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■竜之介に相応しい女

 日差しが地面を程よく暖めた頃、騒然とした試合会場の中で小梅と葵が互いに見詰め合っている。観客席からは、その試合が始まるのを今か今かと言わんばかりに声援が浴びせられていた。


「おい、あの女だぜ? 竜之介を追っかけてきた女ってのは!」


「くっそおお! 可愛いじゃねえか!」


「かーっ、また竜之介かよ! なんなんだあいつのモテ振りは!」


「お、俺と殆ど変わらないじゃないか! な、何が違うんだ!」


「いや、それは全く違うから……」


「……ふ」


 突如出現した謎の美少女の話と竜之介の話で観衆が盛り上がっていた時、当の本人が困惑した表情をしながらこの場所に現れた。悲しい男達は妬みと恨みを込めた鋭い視線を竜之介に向け、矢の様に突き刺した。


「はは……視線が痛い」


「これもお前の運命だ。現実を受け入れろ」


 突き放す様に天竜が冷たい言葉を投げ掛けた。


「全く、師匠は人事だと思って……」


「――ああ、人事だな」


「師匠、それは余りにも酷過ぎます!」


 貝のように縮こまりながら、竜之介は二階席にいる隊長の近くにそっと腰掛ける。だが、その努力も空しく直ぐに厳しい質問攻めに合った。


「竜之介、これは一体全体どういうことにゃ?」


 怪訝そうな顔を見せながら蛍が詰め寄ってくる。


「竜之介さん、あの方のご関係についてご説明を……」


 必死で自身を保とうとしている瑠璃だが、顔は笑っていない。


「うう、皆さん落ち着いてください」


 たじろぎながら苦笑いをしている竜之介の周りが急に日陰に包まれる。嫌な予感がした竜之介が恐る恐る振り返ると、そこに地響きの音を背にして不機嫌そうにしている姫野が立っていた。


「ひいいっ! 姫野さん!」


 鋭い瞳の中に慌てふためく竜之介が映りこんだ時、姫野の表情は怒りから不安へと変化した。


「……竜之介、何か理由があるのだな?」


 答えを求めるかの様な姫野の問い掛けに竜之介は必死で頷き、軽く溜息を吐いた姫野はそのまま後ろの席に座った。


「それにしても、葵ちゃんが俺達と同じ武器を持つ側の人だったなんて……」


 前回会った時の印象ががらりと変わった葵の姿を目にした竜之介は驚きの声を漏らした。


「あっ! リュウノスケっ!」


 観客席に居る竜之介を捉えた葵が嬉しそうに手を上げた。


「私は――お前の傍に居たいからここに来たぞ!」


 大きな声で言った葵の一言は、騒然とした試合会場を一瞬にして凍結させた。


「……ほう、それが理由か……」


 竜之介の背後で再び地響きが鳴り始めるが、当然振り向く事など出来ない。葵は二階席の隊長を指差し更に言葉を重ねる。


「私が竜之介の傍に行くには後もう二人倒さねばならぬのだろう? ならばこの後直ぐに私と試合をしろっ!」


「にゃ、にゃんだとう!」


 自信満々の態度で言い放つ葵に、怒りを露にして蛍が二階席から身を乗り出した。


「瑠璃、あの小娘をぎゃふんと言わせてやるにゃあっ!」


 意気込みながら蛍が叫ぶ。


「そうですね、こう見えても私は銀組隊長ですから、あの方に少しお灸を据えておきませんと」


 静かに戦う意志を見せる瑠璃の口調には明らかに妬みが含まれていた。


「あと、私はお前らの地位に興味など微塵もない、私が勝利した暁には個室を用意してくれればそれでいい」


 淡々と条件を葵は述べていく。それを黙って聞いていた小梅が重い口を開く。


「先刻から好き放題言ってくれるさね、蛍も瑠璃も出番なんか無いさね――何故なら」


「私との試合でお前は直ぐにここを立ち去るからさね」


「抜刀……旋光」


 掛け声と共に青い光を放ちながら大型の槍が姿を現す。小梅の槍は柄の両端に剣が付いている特殊な物であった。


 落ち着き払った態度で武装を終えた小梅は水晶に触れ麻凛を召還した。現れた麻凛が旋光にリンクをすると柄の部分に4つの刻印が表れる。小梅は旋光を素早く旋回させて旋風を巻き起こすと、静かに葵を見据えた。


「ふむ。今度は私の番だな」


 葵は鍔を取り出すと、力強く叫ぶ。


「抜刀……鬼切!」


 葵の鍔から赤い宝石の様な光を放ちながらその武器が姿を現した。初めて見る葵の武器に誰もが胸を躍らせ見入ったが、その武器は何の特徴も無い日本刀であった。期待を裏切られた観衆からは一斉に失望の声が漏れる。


「――ふん。外見だけで品定めをする奴らのなんと多いことか」


 呆れる様に言葉を吐いた葵は水晶に触れ都羅羅を召還した。その際立つ容姿に今度は先程と打って変わって誰もが驚きと溜息の声を上げた。


 更に都羅羅が鬼切にリンクすると5つの刻印が現れ、示されたその力の強さに更にどよめきの声が上がる。


「LV5? ――こりゃまたとんでもない女が現れたもんさね」


 感心の声を小梅が漏らした瞬間、試合開始の合図が掛かった。二人は互いに構えながら距離を徐々に詰めていく。


――こっ、この女、出来るさね! これは全開でいかないと本当にまずいさね!。


 隙の無い構えを目の辺りにした小梅は繭を歪めながら、葵の自信溢れたその態度に納得する。観衆が注目する中、互いが攻撃範囲に足を踏み入れた。


「香組隊長、真田小梅……参るっ!」


「須恵千葵だ! どっからでも掛かってくるがいい!」


「せあああっ!」


 旋光を大きく唸らせ、空気を切り裂きながら葵に向けて打ち込んだ一撃は、鬼切によっていとも簡単に受け止められた。


「――まださねっ!」


 更に小梅は身体を大きく捻り、その力を槍先へと送り込む。


「おおっ!?」


 その力が鬼切を押し、葵を後方へと引下らせた。押し切った剣先は再び旋回を始め、大きな旋風を巻き起こした。


「さすが隊長クラスだ、簡単に懐へ入らせてくれそうに無いぞ」


 小梅を中心に置き、中段に構えた葵が円を描くように隙を窺っていた時、素朴な疑問が頭に湧いてきた。


――そう言えば、小梅という女、こいつもリュウノスケが好きなんだよな。


 葵の剣先が一瞬覇気を失ったのを感じた小梅は、思わず柄を回す力を緩めてしまう。

 

「――なあ、お前」


 刹那、小梅の目の前に葵の顔がぬうっと現れた。


「しまっ――!」


 慌てて槍を引き戻す小梅に葵は一撃を入れる事をせず、そのままの姿勢で話し掛ける。


「お前、リュウノスケのどこが好きなんだ?」


「――なあっ?」


 試合中、葵にとんでもない事を言われた小梅は動揺してしまい、先程まで見せていた厳しい表情はたちどころに消え失せ、顔を真っ赤にした一人の女に戻ってしまった。


「い、いっ、いきなりそんな事を言われても、こっ、困るさね……」


 柄と刃を交差させたまま、二人はその場で固まってしまう。小梅のはっきりしない態度に葵は嘲ける様に言い放つ。


「なんだ? お前、はっきりしない奴だな! 私にはあるぞ! 私はあの優しく包み込んでくれる暖かい眼差しが好きだ!」


「――くううっ!」


 刃の一撃よりも的確に竜之介の好きな所を告げられた小梅は溜まらず葵を引き離して後退した。


――なんなのさね! あの女は! 真っ直ぐに見つめる視線に思わず動揺してしまったさね!


 大きく深呼吸をした小梅は巧みに手首を返しながら、再び大型槍を旋回させ始めた。


「そっ、その手には乗らないさね! 竜之介の話でうちを動揺させる作戦さね!」


 戦闘モードに入った小梅であったが、葵の次の爆弾発言により大惨事を招く。


「では、次の質問だ! リュウノスケがお前を抱きたいと言ったら、お前はそれに応えられるか?」


――えええええっ!? 


 一瞬にして顔が真っ赤になった小梅は頭から湯気が噴出す。更に懸命に手首を返す手に何も掴んでいない事さえ気付いていない。


「な、な、な、な! 竜之介がうちを――!?」


 この時、小梅の頭に上半身裸になった竜之介が「小梅……来な」といった様な妄想劇が開演されていた。


「ああっ、竜之介、そんな――!」


 照れながら必死で手首を空転させる。その旋光は遥か上空で空しく旋回していた。


「ばっ、馬鹿、小梅っ! 上にゃ! 上えええっ!」


「へっ?」


 小梅が我に返って上を見上げた途端、自身の分身が旋回しながら頭に向かって振ってきた。


「――あ」


 その言葉を最後に自爆した小梅は鈍い音と共に葵の前へと突き飛ばされた。


「小梅、お前はリュウノスケを漠然としか見ていない! それに抱かれる覚悟も無いっ!」 


「――ううっ!」


 葵の言葉は武器の必殺技よりも十分戦意喪失させるに至る破壊力を持っていた。小梅の目の前に留めの一撃が加わる。


「そんなお前は竜之介に相応しくないいっ!」

  

「がーん!」


「その様な者に私が負ける筈はないのだああっ! 鬼切……‎羅刹天っ!」


 身も心も微塵切りにされた小梅は最後に葵の必殺技を貰って、とても気持ちが良い位、宙へ吹き飛ぶ。綺麗な弧を描きながら飛んで行く小梅を蛍が首を横に動かしながら目で追っていった。


 地面に叩きつけられた小梅は目に泪を滲ませ、目を回していた。


「――勝者、須恵千葵……」


 勝利宣言をする声にも力が入らない程、あっけない幕切れとなったこの試合に観衆は静まり返ったままだった。否、あまりにも不甲斐ない試合に脱力して何も言えないといった方が正しい。


「うわ……小梅さんが負けた」


 これは、勝負だったのか? と思うような内容に竜之介はぽつりと呟いた。


「こっ、小梅! この馬鹿娘っ! 一体何やってるにゃあっ!」


 小梅のまさかの敗北に慌てて蛍が二階席から飛び降りて来た。


「こらあ! 小梅起きるにゃ! しっかりするにゃ!」


「……うちの覚悟がぶつぶつ……」


 意味不明な言葉を吐く小梅を背負い、腰掛けに寝かせた蛍が葵に向き直って叫んだ。


「この小娘っ! 小梅に一体何したにゃ! 今度は私が相手にゃ! 覚悟するにゃっ!」


「審判! 試合をこのまま続行するにゃ!」


「――いいでしょう、準備を始めてください」


「そうこにゃくては! 抜刀……魂狩にゃあ!」


 掛け声と共に黒い光を放ちながら大鎌が姿を現れ、その鋭利な刃先の鈍い光が葵に向け放たれた。


「小娘は――お前だ」


 刃の下を潜り、蛍に歩み寄ると手を自分の頭に当ててそのまま水平に前に差し出す。その手は蛍の頭に当たる事は無く、空しく空を切った。


「――ほらね、小娘」


「こっ、このおおおおお! ふーーっ!」


 怒りを露にしながら蛍が水晶に触れ、自身の精霊、筑紫つくしを召還する。早々とリンクさせると黒光りする蛍の大鎌の柄に4つの刻印が現れた。


 大鎌を大きく振り回した蛍が、葵に刃を向けた瞬間、審判が第二試合の合図を告げる。


「私は、小梅のようにはいかにゃいにゃっ! 覚悟するにゃっ!」


「桂組隊長、上杉蛍にゃ! いざ参るにゃああっ!」


「――須恵千葵だ。お前もなのか?」


 大鎌を振り上げた蛍が力任せに振り下ろす。葵に避けられた刃が豪快に地面を抉り取った。

 

「このっ! ちょこまかと避けるにゃあ!」


 目を吊り上げて怒る蛍を目の前にして、葵は小梅と同じ質問を投げ掛けた。


「なぁ、お前もリュウノスケの事が好きなのか?」


――にゃんですとっ!?。


「そ、そんな事お前には関係にゃいにゃっ!」

 

 顔を真っ赤にした蛍が大鎌を構え直す。


「ふん――やはりか。ならば聞こう、お前はリュウノスケの何処が好きなんだ?」


――にゃ、にゃに? 好きな所?


 その質問に蛍は振り上げていた大鎌を一端下に降ろして考え込み始めた。


「ぜ、全部……かにゃ?」


「ふん! お前も言えないようだな! 私にはあるぞ! 私は気高き野生の馬を思わせる竜之介の力強さが好きだ!」


「ぐっ! 具体的に言えばいいってもんじゃにゃい――!」


 そこで我に返った蛍が慌てて大鎌を振り上げる。刹那、葵があの言葉を投げ掛けた。


「では、次の質問だ! リュウノスケがお前を抱きたいと言ったら、お前はそれに応えられるか?」


――りゅ、竜之介にゃんが私を!?。


 ここで蛍の時間がぴたりと止まった。蛍の頭の中では上半身裸になり、猫じゃらしを持った竜之介が「いい子だ……蛍、こっちにおいで」といった様な妄想劇が開演され始めた。


「うにゃー、竜之介にゃん、参っちゃうにゃあ」


 恥ずかしながら悶えた瞬間、蛍は両手で握っていた大鎌の柄を思わず手放す。返答に行き詰った蛍を見て葵は勝ち誇ったように叫ぶ。


「蛍、お前はリュウノスケを外見でしか見ていない! それに抱かれる覚悟も無いっ!」 


「――にゅううっ!」


「そんなお前はリュウノスケを好きになる資格はなああいっ!」


「ががあーん!」


 頭をがくりと下げた蛍の頭上から、容赦なく大鎌が降ってくる。


「ほ、蛍さん! う、上! 上をみてくださいっ! あ、危ないいっ!」


「うにゃ?――あ」


 その言葉を最後に鈍い金属音が蛍の頭上で鳴り響いた。下半身が地面に埋まってしまった蛍を審判が覗き込むと、泪目になりながら蛍は目を回していた。審判は深い溜息を吐くと、首を横に振りながら葵の勝利宣言を告げる。


 この結果に観衆は沈黙を守ったままだった。否、開いた口が塞がらない、そう言った方が正しい。


「あわわ……蛍さんまで負けちゃった」


 何故か次々と自爆して敗北する二人の様を見た竜之介が狼狽えながら呟いた。


「もうっ! 蛍さん! 一体どうしちゃったんですか! しっかりしてください!」


 瑠璃が蛍を地面から勢い良く引っこ抜くと小梅の横に腰掛けさせる。二人は何故か白く燃え尽きている様だった。


「この二人が負けるなんて――これは強敵ですね。油断できません!」


「抜刀……雀羽!」


 掛け声と共に鍔から風の渦を伴いながら、真っ白な弓、雀羽が現れる。雀羽は矢を一度に三本放つ事が可能であり、矢は自動的に装填される特殊な弓であった。


「風花、いきますよ!」


 次に自身の精霊、風花ふうかを召還する。頭の花飾りが印象的な風花が現れ、瑠璃は直ぐにリンクを開始した。風花が雀羽と融合すると弓の中心部分に4つの刻印が表れる。


 武装を済ませた瑠璃が距離を取って弓を構えたのを見届けた審判が第三試合開始の合図を告げた。


「銀組隊長、武田瑠璃、参りますっ!」


「須恵千葵だ。なんだ、お前もか。リュウノスケには本当に蟻の様に女が群がるな」


「竜之介さんは、お砂糖ではありませんっ!」


 瑠璃が叫んだ場所に葵が目を向けると、そこに瑠璃の姿は無く位置を葵に悟られない様、素早く移動しながら的確に矢を放ってくる。葵はそれをいち早く見抜き、全て鬼切で叩き落とした。


「遠隔攻撃か……厄介だな」


 鬼切を構えながら気配のする方向に耳を研ぎ澄ませる。


 この攻防を壁に手を添え、半身を覗かせながら熱い眼差しで見つめている一人の男がいた。それを旗から見た者は驚きの声を上げながら思わずたじろぐ。


――瑠璃よ……この勝負、敗北はまかりならぬ! 誠の愛、兄の前で見せてみよっ!。


 拳を握り締めながら、弦真は心の中で必死に叫んでいた。


「雀羽――五月雨さみだれ

 

 一瞬姿を現した瑠璃が、目にも留まらない速さで連続的に弓を引き、無数の矢を上空へ放つと、その矢は雨の様に葵へと襲い掛かる。


「――これはまずいっ!」


 後方に素早く飛び退くが、攻撃範囲の広い瑠璃の矢は葵を容赦無く捉える。葵の周りは一瞬にして砂煙が立ち上った。


 葵のダメージは甲冑に吸収されたものの、その代償として鬼切の刻印がひとつ消滅してしまう。


「ちいっ!」

 

 舌打ちをしながら葵は巧みに立ち位置を変え始める。やっとまとな試合を見られた観衆達が一斉に沸き上がった。


「駄目! 的が定まらない!」


 場所を転々と移動する葵の動きに瑠璃は攻撃の手を拱く。


「なんとなくだが、行動パターンが見えきたぞ」


 気配を読み取った葵は瑠璃が移動したと同時に素早く横に移動し、その眼で弓を構える瑠璃の姿を捉えた。


「やっと見えた! お前、意外とすばしっこいな! 驚いたぞ!」


――な!?


 瑠璃が信じられないといった顔をしながら目をゆっくりと横に向けると、にっこり微笑みながら自分に付いて来る葵の姿があった。それを振り切ろうと自身の足に力を込めるが葵の超人的な運動能力から逃れる事は叶わなかった。


「つ、付いて来ないでくださいっ!」


 必死で逃げ惑う瑠璃に余裕の顔をしながら葵は付いていく。やがて鬼切を肩に担ぎながら葵が話し掛けた。


「見たところ、お前もリュウノスケが好きみたいだな?」


「――なんですって!?」


 常人では見えない動きの中で葵は言葉を重ねた。


「それでお前はリュウノスケのどこが好きなんだ?」


「……そっ、それは竜之介さんと一緒に居ると安心できるところでしょうか?」


――おお! この女、まともに答えたぞっ!。


「瑠璃といったか、お前は先程の女とはちょっと違うみたいだなっ!」


「もうっ! 一体貴方は何なのですかっ! 風花、力を貸して!」


*分かった。瑠璃*


 刹那、瑠璃の足元から激しい風が巻き起こり、その勢いに乗って一気に葵から離脱した。


「私は、先程のお二方の様にはいきません! 貴方の野望はこの私がここで打ち砕かさせて頂きますっ!」


「雀羽五月雨――」


 自身の動きに一定の距離を開けて付いてくる葵に対し、次の移動位置を捕捉しながら瑠璃が弓に手を掛けた瞬間、葵の最終兵器が飛び出した。


「瑠璃はリュウノスケがお前を抱きたいと言ったら、それに応える覚悟はあるか?」


――え? え? え? えええええっ! りゅ、竜之介さんが私ををを?。


「そんな事になったら、どっ、どうしましょう!」


 この瞬間、瑠璃頭の中で上半身裸の竜之介が「瑠璃、こっちに来いよ……」という様な妄想劇が繰り広げられ、思わず矢を真上に向けて連射してしまう。


 その恥ずかしそうな仕草を見た葵は少し残念そうな表情を見せた。


「瑠璃は良き好敵手ライバルになったかも知れないと思ったが――最後にして抱かれる覚悟が無かったのは残念だ! やはりリュウノスケは私にこそ相応しい!」


「あううっ!」


「瑠璃、一線を越える覚悟を持たないお前にリュウノスケを好きになる資格はなああいっ!」


「がががあーん!」


 足を止めて呆然と立ち尽くしてしまった瑠璃の頭上から容赦なく矢の雨が浴びせられ、瑠璃の居た場所に激しい砂煙が立ち上った。砂煙が消えた時、何本もの矢に囲まれた中心で、がっくりと膝を落としている瑠璃が見えた。


 審判が「やれやれ……」といった仕草を見せながら、泪目で目を回している瑠璃を確認すると、深い溜息を付きながら葵の勝利宣言を告げる。


 「うおおおっ! 瑠璃、兄は、兄は情けないぞおおおっ!」


 試合を見守っていた弦真は壁に持たれながら号泣していた。


 瞬く間に棋将武隊の隊長三人が突如現れた須恵千葵によって倒されてしまい、なんとも言えないこの勝負に観衆達は「駄目だこりゃ……」的な仕草で首を振りながら試合会場をぞろぞろと出て行った。


「さ、三人全員が全て自爆って……どういう事だ?」


 信じられない試合内容に訳も分らず竜之介はただ、呆然とする事しか出来なかった。


 殆ど戦わずして勝利した葵が、自身の目的達成に歓喜しながら、竜之介を見て嬉しそうに叫ぶ。


「棋将武隊、金組隊長代理、須恵千葵だ! リュウノスケ、これからよろしくな!」


「ははは……あ、葵ちゃん、よ、よろしく」


 腰掛に並んで座っている真っ白になった三人を見ながら、竜之介は顔を引き攣らせて苦笑いをするのであった。


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