■斎藤姫野編(肆)
[何だ? 一体……?]
圧倒的な数を従え、宗政に向け捨て駒としてナイト――駒に襲い掛かる様、命令を下したシヴァ。だが、その膨大な力を持ってしても、心の奥底で感じた「危機感」は拭えなかった。
[この俺は一体、何を恐れているんだ? 先程と同じ様に駒事、奴をぶった斬ってやりゃあいいだけだろうが!]
後方で大剣を翳したシヴァは、駒達の体を切り裂きながら、宗政に大剣を突き刺さそうとする。
[おらああ! 今度こそくたばりやがれえ!]
敵の動きを駒に止めさせ、そこに一撃を加える。この卑劣な戦い方はシヴァの最も得意とする戦法であった。姫野はこれで大きなダメージを負ったのだ。当然、宗政も――。
――そうはならない。シヴァが最も恐れていた事が目の前で起こった。自分の一撃が入る前に、動きを止めさせていた駒が、一瞬にして斬り倒され、熱い炎を滾らせた宗政が自分に向かってくる姿を捉えたからだ。
[――ちいいっ! 早いっ!]
シヴァが舌打ちをした時には、互いの剣が激しい音を響かせ、火花を散らしていた。
[貧弱な体の癖に、此奴、何て重い一撃を撃ち込みやがる!?]
地面に、シヴァの足跡が後方に引きずられる様に刻まれた。
[この俺が、押されているだと? この俺が――!?]
「おおおおっ! シヴァあああっ!」
宗政の咆哮の声と同時に、大剣が大きく上へ弾かれる。シヴァは辛うじて片手で大剣が宙に飛ばされるのを防いだ。
「燃え尽きろ! シヴァ!」
宗政の火虎はシヴァを瞬く間に業火の中へと引き込んだ。
[グオオオオオ!]
大剣を無様に地へ降ろしたシヴァが炎に巻かれながら、悲鳴を上げる。そして宗政の怒りの炎が全てを焼き尽くしたかと思われた瞬間、その悲鳴が笑い声へと変わり、炎が立ち消えてしまった。
「やはり噂通りだったか……」
[カカカカ! チェス界では名を馳せている俺だ! 当然知っておいて貰わないと困るぜ!]
鎧から煙を立ち昇らせながら、シヴァがほくそ笑んだ。
「だろうな……私の炎が通じないって事は……」
宗政が体勢を立て直し、火虎を正面に構えた時、シヴァの大剣に炎が吹き上がった。
[そうだ! 俺もお前と同じ炎を操る者だからなあっ!]
大剣を地面に這わせながら、宗政に向かって強引に斜め上に斬り付けると、再び両剣が激しく火花を散らした。
[カカカカ! 炎対決といこうぜ! だが、限界のあるお前の炎と、秀光様に与えられし無尽蔵に湧き上がる俺の炎では雲泥の差があるがなあ!]
互いが熱い炎に覆われる。
「……宗政!」
近くでチェスと交戦している姫野が援護に回ろうと、シヴァに向けて三紗を振り下ろそうした瞬間、狙いすましたかの様に激しい雷撃が落ち、姫野の行く手を阻んだ。
「……雷!? ……ビショップか!?」
その方向に目を向ける姫野。其処にはナイトの後方から杖を翳し呪文を唱え、更に雷を撃とうとするビショップの姿があった。
今度は宗政の頭上を目掛け、無数の雷撃が襲い掛かる。
「……宗政の邪魔は……させん!」
「……悪雷を薙ぎ払い、敵を撃て……三紗――攻嵐」
跳躍した姫野は、高速に旋回させた三紗から姫野は氷弾を放ち、雷撃を全て相殺すると、勢いを保ったままビショップへと襲い掛かった。
[ひ――!]
慄いたビショップが杖で攻撃を受けようとするが、大型で三枚刃を持つ三紗の前では何の意味も持たない。空気を切り裂く音を響かせ、激しく旋回した三紗の一枚目の刃が簡単に杖を両断した後、鎧に致命的な切り口を開ける。そして、二枚目の刃が鎧を斬り裂いた後には、全ての刃がその肉を食ら散らす。一瞬でその地獄を三紗はビショップに見せていた。
三紗の旋回が止まった時、地面に無残なビショップの肉塊が転がる。どす黒い体液を啜った三枚刃は、鈍い光を放ちながら駒達へと向けられた。
宗政は未だ炎の中で、互いの剣を重ねている。やがてそれぞれの炎が割れると、対峙した二人が姿を現した。
[けっ、忌々しい。炎の力は互角か。まぁ、消耗戦にはなるが――俺の勝ちだ!]
不敵な笑みを浮かべこれ見よがしに大剣から炎を拭き上げさせるシヴァ。
「成程。お前はこれまで卑劣な手段を使って、その炎で同胞に手を掛けていたのか……」
呟いた宗政は突然、火虎から燃え上がらせていた炎を止めた。意外な行動に出た宗政を見て、シヴァは驚きの声を上げる。
[貴様は馬鹿か? 炎を絶やした赤剣は只の剣でしかない。それでどうやって俺と戦う気なんだ?]
その答えは、二人の戦いをずっと見守っている竜之介が知っていた。
――シヴァ、宗政さんがお前に敗れたのは、既にお前と戦う力が残っていなかったからだ!。
――お前は宗政さんの力が炎だけだと思っているのだろうが、そうじゃない!。
――それは、あの道場で鍛えられた俺だけが良く知っている!。
宗政はシヴァから間合いを計ると、ゆっくりと赤剣を正眼に構えた。
――本気になった宗政さんは、恐ろしく強いぜ?。
「シヴァ……私は、心底憤りを感じているのです。一つは騎士道ならぬ、数々の卑劣なやり方……」
剣先を下げ、宗政の足元が少し地に沈むと、周辺から亀裂が走り始めた。
「もう一つは……姫野隊長に怪我を負わせた事……」
シヴァは急に大剣が重くなったのを感じた。
[な、何だこの重苦しい感じは……?]
「もう一つはその姫野隊長を悲しまさせ、此の地をその涙で濡らさせた事だ!!」
「……む、宗政、お前……!!」
残り少なくなった駒達を切り刻みながら、一瞬手を止めて姫野は赤面する。宗政の殺気が強まると、更に亀裂が走り、シヴァの足元の地盤を崩した。
[ふ、ふざけるな! こんな技――!]
シヴァが大剣を翳そうと必死に力を加えるが、一向に上がらない。
[何故だ!? 何故、剣が持ち上がらねえ!? 何故、俺の体が動きやがらねえ!?]
シヴァが正面を見据えた時、冷酷な目を向けた宗政の背後に、一匹の赤虎が恐ろしい目をぎらつかせながら睨んでいる事に気付いた。
[何だ!? その化け物は!]
――そう。宗政さんが、本来忌み嫌う究極の技――殺気の具現化!。
[お、俺は聞いてねえぞ! 此奴がこんな技を持っていた等と! くそ! だ、誰でもいい! 俺を助けろ!]
シヴァが援護を駒達に援護を求めて叫ぶ。だが、それに反応する駒は一体も無かった。当然の事、それらは既に姫野の三紗によって全て狩り取られていたからだ。
[俺の駒が、全滅だと!?]
「……シヴァ、宗政が先程言っていた事を忘れたか? ……一体となった我らは無敵だという事を……」
「後はお前だけだ……宗政、そいつを倒せ」
恐らくは宗政の耳に入っていないであろう。殺気の具現化は、その技を放つ宗政の人格を変えてしまっていた。
「ガルルル……」
獣にも似た呻き声を漏らす宗政。その豹変振りにシヴァは更に恐れを感じ始めていた。
[くそ! 作戦は完璧だった筈なのに、何で俺は今、此奴に追い込まれていやがる? そもそも、此奴は何で生き返りやがった?]
無駄な考えを堂々巡りさせるシヴァ。本来であれば、宗政の骸を背後に高笑いをしながらこの場を去っている筈だった。その運命を変えたのは、次元を飛び越えて此処に来た竜之介だという事をこの時のシヴァは知る由も無かった。
[クソが! 動きやがれ! 動けえっ! このっ! 良し! 動い――]
宗政の拘束から解かれた時、シヴァの視界には、何処までも一面に広がる青い空が見えていた。
――瞬殺。宗政の繰り出した一太刀は正に此れに当たる。間近で見ていた竜之介も、現役の宗政の速さに唖然とさせられた。
[あ? こりゃあ、何――]
それと同時、シヴァの頭部が地面に叩きつけられる。マスクが剥がれ飛び、顔を曝け出したシヴァは、目の前に立っている首から下半身だけ残した自分の体を見て唖然とした。
[こ、此れは……お、俺の体か!?]
足音がゆっくりと近付いて来る。やがてシヴァの視界には冷酷な顔をして火虎を翳した宗政が見えた。
「驚いた……この者、まだ生きておるのか……」
その台詞はつい先程、死にゆく宗政にシヴァが吐いた言葉。やがて獲物を捕らえるかの様に、微調整された火虎の剣先は、シヴァの額に埋め込まれた魔石を捉えた。
[ま、待て! 俺を殺すな! そうだ! 俺を助けてくれたら、良い事をお前に教えてやろう! お前も知りたがっている秀光様の事だ! 実は、あのお方は――]
[あ゛――]
シヴァは最後まで言葉を繋げる事が出来なかった。宗政の一振りによって、頭部毎額の魔石を両断されていたからだ。魔石の力を失ったシヴァは、鎧だけ残し、塵の様に消えていく。主を失った鎧達は、金属音を響かせて、周辺に空しく転がった。
「……今更、秀光の情報など私には必要ありません。何故なら――」
「――その秀光を討つのは、この私なのですから」
「さてと……」
正気に戻った宗政が、踵を変えようとした瞬間、いきなり大熊に襲われた感覚に捉われた。「熊?!」と驚いた宗政の表情は直ぐに恥ずかしさが混じった驚きの表情に変わる。
「ひ、姫野隊長――!?」
勝敗が決した時、姫野は己が隊長である事を忘れ、本能的に宗政の元に駆け寄り、そして――思いっきり宗政を抱きしめていたのだった。
「……宗政、良くやった……お前こそ、誠の剣士だ!」
姫野に抱きしめられた宗政は静かに瞼を閉じ、優しく吹つける風の中で甘く香る匂いを感じていた。
「はは……姫野隊長、私が騎士道を捨てたシヴァなどに遅れをとる事などないの……で……す」
――十洞山には己の勇気を試す高台がある。そこから飛び降りる気持ちで宗政は、空気を掴んでいた手を姫野の背中に回そうと試見た。
「く……っ! あ、あと、もう少しです……い、今なら!」
――行け! 宗政さん! 今だ! 男なら其処で、ぎゅうっと行けええっ!。
宗政の頭上で応援する竜之介。人差し指があともう少しで触れようとした瞬間、苛つかせた声で火目子が火虎から飛び出てきた。
*姫野さん、いい加減マスターから離れてくださいいっ!*
その声に驚いた姫野が、慌てて宗政から飛び退き、宗政の指は空しく空を切った。
「……す、すまない、嬉しさの余り、つい……さぞかし嫌だったろう? 許してくれ、宗政」
「い、いえ、姫野隊長、そんな事は、私は逆に……はは……あははは」
乾いた笑いをして、そのまま握っていた火虎と頭を力無く下げる宗政。
――宗政さん、貴方の気持ちは、俺が良く分かっています! あと、もう一歩の所でっ! 火目子、お前空気読めよおおっ!。
その怒りの声は、宗政に抱き付き、姫野に舌を出している火目子には聞こえない。その時、竜之介の気持ちが伝わったのだろうか、三紗から姿を現した氷華が「やれやれ」と言った表情をして竜之介の代弁をし始めた。
*火目子、あなた本当に空気妻ね……*
*え? 妻だなんてそんな、照れます、え? 空気?*
氷華は一瞬火目子から顔を背け、「あーあ。馬鹿だわ……この娘」などと呟いた。
「……と、とにかくシヴァは倒した。宗政、今からどう行動するか、少し話しを――」
周りに流れ始めた気まずい雰囲気を強引に戻そうとする姫野の助け舟に、慌てて宗政も便乗する。
「あ、そ、そうですね! これからの作戦も立てねばなりませんし――!」
*ねえねえ、氷華、先程の「空気」って何ですか?*
*さぁ? ……私、そんな事言ったかしら?*
――こんな光景を目の辺りにする事が出来るなんてな……。
――今、動き出した二人の新しい道。
――宗政さんなら、必ず秀光を倒してくれる。
――そして、惹かれあう二人はきっと幸せになる、俺はその結末を最後まで見届けたいんだ。
そんな穏やかな雰囲気に包まれた四人を竜之介は上空で見つめながら、熱く感じた魂を震わせるのであった。




