■いざ、真田道場へ!!
が穏やかな青色に恵まれた清々しい朝、竜之介は主郭(棋将武隊拠点)の外で一人(と、一匹)緊張していた。
「うう……なんで俺はこんな事に」
大きな溜息を竜之介は吐いた。
時は昨日の任務終了時に遡る。竜之介が疲れ果て自室に戻ろうとした時だった。
「竜之介!! ちょっと待ってさね!!」
呼ばれた声の方に振り向くとそこに小梅の姿があった。
「あ、小梅さん!! 今日もお疲れさんでした!!」
竜之介が笑顔で挨拶すると、小梅は近くまで寄って来て悔しさを顔に滲ませた。
「いやあ、飛組は余裕あるさねー。今日も討伐数が圧倒的さね。羨ましい限りさねー」
「いや、角組に少し勝っただけだし、俺は援護するだけで、後は姫野さんが殆ど倒してしまいましたから。あはは……」
苦笑いをしながら頭を掻いた。
「全く、お前は隊長の先陣に立って戦わなければならんと言うのに、逆になるとは……情けない」
呆れ顔で天竜が言った。
「ほへー。本当にはりねずみさんが喋ったさね!! しかもこれがあの天竜様とは、びっくりさね」
天竜のあご辺りを人差し指で撫でまくる。
「こっ、こら!! やめんか、女!!」
天竜は一見、迷惑そうに言っているが、実際は目を瞑って気持ち良さそうにしていた。
「あ、あの小梅さん、この事はそのう……」
竜之介が気まずい顔をすると、
「竜之介、心配後無用さね。皆で話し合ってこの件は、私達以外誰にも話さないと決めたさね!!」
小梅は屈託の無い笑顔で答えた。
「そっ、その代わりと言っては何なんだけど竜之介、明日は確か非番だったさね?」
小梅の声が少し照れ気味になった。
「え? あ、はい。確か休みだった筈です」
小梅はずっと何か言いたそうにしている。竜之介はこういう場面を何かの漫画で見た事を思い出した。
――こっ、この黄金パターンはもしかして!?。
竜之介の鼓動を刻む音が早くなり、小梅の顔が夕焼けよりも赤くなりつつあった。
――ま、間違いない!! これは、でっ、デートのお誘いだあああ!!。
竜之介は、頭の中からあらゆる返事の弾を取り出し、口鉄砲のマガジンに装填した。
「実は、竜之介お願いがあるさね……明日、うちと……その……」
竜之介のマガジンが高速で回転し始めた。
「お願いッ!! うちと槍の相面試合に出てくれさねえッ!!」
「はいいっ、喜んでええッ!!」
竜之介は小梅が言い始めたと同時に、弾丸を発射した。
「ん? あれ?」
竜之介は、小梅の言った内容に違和感を感じた。
「竜之介っ!! 本当?本当さね!? 丁度欠員が出てしまって……丁度良かったさね!!」
……と、言う訳で竜之介はその試合に出場する為、小梅と待ち合わせしているのであった。
「槍の試合って、考えてもなかったなあ……はははは」
力なく笑って、空を見上げた。
「ええいッ!! いつまでもくよくよとッ!! 全く、鬱陶くて適わん!!」
天竜が苛立ちながら言った。
「竜之介!! お待たせしたさねッ!!」
小梅が息を弾ませながら、石段を駆け下りて来た。
そして、竜之介の側まで来て体を丸め、両手を膝に置いて呼吸を整えた。
「おはよう竜之介!! それぢゃあ、早速私の家の道場に向かうさねッ!!」
――道場って、そう言えば小梅さんの家はこの十洞千石で有名な槍の使い手と誰かが言ってたな。確か未だに無敗だとか……凄いな。
――そうか、僕は今日その様な所へ行くのか、なんだか緊張してきたぞ。
「今日は大事な試合だったから竜之介に助っ人して貰えて本当に感謝さねッ!!」
「大事な試合?」
竜之介は聞いて見た。
「そうさね、ライバルの村上道場との試合さね。うちは楽しみで楽しみで仕方なかったさね!!」
竜之介は小梅がとてもいい顔をしているのを見て思わず和んだ。
「あ…………」
それも束の間、小梅が急に何かを思い出したかと思うと、急に表情が曇りだして頭を抱え始めた。
「どうかしたんですか?」
竜之介が心配して声を掛ける。
「いや……あの……うちの門下生には、色んな奴がいるさね……」
そう言って深い溜息を付いた。
暫く歩いて行くと遠目に立派な門構えが見えた。
竜之介が、小梅の道場を見て感心していると、門の前に数人の男達がいるのに気付く。
その男達は皆、手に槍を握っており、竜之介達に気付くと足早で近くまで来て、一斉に小梅に向かって挨拶をし始める。
「小梅さん、おはようございますッ!!」
次に竜之介向けて、一斉に挨拶をする。
「貴様!! 何を馴れ馴れしく小梅さんの横に立ってる? 何者だっ!?」
「ふてえ野郎だ!!」
「肩に変な生き物を乗せやがって!!」
竜之介はいきなり槍を突きつけられた。
「凄い挨拶違いだな、竜之介」
天竜が愉快そうに囁く。
その様子を見た小梅が門下生を一喝する。
「待て待てお前達、今日わざわざ私に付き合って来てくれたのは、飛組と成、風間竜之介だ。お前らも噂を一度は耳にした事があるだろう?」
「風間……竜之介? 昔棋将武隊にいた剣豪に似ているとかなんとか騒がれて、浮かれている馬鹿者の事ですか……?」
その集団の中のリーダーらしき一人が怪訝そうに言った。
「いや……俺は浮かれてなんか……」
竜之介はその言葉に敵意を感じ取っていた。
「大体ここは真田名門の槍道場というのに、只の剣士如きがのこのこやって来るとは場違い過ぎて片腹痛いわ」
「それに見た目ひょろひょろの表六玉ではないか。そんなに強そうには見えないな!!」
そして、槍の先を竜之介に向けて嘲笑う様に言う。
「なんなら俺が、今すぐにでもこいつを叩きのめして見せましょうか?」
男は捲し立てる様に言葉を重ねた。
「杉下、いい加減にするさね!!」
小梅が一喝すると、杉下は一瞬身震いしたかと思うと、不満を爆発させる様に言い放つ。
「小梅さん、今日は大事な試合だというのに、何故そんな情けない奴を連れてきたのですかッ?!」
その一言が言い終わるか終わらない内に、小梅は集団の一人が握っている槍を取り上げ、それを素早く回転させて、杉下の喉元に当てた。
そして、先程まで優しかった瞳が一変し、まるでチェスと戦う時の様な鋭い目付きに変わっていた。
「杉下、いくらうちの門下生と言えど、助っ人で来てくれた竜之介にこれ以上の暴言は許さないさね」
槍を手元に引き戻し、普段の表情に戻った後、槍を持主に返したが、それをまた杉下が奪い取る。
「その者が助っ人と言うならば、槍を自由自在に扱えるのは至極当然の事。是非その腕前を我々の前で披露してくれまいか?」
杉下は竜之介を一睨みした後、槍を投げ渡した。
「さあッ!! 助っ人で来ておいてよもや槍を扱えぬずぶの素人だと言うのではあるまいな?」
杉下は冷ややかに笑った。
「面白い、竜之介やってみるがいい」
天竜は竜之介の肩から飛び降りた。
「槍は……まともに振った事ないんだよなぁ」
竜之介は困惑しながら槍をゆっくりと構えた。
刹那、竜之介は何者かが自分の手の上から槍を握り締めてくる感覚を覚えた。
「こっ、これはッ……!!」
その感覚は静寂さの中で燃え迸る力強さがあり、且つ、繊細であった。
竜之介は、この感覚を持ち合わせている男の名を懐かしむ様に口に出す。
――宗政さん、貴方なんですね。
竜之介は静かに目を閉じ、呼吸を整えると、再び目を開け、真っ直ぐに前を見据えた。
「つあああああ!!」
竜之介の気合が衣を小刻みに震えさせた。その迫力に圧倒され、回りは一瞬にして静まり返った。
竜之介は勢い良く槍を前に突き出し、同時に前足を力強く踏み込んだ。その足は巻き込む様に砂煙を舞い上がらせた。
すかさず体を捻って逆方向を突き、槍を上に翳すと手首を返しながら高速に回転させ始める。
「お、おい、誰だよ!? あいつを素人呼ばわりした奴は!!」
「早いなんてもんぢゃねえ、返しが見えねえよッ!!」
竜之介の槍捌きに何時の間にか取り巻きが出来てしまっていた。
「竜之介、お前は何処までうちを驚かせれば気が済むさね?」
小梅も竜之介の一挙動一挙動に心を奪われ、その様をうっとりと見つめていた。
「ちっ、あいつめえっ!!」
杉下はそんな小梅を見て、竜之介に激しく嫉妬心を抱いた。
「ほほぅ……。あの男が小梅が認めた男かな?」
突如、小梅の肩越しからぬうっと大柄な男の顔が現れた。
「おっ、お父様ッ?!!」
竜之介は、最後に大きく後方へ下って槍を無駄に揺らす事無く静止させた。
竜之介が大きく息を吐いた瞬間、
「お見事!!」
小梅の父が叫んで、竜之介に拍手をすると、観衆が一斉にらそちらの方へ注目した。
竜之介も直ぐにその大きな男が只ならぬ者だと察知した。
「はっ!! はっ!! はっ!! いや、これは失礼。私は小梅の父、真田村幸と申す者。娘の小梅が大変世話になっておるッ」
「あああっ!!いっ、いえ、俺は風間竜之介ですっ!!こっ、こちらこそお世話になっております!!」
しどろもどろで答える。
「はっ!! はっ!! はっ!! いやいや、竜之介殿は小梅に聞いた通り、絵に描いたような好青年だな!! うむっ、結構結構」
目の前で豪快に笑っている。それを見て小梅の顔が一気に真っ赤になった。
「りゅ、竜之介!! もっ、もう中に入るさね!! では、お父様、また後で!!」
竜之介はぐいっと袖を引っ張られながら、中に連れて行かれた。
「はっ!! はっ!! はっ!! 若さとは良いものよのう!!」
村幸は二人を見て再度、豪快に笑った。
「じゃあ、うちは着替えてくるから、竜之介もうちが着替えた後にそこを使うといいさね」
小梅は試合用の道着を渡した。道着の胸の箇所には「真」の文字が刻まれており、竜之介は果たしてこれを自分が着ていいものかと悩んだ。
「さて、ここからは高見の見物といくか」
天竜は、軽快な足取りで道場の方へ走って行ってしまった。
「あ、師匠っ!!」
一人取り残された竜之介は、着替える為に更衣室の場所を探し歩く。
ちなみに今、小梅が更衣室で着替中であった。扉の前には、「使用中」の木札がぶら下がっている。
ここで突如、神風が吹いた。神風は木札を見事にひっくり返し「空き」にして、去って行った。
そこにキョロキョロ周りを見渡しながら竜之介がやって来た。
「あったあった、ここだな?小梅さんは……ふむ、木札が『空き』になってる。どうやら着替えは終っているみたいだ。では、遠慮無く使わせて貰おう」
勢い良く竜之介は扉を開いた。
「――足?」
そこに小梅が下着姿で片足を上げ、袴に足を通そうとしている場面に出くわした。
「あっ、あれ? こっ、小梅さん、なんで、ここにいるの?」
真顔で小梅に問う。
「りゅ、竜之介……それはこっちの……」
小梅の顔をが見る見る内に赤くなるや否や、口が波型になる。
「台詞さねッ!! 木札をちゃんと見たのかさねええッ!!」
色々な物を投げつけられながら、竜之介は更衣室から追い出された。
「な、なんでこうなるの?」
竜之介は訳も分からず涙目になった。
着替えを終えた小梅が赤面しながら、道場に向かっていた時、反対方向から聞こえてくる鈴の音に気付いた。
「あらあら? そんなに動揺してどうされたのですか小梅?」
小梅をよく知るその女は今日の対戦相手でもある村上道場の一人娘、村上京子であった。
「……京子」
小梅は我に戻ると、京子が敵意に満ちたオーラを自分に投げつけている事に気付いた。
「にしても、先程は表が大変賑やかだったみたいですけど、何かありましたの?」
不思議そうな顔をしたがすぐに何かを思い出した様に呟いた。
「貴方の所も大変ですわね、今日の試合を目前にして自慢のNo.2が突然災難に見舞われて、試合を欠場する羽目になってしまうなんてねえ」
京子は艶のある黒髪をかきあげながら、括り付けている鈴を自慢気に鳴らした。
小梅は思い当たる節があったが、それを口には出さず、下に俯いてぐっと飲み込んだ。
「それで、どうしますの? 試合は棄権しますの?」
したたかな瞳に鋭さが増した。
「棄権はしないさね……」
「へぇ……やるんだ……」
京子の表情が冷ややかになった。
「それで、どなたが出られますの? 小梅の所にはもうまともに槍を振るう者は居ないと思ってましたけど?」
京子の問いに真一文字に口を噤んでいた小梅が顔を上げて言い放つ。
「うちの道場には、誰も知らない秘蔵っ子がいるさね!!」
小梅が京子に言った瞬間、更衣室で、大きなくしゃみをする竜之介の姿があった。
「なんだこの部屋は? 良く風が通る所だなあ?」
竜之介はこの後、予想だにしない展開が自分達に待ち構えていようとは、まだ知る由も無かった。




