■絡み合う思惑の鎖
金組と成。これが今、竜之介の所属している武所である。
「ひ、姫野さんこれは一体?」
無言で飛組のマントとバッジを姫野に差し出され困惑した表情を竜之介は見せる。
「……竜之介、お前は……音々の手術代を稼ぐのだろう? なら非番の時は、私の傍で……飛組のと成として働け」
予想だにしない姫野の言葉に竜之介は驚きの顔を見せる。
こうして再び飛組のと成に返り咲いた竜之介は、日々馬車馬の様に働き戦績を上げていった。
無論それだけでは音々の手術代には到底及ばない、隊長達は結託し協力し合って援助した。
また、瑠璃から事情を聞いた弦真も協力を惜しまなかった。ただ、爽やかな表情をしながら、竜之介に向かって口癖の様に口を開く。
「なに、将来瑠璃の伴侶になる男の為なら助力は惜しまぬ、そうだろう? 竜之介、はっ、はっ、はっ!」
「弦真さん……」
苦笑しながら返事に困る竜之介を見て愉快そうに弦真は微笑んだ。
手術代が半分位溜まった頃、その残り半分をあっと言う間に埋めてしまった人物が居た。
事情を把握した天竜が竜之介を隠し財産の場所へと連れて行く。
隠し扉を開いて、薄暗い通路の先にあった物、それは無雑作に積み上げられた袋の中に入っている溢れんばかりの紙幣、金貨、そしてチェスが持っていたお宝の数々。
暗闇で光を放つ金貨や宝石の眩さを前に竜之介は唖然としていた。
「師匠……何なんですか、この途方もない財宝の山は!!」
「俺が全盛期の頃は戦しか興味無かったし、お前が持っている様な小さな機械の中に数字の羅列が刻まれるという便利物は無かったからな。邪魔な上に置き場所に困っていたのだ」
「それにしても、これは異常ですよ! 一体どうやったらこんなになっちゃうんですか!!」
「塵も積もれば何とやらだ。丁度いい、とっくに死んでいる俺にはどうせ使い道などない、好きなだけ持っていくがいい」
全く金銭に興味が無い素振りを天竜は見せる。だが、目の前にある天竜の財産は音々の手術代を払っても余裕でお釣りが来る程の莫大な物であった。
「はは……今までの苦労は何だったんだ? これは皆には絶対に言えないな」
震える手を押さえながら竜之介は隠し扉を閉じた。
数日後、遂に待ち望んでいた日が訪れる。旅支度をした音々が皆の前で泪ながらに深々と頭を下げた。
音々はやって来たバスに向かう途中、竜之介とすれ違う瞬間に耳元で囁く。
「竜之介、本当に有難うなり……私が此処へ帰って来たらもう一つの願いも叶えてなりね」
意味深な言葉を告げ、にっこりと微笑んだ音々はバスに乗り込んだ。
「もう一つの……願い?」
不思議そうな顏をしながら竜之介がバスを見送っていた頃、その様を一人の男が自身の牙を怪しげに光らせながら見つめていた。
――風間竜之介。
場違いな奴が突然ここに現れたかと思えば、剣豪長信の獄龍を抜いたとんでもない食わせ者だったとはな。
――織田長信。
俺はあんたの元でこの力を振いたかったんだぜ?。
藤堂は目を細めたまま、竜之介を通して長信が居た時の頃を思い返す。
「長信さん、ついにあんたの時代がやってきたな!!」
戦の中、嬉しそうな顔をしながら藤堂は長信の近くに寄って来た。
「馬鹿野郎、単独が売りの俺様に油なんか売ってんじゃあねえよ。さっさと自分の持ち場に戻って隊長を援護しろ、藤堂!」
獄龍でチェスを斬り倒しながら長信が藤堂を諭す。
「だってよ、いよいよ王将戦だぜ!? 相手はあの明智秀光! 闇と闇のぶつかり合いだ! 俺は王将に成り上がったあんたに着いていきてえんだ!!」
長信が王将戦に挑む前、藤堂は長信と竜馬の座を賭けて試合をしたが長信の圧倒的な力に完敗していた。
「なあ、長信さんよ、もし王将になったらあんたは今の秀光みたいに奥に引っ込んで高みの見物を決め込むつもりか?」
流れる様に獄龍をさばき、チェスを倒した長信は藤堂の方に振り向き、不敵に笑う。
「俺様が高みの見物?そんな事はしねえ、俺様は先陣切って攻めるぜ?」
長信の意志が白い鉢巻に伝わり力強く靡いた。その溢れんばかりの気迫が伝わった藤堂は目を輝かせる。
「くーっ、痺れたあっ!! 長信さん、俺は何処までもあんたに着いていくぜええっ!!」
「着いてくるのはお前の勝手だが、俺様の邪魔だけはするなよ? 藤堂」
一瞬、破顔した後、長信は再び獄龍を構え、チェスの群れへと突っ込んで行った。
「かーっ、厳しいねえ大将!!」
藤堂もまた、嬉しそうに長信の背中を追って行くのであった。
そのあんたが今、墓場の中で呑気に昼寝してやがる。
「たくよぉ、あんたの獄龍をあんな奴に取られるなんてよ、さっさと起きて来いよ……大将」
その言葉が全く意味を成さない事だと藤堂は理解していた。苛立ちと悔しさが顔に表われ、遠くで仲間に囲まれながら微笑んでいる竜之介をじっと見据えた。
――返して貰うぞ、その獄龍。
「竜之介、悪いがお前の快進撃もここまでだ。本物で無い奴は俺が全力で叩きのめす」
踵を返した藤堂は、力強く地を踏みしめた。
その頃チェス界では、衝撃の事実をドゥルガーが口を開きキングへ報告していた。
「……ほう、それは誠か?」
姿の見えないキングの声が広い王室の中で重く響き渡る。
「はい……間違いありません。人間界に居るリュウノスケという者はおそらく歴代のキングの血を継ぐ者かと」
目の先にある無人の玉座に向かってドゥルガーは片膝を付き頭を垂れている。
「失踪したクイーンの伝説か。そんな懐かしい御伽話を今になって聞かされるとはな、フフ……」
低く重い笑い声がドゥルガーを威圧する。
「ベリエル様。ジェミニ隊クイーン、このドゥルガー折り入ってお話があります」
ベリエルはドゥルガーの話を聞いた途端、失笑した。
「フフフフ。成る程……そんな突拍子も無い事を抜かす者をわしは久々に見た。お前自ら敵地に潜入しリュウノスケをここに連れ帰ると……? だが、そうなるとお前は多くの同胞を殺す事になるが構わないのだな?」
「はい、一騎当千の男を得る為には多少の犠牲もやむを得ないでしょう。それに……」
「元よりドゥルガーは独り。同胞など……記憶の片隅にもございません」
冷ややかな表情をドゥルガーはして見せた。
「面白い。孤高のクイーンドゥルガーよ、良かろう、その任を見事果たして見せよ……フフフフ」
「はい……必ずやリュウノスケをベリエル様の目の前に差し出してご覧に見せます」
眦を上げたドゥルガーは踵を返し、王室から出て行く。その出入り口で同じ髪と瞳を持つ女と擦れ違った。
「まぁ、お姉様、最近様子がおかしいと思っていたら、まさかその様な事をされていたなんて……」
女は呆れる様にドゥルガーを見ながら溜息を吐いた。
「立ち聞きなんてはしたないぞ、デュルガー」
デュルガーに向き直りドゥルガーは怪訝そうな顔をする。
「ふん……聞いていたなら話が早い。留守の間はドゥルガーの代わりをお前がやれ」
「お姉さまの陰で支えていた私にクイーンの代行をしろと?」
「そうだ。今日からお前がジェミニ隊のクイーンだ。分ったな?」
自身の胸に付いているクイーンの階級章を外し、デュルガーに握らせた。
「そんな大役、私に出来るかどうか不安です……」
デュルガーが不安そうな顔を見せた時、ドゥルガーは既に踵を返し離れていた。その背を見るデュルガーの目が徐々に妬みを含む鋭い目付きに変わる。
――忌々しい!!
なんでもそう。私は今までドゥルガーと全てを比較され評価されてきた。だが私はドゥルガーを超える事が出来無かった。クイーン戦の時も私は皆の前で嫌というほど苦渋を味わされた。
それに最も腹立たしいのはドゥルガーは私と違い、二つの異なる属性の魔石を埋め込んでも、それに耐えうる優れた体を持っている事だ。
「こんな屈辱的な引継ぎなど……っ!!」
デュルガーは肩を震わせながら階級章を力強く握り締めた。
ドゥルガーはその足で解析室へと足を向ける。そこには必要な物が用意されていたからだ。
「解析主任、いや、べトルク。例の物は準備出来ているか? キングの了承は得た、直ぐに出るぞ!」
ドゥルガーの期待の声に解析主任はその答えを自信に満ちた表情で答える。
「なんと、ドゥルガー様の口から私の名を出して頂けるとは恐悦至極です。新薬シェルⅡと例の物、既に完成しておりますよ」
「おお……良くやってくれた!! 流石チェス界最高の頭脳と謳われた者だけの事はあるな!!」
ドゥルガーは目の前のシェルⅡに目を輝かせた。
「ドゥルガー様、このシェルⅡの持続効果は前回と同様ですが、シェルと最も違う点は優れた耐熱効果にあります」
「つまりもう日傘は不要という事です。餌……コホン、失礼。人間と全く同じ生活が望めるといった方がわかり易いですかな?」
「そして、これが…………」
べトルクはテーブルの上に置いてあるアタッシュケースの鍵を外して静かに開けた。
「おお……これだ!!私にはこれが必要なのだ!!」
歓喜の声を上げたドゥルガーの瞳には鍔、兜、水晶、戦具ベルトが映っていた。
「ドゥルガー様、ひとつ断っておきますが、本来貴方が使われている闇の属性は人間とは異色な物の為、封印しております」
「よって、ドゥルガー様が使える属性は”氷属性のみ”となります。それも通常の半分位しか能力が発揮できません」
「うむ、分った」
「それと、ドゥルガー様の武器ですが、本当によろしかったのですか?」
べトルクが鍔を見ながら困惑した顔をする。
「ん? ああ、ランスの事か? ドゥルガーが言った通り作ってくれてたらそれで良い」
「はは、でもまさか」
べトルクは苦笑しながら鍔を取り出し装置の中に入れ、宙で手を添えるとバーチャルパッドを出現させた。
「さて、調査員から得た情報からこの鍔には武器名を付けないといけませんが」
「うーむ、そうだな……」
腕を組んで目を瞑り、ドゥルガー得意の首を徐々に傾けながらの思考が始まった。やがて耳が肩に付きそうなくらい傾いた所でドゥルガーは目を見開いた。
「うん!! そいつには鬼切と名付けよう!!」
「おに……ぎりですか? なんだか不思議な名前ですが、まあ良いでしょう」
べトルクは手馴れた手付きで武器名を入力する。
「お前、知らないのか? おにぎりは美味いし、梅は強いんだ、頭にパカーンと来るんだぞ!!」
「美味い? 梅? で、パカーン……ですか? ふむ、それは興味深いですね」
嬉しそうに手を広げ説明をするドゥルガーを見てべトルクは驚いた表情を見せた。
「ん? どうした? ドゥルガーの顔に何か付いているのか?」
自身の顔をあちこちと触り始めたドゥルガーを見て慌ててべトルクは制止した。
「ああっ! すみません、そういうのでは無くて、私はドゥルガー様のそんな明るい表情を見た事が無かったものですから!」
慌てて装置から鍔を取り出してドゥルガーに手渡す。
「さぁ、ドゥルガー様、抜刀して見せてください」
「分った!!」
手にしたシェルⅡを飲み込みこんだ瞬間、ドゥルガーは須恵千葵へと変身した。握り締めた鍔を翳したドゥルガーは大きい声で叫ぶ。
「抜刀……鬼切!!」
その声に呼応するかの様に鍔が白い光を放ちながら日本刀が姿を現した。その刀を見てべトルクは念を押す様に問い掛けた。
「その武器はドゥルガー様が得意とする刺突系では無く、正に接近戦用の武器なのですが、あちらで言う槍や銃の類で無くて本当によろしかったのですか?」
「うむ……これでいい!」
鬼切を満足そうにドゥルガーは振り翳した。それを見届けたべトルクは次に水晶を差し出す。
「さて、これを作るのが一番苦労した擬似精霊、都羅羅です。ドゥルガー様の音声認識は既に完了しております。早速お試しください」
水晶を受け取ったドゥルガーは都羅羅を召還する。
「来い、都羅羅!!」
水晶が白く輝いたと同時に青一色の衣装を纏った都羅羅が現れた。頭には眩いばかりの髪飾り、首には色鮮やかなネックレス、括れた腰には眺めのパレオが巻かれ、更に腰の周りにも煌びやかな装飾が取り巻いている。
更に細い両手首には腕輪が装着され、遠目から見るとそれはまるで生きた彫刻の様であった。
「凄い……まるで芸術だ」
都羅羅を見たドゥルガーが感心の溜息を吐いた。
「でしょう? 私の最高傑作とも言えます」
べトルクが鼻高々な顔をして、都羅羅の体に触れようとした途端、その手を思いっきり都羅羅に叩かれた。
*厭らしい! 私に気安く触らないで!*
「これは、これは失礼」
行き場の無くなった手を空中で泳がせた後、べトルクは何事も無かったかの様に手を後ろへ引っ込めた。
「都羅羅、リンクだ」
精霊の扱い方を熟知しているドゥルガーが鬼切を翳すと都羅羅が静かにリンクを始め、刀身には5つの刻印が現れた。
「ドゥルガー様、刀身の刻印はあなたの持つ魔石の力を示しています。ここで直接餌を摂らない貴方はシェルⅡに圧縮されている力を得らなければ回復に至りません」
「強引に力を回復させようとしてシェルⅡの連続投与をする事だけはくれぐれもお控えください。その副作用は――いや、ここでは伏せておきましょうか。まぁ、死ぬ事はないですからね……クク」
意味深な言葉を漏らしたべトルクは最後に武装の説明をする。
説明を聞いたドゥルガーは頭の上の黒いリボンを解き髪を後ろに束ねた後、再びリボンを付け直して武装した。
ドゥルガーが纏う甲冑は全身が漆黒で覆われ、べトルクがデザインに拘った流線型の甲冑は目を引く物があった。
「おお……ドゥルガーの鎧に比べ、この軽さは何だ? それに結構動きやすいぞ」
「まぁ、人間が装着する鎧は動きやすい分、生身が露出している部分が多いですからね。その辺はなんとも……」
「では、これが戦具に関する細かい資料になりますのでドゥルガー様に渡しておきます」
いきなり事務的な言葉に戻ったべトルクが解除された戦具をケースに仕舞い始める。
「ああ、そうそう、忘れていました」
再び鍔を装置に入れたべトルクが再びバーチャルパッドを出現させて操作すると、レーザーの様な物が鍔に照射された。
照射が終わるとべトルクは装置から鍔を取り出しドゥルガーに手渡して微笑む。
「武士の嗜みという奴ですか? これは私からのプレゼントです」
鍔の周りが削り取られ、見事な梅の花が描かれていた。
「おお、なんと華やかな! 色々無理を言って悪かったな感謝するぞ、べトルク!!」
鍔を見ながらドゥルガーは心を昂らせた。
「いえいえ、この様な頼み事など私には容易い事ですよ」
「うむ、そうであったな!」
――また、リュウノスケに会える!! 。
――それも今度はずっと一緒に!! ずっと一緒に居られるんだ!! なんてドゥルガーは幸せ者なんだろう!!。
喜びをドゥルガーが全身に表わした時、べトルクの冷ややかな言葉がその気持ちの中に入り込んだ。
「ドゥルガー様……これは任務なのですよね?」
べトルクの問い掛けに思わずドゥルガーの顔が歪んだ。
――任務。そう、これはベリエル様に了解を得たリュウノスケ奪還の任務だ。
――リュウノスケの顔が見たいから。
――リュウノスケの傍に居たいから。
――リュウノスケが好きだから。
気持ちを押し殺して踵を返したドゥルガーはべトルクをじっと見据えた。
「……当たり前だ。では行ってくるぞ」
「はい。ドゥルガー様、気を付けて行って来てください」
アタッシュケース持ってドゥルガーは解析室を出て行く。その背中が視界から消えた時、べトルクは突然その場で方膝を付き頭を垂れた。
「ベリエル様、これでよろしかったのでしょうか?」
「ああ、それで良い。」
誰も居ない解析室にベリエルの低い声が響いた。
「しかし、ドゥルガーもなんと血迷った事を……」
そこに先程の穏やかなべトルクは居ない。自身が手に持っているシェルⅡを見下す表情をしながら見つめた。
「フフ……わしの耳にリュウノスケとかという男の名が何度か耳に入ってきてはいたが、まさか本当に歴代のキングの血を引く者が居たとはな……ドゥルガーを泳がせて正解だった」
「ベリエル様、今後ドゥルガーは如何いたしましょうか?」
「リュウノスケは今後わしにとって最大の脅威となり得る。そやつがまだ完全に覚醒していないのであれば、リュウノスケと共にもはや用済みのドゥルガーは反乱分子として……」
「――殺せ」
「ははっ!! ベリエル様っ!!」
べトルクの白衣が翻り、胸に付けられたルークの階級章が不気味な光を放った。
「よし、リュウノスケを奪還しに行くぞっ!!」
そんな事態に陥った事をドゥルガーは露知らず、眦を上げて奇門室へ意気揚々と入っていくのであった。




