■超特別講習
雀の元気な鳴き声が聞こえてくる。
竜之介はその囀りを聞きながら、平穏を噛み締めていた。唯一あの裏山の事件を除いては。
竜之介はゆっくりと目を開けて大きく背伸びをした。
「ふぁーっ」
そして、頭をぼりぼりかきながら、窓を少し開ける。
「うん、今日もいい風、いい天気だ!」
竜之介は部屋の空気の入れ替えを済ませ、時計を確認した。
「うわわっ、まずい!!」
今日は敵でもあるチェスについての授業と、来る戦に備え、実戦講習があるのだ。
「いよいよ実戦だな!! 気合いれていけ!! なんと言ってもこの俺様が付いているのだからなぁ!! うわっはっはっ!!」
「あははは……」
竜之介は苦笑いをしながら、急いで身支度をし、予め知らされていた場所へと向かった。
「……おっと、忘れもの!!」
慌てて引き返し、テーブルの上に置いていたバクミンを懐に収めて部屋を飛び出す。
竜之介は指定された教室の番号を確認するとその横に大きく書かれている超特別講習室の文字に気付いた。
「なんだ? これ?」
部屋に入ってみたが、そこには誰も居なかった。
「あれ? 部屋を間違えたかな……?」
辺りをきょろきょろして見てみる。が、やはり誰も来ない。竜之介は不思議に思いながらも一人席に付いた。
「おい、竜之介、お前まさか教室を間違えているんじゃあねえだあろうな?」
「いや、確かにこの教室でいい筈なんですが……」
竜之介が長信と教室の部屋を確認していた時だった。こちら向かって足音がこつこつと近づいて来た。
その足音はこの部屋でピタリと止まり、勢い良く扉が開いた。
「わりぃ、わりぃ!! 遅れちまったぜ!! ちょっと飯の準備してたからなぁ!!」
そこに現れた人物は美人で咥え煙草をしているメガネのメイドであった。竜之介が度肝を抜かれ、その女が教壇に立つと、
「自己紹介するぜ、私は薙刀武隊の隊長兼、食堂のメイド長兼、医務担当の黒田美柑だ、以上!! よろしくなっ!!」
と言った後、腰に手を当て、人差し指を僕に向け決めポーズをした。暫くお互い向き合ったまま、沈黙が続く。
程なくして、
「おぃ、竜之介、そこは恥らうとか、歓声をあげるとか、そういう場面だろっ?」
流石に恥ずかしかったのか、教壇をばんばん叩いて怒り始めた。
「黒田美柑……お、おお?? あの美柑じゃねえかっ!!」
長信が驚いた声を突然出した。竜之介がその関係について尋ねてみたところ、昔ちょっと色々あってな……と濁すだけで、その後は珍しく黙ってしまった。
竜之介は低い声で、
「桜子さんに……言いますよ?」
と脅してみたが、何の反応も無かった。
「逃げたか……」
竜之介は苦笑した。
「右肩、すっかり良くなったみたいだな。流石、私だ」
煙をくゆらせ、竜之介の右肩を触りながら美柑が”にししっ”と笑う。
「あ、黒田先生、治療して頂いて本当ありがとうございました!!」
「先生? よせよせ、美柑でいいよ」
「それはいくらなんでも、これからは美柑さんと言わせて貰います」
美柑は竜之介の顔をじーっと見ていたが、やがて
「竜之介、お前何かさぁ、噂に聞いてる人物と違わね?」
と、しかめっ面をする。竜之介は美柑が核心を突いてきたので動揺した。
「私は、竜之介が黙ってるとこしか知らんからなぁ」
「……なるほど、俺が気絶してるとこしか知らないんだ」
美柑が竜之介に近づきメガネの淵に手をやり、んー?とやっている。
「ま、いっか座れ!!」
――俺、最初から座ってますよ?
「ところで、何で誰もいないんですか?」
素朴な疑問を竜之介は口に出した。
「そりゃ、竜之介は新人唯一のと成様じゃねーかっ! 一人なのは当たり前だろ?」
美柑は、竜之介に授業は階級で区分けされ、他の者は別部屋で同じように授業を受けている迄の説明をした。
「一流の生徒には、超一流の美人が付くものだ」
と言って、またにしししと笑った。
「ここでは、棋将武隊に入った者に我々の敵、血餌吸と、我々が扱う武器についての基礎講習を受けて貰う」
「んじゃ、さくさく授業しまーす」
黒板に背を向け、大胆な字で書き込んでゆく。
「いいか、我々の敵、チェスは我われを含む民を捕獲狙いで襲ってくる。捕獲された者は体内の属性を抜き取られ、魔石に変換された後、その肉は全て喰い散らかされるって訳さ」
「こいつらが出現する時は必ず奇門という何らかの術式で組み込まれたゲートが開く」
「奇門はランダムで今の所、最大で3箇所くらい開いているみたいだな」
「今の我々は、幾戦もの間、このゲートに翻弄され、ヤツらを殺るか追い返すのが精一杯だった」
ここで一息、煙草を吸って、ぷはーっと煙を吐く。
「だがな……、我々の特殊技術開発チームが長い年月を掛けて、奇門の術式を解析していてな、もうすぐ、こちらから敵地に乗り込めるようになる……フフフフ」
冷ややかな笑みとメガネが鈍く光る。
そして竜之介は、なんというタイミングでこの棋将武隊に入ってしまったんだ!! と少し後悔した。
「おっと、そろそろ紙と鉛筆の用意はいいか?知りえている敵の概要を言うぞ」
「チェスは格下から言うと、ポーン、ナイト、ビショップとルーク、クイーンそして・・キングは見たことないから今は戦力不明だなっと」
どんどん黒板に書き込んでいく。
「こいつらは、我々の言葉を理解し同じ様に喋るぞ。片言だかな」
「武装は、我々の甲冑みたいなものだが、こちらの環境が苦手なようで全身を鉄のようなもので覆っている。いわゆる西洋鎧というとこだな」
「こいつらは、武器も使うが、我々の精霊にも似た魔法を使う、奴らを捕獲し、解剖した結果だが、額に魔石を埋め込んでいた」
「ポーンに関しては何人もいて、誰が誰だか分からんが、格上のヤツについてはそいつと剣を交えた者の情報からある程度の情報を事得ている」
「実際の映像を見てみるか?」
2本目の煙草を口に咥えながら、立体映写機にスイッチを入れる。
「これが、ポーン。この様に西洋甲冑を身に纏っている。武器は槍付き斧、うちらは”斧突き”とも言うぜ。魔法は様々で刻印でいうと、LV1からLV2だな。この胸の箇所には己自信を示すエンブレムが刻まれている」
「次に、ナイトだ。武器は剣、LVは推定3から4、まぁまぁだな」
「続いて、ルーク。武器は大剣と鉄球、LVは推定4から5だ、こいつらは……激強いぜ?」
竜之介は大剣を背負っている方に目を向ける。良く見ると、顔部分の鎧に斜めの傷が入っている。
「この傷は誰が付けたんだろう……?」
竜之介は興味が沸いた。
「今度は、ビショップ、杖からの遠隔魔法を得意とし、レベルはルークと同じくらいだな」
「そして……我々が最も恐れている闇の悪女、クイーン、こいつと出会ったら覚悟した方がいい。大型のランスを馬上から振り回すぞ」
「あ、高慢ちきな角組の玉美にちょっと似ているかもな」
竜之介は初めて上がった名前に引っ掛かかる。竜之介はその女とはまだ一度も合っていなかった。
「敵については理解したな。んじゃ、我々の武器と攻撃方法について簡単に説明すっぞ」
そう言って、黒板に書き込んだいた文字をざーっと消した。
「入隊試験である程度の説明があったろ?今持っている鍔といわれる特殊な武器だ」
「鍔は抜刀の掛け声で武器が出現する。そして自分の持つ精霊がリンクすると、その武器にお前の強さを示す罰点印の刻印が武器の何れかに現れる。これはLV1から今のところ、最大LV5までだな」
「と成および隊長クラスは最低でもLV3は持っている」
「で、ここからが本番な。お前が持っている武器には必ず武器名が付いている」
「まぁ、例で言うとぉ小梅の武器名が”旋光”だったな……これに技名がついて初めて攻撃の威力が発揮される」
「小梅の技は、そう、あれだ!!」
「武器名と技名で旋光烈風って感じだな」
「つまり、抜刀で武器が出現した時点では何の技も出せない、平凡な武器でしかないから気をつけろよ? お前達は精霊とのリンクは必修だからな」
「ただ、ここで注意しなければいけないのは、属性の消費量だ、ガンガン技を繰り出すと、刻印がどんどん消えていって、終いには剣技のみとなるから注意しな」
「だから、自分の技がどれだけ属性を消費するか理解しとけ」
「万が一、刻印が無くなった状態で技を使用した場合は自分の命を削る事になるから絶対にやるなよ? マジで死ぬから」
そう言って、煙草に火を点けた。竜之介は授業中なのに……と困惑する。
――武器名か、確か長信さんは獄龍で、宗政さんが火虎だったな。
「で、竜之介、おめえの武器名は何て言うんだ?」
そう言って煙草を吸い始める。
「え?俺の……?」
竜之介の反応に、美柑さんが視線をゆっくりと向ける。
「おぃ……まさか、おめえ・・自分の武器名知らねえの?」
「えっ、そうですけど?」
急に美柑さんが口に咥えていた煙草を思わず吹き出した。
「あっ、あの、それって、何か不都合でも?」
竜之介は恐る恐る聞いてみる。
「何コイツ? あの長信や宗政の技を使いこなせて、自分の技は使えないときてる。しかも、こいついきなりと成になってるし……」
美柑は何やらぶつぶつ言っていたが、
「面白そうだから、皆には黙っておくか……にししし!!」
何やら、竜之介を見てほくそえんでいる。
「いやっ!! いやいや、わりぃわりぃ!! 竜之介、まぁ気にするな!!」
そう言った後、
「だいたい、こんなもんかな?……さぁて、休憩でもしますかねぇ」
美柑は立体映写機の電源を切った後、大きく背伸びをして、肩をとんとんとする仕草を見せる。
「んじゃ、10分後にまたここでな。今度は実習で戦い方の講習だ。簡単だから、ちゃっちゃと終わらせるぜ?」
そう言って、新しい煙草に火を付け、席を外した。竜之介も色々な事をたくさん聞いた為か流石に肩が凝ってしまった。
「じゃあ、俺も外の空気を吸ってくるかな……」
「ちょっと待て、竜之介。おめえ自分の武器名知らないって言ってたな? そりゃあ、本当か?」
「長信さん、なんだ、ちゃんと居たんじゃないですか」
「いや、そんなこたあどうでもいい。俺様も色々あってつい忘れちまっていたが、風間一族には過去最強の強者が居た筈だぜ?」
「ええええ!?」
「いや、確かに居た筈だ。そいつの名前は確か・・風間天竜とか言ったか。だが、ある日を境に天竜は忽然と棋将武隊から姿を消したらしいぜ?」
「風間……天竜!?」
「お前が持っている特殊な青剣が何よりの証拠だ。だがそれが後世に伝えられていないだと?」
「そう……みたいです。俺も何故だか分からないですが……」
「変だな」
そこで長信の反応がまた無くなった。竜之介が部屋の外に出てみると、中庭が一望出来た。階下で他の者も休憩しているようだ。手すりに手をやり新鮮な空気を取り込んで大きく深呼吸をした。
「風間天竜……か」
長信が出した一族の名を竜之介が口にした時、突然サイレンが鳴り出した。
「緊急警報発令!! 緊急警報発令!! 拠点より北東60KMの地点に2箇所の奇門出現を確認!! 各武隊は至急転送ゲートに来られたし!!」
「うわわわわっ!!」
竜之介は驚きの余り、手すりからずり落ちた。
「おい!! 竜之介っ!!」
後ろから大きな声で呼ばれる。その声の持ち主は美柑だった。
「ちっ、ちょっとチンタラやってたら、これだよ!! 予定ではあと2、3日は大丈夫だと高をくくってたぜ!!」
「竜之介、お前その首に掛けてる兜を今すぐ頭にセットしろ!!」
「ほら!! ぼけーっとすんな!! 戦だ戦ッ!! おめーもいくんだよッ!! 天下のと成様だろっ!! すぐ、地下の転送ゲートまで来いッ!!」
美柑は叫びながら、急いで下の階へ降りていった。呆然とその場に立ち尽くす竜之介。
「今、俺が戦場に行くと……間違いなく死んでしまう!!」
「戦場なんて……まだ無理だっ!!」
竜之介は情けない声を出しながら、予め持って来たバクミンを懐から取り出し、慌てて蓋を開けた後、薬を勢いよく飲み込むのであった。




