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■悪魔のシナリオ

 竜之介達は試合会場に設置されている控え室で待機中であった。


 控え室のテーブルの上にはもうすぐ繰り広げられるであろう激闘を前にして全く緊張感を感じさせない十洞饅頭とお茶が鎮座していた。


「北条政司は氷属性か……それならば」


 宗政の鍔を手に取った竜之介は自信溢れた顔付きで、天竜にぐっと突き出した。


「あんなふざけた輩は宗政さんの火虎で、火達磨にしてやる!」


「お前はまだそんな事を……、何度も言うが、奴は金組のと成だ。気を抜くなよ?」


 饅頭を口に頬張りながら、天竜は竜之介を戒める。


「師匠、俺は今ままで色んなと成の人達と戦ってきましたが、何故か今回は負ける気がしないんです!」


 強気な発言を重ねていた竜之介が突然身震いを起こした。


「如何した竜之介?武者震いか?」


 そわそわと落ち着きが無い様子を感じ取った天竜が不安そうに顏を顰めた。


「い、いや、ちょおっとお茶を飲み過ぎたかな? どうやら自然が俺を呼んでいるみたいです」


 苦笑する竜之介に天竜はがっくりと頭を項垂れた。


「はぁ、情けない。さっさと行って来い!」


「はい!直ぐ戻って来ます。っと、その前にこれを外さないと用が足せないっと!」


 慌てて竜之介は戦具ベルトを外し、テーブルの上に置いた。


「では!」


 股間を押さえながら竜之介は足早に部屋を出て行った。


 それから幾らも経たない内に、足音が控え室に近づいて来た。


「なんだ? 竜之介、お前まさかとは思うが間に合わなかったなどと言うのでは……」


 失笑しながら入口の方を見た時、見知らぬ男が三人、辺りを警戒しながら中に入って来た。


 嫌な予感がした天竜は直ぐ様安全な場所に身を隠す。


「おい! 早くしろ! もうすぐ風間が戻って来るぞ!!」


「あった! 戦具ベルトだ……鍔も三枚あるぜ!」


「よし、鍔を抜き取ったら直ぐにずらかるぞ!!」


「回収完了だ、北条さんに報告するぞ!」


 男達が足早に部屋を出て行く。無論天竜もその様子を指を咥えて黙って見ていた訳では無い。


「ちっ、北条の奴めふざけた真似を! 棋将武隊の風上にもおけないな!!」


怒りの言葉を吐きながら、天竜は男達の背中を追う。


 だが、その差が徐々に開き始めた。


「くそ! 足のリーチが仇になったかっ!」


 必死で追うも、その背中は見る見る内に小さくなってしまった。


 知らない内に天竜は大きなミスを犯していた。本来の四足走行をしていれば或いは追い付いたかも知れない。だが天竜は前世が人間だったが故に自然と二足走行をしていたのだった。


「くそー! 待てっ、待たんかあっ!!」


 その異様な走りをたまたま見た者が目を丸くして、その場に立ち尽くしていた。


 用を足し終えた竜之介がすっきりした顏をして控え室に戻って来る。


「あれ? 師匠は何処に行ったんだ? もうすぐ試合の時間だと言うのに?」


 戦具ベルトを腰に巻きながら辺りを見回したが天竜の姿は何処にも無かった。


 暫くすると竜之介を呼ぶアナウンスが聞こえてきた。


「いけない! 試合会場に急がないと!」


 息を弾ませて竜之介が試合会場に向かう中、北条は小型の通信機で会話をしていた。


「そうか、良くやってくれた。ん?ああ、鍔?そうだね……」


「もう不要だから、そこら辺の川にでも沈めちゃってくれ」


 通信を終えると北条は狂気の笑みを漏らす。風間竜之介、君は目障りだ、音々の病の事は遠の昔に知っていた。だからぼろ雑巾の様に使うだけ使って、役に立たなくなったらさっさと見限り、空きのある飛組の姫野に取り入る予定だった。


 だがそこに突然君が現れ、僕の場所を奪った。姫野も姫野だ、あんなへらへらした奴のどこが気にいったのか……僕には全く理解出来ない。


まあ良い。君は僕の書いたシナリオによってこれから最も屈辱な死を遂げるのだから。無気味な笑い声と鎧の音を立てながら北条は控え室から出て行った。


 そんな悪夢が自分の身に降り掛かっているとは露知らず、竜之介は試合場にのこのこと姿を現す。


 竜之介が飛組のと成を辞めた噂は既に広まっており、観衆からは身の程知らず、自意識過剰、終いには浮気者等の罵声を一斉に浴びせらせた。


「やはり、こうなるか……まあ、覚悟してた事だけどな」


 苦笑しながら竜之介頭を掻いた。冷たい視線の中、事情を知っている音々は心苦しそうに竜之介を見つめる。


 音々の視線に気付いた竜之介はその蟠りを振り払う様に音々を見て破顔した。


「君も馬鹿だねえ。飛組のと成で大人しくしておけば良いものを。その地位を全部捨てまで、わざわざ死に掛けの隊長を助けようとするなんてね」


 呆れた顏をしながら北条が竜之介に近付いて来た。


「俺はお前見たいな人の苦しみや痛みが分からない奴が大嫌いなんだ。今から全力でぶっ飛ばしてやるから覚悟しろっ!」


 意気込みながら竜之介は叫んだ。


「ふん……偽善者が。やれるものならやって見るがいい、できるものならね」


 互いが睨み合い対峙した時、試合の準備を促すアナウンスが流れた。竜之介は火虎の鍔を取り出そうとして戦具ポケットに手を突っ込む。


「あ、あれ?」


 竜之介の右手の指は戦具ポケットの中で虚しく交差し、空を切った。途端に竜之介の血の気がすーっと引いた。


 竜之介が戦具ポケットの中を必死になって弄る様を見て北条は口元を歪めた。


「おやおや? どうしたんだい、風間君? 早く自慢の鍔を出さないと試合が始まってしまうよ?」


「くそっ!! 確かに鍔を入れたのを確認した筈なのにっ!!」


 戦具ベルトを外してひっくり返しながら竜之介は上下に揺さぶる。だか鍔は都合良く落ちてはこなかった。


 竜之介の奇妙な動作を見て観衆が騒然とし始めた。


「何だ? 竜之介にトラブルか?」


「どうした? 早く試合を始めろよ!! 日が暮れちまうぞ!」


 二階席で見ていた隊長の面々も互いに不安の声を漏らし始める。


「竜之介、どうしちゃったにゃ? 何か様子が変にゃあ?」


「あの慌て振りからして、鍔を忘れてしまったんじゃないかさね?」


「忘れたって……それは大変な事ではないですか!!」


「…………竜之介!!」 


 今この場で竜之介を擁護する者など殆どいなかった。次々に非難の矢が竜之介に放たれる。その矢は全て自分のせいだと痛感している音々は悲痛な想いで竜之介を見る。その様を見た北条は満足そうな笑みを浮かべた。


ー狙い通り。


 風間竜之介、君は僕の策略にまんまと嵌ったのだ。間抜けな奴め。君の鍔は今頃……。


 自身の武器、回天を抜刀しながら北条は愉快気に笑った。


その鍔を奪還する為、天竜は必死で男達を追っていた。野生の本能なのか何時しか天竜は理想的な四足走行をしていた。


「もう少しで追いつく!!」


そう思った矢先、男達は馬型を取り出して、馬にまたがり始めた。


「い、いかんっ!」


馬が嘲笑うかの様にそこから駆け出していく。万事休す! そう思った時、空中から眼帯をした一羽のカラスが天竜の前に舞い降りた。


「あれ? 天竜の兄貴、こんな所で何やってるんですかい? 早く試合会場に行かないと竜之介の試合が始まっちまいますぜ?」


渡りに船! 天竜は黒丸に叫ぶ。


「黒丸、お前俺を乗せて今馬に乗って逃げた奴を追ってくれ!!」


 天竜の慌てる様を見て黒丸は竜之介に何かが起こっている事を直ぐに察した。


「お安い御用でさあ!!」


黒丸は黒く艶のある翼を大きく広げた。その背中に天竜はよじ登る。


「兄貴、飛ばしやすぜ? 振り落とされない様、しっかり掴まってててくだせえ!」


「心得た! 頼むぞ黒丸っ!」


黒丸が空を仰いで翼に力を送り込もうとした時、天竜が良く知っている男が視界に飛び込んできた。


「そんな所で二匹つるんで何遊んどるんじゃ? 相変わらず仲がええのう」


特徴のある口調で天竜達に話し掛けると、元治は破顔した。


「おお!! お前は元治!! 頼む、この試合を止めてくれ!! 今の竜之介は丸腰も同然だ!!」


「な、なんじゃと!?」


竜之介の鍔が北条の策略によって奪われた迄を元治に伝えた天竜は直ぐ様黒丸と共に上空へと飛び立った。


「まずい! 竜やんが大ピンチじゃ!!」


ピンチに立たされた竜之介は、自分の驕りが原因で鍔を失った事を悔やんでいた。


場内が騒然とする中、試合を行うかどうかの審議が始まる。


「風間君、今の君は丸腰も同然。もはや僕達の戦いに何の意味も無い。素直に負けを認めてくれないかい? 僕もまさか風間君が『魂』でもある鍔を忘れてくるなんて思っても見なかったよ」


態とらしく北条は笑った後、竜之介を鋭い目で睨んだ。


「それとも何かい? まさか武装だけで僕とやり合うつもりかい? 君もそこまで馬鹿ではないよね?」


「まあ、僕も君と闘え無いのは非常に残念だけど、今回は運が無かったと思って諦めてくれ」


何かの台本を読む様に北条は台詞を次から次へと吐く。その態度に竜之介は拳を握り締め肩を震わせた。


「じゃあ、まあ、そう言う事で。ご苦労だったね、偽善者君」


擦れ違い様に北条は竜之介の肩をぽんと軽く叩いて、立ち去ろうとする。


「待て……北条」


呼び止められた北条は竜之介を背に足をぴたりと止めた。


「……まだ僕に何か用かな? 風間君」


「誰が試合を棄権すると言った? 予定通り俺と勝負しろ、北条!!」


竜之介の意志を聞いた北条は口元を歪めほくそ笑む。


ーそうだよ、それでいい。


君は必ずそう言うと思っていた。知ってるかい? 君は知らず知らずの間に僕の書いたシナリオの文字の上で踊らされているんだよ……? 北条は竜之介の言葉に続く文章を口に出す。


「な、何だって!? 君はそんな状態で僕に挑むと言うのかい!?」


「ああ……。やってやるっ!!」


「か、風間君、君はなんて傲慢で自信過剰でどこまでも自惚れ屋なんだっ!!」


両手を大きく広げ北条は観衆に向かって叫ぶ。


「ここに居るみんな!! しかと聞いたかい!? 風間君は丸腰で僕と闘うと宣言した!! そこまで言われてしまっては僕も引くに引けなくなってしまったよ!!」


北条の言葉に賛同する声が飛び交い、鳴り止まない声援に北条は手を上げて止める。


ゆっくりと北条は竜之介の方を見据えた。


「それじゃあ……風間君、君にはしっかりと悪役を演じて貰って、英雄の僕を引き立てて貰おうか? フフフフ」


北条が再び竜之介と対峙した時、試合開始のアナウンスが場内に響き渡った。


「試合続行じゃと!? 阿保か、ええ加減にせいよ? この試合は北条が仕組んだ罠じゃとさっきから言っとるじゃろうがっ!!」


「毛利殿、申し訳ありませんが理由がどうあれ、一度決定した事を変える事は出来ません」


本部に事実を伝え、元治はなんとかして試合を止めようとしたが、取り合ってはくれなかった。


「それに、この試合続行を決定付けたのは風間殿本人のご意志ですから」


「な、何じゃとおおっ?!」


「竜やん、お前はほんまに何を考えとるんじゃああ……っ!!」


 頭を抱えた元治はその場にしゃがみ込むのであった。


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