■青く深き瞳
昇り始めた朝日が十洞山の姿をうっすらと型取り始めていた頃、竜之介達は修行を行う為、修行場所へと向かっていた。
「は? 竜之介、今何て言った?」
天竜が訝しそうな表情をして竜之介を見る。
「いや、ですから昨日の事ですよ。俺が竜馬の弦真さんと戦ったという話です」
「で、お前が勝っただと? 朝早くからの冗談は頂けないな」
竜之介の話に全く聞く耳を天竜は持たない。それもその筈、竜王は最も王将に近い存在であり、それを倒すという事は前代未聞の出来事だったからだ。
竜之介はその戦いの一部始終を事細かく天竜に話す。その内容を聞いて流石の天竜も目を丸くした。
「むぅ……それが事実なら……」
腕を組んで天竜は悩み始める。竜之介の飛躍的な伸びの原因はやはり、長信と宗政の影響によるものなのか? もしくはチェスの血の影響か、何れにせよ今後の展開によって竜之介が仏にも鬼にも化ける。そう危惧していた。
「このまま行くと俺、あっという間に金、角組のと成も倒してしまうかも知れませんよ!!」
拳を握り鼻息を荒くする竜之介を見て天竜の両目が光った。
「馬鹿者! 弦真は己の精神に隙があったから全力が出せずにお前に敗北しただけの事! お前は運良く勝てただけだ、慢心するでない!」
「あだああっ!」
針をピンと立たせた天竜は竜之介の顎に一撃を食らわせた。
「あう……すみません……」
赤く腫れた顎を竜之介が摩っていた時、射的場から銃声が鳴り響く音が聞こえて来た。
「誰だろう? こんなに朝早く?」
銃声のする方向に竜之介は思わず足を向けた。窓越から覗いてみるとそこで音々が射撃の練習をしている。
的を真剣に見つめている音々の青い瞳は凛々しく、金色に光る髪は美しかった。
「……そこに誰かいるなりか?」
青い瞳は覗き見している竜之介に的を変えたが、その姿を視界に捉えると意外な顔をした後、破顔した。
「おやおや? これはこれは竜之介ではないなりか。さては私に会いに来てれたなりか?」
重そうなライフルを肩に軽々と担いで、嬉しそうに竜之介の元へ歩みよって来る。
「あ、すみません! 練習の邪魔をしてしまって」
「全然。そんな事よりもここへ来てくれた事が嬉しいなり……」
急に音々がライフルを地に下ろし、ふらついた。
「音々さん!」
慌てて射的場に入り、音々を助け起こす。苦しそうな息遣いが竜之介の耳に聞こえて来た。
「大丈夫ですか?」
傍にあった腰掛に音々をゆっくりと座らせ、心配そうな顔をした。
「あはは……。ちょっと集中し過ぎたみたいなり、失敗失敗」
苦笑し、気丈に振舞う音々だったが、胸に手を当てた音々の右腕が赤く変色しているのを見た天竜は顔を曇らせた。
「女、お前もしかして……」
天竜が言葉を続けようとした時、険しい表情をした音々の銃口が鈍い光を放ち、目の前に突きつけられた。
「天竜殿、滅多な事は口にしないほうが良いなり……よ?」
「――!!」
ゆっくりと音々は引き金に手を掛けた。この先を俺が喋った途端、この女は本気で俺を撃つに違いない。それほどこの女には何か理由があるのだ、すぐに察した天竜は口を濁した。
*音々、無理をしては駄目ですよ*
おっとりとした口調でアイリスがライフルから姿を現した途端、竜之介の周りの温度が冷気で少し下がった。
「ああ、アイリスもう大丈夫。少し疲れただけなりよ」
落ち着きを取り戻した音々がアイリスの頭を撫でる、アイリスは気持ち良さそうに目を瞑った。その和やかな様子を見た竜之介も安堵の溜息を吐いた。
*竜之介さん、おはようございます*
腰まで伸びる綺麗な銀髪をさらりと揺らしながらアイリスは微笑んだ。
「ああ、おはようアイリス。相変わらず綺麗な銀髪だね」
*まぁ、竜之介さん。私にまでお世辞を言われるなんて流石精霊界の噂の人ですね!*
少し顔を赤らめてアイリスは体を捩じらせた。
「ちょ、噂の人って?」
嫌な予感がした竜之介が恐る恐るアイリスを見た。
*はい、もう竜之介さんの女殺し振りはそれはもう有名な程……*
「ずがーん!!」
竜之介の引きつった顔を見て音々は思わず噴出した。
「いやいやいやっ! ま、待ってくれ! 俺はそんな男じゃあないから!!」
必死で弁解する竜之介を見てアイリスは悪戯っぽく笑った。
*あちらで、黒子さんや火目子さんが良く竜之介さんの自慢話をしています。何なら、彼女達の言葉を復唱しましょうか?*
「いっ、いや、復唱なんていいよ……っ!」
アイリスを竜之介は必死で制止しようとしたが、それは無駄な事だった。丁寧に仕草まで取り入れ真似を始める。
*ダーリン最強、戸惑う姿は涎物、お前ら手を出したら全員ぶっ殺す。*
「……黒子……相変わらずだな」
*私のマスターは最高です!! とくに微笑ましい笑顔がもうステキ過ぎますっ!*
「……火目子……いい娘だな」
*あとハルさんはそんな2人を遠巻きで見て微妙な顔をしていましたよ?*
「やめるなりよ、アイリス」
調子に乗っていた所を音々に釘を刺される。
アイリスは音々に竜之介との会話を止められ、少し残念そうな顔をして水晶に戻っていく……その際、気になる言葉を呟いた。
*音々、自分の体は大事にしないと……*
音々がキッとした顔で何かを言おうとした時、アイリスの姿はもう既に無かった。
「あの……お喋り娘め……!!」
怒りを露にしている音々を見て竜之介は何か腑に落ちない物を感じ、理由を聞いてみたが音々は何も答えない。そればかりか徐々に表情が険しくなる一方だった。
「でも、俺は音々さんの事が心配で……」
この一言が音々に止めを刺した。人は触れられたくない部分に土足で踏み込まれると例えそれがどんな親切心であっても当人にとっては苦痛となる。それは時に激しい憤りを無関係な人間に投げつける事となる。
それが今であった。
何不自由無く育って来たであろう竜之介と誰にも言えない過去を背負ってきた自分。目の前で心配そうな顔をしている竜之介を見ているだけでも吐き気を催す。私には手に入れたいものがある。それはお前ではない、それは……胸中で沸き返る腹立だしさと疎ましさが遂に音々の口を突き動かした。
「竜之介……竜之介にとってこの世で大事な物って何なりか?」
投げ捨てる様に言葉を吐く。
「えっ大事なものですか?」
腕を組みながらうーんという仕草を見せて必死に考える竜之介、やがて何かに辿り付きその言葉を口に出す。
「人と人との繋がり……とかですかね……」
人と人の繋がり? 音々は胸中で唾を吐き捨てながら結論付ける。やはりそうなのだ、竜之介と私は間逆な存在でしかない。私が竜之介を初めて見て近づいた理由はお前が持っている「力」が欲しいから。
竜之介は間違いなく入隊試験の時、才能が無かったのだ。それは自身の経験から一目見れば造作も無かった。だが、竜之介が再び舞い戻ってきた時、背後に別格の者を感じ、不覚にも私の心は乱されてしまった。
そして圧倒的な力を皆の前で見せ付けた。竜之介は剣豪と謳われた長信の獄龍を見事に使いこなしたのだ。私は魅了された。それは竜之介ではない、お前の持つ能力なのだ。それさえあれば私が本当に欲しい物が手に入るから、その想いが眉の歪みとなって現れた。
「竜之介……それは違うなり」
音々はどこを見ている訳でもなく、定まらない視線を竜之介に向ける。その瞳はあの透通る様な青さは消え、深海の様に深く暗い物に変化していた。
「竜之介、この世で大事な物は『お金』なり……」
音々が耳に付けている金貨のコインが価値観を示す音を鳴らす。
「お、お金……?」
予想だにしない回答を音々から聞いた竜之介は動揺を隠し切れなかった。音々が大事だと考えている物が金銭とは考えてもいなかったからだ。
「そう、お金なり。私には喉から手が出る程、手に入れたいものがあるなり」
「手に入れたい物って、それは何ですか?」
音々は黙ったまま、寂しそうに天井を見上げる。
「それは、とても高価で、今の私ではまず手に入らないなりね……もし、それが手に入ったならここを去って……と、何処か静かな所で幸せに暮らしたいなり」
音々は自分の言った言葉の中に「愛する人と」と言いたかったが言えなかった。そんな事が今の自分に許される筈も無い、そう、そんな時間はもはや自分には無いのだ。悔しさから一瞬だけぐっと下唇をかみ締めた。
「竜之介は……お金に何も感じないなりか?」
正直、竜之介はピンと来なかった。討伐数が上位に位置する竜之介は多額の報奨金で懐は十分潤っており、不自由などしていなかったからだ。
竜之介の表情を見た音々はその答えを悟って失笑した。
「そう、竜之介は幸せ者なりね」
その言葉が音々と竜之介を隔てる大きな壁となった。音々はそれだけ言って立ち去ろうとしたが暗然たる気持ちが自分をそこに踏み留ませた。何故?一刻も早く私はここから立ち去りたいのに、竜之介を見ていると心の奥底で手を上げて泣き叫ぶ自分が出てきてしまいそうだ、駄目だ、止まらない。小刻みに震えながら音々が重たい口を開く。
「私ね……昔、孤児だったなりよ。この国で誰とも知らない人から生まれ、捨てられ、拾われて育てられ……」
「……え!?」
今まで誰にも弱音を吐かなかった音々が心苦しそうに自分の過去について話し始めた。
「ねぇ……?知ってるなりか? 明日の食事もどうなるか分からない心境を?」
「ねぇ……?分かるなりか? 小さな女の娘が雨風を凌ぐ場所を捜し歩いて彷徨う気持ちが?」
「私は生きる為、唯一与えられた能力を自分で磨いてここに辿り着いたなり……」
「やっと、やっと自分の力で欲しい物に手が届きそうだったのに……それなのに……それが出来ないなんて! そんなの酷すぎるなりっ!!」
その声は重く、徐々に大きくなっていった。音々は蔑んだ瞳で竜之介を見て呟く。
「だから……私にとって君は、『大きな札束の固まり』にしか見えてないなり……」
「――!!」
何故!? 何故だ!? 何故言ってしまった!? 私はこんな事を竜之介に言うつもりなど毛頭なかったのに!! そもそも言ったからと言って何になる? 何にもならない、愚かだ私!! 怒涛に押し寄せてくる嫌悪感と吐き気に覆われた瞬間、音々は呪縛から開放されるかの様に腰掛けから立ち上がった。
「私、戻るなりっ!! ごほっ、ごほっ!!」
慌てて口元を押さえて音々が走り去る時、竜之介は音々の青く深い瞳から寂しく光る泪を見逃してはいなかった。
「音々さん……」
暫くそこから一歩も動く事が出来ず、竜之介はその場に立ち尽くしていた。
それから数日後、音々について情報を得る為、竜之介は火目子を自室に呼び出す事にした。何かを知っている天竜から介入しない方が良いと釘を刺されたが竜之介の考えは変わらなかった。
*マスター、お呼びですか?*
火目子は現れるや否や、いつもと違う雰囲気を感じて辺りをきょろきょろ見回し始める。やがて竜之介の寝室を確認するとぽっと顔を桜色に染めた。
*マ、マスター……ま、まさか私に会いたくて……お呼びに……? それはとても嬉しいです*
床でのの字を書き出す火目子を見て竜之介は困惑し、早く目的を伝えねばと口を開く。
「火目子、実は音々さんについてちょっと聞きたいんだけど……」
真面目な顔をしている竜之介を見て火目子の顔が急に曇った。
*マスター……もしかして「あの事」ですか?*
竜之介は火目子の口調に合わせた。
「そうそう。それについてもっと詳しく教えてくれないかな?」
火目子は口にするのを躊躇していたが、やがて大きな溜息を吐いてから竜之介を見た。
*マスター……これは他言無用でお願いします*
念を押した火目子は静かに話し始めた。
*音々さんはある大病を患っており、その病を治す為には極めて難しい手術が必要なのです*
「手術……!!」
*ですが、その手術に掛かる費用が途方も無い金額で、感単に出来るものではありません……*
「それって……いくらくらいするんだい?」
息を呑みながら、竜之介は金額を聞く。火目子からその額を聞いて思わず目の玉が飛び出しそうになった。
「た……高過ぎるっ!!」
*音々さんはそれを承知で少しでもチェスを倒そうと頑張っているのですが、その前に……ご自身の命の方が危ういのです*
「何だって!?」
*マスター含む能力者達は体内の属性エネルギーを戦闘で消費しますが、ある程度休息すれば回復します。でも、音々さんは別です*
*音々さんの場合、属性エネルギーの回復が極端に遅いのです。その為彼女は薬を併用し、その回復をご自身の命を削りながら強制的に回復させているのです*
火目子の語る言葉に竜之介は言葉を失っていた。
*そして万が一、彼女の体内にある属性エネルギーが全て無くなった場合は……*
「……まさか!?」
*そう、音々さんは死んでしまうのです。アイリスさんは、彼女が刻印数が0の状態で射撃に至った時、確実に死んでしまうと……。普通であれば武装が強制解除され気絶するに至る所ですが……*
話を聞く度、汗ばんだ両手を見て竜之介は震えた。俺は特に気にもしなくて戦う事が出来る。だが音々さんは……待て! 確か金組の討伐数って確か上位じゃなかったか……? その事実を思い出した竜之介は愕然とした。
「駄目だ!! 無茶過ぎだっ、音々さんっ!!」
音々の事実を知った竜之介はあの時の言葉が痛い程突き刺さった。
――ねぇ……?知ってるなりか?明日の食事もどうなるか分からない心境を。
――ねぇ……?分かる?小さな女の娘が雨風を凌ぐ場所を捜し歩いて彷徨う気持ちが。
視線を下に落とし、激しく竜之介は首を振る。俺は何も知らずにお金に固執する音々さんを理解しようともしなかった!! どうしてあの時俺は軽んじた態度を音々さんにした!? 何故あの深い瞳と泪を理解できなかった!! 自分に対する怒りが沸々と湧き上がった竜之介は拳を激しく壁に叩きつけた。
*マ、マスター、大丈夫ですか?!*
「教えてくれてありがとう!! 火目子、俺はこれで決心がついたよ!!」
*マスター、待ってください!! あっ、あのっ、音々さんにはもう一つあって……*
「何だって!?」
火目子のもう一つの話を聞いた竜之介は怒りを露にした。
「北条の奴めっ、絶対許さないっ!!」
勢いよく立ち上がり、部屋を飛び出そうとする竜之介を天竜が引き止めた。
「待て竜之介! お前はそうやってまた他人事に首を突っ込む気か?お前にとって何の得にもならないぞ?」
ドアの前に立った竜之介が踵を返し、天竜に言い返す。
「そうかも知れません。でもどこかの誰かさんみたいに己の後先も考えず、敵のクイーンを助ける人もいますからね……」
「――ぐっ!!」
竜之介に一本取られた天竜は苦笑いをした後、諦めの溜息を吐いた。それを背にして竜之介は部屋を飛び出し目的地を目指した。
「……よし!!」
静かに飛組のドアを竜之介がノックすると聞きなれた声が返って来る。
「……入れ」
部屋に竜之介が入ると、黒丸が黒い羽を横に広げ、「いよぉ!!」と挨拶をする。
「……どうした? 何かあったのか?」
姫野が心配そうに竜之介を見た時、自分の「と成」バッジと飛組のマントを姫野の前に差し出した。
「……竜之介、何の冗談だ?」
姫野の目が鋭くなり、竜之介を威圧し始める。
「姫野さん、お願いですっ!! 何も言わずこれを受け取ってくださいっ!!」
竜之介はその威圧に一歩も退かず、姫野の目を見て眦を決した。姫野はその真剣な眼差しに何かを感じ取り、黙ってバッジとマントを受け取った。
「……竜之介、深い理由があるのだな?」
「はい!! 俺は姫野さんから当面離れますが、必ず戻ってきます!! シヴァもぶっ飛ばします!! だから……心配せずに待っててくださいっ!!」
姫野は何も言わず竜之介を見つめていたが、やがて静かに微笑んだ。
「ああ……分かった。待ってる」
「では、行ってきますっ!!」
姫野と黒丸に感謝を込めて挨拶をした竜之介は次の目的地を目指して部屋を飛び出した。早く、もっと早く、音々さんの所へ!! 逸る気持ちを抑えながら竜之介は走った。
その音々は部下の北条政司と共に施設内を歩いていた。音々の視線は遠く、空を見上げながら竜之介に吐いた言葉を悔やんでいた。何故あの時直ぐに立ち去れなかったのか?自分の病を初めて知った時、一人で生きていく事を決めた筈なのに、私は竜之介に手を上げて叫んでしまった。なんて愚かな。そんな自問自答を延々と繰り返す。
「ごふっ!!」
体力が極端に落ち、見る見る内に生気を欠いた音々を見て北条が心配そうに声を掛ける。
「音々隊長、大丈夫ですか? しっかりしてください」
「今、倒れてもらっては僕の『稼ぎ』が減りますからねぇ……」
迷惑そうに北条は言った。そうだ、これが現実なのだ。私には仲間なんて存在しない。この男とは金で繋がっているだけの事。ましてや自分が好きな者など……音々は手に付いた血を見ながら失笑した。
「僕は貴方自身には興味がこれっぽっちもないんです。全てお金。しっかり稼いで貰わないと。音々隊長も僕と同じで、お金が全てなんですから」
そう、お前なんかに言われなくても分かっている。もはや手に届かない夢に未練など無い。私の人生は金の重みと共に染まり海底の奥深く沈んでいくのだ……そう思っていた。
-今までは。
何故なのだろう? 私の人生は既に幕を閉じようとしているのに。もう一人の私が心の奥底で贅沢な願いを叫んでいる。愛する人と何処か静かな場所で暮らしたい。その相手を思うと何故か竜之介の笑顔が浮かんでくるのだ。
――遅すぎた、私は気付くのが遅すぎたのだ。音々が寂しく笑った時、泪で滲んだ青い瞳に一人の男が飛びこんできた。
「それは違うっ!!」
息を苦しそうに吐く竜之介が北条に向かって叫ぶ。
「何だ!?」
音々の前に出て身構えた北条が怪訝そうに竜之介を睨んだ。
「いいかっ! 良く聞け北条ッ! 音々さんはお前とは違うぞ!!」
「はっ?? 何の冗談だい? この女の格好を見ても分かるだろ? 音々隊長はお金が全てなのさ、僕と同じでね!!」
「黙れ北条っ!! 戦の時、苦しそうにしている音々さんに向かってお前は言葉の鞭を打ち、無理矢理射撃させていたそうだなあっ!!」
怒りに震える竜之介の様子を見て北条は冷ややかに言い放つ。
「……だとしたら、どうだと言うんだい? 『飛組のと成君』。君には全く関係の無い事じゃないか? 我々の組の事で部外者の君にいちいち関わって欲しく無いものだね」
そうだ、竜之介。君には全く関係の無い事。自分の前に颯爽と現れてくれた事にはとても感謝している。それだけで私は満足。だって君は飛組のと成なんだ……と竜之介を見た時、ある筈のバッジとマントが無い事に音々は気付き、思わず両手で口を押さえ息を呑んだ。
「りゅ、竜之介……き、君、もしかしてっ!!」
同時に竜之介が北条を指差して宣言する。
「北条政司っ!! 下剋上だあっ!! お前のと成バッジを掛けて俺と勝負しろおおっ!!」
「な、何だとっ!?」
「音々さん、俺があなたの夢を必ず叶えてみせますっ!!」
「――!!」
音々を見ながら竜之介は叫ぶ。その姿を見た音々は胸中で深く沈み行く自分に微笑みながら優しく手を差し伸べる竜之介の手をしっかりと握った。その瞬間、青い瞳に光が宿り、泪と共に音々はその場に崩れ落ちた。
「風間君、さっきから舐めた事を言ってくれるねぇ。最近稼ぎが減ったのも君が邪魔をしてくれたお陰だし、ここできっちりお返しをさせて貰おうじゃあないかっ!!」
北条は闘争本能を剥き出しにしながら竜之介に向かって吠えた。後日、風間竜之介(無所属)と北条政司(金組と成)は正式に試合をする事となる。
「さぁ!! 今日は北条の奴をこてんぱんにしてやるっ!!」
「竜之介、油断するなよ? 性格は腐っていても相手は金組のと成、決して気を抜くでない!」
「師匠、あんな奴、弦真さんに比べたら月と臭亀ですよ!!」
「やれやれ……その自信過剰な性格は一体誰に似たものやら……」
試合を前に意気揚々としている竜之介を見て、天竜は大きな溜息を吐くのであった。




