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■闇の悪女、切なる想い

――退屈だ。


 全面大理石張りのバルコニーでドゥルガーは手摺に両手を添え、小顔をちょこんと乗せてチェス界の夜景をぼんやりと眺めていた。


 あれから何度か餌狩りに出てみたが、あの男、リュウノケになかなか出会えない。


――リュウノケに会いたい。


 唯一私の攻撃を受けて死なずに立ち上がって来た餌、否、人間の男。それだけでは無い、彼は私の馬を止めたばかりか、私にとっておきの技まで使わせた。


――なんて面白い男。


 そして、私が最も心乱されたのは、あの全てを消し去ってしまいそうな脅威的な殺気だ。


――リュウノケこそ私に相応しい……。


 竜之介と出会った時の事を思い出しながらドゥルガーは深い溜め息を吐いた。


 チェス界に吹く冷たい風が、肩まで整えられた光沢のある美しい紺色の髪を気を紛らわすかの様にさらさらと靡かせた。


「”闇の悪女”と恐れられているお前が、らしくない程の乙女ぶりじゃねえか、なあ、ドゥルガー」


 緑髪の長髪を無雑作に上へかき上げ、それをカチューシャにも似た髪留めをし、両耳に魔石を埋め込んだ色男がドゥルガーに近付いてきた。


「何だ……ゼノンか」


 アイオライトの宝石を思わせる深い紺色の瞳が一度だけゼノンの方を見ると直ぐに何事も無かった様に夜景へと視線を戻した。


「何だ、その素っ気無い態度は? 俺は夜景にも劣るって事か!?」


「……そうだよ」


「――!!」


 ドゥルガーの様子が最近おかしい事に気付いていたゼノンは顔を引きつらせながら鎌を掛ける。


「ドゥルガー、今度俺と組んで餌狩りにいこうぜ? ルークの俺が居れば百人力だろ、な?」


「……嫌だ。別に私で無くても別の隊のクイーンに声を掛けたらいい」


「ぐっ!」


 ゼノンの誘いをドゥルガーは眼をくれる事も無く一蹴した。確信したゼノンは動揺した気持ちを必死で押さえる。


「へ、へっ、まさか戦いしか興味無かったお前が心をときめかす、お、男でも出来たんじゃあないだろうな?!」


「…………ゼノンには関係無い事」


 ムッとした表情をしながらもドゥルガーは顔を赤らめたまま、視線を横に流した。


「な、何だ何だ!! 今の間とその反応はっ!!」


 ドゥルガーが未だ見せなかった表情をさせた男にゼノンの嫉妬心に火が点いた。


「そいつはどこの隊の野郎だ!? ミネルバか、それとも、タロスかっ!! くそおっ!! 今直ぐ俺がそいつをぶっ殺してやるっ!!」


 一人静かに物思いに耽っていた所を邪魔されたドゥルガーは怪訝そうにゼノンを睨んだ。


「今ぶっ殺すとか何とか言ったか?」


――馬鹿だこいつ。


 リュウノケに殺されるのはお前の方だ。お前なんかがリュウノケを簡単に殺すなどと言うな、この身の程知らずめ! ドゥルガーの不機嫌メーターは最高潮に達した。


 手摺からゆっくりと身を起こしたドゥルガーは出入り口へと向かい、ゼノンに背を向けたまま足を止め、嘲笑うかの様に言葉を吐き捨てる。


「……お前じゃリュウノケは殺せない、絶対にね」


「リュウノケ? 聞かない奴だな、新入りか!?」


「えーと、リュベルじゃねえし、リベラルの奴でもねえし、ああっ、くそっ、全然分からねええっ!!」


 手を口に当て、ゼノンは必死に脳内の記憶から該当する人物を探し始めるが、結論に辿り着く事は出来なかった。


 その様子をドゥルガーは背中越しで聞いていたが、再び深い溜息を吐くと自身の足音を大理石の床に響かせながら部屋の中へと入って行く。


「待てよ! ドゥルガー!! もし俺がそのリュウノケって奴を倒したら、俺の女になってくれるかっ!?」


 ドゥルガーは踵を返しゼノンを呆れながら見る。


「……そうだな、もし、リュウノケを倒す事が出来たらドゥルガー、ゼノンの女になってもいいよ」


――無理だけどね。


「本当か! やったぜ!! 早速リュウノケって野郎の居所を教えてくれ!!」


 喜び勇んで声を上げるゼノンに向け、ドゥルガーは黙って天井を指差した。


「あ? 上? ってここ最上階だぜ? まさかリュウノケって奴は屋根にいるとか言うんじゃあないだろうな?」


「ゼノン、惜しい。もっと上だよ」


「屋根の上? て、天界か?」


 訝しげな顔をしているゼノンにドゥルガーは含み笑いをした後に口を開く。


「ゼノン、リュウノケは人間だよー」


「――!!!!」


「何いっ!? に、人間界!? え、餌場だとおおっ!?」


 驚きを全身で表し、唖然としてしているゼノンに舌をだしてドゥルガーは部屋の中に入って行った。


「リュウノケ、今頃何をしているのかな?」


 竜之介を想い、ドゥルガーはそっと目を細めた。


「へーっくしょいっ!!」


 誰かに噂をされているのか、竜之介は突然大きなくしゃみをした。


「汚いな! 唾きがこっちまで飛んできたではないか!」


 迷惑そうに天竜がハンカチで顔を拭う。


「いや、師匠、気のせいか今誰かが俺の噂をしている様な気がして、あはは……」


 竜之介の勘が珍しく冴えわたっていた頃、ドゥルガーはなんとかして竜之介に会えないものかと、ベッドの上で腕を組み胡座をかきながら思案していた。


「一人行くのは無謀だし、部下を連れて行っても、それはまんま餌狩りだしー。むー」


 首を横に限界まで傾けた時、ドゥルガーの目がぱっと見開いた。


 その答えはすぐにドゥルガーの行動に出た。息を弾ませながらある場所に向かって一目散に走り出す。


 目的の部屋に辿り着いたドゥルガーが中へと勢い良く飛び込むと、そこで作業していた解析主任が驚いた表情をして振り向いた。


「ドゥルガー様! そんなに慌てて、ここに何か御用ですか?」


「うむ、お前の所は人間界で隠密調査をする時に使用する薬があったな?それを私によこせ!」


「ええ!? 我々でも使用する際、十分な注意を払って使う、人種変身薬シェルをですか?」


「そうだ。陽動作戦で使用する。」


「その様な作戦の通達は此方の方に連絡は来てない……」


「ええい! ごちゃごちゃと煩い!! これは第一級極秘任務だ!! いいから薬をさっさと持って来い!!」


 解析主任が言い終わらない内にドゥルガーは声を上げて一喝した。


「うわわわ!! し、失礼しました、ドゥルガー様!!」


 慌てた手付きで解析主任が薬棚の戸を開ける。それを横目で見ていたドゥルガーは悪戯ぽく微笑んだ。


「こっ、これです!」


 解析主任が、ケースから一粒のカプセルを取り出し、震える手で渡そうとしたが、ドゥルガーはそれを目にした瞬間、ケース毎奪い取った。


「ああっ!!」


「これは、私が貰っておく。作戦は一回限りでは無いからな。いいな?」


 「わ、分かりました。そのシェルの効果は1日で、シェルを服用した者は一時的に自身の力が奪われて餌同様になるので同胞に誤認され無い様、十分注意して下さい」


「うむ、分かった。」


「それと餌が身に付ける衣装がそこの衣装部屋にあります。まずはこの試験薬でドゥルガー様の変身した姿を確認してください。試験薬は30分程度で効果が切れます」


「分かった」


 説明を聞き終えたドゥルガーは真剣な顔を維持しながら衣装部屋に入り、静かに扉を閉めた。


「良しっ! 計画通り上手く行ったぞっ!」


 手にした試験薬をドゥルガーは口の中に放り込む。


「ん? 何の違和感も無かったのだが、何か変わったのか?」


 狐に包まれた顔をしながらドゥルガーは自身の体を彼方此方触り始め、髪を両手ですくって前に差し出したときその変り映えに思わず息を呑んだ。


「こっ、これは!!」


 慌てて部屋に添え付けてある鏡に自身を映す。


 鏡の前に立つドゥルガーは、まるで魔法をかけられたかの様に瞳と髪が深い紺色から、優しい栗色へと変化していた。


「こっ、これがドゥルガーなのか?」


 しなやかな白い両手で自身の顔を覆って凝視した後、ドゥルガーは百面相をして暫くその変わり映えを楽しんだ。


「いけない、早く服装を決めないと!」


 急いで表示パネルの中から衣装を選び始める。表示される衣装はそれぞれ自身のアバターが身に付けたイメージが表示される仕様になっていた。


「うむ! これが良さそうだ!」


 衣装を選び終えたドゥルガーは選択した衣装を身に付け、上機嫌で衣装部屋から出てくると、徐に解析主任の前に立ち、可愛いらしいポーズを取った。


 その姿を見て驚いた解析主任は思わず手に持っていたトレイを誤って手放してしまい、大きな音を周りに響かせた後、目を丸くして口を開けた。


 ドゥルガーは黒で統一された衣装を着ており、頭の上には大きめな黒のリボンを付け、肩まで垂れ下がっているリボンの端はそれぞれ白の二本線が入っており、とても印象的であった。


 上衣は半袖で、その縁と胸元には白のフリルが施されており、丈が膝まであるスカートの縁も同様に細かくフリルが縫い込まれていた。


 更に戦で鍛え抜かれたドゥルガーの羚羊の様な足は太腿から黒白の縞模様のソックスで包み込まれ、足元は上品そうな黒の靴で締めくくられていた。


 だが、最も解析主任が注目したのはドゥルガーの胸元であった。程よく開かれた胸元は黒紐が目の間を通り、交差しながらその柔らかそうな膨らみを窮屈そうに押さえ込んでいたのだった。


「うー。胸元が苦しい上に股下がやけにすーすーするぞ。どうだ? ……に気に入られそうか?」


 思わず本心をドゥルガーは口に漏らしそうになった。


 「す、素晴らしい、私はその衣装を見事に着こなした者を今まで見た事がありませんでした。完璧で御座いますドゥルガー様。その姿を目にした者は立ち所に貴方の前にひれ伏す事でしょう」


「そ、そうかっ!? あ、いやっ、これも計画の内だからな、うむ」


 試験薬の効果が切れ、自身の変身ぶりに満足したドゥルガーはにやけ顏を押し殺しながら部屋から出ようとする。


「あ、ドゥルガー様! ドゥルガー様 !一寸お待ちを!!」


 ”まずい、気疲れたか!?”恐る恐る踵を返すと、解析主任は片手に黒の日傘を持って微笑んでいた。


「ドゥルガー様、大事なアイテムをお忘れですよ?」


「あ、ありがとう、気遣い感謝する」


 慌てて日傘を受け取ると、ドゥルガーは足早に部屋を飛び出した。


「ふう、暴露たかと思ったよー。危ない危ない」


  人間界の服装を身に付け、嬉しそうに歩いているドゥルガーを遠くで見掛けた男が呟く。


「あれはドゥルガー……か? 気のせいか服が何処か違っていた様に見えたが?」


 両耳に付けた魔石が怪しい光を放った。


 自室に戻って来たドゥルガーは自身の作戦成功の喜びをベッドへのダイブで表現した。


「ドゥルガー、これでリュウノケに堂々と会いにいけるよ! 楽しみだなあ、早く明日にならないかなあ」


 念の為、ドゥルガーは用意した物を入念に隠し、寝床に潜り込んだ。


「リュウノケ、待ってろ。このドゥルガーがもうすぐ会いに行くぞ……」


「ぶるるっ!」


 背筋に悪寒を感じた竜之介は突然身震いを起こした。


「今度は何だ? 風邪か?」


 天竜が面倒臭さそうな顔をする。


「い、いや今度は何だか嫌な予感がして少し寒気を感じました」


 頭を掻きながら竜之介は苦笑した。


「おいおい、明日は滝行で精神修行だぞ? 本当に大丈夫か?」


「はい、全然大丈夫です! 任せてくださいっ!」


 明日、自分の身に大変な出来事が起きる等とは露知らず、竜之介は自信満々に返事をするのであった。


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