■内部事情
試験場では、もう何百人も受験者が集まっている。
「あー、ちょっとそこの君、受験票と戦具の確認いいかな?」
「あっ、はいっ!!」
「試験官」のワッペンを付けた女に呼び止められ、竜之介は慌てて返事を返した。
「ふむふむ君は……1071番か……ぷ。オーケーんじゃ頑張ってね!!」
「1071番……入れない……」
自分の受験番号を見て竜之介は深い溜息を吐く。そんな事とは裏腹に周りを見渡すと他の者は皆、試験に受かる自信のオーラで満ち溢れていた。
その雰囲気に圧倒され、竜之介は意気消沈していた。
「ダメだ、こんなとこに長く居てはいけない……こんな場所に俺が居るなんて本当、場違いもいいとこだよ」
諦め半分で竜之介が頭を下げて落ち込んでいると、聞きなれない口調の男が満面の笑みを浮かべて近付いて来た。
「よぉ!! そこの兄ちゃん!! 元気がないのう、しっかりせんかい!!」
「なんか知らんけど、気合いれんと、通るもんもとおらんでぇ?」
「おっとと、いきなりで悪い、悪い、わしは毛利元治というもんじゃ、以後よろしゅう!!」
元治は竜之介の手をいきなり摑み、ぶんぶん手を上下させ、熱く握手してきた。
「んで、兄ちゃんの名前は?」
「あ!! 俺は風間竜之介といいます」
「ん、ほうか、んじゃ、竜やんじゃ!! 竜やんよろしくのう!!」
「竜やんって……」
竜之介はその大柄な性格と特徴的な話し方に圧倒されてしまった。
この人はきっと合格するんだろうな。そう元治を見て竜之介が確信した時、会場内でどよめきが起こり、人波が引き裂かれるように分かれていった。
「ふん、と成の奴らか……出てきやがったな……」
元治の表情が一瞬曇った。
――と成……確か母さんが言ってたな。
明らかに別のオーラを放つ「と成」のメンバーを竜之介は食い入るように見ていた。それに気付いた元治はそれぞれの人物について説明をし始める。
「ほれ、今先頭に立って歩いてきてるヤツ、まずあいつが香組、前田和利な」
――前田和利……目が蛇のように鋭く、とても意地が悪そうな感じだな。
「んで、次のヤツ、桂組、酒井忠高な」
――酒井忠高……頭になんか布切れ巻いてる。おでこには仏ぼくろがあるぞ。一見、坊さんみたいだが強いんだろうな。
「次、銀組、小早川秋人じゃ」
――小早川秋人……眼鏡を掛けていて見た目賢そうだ。でもなんかブツブツずっと言ってる。ちょっと怖いな。
「こっから金組、北条政司。一見チャラそうだが、なかなか強いらしいで」
――北条政司……あれ? 髪が金髪で瞳が青い……世の中広いな。一言でいえばモテそうだ。
「最後、角組藤堂影虎。こいつほんま強いで」
――藤堂影虎……見た目おっそろしい。髪が仁王風? で口の端で牙が光ってる。正に鬼そのものだ。
「なるほど、これで全員か? あれ?ちょっと待てよ。一人足りないような?」
竜之介は疑問を口に出す。
「毛利君……飛組は?」
その言葉を出した途端、元治の表情が曇った。
「今の飛組に……と成の者はおらん」
「え、どういう事だ?」
元治の意外な返事に慌てて聞き返す。
「竜やん、ほんまになにも知らんのか……」
急に元治の声が低くなった。
「しょうがないのう、一回しかいわんぞ。あと、わしの事は元治でええ。他人行儀はわしゃあどうも苦手なんじゃ」
苦笑いした元治は、声を低くして説明を始めた。
「飛車組の隊長はここの親分、斉藤道山の娘、斉藤姫野。彼女には優秀な部下がおったんじゃけど、先の戦いで死んでしもうたんじゃ。」
「……え?」
竜之介は息を呑んだ。
「一瞬の事じゃったらしい、そいつは彼女をかばって犠牲となった」
「……」
「それ以来、姫野は誰一人自分の横に付けとらん。唯一の相棒は片目の黒カラス。こいつ器の小さい者には誰にも懐かんらしいで?」
その瞬間、竜之介の脳裏にあの慰霊碑が頭をよぎった。
「あの……その人って伊達……」
「そうじゃ、慰霊碑に刻んであったろ? 伊達宗政じゃ」
「やはり!! あの人か!!」
この時竜之介は、ここが命を賭けなければならない場所である事を痛感した。
興味本位や、憧れでここに入ろうなどという考えは全くのお門違いだ。俺みたいな、中途半端な人間がここにいては相応しくない。竜之介は今にも逃げ出したい気持ちに駆られた。
「竜やん、本番はこっからじゃ」
元治の真剣な顔から一瞬たりとも竜之介は目線を逸らす事が出来なくなった。
「数年前の事じゃけどここに王将候補が二人おったんじゃ。そんで、王将を決める試合があってな、その試合当日に候補の一人が剣士の丘から足を滑らせて転落死したんじゃ」
「けっ、剣士の丘って……!!」
竜之介は思わず叫んでいた。
「……その男の名前は織田長信、さっき言った姫野の姉で、斉藤桜子の彼氏だったヤツじゃ」
「な、なんだってっ!?」
――慰霊碑の墓に添えられた花、そしてその場に居た女の人……あの人、お姉さんだったんだ。
「で、結局不戦勝って事で王将はもう一人の候補、明智秀光になったんじゃ。この二つの不幸な話からここの姉妹は呪われた姉妹と影で言われとる。この話はここではタブーとされとるけえ、迂闊に口に出すなよ?」
織田長信。そんな凄い人があっさり転落死? そんな馬鹿な事ってあるのか? 竜之介は何故か納得がいかなかった。
「さて、暗い話はこれくらいにして、今度は女性陣の方を教えちゃろか?」
ぱっと元治の表情が明るくなった。
「いや、もう十分だよ。知らない事がいっぺんに頭に入って来て何が何だか、それに受かるかどうかも分からないしね」
力無い声で竜之介は苦笑いをする。
「なんじゃい、ネガティブ思考なヤツじゃのぅ。まぁ、お互いがんばろうや!!」
「んじゃ、またの!!」
手をひらひらさせ、人ごみの中に消えて行く元治の背中を目で見送る途中で、竜之介はある重大な事に気付いた。
あれ? さっき、元治の人柄や口調に惑わされっぱなしだったけど、元治も俺と同じ受験者なのに、なんでそんなにここの内部事情に詳しいんだろう? と、竜之介は腕を組みながら頭を傾けた。
「時間になりましたので、入隊試験を開始します。受験者は速やかに受験場所に集合してください」
頭の整理が追いついていない時、突然試験官のアナウンスが場内に鳴り響いた。
さて……どうするか。母さんは応援してくれたけど、ここは俺がいるべき場所ではないな。怒られるかもしれないけど、ここはこのまま帰ろうかな? 竜之介は試験を受ける事を断念し、踵を返そうとした瞬間、何故か自分の足がそれを拒んだ。
「な、何だ!? 足が思うように動かないぞ?」
竜之介は何度か試みたが、やはり結果は同じだった。逆に試験会場の方へ向いて足を動かすと何事も無かった様にすっと前に進んだ。
「何だこれ? 俺に試験を受けろっていう事か?」
「仕方が無い……覚悟を決めるか!!」
竜之介は考えを改め、試験会場に臨むのであった。