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■解かれた玉実の魔法

 自然豊かな十洞千石。今日も太陽の恩恵を受けながら平和な朝を迎える。その棋将武隊の建物へと続く石段を力強い足取りで登ってくるツインテールの影があった。


 その影はそのまま正門へと差し掛かり、門番に挨拶をする。


「よぉ! お前達、おはようさん!」


 元気すぎる声に思わず門番達も驚き、思わず大きく挨拶をした。自分達の目の前を赤いリボンが揺れながら横切った時、その女の横顔と声に何処か覚えがある二人は互いに顔を見合わせて不思議そうな顔をした。


「ねえ、ここを今通った人って何処かの隊長――だったよね?」


「背中にマントを羽織ってたからそうなのだろうけど……」


 目を細めてその女の背中を凝視すると、一陣の風が背に纏ったマントの文字を靡かせた時、そこに縫い込まれいる文字「角組」に二人の目が串刺しとなった。


「いっ、今のって――!!」


「嘘おっ! 玉美様あああっ?」


 二人の判断は正しかった。玉美は前よりも生き生きした表情で異様な視線を背中に浴びている事さえ物ともせず、一人の男を捜し求めていた。


 一隻の船と化した玉美が目の前に広がる男共の人波を通過する度に玉美のファンでもあった者達の一喜一憂する声が水飛沫の様に周辺に飛び散っていく。


「う、うおおお……俺の太陽が、太陽が水平線の彼方向こう側に沈んでしまったあああ」


「つ、ツインテールだと? 萌えるじゃないかあっ! 俺はどこまでも玉美隊長に付いていくぜええ!」


「玉美隊長がべ、別人になってしまった……俺の可憐な女神様は何処に行ってしまったんだ!」


「馬鹿野郎! お前等どこに目を付けているんだ? 注目すべきは両サイドの赤いリボンだろうがあっ!」


 空しい男共の賛否両論の声を背後に玉美は陽だまりを絵に描いた様な表情をして歩いている竜之介を発見した。 


――居た居たっ! 竜之介っ!。


「竜之す――」


 満面の笑顔で呼び掛けながら竜之介の元へ走り寄ろうとした時、突然横から葵が現れ、竜之介に向かって思いっきり飛び込んでいった。


「あのクソ餓鬼がぁ……!」


 途端に玉美の眉間に皺が寄った。物凄い気迫を放ちながらそのままずんずんと葵の背中に迫り、首襟をむんずと掴むとそのまま強引に引き剥がした。


「お、お、おお?」


 自分に何が起こったのか理解出来ない葵は、手を広げたまま後方へよろめき、それと入れ替わりに変な髪型をした見覚えの無い女が竜之介に抱きつく様が視界に飛び込んで来た。


「うわっ! 玉美さん!?」


 直ぐに自分だと理解してくれた竜之介に玉美は破顔した。


「へっへーん、『私の』竜之介! おあようー」


 甘えた声を全開にして竜之介の胸に頭を擦り付けた。そんな場面を見せられた葵が激怒しながら玉美に食って掛かった。


「おいお前! リュウノスケに全てを捧げる度胸も無い癖に、何てことしやがる!」


「ああ?」


 擦り付けていた頭がぴたりと止まり、何処からか地響きが聞こえてきそうな位の気迫で振り返った玉美は据わった目で葵を睨み付けた。


「餓鬼ぃ、勘違いすんなよ? 私はな、他の小便臭い隊長等とは一味も二味も違うんだよ! 献身上等、今からでも竜之介と寝床に直行してやらあ!」


「た、玉美さん! な、なんて恐ろしい事を言うんですかっ!」


 必死で玉美の拘束から逃れようとするが簡単には離してはくれない。


「竜之介、お前は将来私と加藤組を背負って立つって約束したろ? もう忘れてしまったのか?」


「――ううっ!」


「玉美といったか、私は前を好敵手らいばると判断した。竜之介は私の物だ! 絶対にお前なんかに渡さないからなっ!」


 腰に手を当てながら葵は力強く玉美を指差す。修羅場と化したその場所は何時しか竜之介達を見ている者達の視線の中心にあった。玉美は葵に向かって鼻で笑うと竜之介からゆっくりと離れた。


「おっと、竜之介に軽く朝の挨拶をするつもりだったのに、煩い蝿が纏わり付いていたからちょっと熱くなってしまった」


「――ハエ? 何だそれは? どうせ否定的な言葉なんだろう? 後で調べてやる」


 怪訝そうな顔をしながら、葵は懐から書き物を出して大きい字で「ハエ」と書き込む。その行動を竜之介達は不思議そうに見た。


「……じゃあ竜之介、私は今から行く所があるからまたなっ」


「あっ、はい! 玉美さん、またです!」


 自分の用事を思い出した玉美は修羅場から抜け、ある場所へと足を向ける。その目的地は拠点の一番奥に位置する建物――王将秀光の居る所であった。


 嘗ての棋将武隊の王将は戦が始まると、拠点の奥でただ構えているのでは無く、単独の最強駒として出陣するのが定石とされていた。ここが十洞千国に古から伝わる戦国時代と呼ばれた大将の扱いと大きく異なる点でもある。常に強い者が王将に就き棋将武隊を勝利へと導く、これが本来の王将の姿であった。


 だが秀光が王将の座に着いた時、棋将特殊武駒でもある近衛兵の一人、武田弦真に王将代理として任を委ね、自身は建物に護衛を置いて厳重な監視体制を整えた後は固い鉄の扉の奥へと身を隠していた。


 その為、日常で秀光を目にする等という事は稀な事であった。


 建物の入口へ向かって玉美が平然とした顔で入ろうとした時、護衛していた二人が慌てて薙刀を掛けの字にして行く手を阻む。足を止められた玉美は無言のまま、鋭い視線を護衛達に突き刺した。


「え? もしや貴方様は副隊長――」


「――さっさと引け、雑魚共」


 以前持ち合わせていた上品な仕草は今の玉美にはもう無い。恐怖で声も出なくなった護衛が震える手で薙刀を引くと、赤いリボンを靡かせながら建物の中へと入っていく。入口と同じ行為をうんざりする程繰り返した玉美はようやく秀光の居る大きな鉄の扉の前まで辿り着く事が出来た。


 頑丈な扉が数人の護衛達によって開けられると、玉美は以前と同様に短いスカートの両端を摘みながら膝を曲げて秀光の背中越に向けて頭を深々と下げる。その背後で鉄の扉が軋めく音を立てながら閉まっていった。


 「ごきげんよう――秀光様」


 玉美の声に秀光が反応し、ゆっくりと振り向いて変わり映えした玉美を見た瞬間、少しだけ目尻が引き攣った。 


「玉美……しばらく顔を見せぬと思っておったら、随分様変わりしたな。で、今日は我に何用か?」


「はい、あの男――風間竜之介に関する報告を……」


 玉美が竜之介の名を口にした途端、秀光の目が据わり口元が歪んだ。

  

「竜之介……見た目は剣も知らぬ青二才の若造と思っておったが、お前の部下、影虎とまで剣を交える所まで来るとはな……忌々しい奴め」


「それで……その様はどうした? 姿改め再度我に竜之介を葬る伺いを立てにでも来たのか?」


「玉美……前回お前が竜之介を抹殺する任務を失敗したのは、我にも想定外であった。竜之介はそここまでの男だとでもいうのか? お前の見解を申してみよ」


 頭を下げて床に視線を落としていた玉美はゆっくりと顔を上げながら不適に微笑む。


「はい、秀光様……竜之介という男、その者は近い内に貴方の頭上を遥かに越える男と成りうるでしょう」


 全く予想だにしていなかった玉美の言葉を耳にして秀光は自身の耳を疑う。


「ふ……我の聞き間違いか。玉美、今なんと申した? もう一度はっきりと申せ」


 秀光の再度の問い掛けに玉美は大きな溜息を吐いた後、怪訝そうに言葉を吐き捨てる。


「だから、竜之介はお前を遥かに凌ぐ男になるってさっきから言ってあげてんだよ? 今度はちゃんと聞こえたか?」


「――っ!」


 豹変した珠美に流石の秀光も驚きの表情を見せた。瞬時に我を取り戻した秀光は怒りの言葉を吐こうとするが更に言葉を重ねられる。  

 

「言っておくぞ、秀光。今後一切竜之介には手を出すな。出したとしても私が全力で止める」


「貴様――我に対するその無礼な態度は反逆罪に値するぞ。覚悟は出来ておるのだろうな?」

 

「――反逆罪だって?」


 秀光の言葉に怖気づく素振りも見せず、逆に玉美はその言葉を待ち構えるかの様に取って返す。


「反逆罪と言えば、私が持ってる情報に前王将は病死したという事だったけど……」


「その真相は、『誰かに殺害された』っていうのがあるんだけど、実際のところはどうなんだろうねえ?」


「――何だと?」


「己がその地位が欲しいが為に、前王将、そして王将候補でもあった『織田長信を殺害』したあんたは反逆罪どころじゃあ済まないんじゃないかねえ?」


「貴様……戯言をほざくにも大概にしろ。何を根拠にそんな事が言えるのだ?」


「――根拠? そんな物は必要ないね。何しろ大きな狐の尻尾を捕まえようと今でも色々動いている狩猟犬もいるのだからねえ……もう時間の問題じゃあないの?」


 無言となった秀光に対し、玉美は踵を返してそのまま出口へと向かう。そこで一端足を止めて背中越しにぼそりと呟く。


「あとさあ、あんた、裏で魔石を使って何かを企んでいるみたいだけど、あんまり派手に動かない方がいいんじゃない? 無様に足元を掬われるよ?」


「おっと、肝心な事を言うのを忘れてた。私、角組隊長、加藤玉美は現在時刻を以って王将明智秀光様の護衛副隊長及び遠征隊長の任を辞任させて貰う。以上っ!」


「では、ごきげんよう……『現』王将様」


「――待つがよい玉美、最後に問おう。我の忠実な部下として最も秀でていたお前が、その様な姿へと変貌を成し遂げるに至るまで、竜之介という男はそれ程、お前に大きな影響を与えたとでもいうのか?」


 秀光の言葉に振り返った玉美の表情は秀光に対して今まで一度も見せた事もない笑顔だった。直ぐに真剣な表情に戻った玉美は目を真っ直ぐに見据え何かの試験問題の答えを明かすかの様に語り始める。


「その様な姿? 違うよ、これが本当の私だったんだ。今までの私は逆らえない運命という魔法使いに悪い魔法を掛けられていたってだけのことさ。その魔法を解いてくれたのが竜之介だったんだよ」


「ちなみに竜之介は――将来私の旦那様になる予定なんでよろしくっ!」


 その言葉を最後に玉美は退出の合図を護衛に送り、開いた鉄の扉を抜け秀光の部屋を後にする。厳重な扉が再び軋む音を立てて閉まった瞬間、秀光の憤慨する声が吐き出される闇と共に周辺に轟いた。嘗ての玉美であれば秀光の膨大な闇に歓喜し、心惹かれていただろう。だが今ここに存在する玉美は別人なのだ。建物から出た玉美は空を仰ぎながら、大きく深呼吸をした。


――少しは竜之介の役に立てたかな?。


 ツインテールの髪を大きく揺らし、玉美は眩しい太陽に手を翳しながら嬉しそうに目を細めるのであった。


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