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■師匠光臨

「ん……」


 ぼんやりと目を開けた。部屋が明るくなっているのを見て、竜之介は朝が訪れている事を理解した。


 竜之介は今まで自分を支えてくれた二人を失った寂しさに包まれていた。


 あの二人はもうここには居ない。竜之介は頭を抱え、深い溜息を何度も吐いた。


「はああっ……」


「はあああっ……」


「はああああああ……」


「さっきから、何度も溜息を付きおって、うるさいぞ小僧」


――な、何? 今誰かが喋ったのか?。


 竜之介は声がした方向をきょろきょろ見回した。そこには棚の上にハリネズミのぬいぐるみが置いてあるだけだった。


「はは……まさかね」


 竜之介は視線を一度外し、もう一度そのハリネズミのぬいぐるみに眼をやる。


 今度はそこにあった筈のハリネズミのぬいぐるみは居なくなっていた。


「あれ!? き、消えたッ!?」


「小僧、どこを見ている? 俺はここだっ!!」


 机の方から声がする。慌てて目をやると腕を組んで、仁王立ちしているハリネズミのぬいぐるみがそこにいた。


 いや、そこにいたのはぬいぐるみではなく、生気を帯びた小動物のハリネズミだった。竜之介は何が起こったかも分からず、口を開けたまま、唖然としていた。


「情けないぞ、口を開けて閉まらない顔をしおってからに!!」


「しかし、お前の部屋にはロクなものが置いてないな。依り代にする物がまさかこれとは……」


 竜之介はこの時思った、俺は夢を見ているのか?なんなんだこれは?と。


「すみません……あの……貴方は?」


「俺か……フフフフフ」


 ハリネズミが不敵に笑った。


「俺は……風間天竜だ」


「えっ、えええええ?? 貴方が風間天竜!?」


 竜之介は驚いて思わず指を指したと同時に長信が言った事を思い出した。


――風間一族には過去最強の強者が居た筈だ。


――そいつの名前は確か、風間天竜とか言ったか。


「それだあっ!!」


 と、竜之介が叫んだ時、目の前に無数の針が飛び込んで来た。


「いだだだだだっ!!」


「小僧ッ!! 人を指で指して呼び捨てをするなあッ!!」


「それにこれからは俺の事は師匠と呼べ、師匠と!!」


「すっ、すみません!! 師匠ッ!!」


 竜之介は顔を押さえて謝罪した。そのハリネズミは深い溜息を付いた後、


「しかし……俺もまさかこんな事になるとは思わなかったぞ」


 驚きを隠せないように呟いた。


「あっ、あの教えてくださいっ!! 何故師匠が突然現れたんですか??」


「まぁ、落ち着け。ところで小僧、お前の名は?」


「あ、俺は風間竜之介と言います」


「うむ……竜之介、突然では無い。俺は初めからお前の中にいた・・いや、幾代にも渡り居た、といった方が正しいか」


 今度は顎に手を乗せ、何やら考えている。


「俺は……かってこの棋将武隊に席を置いていた。当時の俺は強く、王将にさえ手が届く程の逸材であったと言っても過言ではない」


 その時竜之介は思った、師匠は凄く自信過剰な人だなと。


「それで何故そんな凄い人が突然居なくなって、今まで俺の中に居たりしたのですか・・?」


 眉をしかめて竜之介が問う。


「それは……俺が過ちを犯したからだ」


「過ち? それは?」


「それは……まぁ、いずれ分かるだろう」


――??。


 竜之介は思った。何故そんな大事な事を教えてくれないのだろうか、いや、きっと深い訳があるからなんだと。


 そして竜之介は朝食を取りる為、天竜と食堂に向かった。


「竜之介、腹ごしらえが終わったら、すぐに修行に向かうからな」


「はっ、はい!! 師匠分かりました!!」


 竜之介が食堂に向かっている途中、向こうから姫野が歩いて来るのが見えた。


 姫野は竜之介を見るとすぐに、


「竜之介ッ!! 宗政はっ!?」


 険しい表情をして、竜之介の胸倉を掴み、詰め寄ってきた。竜之介は黙ったまま静かに首を横に振った。


「……そうか、行ってしまったのか」


 姫野は掴んだ手を離して力なく下げた。そしてそのまま別れようとした時、


「待て……そこのヤツ、お前見ねえツラだな?新入りか……?」


 黒丸が鋭い視線で天竜を威嚇した。


「よせ……黒丸」


 姫野が黒丸を制止する。


「ほほぅ、お前なかなか肝が据わっているな?」


 その黒丸の迫力を押し返すかのように天竜が言い返す。その瞬間、黒丸の眼帯がピクリと動いた。


「褒めてもらって光栄だな……だが、おめぇ、誰にその口で言っているのか分かっているのか?」


 そう言って、姫野の肩からふっと黒丸が姿を消した。


「止めろ!! 黒丸ッ!!!」

 

 姫野が叫んだ時には黒丸は既に上空を制していた。


「おめえにはどうやら調教が必要らしいなぁアア!!」


 その鋭い嘴を鈍く光らせながら、勢いよく天竜目掛けて襲い掛かかり突つき上げようとした瞬間、だんっ!! と天竜が竜之介の肩を踏み台にして、高くジャンプした。


「この俺に空中戦だとぉ? 舐めるなぁあああああ!!」


 嘴が天竜を襲うが、天竜はすれ違いざまそれを紙一重で交わし、自分の針で黒丸を吹き飛ばした。


「ぐううううっ!!」


 黒丸はよろよろと地面に着地し、すぐに体勢を立て直そうとして羽ばたこうとしたが、天竜の針は黒丸の咽元にピタリと当てられており、天竜は戦いを制するかの如く、黒丸をじっと見据えた。


 黒丸は今までに無い強さを目の辺りにして、ぽかんと嘴を開けていたがやがて我に返り、


「……俺は今までこんな強い者に出会った事がねぇ。こっ、これからは是非あなた様をアニキと呼ばさせてくだせええっ!!」


「ふむ。好きにするがいい」


「あっ、ありがとうございますっ!! 天竜アニキぃいッ!!」


 そう鳴いた後、天竜の足元に平伏した。天竜は再度竜之介の肩にぴょんと飛び乗ると、


「無駄に時間を掛けすぎた。先を急ぐぞ竜之介」


 と言った。


「はっ、はいっ!!」


 黒丸は天竜が離れるまでその姿勢を保ち、姫野は何やら独り言を言いながら食堂に向かう竜之介の背を呆然と見送るのであった。


 竜之介達は食堂に到着し、外側のテラスに着席する。それに気付いた美柑がにやりとしながら嬉しそうに近づいて来た。


「りゅう、の、すけっ!!」


 後からいきなり美柑が手を回し抱きついてきた。


「今日は早いねぇ?もしかしてぇ、私に会いに来てくれたのなぁ?んー?」


「うわっ!! 美柑さん、離してくださいっ、そんなんじゃあ、ありませんッ!!」


 竜之介はあたふたしながら言った。


「ちぇっ、つれない奴だねぇ……で、ご注文は?」


 美柑はオーダーを取ると、さっさと厨房に戻っていった。


「お前、女如きで慌てふためくとは青いのう」


 天竜が呆れていった。その二人の光景を見ていたメイド達は、


「竜之介様ったらあんな小動物を飼われて……なんて可愛いらしいのでしょう!!」


 天竜は、運ばれて来た朝食をもしゃもしゃと食べ始めた。


「あれは稀に見ない男なんだよ……お前ら絶対にちょっかい出すなよ!! 私の獲物なんだからなあっ!!」


 周りのメイドを押しのけ、美柑が食い入るように竜之介を見つめていた。


「そんなあっ!! 美柑隊長だけずるいっ!!」


たちまち、美柑はブーイングを浴びせられた。


 朝食を済ませた竜之介は、修行する為、十洞山に向かった。


「さぁて……何処で修行するかのう?」


 天竜がそう言った時だった、竜之介は長信と宗政の言った事を思い出した。


「あ、そうだ! 長信さんと宗政さんの修行場所があった!!」


「何? 長信と宗政?」


「あ……」


 竜之介はここで、今まで自分に起こった事、織田長信と、伊達宗政について全て天竜に話した。


「闇の長信に炎の宗政……で、それぞれの敵討ちか」


 天竜は何か考え込んでいたがやがて、何かに気付いた表情をして、


「……成る程な。だからか」


 ぼそりと呟いた。


「それにしても、風間、織田、伊達の一族が揃うとは、これはよほどの運命かもしれんのう……」


 天竜はそう言って、ゆっくりと目を閉じた。


 竜之介は長信の言っていた道を探し、その入り口はよほど注意しなければ見つけられない場所にあった。


「ここだ……」


 竜之介は自由奔放に生い茂った草を掻き分けどんどん進んで行くと、やがて耳に滝から落ちる水音が聞こえてきた。


「あ、この水音はッ!!」


 竜之介はその水音のする方向に導かれる様に進んで行くと、草が急に無くなり、あの場所に辿りついたのだった。


「本当に……あったんだ!!」


 竜之介は息を弾ませながら走り、長信が発明した修行器具に目をやる。それは確かにあったが殆どが錆び朽ちてしまっていた。


「そっ……そんなッ!!」


 竜之介は呆然として立ち尽くす。その時一陣の優しい風が吹いた。同時に竜之介の視界に何か白い物が揺れているのが目に入ってきた。


「――!!」


 竜之介はそれにゆっくりと目を向ける。


「あ、ああああ、長信さんッ!!」


 竜之介が見たもの、それは枯れ果てた木の枝に時を越え、そのままの姿を保ちながら風に揺らめいている長信の鉢巻であった。


 竜之介は震える手で鉢巻をそっと取ると、それを自分の頭にきゅっと巻いた。


 そして直ぐに踵を返し、勢い良く走り出した。


「竜之介!! 今度は何処に行く気だッ?」


 天道がその様子を見て問うと、


「無論、宗政さんのところですよっ!!」


 竜之介は宗政と修行した道場を目指して走った。


 宗政から教えた貰った道を進んで行くと、竜之介の目の前には既に役目を終えた道場があった。


 屋根は朽ち落ちて半壊しており、かろうじて道場への入り口が見える。


「あれがそこにある!! きっとある筈だっ!!」


 竜之介は身を屈めて、その入り口に飛び込む。


 そして、宗政が正座をしていた場所に向かうと、そこに宗政が最後に外した頬当がまるで竜之介を待っていたかのように存在していた。


「む、宗政さんっ!!」


 竜之介はその頬当を手に取る。宗政の頬当には何かのボタンがあり、それを押してみると突然、頬当が変形し始め、首に掛けられる形となった。


 竜之介はそれを静かに首に掛けると、道場の外に出た。


「なるほど、ここがお前が修行した場所か」


 天竜が感心して言った後、声を低くして、


「……鍔を出せ、竜之介、ここで修行を開始する」


 天竜に促され、竜之介は自分の鍔を取り出す。


「良し、ではその青剣――風神を抜刀してみろ」


 竜之介はその武器名を始めて耳にし、驚いた。


「こっ、この青剣……風神という名だったのですか!!」


「そうだ……この名を知る者は、一族の中で今は俺とお前の二人だけだがな」


 天竜は苦笑した。


 竜之介は風神の鍔に向け、気合を入れて抜刀と叫ぶが、試験の時は上手くいったのに、今回は何の反応も無かった。


「あれ? おかしいな? ならば」


 竜之介は次に一呼吸付き、気を落ち着け抜刀と叫んだ。だが、やはり鍔は反応しなかった。それを見た天竜が訝しそうな顔をして竜之介に言った。


「竜之介、お前本当にその鍔から風神を抜刀したのか?」


「はっ、はい、確かにあの時は出来たのですが、おっかしいなぁ?」


 竜之介は鍔を表にしたり、裏にしたじろじろ見始めた。


「言っておくが、その鍔は壊れていないからな?」


「う……」


 竜之介は困惑した。


「お前が本当に抜刀出来たのなら、あの時どんな状況だったか、もう一度思い出してみろ?」


 天竜に言われ、その時の事を必死で思い返す。


「確か……音々さんに抜刀しろって言われて、緊張のあまり頭が真っ白になってしまって、何も考えずに」


「――正解」


 竜之介が説明している途中で、天竜が口で遮った。


「その鍔は動でもない、そして静でもない、無なのだ」


「竜之介、お前は俺に宗政と静の修行をしたと言ったな? 無はその先にある。それが見えた時に抜刀してみろ」


「や、やってみます」


 竜之介は一呼吸置いて、まず赤剣を抜く条件、静のイメージをした。竜之介の頭には水面に向けて一滴の雫が静かに落ちて行くのが見えている。竜之介はその雫に全神経を集中させた。


雫が水面に落ち、その波紋を広げるまで、それを何度も何度も感じ取る。


そして雫が水面に落ち、波紋を広げる瞬間、その光景が真っ白に消えた。


「抜刀……風神……」


 竜之介がそう言った瞬間、鍔から青い光を放ち、風神がその姿を見せた。


「でっ、出来ましたよッ!! 師匠おおッ!!」


 竜之介が歓喜しながら天竜に言うと、


「抜刀に時間が掛かり過ぎだ。本当ならお前はもう斬り殺されてるぞ?」


 溜息を付きながら、言った。


「その風神はどの鍔に比べ、抜刀が一番難しいのだ」


「だから、それが素早く出来るように鍛錬しろ」


「はっ、はい、分かりました、師匠!!」


「うむ、では精霊を呼び出してリンクをしてみろ!!」


「はいッ!!」


 竜之介は久々にハルを呼び出す事に緊張した。また少女みたいな小さい子が出てきたら……そう思うと水晶を握る手に自然と力が篭ってしまう。


「何をモタモタやってるのだ?動作が遅すぎるぞッ!!」


「はっ、ハルッ、出て来いいッ!!」


 天竜に促され、我に返った竜之介は慌ててハルを召還した。


 すると、水晶が白く光を放ち、成長したハルが現れた。ハルは自分の姿を見た後、竜之介に目をやり、


*これは、お主がやったのか?*


 と聞いてきた。


「ああ・・俺がハルを召還したんだよ」


 竜之介が苦笑いをして言うとハルは感心した表情をして、


*ほぉ、少しは成長したようだのう*


 と言って笑った。


「久々の再開に水を差して悪いが、さっさとリンクをしろ」


 その光景を見ていた天竜が苛立ちながら言った。その天竜を見たハルが、


*竜之介、なんじゃ? この変な生き物は?*


 と、聞いてきた。


「あ……それは――」


 竜之介が答えようとした時だった、


「こら!! 精霊ッ!! 変な生き物とは無礼な!! 俺を誰だと思っておるのか?俺はなぁ、風間天竜・・」


 ハルは天竜が文句を言っている間に両手で針を押さえ、がしっ掴むと自分の顔の前まで持ってきた。


「こっ、こら!! 放せっ!! このッ!!」


 天竜が、針を張ろうとして抵抗を試みたが、しっかりと体を掴れていた為、それが出来なかった。


*お前こそ、何だ? わしにはハルという、ちゃんとした名があるのじゃ、名で呼ばんか、この小動物めが!!*


 ハルはその場で高速にスイングを始めた。


「うおっ!! 目が廻るッ、やめ、やめんかああああッ!!」


「あわわわ!! ハルッ止めろッ!! その人はッ!!」


「……」


 竜之介がハルに天竜について説明した時、天竜は既に目を回し、ぐでっとしていた。


*こいつが、お前の師匠?! なんだか、胡散臭い話よのう……*


 訝しげな目をして天竜を見た。


 天竜は、ふらふらしながら、なんとか立ち上がる。


「そ、そういう訳だから、ハル、リンク頼む」


*ふうん……まぁ、良かろう*


 そう言ってハルは風神に触れリンクを開始した。ハルが青剣と融合した時、4つの刻印が現れた。それを見た天竜は、


「竜之介、お前を鍛えて上げた二人に心から感謝しろ。その者達はお前をかなりの強者に育て上げておるぞ……」


 風神の表示されている刻印を見ながら感心した。


「竜之介、お前にひとつ技を伝授してやる。その技は鎌鼬かまいたち大きな鎌を連想し、それが木々を切り倒すイメージをして、技を繰出して見るが良い」


「分かりましたッ!!」


 竜之介は後ろ足を大きく引いて、風神を脇構えで構えた。


「行け……風神……鎌鼬!!」


「おりゃああああああ!!」


 そして一気に風神を斜めに振り上げた。


 刹那、風神から螺旋の風が渦巻き、それが薄く鋭い鎌の形へ変化し、真っ直ぐ飛んでいく。


 その鎌は、空気を切り裂き、遠くの木を数本切り倒してもなお、ぐるぐると回りながら上空の彼方へ消えていった。


「嘘っ!! この威力ッ!! 見ましたか!? 師匠ッ!!」


 竜之介が興奮して言うと、天竜は溜息を付いて、


「そんな事でいちいち驚いてたらキリが無いぞ? 俺の同士はこれくらい朝飯前だった」


「えええっ!?」


「まぁ、常人ならとっくに吹っ飛んでいるのだろうが、武装した場合では軽く受け流されるのが落ちだな」


と、あっさり言われてしまった。


「え? あれを軽く?」


「だからお前はまだまだなのだ。もっと鍛えないとな」


 天竜はそう言ったが、ハルが飛び出して来て、


*竜之介、今後が楽しみじゃのう、わしはお主を期待しておるからの!!*


 蛇が蛙を睨む様な感じで天竜を一睨みした後、満足気に水晶へ戻っていった。


「お、お前の精霊は、性格が悪いな……」


 天竜は冷汗を拭きながら言った。どうやら心底ハルが怖かった様だ。


「よし、今日の所はここまでにして、部屋に戻るぞ、竜之介」


「はい、ありがとうございました、師匠ッ!!」


 竜之介達は今日の修行を終えて帰路に着く。道中、天竜は竜之介の肩で、こいつが竜之介か、中々面白い奴だ、実はあの鎌鼬の威力は相当なものだった。だが、こいつにはもっともっと強くなってもらわんといかんからな。そう呟きながら、嬉しそうに目を細めるのであった。


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