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■須恵千葵参上!!

 自然の恵みが豊かな十洞千石に今日も朝から穏やかな風が吹き抜ける。棋将武隊の拠点が伺える石段の登り口で、逸る鼓動を押さえながら目を細めているドゥルガーが居た。


 それより少し前、以前と同様に奇門警告装置が一瞬反応していたが、この件は周辺を探索をした者から「異常なし」との報告があった為、特に問題にはなってはいなかった。


「約束通り、来たぞ……リュウノスケ!」


 上機嫌で石段を登っていく。人間界で今まで此れほど広い視野を自身の目に収めた事があっただろうか? 目にする物が全て葵にとって新鮮で衝撃的なものであった。


 やがて門番達が葵の姿を目に捉えた。見覚えのある顔と、以前とは違う格好に葵が口を開く前より先に声を掛けてしまう。


「確か……貴方は以前ここを訪ねて来た娘よね? 着ている物が以前と全く変わっているからびっくりしてしまったわ」


――この女っ! 忘れる訳がないじゃない、確か竜之介様を婿にするとかなんとかふざけた事を言った女だわ!。


 門番は丁寧な言葉とは裏腹に、葵の足元から頭の先まで舐めるように観察した。それもその筈、葵はひらひらのスカートから袴へと変わり、自分達と同様の服装をしていたからだ。


「それで、今日はここに何の御用かしら? また竜之様を探しに来たの?」


 引き攣りそうになる口元を押さえて門番が問い掛けると、葵は後ろに束ねた栗色の髪の上に付けている黒リボンを揺らせながら、元気良く答える。


「うむ、私はこの棋将武隊に入りにきたんだ!」


――なんですってえ!?。


 その答えに驚きの表情を見せながら葵を見た。


「あれ? 聞こえなかったか? 私はここに――」


 門番が固まったまま返事が無いのを不思議に思い、葵は再度答えようとしたが、その門番の態度が一変したのを感じ、言葉を止めた。   


「――ここに入隊希望ですって? 面白い事をいう娘ね」


 門番は握っている棍を一回旋回させると、その先を葵に向けた。


「貴方は知らないとは思うけど、薙刀武隊への入隊希望者は、まず腕試しをさせて貰う事になっているの」


「え? あ、天音ちゃん、そんな規則は……」


 もう一人の門番が驚いた表情で天音を見たが、据わった目で睨み返された為、慌てて言葉を呑みこんだ。


「薙刀武隊? いや、私はそんなとこには入らない。私はリュウノスケの傍に居たいだけだ」


――はぁ!?。


 天音の顔が憤りに満ち始めた。


「貴方、自分が言っている事が分っているの!? 竜之介様の傍に居たいって事は、今不在の金組の音々隊長の代理を務めるって言ってる事なのよ?」


「え? そうなのか? じゃあ、それだな」


 何の躊躇いも無く言い放った葵に天音は呆然としていたが、直ぐに我を取り戻して棍を構え直した。


「全く、少し暖かくなってくると変な輩がここに現れると先輩から言われてはいたけど――それが貴方だったなんてね。特別にここの厳しさを貴方の身体に教えて上げるから、頭を冷やして出直して来なさい」


 棍を斜め下に構え、天音は葵と対峙した。


「あ、天音ちゃん、勝手な事をしたら上の人に怒られちゃうよ?」


「いいから栞は黙って見ていなさい。この無礼者を直ぐに追い返しますから」


「で、でも……」


 次の言葉を重ねようとした時、天音の鋭い視線が突き刺さり、栞は慌てて両手で口を塞いだ。


「ふーん、私と一戦交えたいのか? まぁ丁度いい肩慣らしになるかな? いいぞ、どっからでも掛かってくるがいい」


 その一言が天音の闘争本能に火を付けた。おどおどしながら制止する栞を振り切り、一気に距離を詰めて間合いに入ると、本気で葵に攻撃を仕掛ける。


「貴方も運がなかったわね! 二度も私が居る時にここに来るなんてねえ!」


「遅い……退屈だぞ」


 身体を半身ずらした葵の横を空しく棍の先が通り過ぎた。


――交わされた!? 薙刀部隊でも格上の私の一振りを!。


「どうした女? そんなものか?」


「私を舐めるなああっ!」


 交わされた棍を旋回させ正面に構えると、高速な打突へと攻撃を変化させた。


「いやあっ! せいいっ! つああっ!」


 掛け声と共に天音の突きは正確に葵の急所を狙ったが、繰り出された棍は一度も葵を捕らえる事は無かった。


「くそがああっ!」


 何時しか天音は闘争本能を剥き出しにして、持てる力の全てを棍に注ぎ込んでいた。それでも柳のようにゆらゆら交わす葵を捕らえる事は叶わなかった。


「はあっ! はあっ! はあっ!」


 息切れを起こした天音を退屈そうに葵は見下す。


「もういいか? 私はとても急いでいるのだ」


 奥に進もうとした葵の先に、ぎらぎらと鈍く光を放つ薙刀の刃が行く手を阻んだ。葵がゆっくりと視線を向けると、そこには自身のプライドを圧し折られた怒りで顔を歪めた天音の姿があった。


「ち、ちょっと! 天音、それはいくらなんでもやり過ぎ――」


「お前は黙っていろ! 栞!」


 一度火が付いた天音はもう止められない。


「いいだろう女、本気で相手をしてやる。名を名乗れっ!」


 目の前に突如現れた葵を、只者でないと認識した天音が、薙刀を葵に向け真っ直ぐ構えると、葵が冷ややかに口を開いた。


「本当にここの者は血の気が多いな。だからお前達は……」


「――早死にするんだぞ?」


「何だとおおっ!?」


 薙刀の刃が一瞬だけ下に下がると、残像を残して一気に襲い掛かった。その太刀筋を葵は簡単に見切ると、一歩中へ踏み込んで柄を掴んだ。


「くっ! う、動かないっ! このっ! 離せっ!」


 そのまま葵が思いっきり身体を捻ると、面白い様に天音の身体が宙に浮いた。


「な――!」


 刹那、その手を離すと天音は、勢い余って吹き飛んで、地面に向かって叩きつけられた。


「がはっ!」


 砂煙と同時に鈍い衝撃音が辺りに鳴り響く。顔に砂を付け、悶絶しながら天音が顔を上げるとその視線の先には、自身を蔑んだ目で見据える葵の姿があった。


「私は――須恵千葵だ、お前、弱過ぎるぞ」


――なんだ!? この桁外れな力を持った女は! それに私が弱いだと? 私は薙刀武隊の三番戦兵だぞ! こんな屈辱を受けたのは初めてだっ!。


 葵の本来持つ力は半減していると言えど、その力は隊長クラスを凌駕するといっても過言では無かった。


 地面を両拳で思いっきり殴りつけると、転げ落ちた薙刀を手に握り締め、ゆらりと立ち上がり距離を取って構え直した。


「いきなりの新参者に一撃も入れないとは、この白咲天音、一生の生き恥、ここに志を持って来たのならそれなりの覚悟をしてきたのだろう? これは脅しではないからなっ!」


「何だお前、まだ私とやろうと言うのか? お前の底は見えた。さっさと私を中に通せ」


「その、私を見下した態度が気に入らないと言うのだあっ!」


 巧みに頭上で薙刀を旋回させながら葵との距離を詰めていく。空気を切り裂く天音の刃は、先ほどとは打って変わって殺気に満ち溢れていた。 


「へぇ、さっきと違って今度は少し楽しめるのか? やってみるがいい」


「言われずとも! このまま無傷でいられると思うなあっ!」


 影分身の様に薙刀が幾つも残像を残し、その内の何れかが消えたと同時に、葵の頭上から真っ直ぐに打ち下ろされた。


「どうだあっ! これは見切れまいいっ!」


 獲った! 天音が口元を歪めた瞬間、その刃は槍の刃先に阻まれ、寸での所で止められていた。  


「――誰が私の邪魔を!」


 憤りを露にして、持ち主を睨もうとしたが、見覚えのある武器に天音は一瞬にして顔が引き攣り、頭に上っていた血が一瞬にして冷めた。


「まったく、騒がしいと思ったらこんな所で試合するなんて天音らしくないさね、一体どうしたさね?」


 呆れた口調で小梅が諭すと、天音は握っていた薙刀を慌てて引いた。


 明らかに違う空気と小梅が背負っている文字――香組と刻まれているマントを見た葵は目の色を変える。


「お前、こいつらとは別者だな。さては隊長か?」


「あ、貴方っ! 小梅隊長に対してなんて無礼なっ!」


 礼儀を知らない葵に対して天音は慌てて会話に割り込む。片手で「気にするな」という仕草を見せた小梅は知らない女を見て、不思議そうな顔をした。


「おや? お前見ない顔さね、一体ここに何の用かさね?」


 その答えを天音よりも先に、葵が嬉しそうに口を開いた。


「おお! 私はリュウノスケの傍に居ようと思ってここに来たのだ!」


――ん? うちの聞き間違いかさね?。


「良く聞こえなかったさね、もう一度いって見てくれるかさね?」


「だから、私はリュウノスケの傍に……」


――聞き間違いじゃなかったさねええっ!。


「ちょ、ちょっと待つさね! な、何故お前が竜之介の傍にとかなんとか言ってるさね?」


 動揺する気持ちを必死で隠しながら小梅が問い掛ける。


「鈍い女だな、そんなのリュウノスケが好きに決まっているからだろ?」


――隙? 否、好きだとっ!?。


 葵が発した言葉は一文字一文字が石の文字に変化し、小梅の顔にぶち当たる。衝撃を受けた小梅は槍を地面に突き刺し、その場で煙を上げながら崩れ落ちた。


「小梅隊長!」


 天音と栞が慌てて小梅を抱き起こす。苦しそうに胸を押さえながら小梅が再度葵に問い掛ける。


「で、貴方は竜之介とどういったご関係かさね? もしかして妹さんかさね?」


 空しい期待をしながらもとりあえず口に出してみる。だがそれは顔を赤らめた葵の次の言葉によって無残にも打ち砕かれた。


「リュウノスケは将来――私の婿になる男だぞ」


――婿おおおおっ!?。


 今度は「婿」という大きな石の文字が小梅の頭上から振ってくる。それを小梅は両手で受け止めた後、足で踏ん張りながら「ええいっ!」と遠くへ投げ捨てた。


「な、何て恐ろしい事葉を口にする女かさね! 冗談にも程があるさね!」


「お、落ち着いてください! 小梅隊長!」


 顔を真っ赤にして怒りを露にした小梅を二人が必死で押さえる。


「冗談? 冗談などではないぞ? 私は本気でリュウノスケを貰いに来たのだ」


 平然と恐ろしい言葉を語る葵に、小梅の心は遂に弾けた。


「そうかさね……では、それは私達への宣戦布告と見なして良いのかさね?」


 明らかに声のトーンが変わった。


「丁度いい! お前を倒せばリュウノスケに近づけるのだろ? 小梅とやら、今直ぐ私と勝負しろ!」


「ちょっと貴方、いい加減にしなさいっ!」


 天音は恐れ多くも香組隊長に向けて爆弾発言を連発する葵を見て、溜まらず声を割り込ませた。


「よーく分ったさね」


 その雰囲気を小梅の言葉が一蹴した。


「お前、ここの連中は誰もが皆、竜之介を大事に想っているさね。その想い――好きとかを簡単に口へ出しているお前には一歩も引けを取らないさね。それに……」


「――うちもその一人さね」


 恥じらいながらもその想いを葵に言い放つ。


「そうか……なら、お前は私の恋敵という事になるな。それと勘違いされては困る。私は軽んじてリュウノスケを好きだなんて一言も言っていない」


 暫くお互い静かに睨みあう時間が過ぎていった。


「売られた喧嘩は誰からも買うのがここの規則さね。例えそれが駆け出しの新参者であろうとさね。この際どちらの想いが強いか、白黒はっきりさせようじゃないかさね」


「いいだろう。元よりお前達は私がリュウノスケの傍まで行くまで、ぶっ潰す腹積もりだったのだからな」


「ほう、いい度胸をしているさね……」


「度胸だけではない、それを今すぐここで証明してやろうか?」


 竜之介を巡って火花を飛び散らす二人。この後、小梅からの申し出によって葵との試合が正式に行われる事になった。


「……おや?」


 何か嫌な予感がした竜之介は自室の窓から外の様子を伺う。


「どうした竜之介? 今日は一日中、身体を休めると決めたのだからもっと伸び伸びとせんか」


「はい、師匠。そうなんですが先程から嫌な予感がして……」


「またそんな事を。いい加減その心配性をなんとかせんか――」


 天竜が呆れた表情で竜之介を諭そうとした時、机の上に置いていた通信機が広報からの知らせを伝える音を鳴らしながら大きく震えた。


「なっ、なんだ!? 何の知らせだ?」


 通信機の画面の文字を読み始めた竜之介の表情が一変した。


――本日午後一時より、香組隊長、真田小梅と挑戦者、須恵千葵との公式試合を執り行う。だって!?。


「あ、葵ちゃんが、ここに!? しかも来た途端、直ぐに小梅さんと試合って?」


 顔を引き攣らせたまま、竜之介が天竜を見ると、訝しそうな顔をしながら近付き、次に続く文字を口にした。 


「――尚、挑戦者は『風間竜之介の傍へ居く』と各組の隊長へ宣戦布告しており――」


 そこで天竜は読むのを止め、竜之介を哀れむような顔付きで見る。


「やれやれ……お前はどうしてこうも色々面倒を引き起こすのだ?」


 首を横に振りながら天竜は大きな溜息を吐いた。


「そっ、それは俺の方が聞きたいですよ……」


 半分泣きそうな顔をして、ぼそりと呟く竜之介であった。

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