑に助けられた男の犬獣族が喜びを表そうと舌を垂らしながら飛び込んで来る。


「てっ、てめえら、なっ、何しやがるっ!」


 感謝の意を表そうとした犬獣族達は頭に大きなたんこぶを作って次から次へと地面に崩れ落ちていった。そんな騒動が落ち着いた頃、村には平穏が戻り改めて村長が二人にお礼の言葉を述べる。


「いやいや……村の者を助けて頂いてなんとお礼をいっていいものか」


「そんな、気にしないでください」


 その夜二人は村長にお礼とばかりに狼獣族を交えた大宴会を開いて貰う。美柑は大酒を皆と酌み交わし、酒瓶を脇に抱えたまま、早々と酔い潰れてしまっていた。


 犬獣族の神殿で竜之介が天を仰ぐと、綺麗な満月が数多の星々達を従え、優しい光を照らしている。その様子を背後からそっと伺っていた葉月が静かに口を開く。


「……良い月なのです」


「あ、葉月ちゃん」


「あっ、竜之介さん、お邪魔でしたか?」


「いや……そんな事ないよ、うん。いい月だね」


「今日は村を救って頂いて本当にありがとうございました」


「いや、皆が無事で本当に良かったよ」


「竜之介さんって……本当に凄いお方なんですね」


「俺が……? そんな事ない、俺より強い奴なんか星の数程いるよ」


「そっ、そんな事ないのですっ! 竜之介さんは凄くお強いお方なのですよっ!」


 真剣な顔をしながら葉月が必死に竜之介に訴え掛けてくる。竜之介は苦笑いしながら、長信や宗政の姿を思い返していた。


「俺は……もっと強くならないと駄目なんだ」


 自身に言い聞かせるように言って月を寂しそうに見つめる竜之介を見た瞬間、葉月は胸の内が熱くなるのを感じた。そのまま竜之介にそっと寄り添い、黙って月を眺め始める。


「竜之介さん……明日は帰ってしまわれるのですね?」


「ん? そうだね。棋将武隊の皆も心配しているだろうし、帰らないとね」


「あ、安心して。皆にはこの場所の事は絶対言わないから」


「竜之介さん……そういう事では無くて」


 竜之介を見つめる葉月の瞳は何処となしか寂しそうだった。


 次の朝を迎えた竜之介達は狼獣族が移動用に使用している「大蛙」に乗って近くまで送って貰う事になった。


「ううう、頭が痛ぇええ」


 美柑が頭を抱えて呻いている。


「全く飲み過ぎなんですよ」


「――煩いな。そんな事より竜之介、私を本気にさせたこの責任は取ってもらうからなっ!」


「ええ? そんな強引なっ!」


「竜之介、お前知らないのか? 十洞千石の女共は皆強引なんだぜ? 覚悟しなっ、にししししっ!」


 悪戯っぽく笑った美柑は再び「あだだああっ!」と叫びながら頭を抱える。二人が帰路に着く途中、一人の女が自身の決意を眦を上げながら村長に打ち明けていた。


「葉月よ、お前は本気なんじゃな……本気でこの村を出ると?」


「はいなのですっ! お爺様!」


「で、竜之介殿を生涯の伴侶にすると?」


「はいですっ! 竜之介さんには先祖代々伝わるこの薬を飲んで貰って、私と同じ犬獣族になってもらうのですっ!」


「ふむ……。じゃが葉月、目的を達成するまでは決してここに戻ってきてはいかんぞ? その覚悟はお前にあるのかの?」


「はいなのですうっ!」


 葉月は頭の中で竜之介の笑顔を思い浮かべながら、元気に返事をするのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ