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■衝撃的出会い

「まずい、遅れそうだ!!」


 早く行かねば!! と思う気持ちとは裏腹に何の意味も持たない試験を受けなければならないのか……という事を繰り返し思う度、竜之介の足取りは徐々に重たくなっていた。


 もうすぐ試験場に辿りつくという所で、川べりで何かが光っている事に竜之介は気付き、ふと足を止めた。


「ん? あれは何だ?」


 少しぬめぬめとした地面に竜之介は足を取られながらもその光に導かれ、ゆっくりと近づいていった。


「……あ!!」


 そこで竜之介が見たものは今持っている戦具のひとつ、つばであった。鍔は泥の中で半分以上埋まっていたが、先端の部分が運良く綺麗なままでその光りを放っていたのだった。


「これ、誰かが落としたのか……? でもかなり汚れているな? もしかしたら随分前のものかも知れないな」


 鍔を手にとって、汚れをふき取ると、綺麗な黒色の光を放ちだした。よく見ると鍔に見事な龍の絵が刻まれている。


「何だかもの凄い鍔だな。これはちゃんと持ち主に返さなくては!!」


 拾った鍔をそっと戦具のポケットに収め、竜之介はそこから離れた。


 息を弾ませながら竜之介が試験場に続く最後の石階段を上がろうとした時、すぐ目の前に一人の女が足早に石階段を上っているのが見えた。


 女は白い大きなリボンを勢いに任せ、左右に激しく揺らしながら必死で石段を上っている。


 竜之介が危ないなと思った瞬間、案の定、女は石段から足を踏み外して大きくバランスを崩した。


「ああっ!!」


 可愛いらしい声が周りに響く。


「危ないッ!!」


 咄嗟に石段を駆け上がり、竜之介は手を精一杯前に伸ばした。


 目の前には、女のリボンがゆっくりと揺れて、それはまるでスローモーションの様にゆっくりと竜之介の目の前に広がった。


 だがその光景はいきなり現実に引き戻され、女の温もりを感じる暇も与えて貰えず、両腕に適度な重力がのし掛かってきた。


 おぼつかない足取りで、竜之介はなんとか着地点を探しそこで踏み留まったが、石段の上に自然が集めた砂に足が踊らされてしまい、足をぶつけて擦りむいてしまった。


「痛てて……でも、何とか間に合ったぞ!!」


 自分の怪我よりも、無事だった女を見届けて、竜之介はほっと胸を撫で下ろした。


「きゃっ!!」


 女の顔がみるみるうちに真っ赤になったかと思うと、竜之介の両腕から飛び退き、着物の乱れを気にしながら慌てて距離を取った。


「あっ、あの!! 助けてくれてありがとうございます!!」


「ごめんなさい!! だっ、大丈夫ですか!?」


 女は竜之介が足に怪我をしている事に気づき、心配そうな声で恐る恐る近寄ってきた。


「あ、俺は全然大丈夫だから気にしないで、あはははは!!」


「でも……私って意外と重たかったりしませんでしたか?」


 そのまま顔を下に向けて女は呟いた。


「い、いやいやっ、ぜ、全然軽かったよ、うん!! 大丈夫!!」


 慌てて竜之介はフォローをする。それを聞いた女は顔を上げて少し安心した素振りを見せた。


「あの、初めまして!! 私は織田いちのと申します。危ない所を助けて頂いて、本当にありがとうございました!!」


 いちのは息を弾ませながら元気良く名前を言った。


「あ、いやいや、本当に怪我してなくて良かったよ。これからは気をつけて」


「てへっ、私本当にそそっかしくて……本当にごめんなさいッ!!」


 竜之介が袴に付いた砂を手ではたき落としていると、いちのがにっこりとした表情をして傍まで近寄って来た。


「あの、今日試験を受けられる方ですよね!! 私は薙刀武隊の方を受けるんです!!」


「良かったら、あの、お名前を聞いてもいいですか?」


「俺は……竜之介、風間竜之介。よろしく!!」


 おそらく、今日で終わるであろう出会いに苦笑いし、頭をかきながら自己紹介をした。


「はい、風間さん!! また後で!!」


 いちのは残りの階段を元気良く駆け上っていった。竜之介も自分の使命を思い出して、その後を追うように続いた。


 石段を上りきったところで、竜之介は急に何かの気配を感じてふと足を止める。


 その気配の方向に眼を向けるが、そこには誰もいない。その代わりそこには大きな慰霊碑が立っており、竜之介がその文字を読み取ると「剣士の丘」そう慰霊碑には刻まれていた。


 慰霊碑の周りには無数の墓が取り囲んでおり、その中の墓の中にはよく見るとまだ新しいと思われる墓が目に付く。


 更に刻まれているかつての英雄達の名を順に目で追い、最後にニ人の名に辿り着いた。


 特殊武駒竜馬 織田 長信

 飛組  と成 伊達 宗政


――剣豪安らかに永眠す、か。


 刻まれた文字を全て竜之介が読み終えた時、自分の視界に何かが入ってきた。


「ん? あれは……」


 新しい墓のひとつに置かれている一輪の花に目が止まる。その花を何気に見ていた時、すぐ隣に亡霊の様に座っている女に気付き、竜之介は口から心臓が飛び出しそうになった。


 その女は髪がボサボサで顔はやつれ、生気さえも感じられなかった。


「長信……」


 女は墓に刻まれている、この世にはいない者の名前を寂しく呟いた。


「お嬢様!!」


 狼狽する竜之介の近くに突然、数人の女中が現れた。


「ここに居てはいけません!! さ、早くお部屋にお戻りを!!」


 女中達はあっという間にその女を囲み、両腕を抱えて何処かに連れていってしまう。


 その中の女中の一人が涙をハンカチで拭いながら、何気に一言言った言葉を竜之介の耳は聞き逃していなかった。


「あの日の……あの日の出来事さえなければ、お嬢様もこのような事にならなかったのものを……」


 あの日の出来事? 竜之介は女中の言葉に何か引っ掛かるものを感じたが、他の受験者が竜之介の横を足早に走り抜けていくのを見て、今の自分の立場を思い出した。


「しまった!! 試験に遅れてしまう!!」


 受験者の後を追う様に、竜之介は慌てて試験会場に向かって走っていった。



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