■風間竜之介VS北条政司
「くそっ! わしは一体どうすりゃええんじゃ!!」
竜之介が窮地に立たされたまま無情にも試合が始まり、元治は焦りの色を見せた。
「と、とにかくこの事を何とかして竜やんに知らせないと!!」
座り込んだまま、腕組みをして元治は何やら考え込んでいたが、やがて徐に水晶を握ると精霊を召還した。
「すまん! 緊急事態じゃ、出てこい薄羽!!」
元治の前に冷気を伴いながら瓶底眼鏡を掛けた精霊が現れた。肩まで伸びた流れるような黒髪は丁寧に三つ編みにされている。
*元治、何事です? 気のせいでしょうか、ここは戦場では無い気がするのですが?*
「薄羽!! 近いっ!! 近いって!!」
薄羽は元治の顔まで接近し、眼鏡の淵に手を当てて凝視する。
*失礼、薄羽はどうも目が悪くて……で、御用件はなんでしょう?*
「そうじゃ!! 薄羽、お前に頼みがある!!」
用件を聞いた薄羽は元治の言葉に頷き、水晶の中に戻っていく。暫くして元治は再び薄羽を呼び出した。
「どうじゃ? ちゃんと会って伝えたか?」
*はい。三人共かなりご立腹されておりました*
「よっしゃ、薄羽もうひとつ頼みがあるんじゃ、急いでこの事を竜やんに知らせに行ってくれ。出来るじゃろ?」
*竜やん? ああ……噂のあの方ですか*
「噂?」
*はい。竜之介さんは女殺しで大層名が広まっていますよ?*
「ぶっ!!」
薄羽の言葉に元治は思わず吹き出した。
*では、早速行ってきます*
直ぐに薄羽は目の前の壁に頭をぶつける。
*痛い……*
そのまま薄羽はその痛々しい失敗を何度も繰り返しながら試合会場の方へと消えていった。
「…………」
「おっと、こうしちゃおれん!! わしもあいつらを追わないと!!」
急いで元治は出口の方へと駆け出していった。
試合会場では割れんばかりの歓声が上がっていた。丸腰の竜之介を前にして北条は精霊を召還する。
「出ておいで、僕の可愛いマリー!」
北条の前に西洋人形を思わせる美しい精霊が現れた。透き通る様な白い肌に青で統一された服装は丈の長いスカートの縁や胸元の白いフリルが印象的であった。
また、眩しいほど栗色に光る綺麗な髪をマリーは大きめな青いリボンで結び、更に自身の美しさを際立たせていた。
「ああ……美しい、美しいよ、僕のマリー!! さぁ、共に悪と戦おう!!」
*はい、北条様、仰せのままに……*
体を小刻みに震わせ悦に浸った北条は高々と回天を掲げる。静かにマリーがリンクをすると回天のガードに4個の刻印が表れた。
「じゃあ風間君、早々に茶番劇を終わらせようか」
鎧のバイザーを閉めた北条は細く鋭い剣先を竜之介に向けた。
――どうする!?
考えろ!! 考えろ!! 考えろっ!!今この最悪な状況を打破する方法を弾き出せ!! 俺はこいつだけには絶対に負けたくないっ!! 歯軋りをしながら竜之介は後方に大きく身を引いた。
北条が構えを維持しながら前に出た瞬間、上空から薄羽がよろよろしながら竜之介に近付いてきた。
*女殺しのりゅうのすけさあーん!!*
「な、何だあっ!?」
その光景に観衆も騒然とした。だが一番驚いたのは竜之介本人だった。薄羽と竜之介の顔の距離は殆ど無く、あわや互いの口と口とが合わさりそうになった。
「ち、近い、近いいいっ!!」
一瞬にして緊張感が吹き飛んだ竜之介は顔を真っ赤にして後退った。突如現れた薄羽の一言に二階席で見ていた隊長達が過敏に反応した。
「女殺し……竜之介はいつからそんな男になったのにゃ」
「女殺し……私なんだかだんだん腹が立ってきました」
「女殺し……ふふ、一体竜之介は何人殺したのかさね」
「女殺し……ま、まぁ、竜之介が何人殺そうが、わ、私には、ぜ、全然関係なくってよ!!」
「女殺し……竜之介、後できっちり説明を聞く」
隊長の様々な思惑の中、音々だけは精霊の介入で試合が中止する事を期待し固唾を呑んで見守っていた。
目の前で何やら見えにくそうにしている薄羽を見て竜之介は動揺する。
「き、君は誰の精霊なんだい?」
*初めまして、女殺しの竜之介さん、私は薄羽と申します。ちなみに薄羽の主は元治です*
「薄羽……元治の精霊なのかあ。って、最初の女殺しってのはお願いだから外してくれよ!!」
慌てふためいた竜之介の姿を見て薄羽の瓶底眼鏡が怪しく光った。
*そうそう、のんびりしてはいけなかった。元治からの伝言を伝えます*
竜之介の鍔は北条の策略によって持ち去られた事、それを今天竜と黒丸が追っている事を伝えた。
*それで、”必ず取り返すからそれまで生き延びろ”との事です*
真実を知った竜之介は怒り心頭に発した。
「くっ……そおおおおおおおっ!!」
*あとは、黒子さんとハルさんを召還してください。伝言は以上です*
*では、薄羽はこれにて。ごきげんよう竜之介さん*
竜之介の隣にある岩に挨拶を済ませた薄羽は来た方向の反対に行ってしまった。
「北条の奴め、鍔が戻ってきたら1000倍返しだっ!!」
怒りを露にしながら竜之介は黒子とハルを召還する。既に薄羽から話を聞いていた二人は物凄い勢いで飛び出して来た。
*まいダーリン、生きてるか?!*
*竜之介無事かっ!*
「すまない2人共、かなり厳しい状況だけど俺に力を貸してくれ!!」
*任せろ。ダーリンは私が必ず守る*
*竜之介、案ずるな。鍔が戻ってくるまでわしが持ちこたえてやるわっ!!*
「全く……誰の差し金か分からないが、余計な事をしてくれたものだよ」
いつの間にか竜之介との距離を詰めた北条が怪訝そうにいった。
「北条!! お前よくもやってくれたなあっ!!」
竜之介の言葉で全てを察した北条は表情を一変させた。
「……ふーん、どうやら種明かしもされてしまったみたいだね……だけど」
「死人になってしまえば口は自然と無くなるからねええっ!!」
「……っ!!」
回天を中段に構えた北条が竜之介の懐へと踏み込んで来た。
*させるか!!*
*竜之介に手は出させぬ!!*
黒子とハルが自身の力で闇と風の防御壁を張った。
「馬鹿だね……、僕の狙いは最初から君達だよ」
**!!!!**
「回天……蜂蓮撃っ!!」
息をもつかせぬ速さで北条が突きを繰り出した時、同時に鋭い氷針が二人を襲った。
**きゃああああああっ!!!!**
無数の氷針が無残にも二人の肩と足に突き刺さる。
「風間くうんっ!! 知ってたかあい? 精霊に直接ダメージを与えて倒した場合、人間と同じで消えて死んじゃうって事をさああぁっ!! 僕は今までそうやって気に入らない奴の精霊達を尽く葬って来たんだよ!!」
「黒子っ!! ハルっ!!」
傷つきながら、倒れ行く二人に向かって竜之介は必死に手を伸ばして叫んだ。
棋将部隊の拠点から数キロメートル離れた人気の無い場所で男達は馬を止め降りる。近くでは何事も無かったかの様に川の流れる音が心地よい白波とリズムを立てていた。
「よし。この辺でいいだろう、袋を渡せ」
一人の男が鍔が入った袋をもう一人の男に投げ渡す。
「火虎……獄龍……そして風神……どれもこれも業物だな」
「俺にちょっと貸してみろよ!」
もう一人の男が火虎の鍔を握り締め抜刀するも当然何も起きない。他の鍔でも試すが結果は同じだった。結局、そこに居合わせた男達の誰もが抜刀出来なかった。
「業物も抜刀出来なければただのごみってね……」
男はつまらなそうに鍔を袋に入れ、前方の川を見据えた。
「さて、仕事を済ませて戻るか……」
その袋を川に向けて大きく振りかぶり投げ捨てようとした時、上空から何かが空気を切り裂きながら急降下してくる音が聞こえてきた。
「な、何だ!?」
「天誅ううううううっ!!」
一人の男が空から落ちてきた丸い物体に吹き飛ばされ、手に持っていた袋が宙に舞った時、一羽のカラスがそれを口に咥えて高く上昇した。
「黒丸っ!! それを持って竜之介の元へ急げっ!!」
勢いを殺さぬまま黒丸は華麗に旋回すると、拠点の方に向かって猛スピードで飛んで行った。
「くそっ!! 一体何が起きた!?」
動揺しながら辺りを見回している男達の前に天竜が姿を現し仁王立で睨みつけた。
「さて……お前ら、覚悟は出来ているのだろうな?」
殺気だった天竜の針が熱り立つように鋭く立ち、悍ましい光を放った。
試合は北条の思惑通り一方的な展開になっていた。武器を通さない黒子とハルの力は低下し、北条に有効なダメージを与えるまでには至らなかった。
「ほら、さっきの威勢はどこにいったんだい? 早く僕に攻撃してきなよ?」
自分への攻撃が叶わないと知りながら北条は竜之介を挑発する。
「どうした? 来ないのかい? それなら僕から行こうか!!」
北条の攻撃は竜之介を避け、的確に黒子とハルだけを狙い、二人共北条に相当のダメージを負わされていた。
*はぁはぁ……獄龍があれば、あんなダサい格好した奴なんか直ぐに闇に葬り去るのに!!*
*つ、鍔はまだ来ぬかっ……!! このままでは!! ぜいっ、ぜいっ!!*
「はぁ? 君達何を期待しているんだい? 鍔なんかここへ届く訳がないじゃないか!!」
呆れた表情をしながら北条が叫ぶ。
「だってさぁ、君の鍔は今頃、川の底に沈んでしまっているだろうからねえっ!!」
「全てを君から奪ってやるよ!! そこの精霊達も、音々もなあああっ!!」
「回天蜂蓮撃いいっ!!」
完全に精霊を仕留めた!!北条はその手応えを感じ口元を歪めた。
「がふっ……!!」
二人の前に両手を広げ立ちふさがった竜之介が自身の体で北条の攻撃を食い止めた。その意外な結果に北条は苛立ちながら舌打ちをした。
「何勝手な事をやってくれてるんだい? 僕は今、君の大事な精霊達を殺そうとしている最中なんだよ? 邪魔をしないでくれないか?」
甲冑と自身の体に鋭い氷針を何本も受けながら、竜之介は気丈に振舞う。
「はあっ、はあっ、……金組のと成が聞いて呆れる。まさかこんな腐った野郎だったなんてな。」
「何だって? 幻聴かな? よく聞こえなかったんだけど?」
「己の利益に目が眩み、それを達成するためには手段を選ばない、やり方が屑なんだよ、お前は所詮騎士でも何でも無い……さしずめ騎士道を忘れた腐れ外道だな、はぁっ、はぁっ!!」
「お、お前っ!!」
怒り狂った北条が剣先の標的を竜之介に変更した。
「いいだろう!! お望み通りお前を先に殺してやるよっ!!」
「回天蜂蓮撃いいいいっ!!」
「がはあっ!!」
容赦ない氷針が不気味な音を立てながら竜之介の体に次から次へと突き刺さった。
「どうだっ!! 痛いかっ!? 苦しいかっ!? 僕に泣きながら許しを請えば、情けを掛けてやらんでもないっ!!」
――ふざけんな。
なんで俺がお前みたいな下衆に許しを請わなければならない? ああ……何か怒りを超えて鬱陶しくなってきた。こいつはまるで残飯に集る蝿みたいな奴だな。本当に鬱陶しい。こんな時はどうすれば良かったかな? ああ、そうか……。
――殺してしまえ。
沈黙したまま自身に刺さった氷針を竜之介は無造作に抜き取りながら陽炎の様に立ち上がる。抜き取られた穴からは一斉に血が噴水の様に噴出した。
致命的なダメージを負っているにも関わらず、不死鳥の如く起き上がってくる竜之介を見た北条に死の恐怖が襲い掛かかった。
「な……何でその傷で立ち上がれるんだ? 何で武装解除されない……!?」
やがて竜之介の傷口は徐々に塞がり、水道の蛇口を閉めるかの様に噴き出していた血がぴたりと止まった。竜之介のあり得ない回復力に北条は驚愕して後退る。
「お、お前は……普通じゃないいっ!!」
――普通じゃない。
この湧き上がる感覚はなんだ? 俺が人とは思えないようなこの冷め切った感覚。どこまでも広がる殺意の草原に散らばる人の死骸。その中で俺は一人孤独に立ち尽くす。
超えてはいけない領域に竜之介が足を踏み入れようとした時、鈍い金属音を立てて頭の上に袋が直撃した。
「痛ああっ!!」
地面に落ちた袋を拾って中を覗くと、そこに3枚の鍔が入っていた。思わず竜之介が空を仰ぎ見た時、黒く横に広げられた大きな翼は太陽と重なっていた。
「く、黒丸!!」
竜之介の頭上を2、3回旋回した黒丸は”そいつを倒せ!!”という感じで鳴いた後、姫野の方へと飛んでいく。
「黒丸、ありがとう!!」
火虎の鍔を握り締めた竜之介は傷ついた黒子とハルを治癒させる為水晶へ戻るようにと促す。
「黒子、ハル、良く耐えてくれたね!! もう大丈夫だ!!」
*ここからはダーリンのターン。でも手伝えないのがとても口惜しい*
*流石のわしも疲れた……後は火目子に全て任せた*
ふらふら状態で二人は水晶へと戻っていった。それを見届けた竜之介は静かに微笑んで呼吸を整えた。
「抜刀……火虎」
赤い光を放ちながら鍔から火虎が姿を現す。ここにある筈の無い鍔を目にした北条は愕然として叫ぶ。
「そんな馬鹿なっ!! 何故鍔が舞い戻って来たんだっ!? 今頃は川底に沈んでいるものと思っていたのにっ!!」
火虎を手にした竜之介が北条を睨み付ける。
「分からないか? そうだろうな、お前には頼れる仲間がいない!! だけど俺には沢山の仲間達が俺を支えてくれている!!」
「な、仲間だと……?」
「そのお陰で俺は鍔をこの手に取り戻す事が出来た! 北条、今までの礼を1000倍にして返してやるっ、覚悟しろっ!!」
ゆっくりと竜之介は水晶に左手を添える。
「出て来い……火目子!!」
怒りに満ちた炎を吹き上がらせながら火目子が現れた。
*マスター……私はこの卑怯者を絶対に許す事は出来ません!*
何時に無く真剣な顔をした火目子が火虎にリンクすると怒りが爆発するかの様に5個の刻印が表れた。
「ひいっ……!!」
そこから逃げる様に北条はじりじりと後退する。
「ま、待ってくれ!! ぼ、僕が悪かったあっ!!」
許しを請う北条の視線の先に見えたものは、竜之介の無慈悲な顔であった。
「う、うわわわああっ!!! 回天蜂蓮、蓮、蓮っ!!」
追い込まれた北条は回天を振り翳しながら竜之介に向かって突っ込んで来る。
「この金メッキ野郎が……っ!!」
怒りの言葉を吐いた竜之介が腰を落とし、両足を広げてゆっくりと円を描き始めた。やがて熱を帯びた火虎が一気に燃え上がり炎を巻き込みながら炎陣を描きだした。
「火虎……炎陣!!」
一気に火虎を北条に向け振り切る。凄まじい威力を持った炎は立ち所に北条を飲みこんだ。
「うぎゃああっ!! あじぃいいいっ!!」
勝負は火虎の一振りで決した。その場で気絶し武装解除された北条の衣服は燻った煙がゆらぎ、自慢の金髪は焼け縮れてしまっていた。
試合終了のアナウンスが会場に流れた直後、3人を締め上げた天竜と元治が戻り、自白の内容から北条の不正が白日の下に晒されたのであった。
これにより北条は今日の試合から向こう一年間、下克上の資格を剥奪される事となった。
今まで罵声を浴びせられていた竜之介は逆に英雄扱いされ、気付けば拍手と歓声の渦中に立っていた。
満面の笑みで二階席の音々に向けて竜之介がVサインをして見せると音々は青い瞳に泪を溜めて何度も頷いた。その様子を見ていた隊長達が深い溜息を付きながら音々に言葉を掛ける。
「音々、そろそろちゃんと話すにゃ」
「そうさね、うちらは皆仲間さね。音々も大切な仲間の一人さね」
「そうですよ。竜之介さんが変な行動に出る時は必ず何らかの訳がある事を皆分っているのですから」
「音々……隠し事は……水臭過ぎる」
――私は大切な仲間の一人。
ああ……、私は今まで何と心が荒んでいたのだろう。こんなにも私の事を想ってくれる人達が身近にいる。それなのに私は自由の利かないこの体に嫌悪し仲間達に嫉妬して、大切な事を見失っていた。
私は一人で生きていかないといけないと決め付けていた。でもその考えを正してくれたのはすぐそこで眩しいくらい笑っている竜之介だ。
今まで背負っていたものが急に軽くなった今、私は皆が言ってくれている事が本物だと信じられる。
――信じよう仲間を。
――足を力強く前に踏み出して。
音々は唇を震わせながら、姫野の胸に飛び込む。その周りを隊長達が優しく包みこんだ。
一方、竜之介に敗北した北条はぼろ雑巾の様な姿で試合会場を後にする。
「くそ! この僕がこんな屈辱的な目に会うとは!!」
怒りを辺りに撒き散らしていた北条はふと足を止めてほくそ笑む。
「……まぁ、いい。どうせ直ぐにと成に返り咲いてやるさ。どんな手を使ってでもね。」
人気の無い所で北条が強かに呟いた時、聞きなれない口調で喋る一人の男が口を挟む。壁にもたれ掛かったその男の横には瓶底眼鏡を掛けた精霊が居た。
「竜やんに敗北してもまだ、その腐った性根を直す気は更更ないみたいじゃのう……?」
「な、何だ!? 誰だお前は!!」
元治の隣に居る精霊を見た北条がはっと何かを思い出した表情をした。
「そこの巫女精霊に僕は見覚えがあるっ!! お前が俺の計画を阻んだ張本人だったのか!! くそっ、そのせいで俺はこんな酷い目にあったんだ!! 許さないっ!!」
怒りを露にした北条が再び抜刀し、マリーを呼び出す。
「この借りはきっちり返させて貰う……。お前の横に居る鈍臭そうな精霊の命と引き換えにねえっ!!」
「そうかい……。薄羽、ええぞ。眼鏡を取れ。」
元治の声にぴくっと反応した薄羽がゆっくりと眼鏡に手を掛けて外した。
刹那、
薄羽は巫女服から漆黒の衣装を全身に纏った姿に変わっていく。三つ編みにして丁寧にまとめてあった黒髪は全て開放され、殺気立ったかのように蠢く。
微かに見えるその瞳はぎらぎらと光を放ち、冷酷に微笑んでいる様にも見えた。その悍ましい姿を見た北条が慌ててマリーを水晶に戻そうとする。
「し、漆黒の精霊……アサシンっ!!」
「北条政司……お前はわしが大事にしている物を壊そうとした……このままお前を自由にさせる訳にはいかんのじゃ。」
悲鳴にも似た声を北条が上げた時、薄羽は既にマリーの背後に回り込み、紫の毒々しい光を放つ短剣を背中にあてていた。
「ま、待ってくれ!! 僕の、僕の愛しいマリーをどうか、どうかっ、殺さないでくれえええっ!!」
泣き喚く北条を前にして元治は冷ややかな表情を見せた。
「それをお前は悔い改めもせず、今まで平気な面をしてやってきたんじゃろうが……腐れ外道に掛ける情けなんかわしは持ち合わせてないわい。お前はここで終わりじゃ。」
「……殺れ、薄羽」
何の躊躇いも無く薄羽は短剣をマリーの背中に突き刺す。マリーは断末魔の声を上げながら断片的に消滅していく。
「うわあああ!! マリーいいっ!! 僕の、僕の大事なマリーがあああっ!!」
座り込んだ北条が狂った様にマリーの消え行く断片を必死に両手で掻き集める。泣き叫びながら腕を無駄に動かす北条の首に元治の抜刀した空蝉が無情に振り上げられ、薄羽が静かにリンクした。
「空蝉……残首……」
目にも留まらぬ早さで元治は空蝉を垂直に振り切った。
「――!!」
首を押さえた北条が、朦朧とした顔付きでその場に倒れ込む。
「あは……あははは……マリー、僕の可愛いマリーが消えて無くなっちゃったあ!! あははははっ!!」
「もうお前は二度と剣が握れん……それはお前が選んだ運命じゃ。」
踵を返し再び瓶底眼鏡を掛け巫女服に戻った薄羽と共にその場から立ち去る。
*元治、分っているとは思うけど、この後で三つ編みに直すのは凄く大変なんですからね!!*
不満気な顔をしながら薄羽が元治の顔を覗き込んだ。
「分っとるけどしょうがなかろうが、そういう風に変わるんじゃけえ……」
*それと、さっき薄羽がマリーさんを殺した様な感じになってしまってますが、あれはあくまでも”能力者との契約を白紙に戻す”だけなんですからねっ!! 何なのですか、あの流れは!!*
「がたがた煩いのう……何でも雰囲気が大事じゃろうが。それに大切な精霊を失う者の気持ちを本当に理解する為には、ああするのが一番なんじゃ。」
元治の言った言葉に薄羽は過敏に反応した。その場で止まって薄羽は顔を赤くしながら下に俯く。
*そ、そうなんですか……で、あの、元治は薄羽の事を、その、大切に思ってくれているの……*
*……って、もう居ないしっ!!*
思い切って薄羽が顔を上げた時、元治は既に遠くの方を歩いていた。
*このっ、待たんかあああ!!*
彼方此方に体当たりをしながら薄羽は慌てて元治の背中を追っていくのであった。




