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■織田いちの編(玖)

 ――秀光討伐の日。新たな飛組隊長いちのの「と成」として、竜之介も戦の準備を整えていた。棋将武隊の者達は、まだ見ぬチェス界での戦に向け、その士気を高めつつあった。


「遂に……この日がやってきたか! 絶対に秀光をぶっ倒してやる!」


 全ての準備を終えた竜之介が、眦を上げて、外に出て転送ゲートへと足を進めた時だった。その背後で聞き慣れた声に急に呼び止められた。


「――あ、唯さん」


 踵を返した竜之介の視界には、女という事を意識していないのか、肩まで自由奔放に伸ばした髪にだらしなく着こなした白衣。その胸元からは竜之介の視線を慌てて逸らさせる程、豊かな胸の谷間が姿を覗かせていた。


「だっ、だから唯さん、何でちゃんと服を着ないんですかっ!」


「んー? 何を言ってるんだい、竜之介、私はちゃんと服を身に着ているではないか。ほら、ほら!」


 わざとらしく白衣をひらひらとさせて、黒い下着を見せつける。


「だーっ! 今から秀光との戦を控えているというのに、唯さんは、緊張感が無さ過ぎなんですよ!」 


 目を手で覆いながら慌てる竜之介を堪能した唯は、満足そうに破顔した後、急に研究者の表情へと戻った。


「……さてと、竜之介観察はこれくらいにして、本題に入ろうか、少し私に付き合い給え」


「――え? でも俺、直ぐに転送ゲートにいかないと……」


「いいから……今、お前がチェス界に行っても何の意味も持たない。この意図は私に付いてくれば、分かるよ」


 意味深な唯の言葉に竜之介は頭を傾げながらも、唯の後に付いて行く。二人はそのまま唯の研究施設に入り、エレベータで地下へと降りて行った。


 部屋の中に入った唯はくるりと竜之介の方へ向き直ると、何時もより更に真剣な顔を見せながら口を開いた。


「これから、私が言う事は戯言でも夢物語でも無い、 紛う事無き真実。心して聞き給え」


「……竜之介君、君は火虎と獄龍が使える唯一人の男だ。何故それが可能になったか分かるかい?」


「え……それは……」


 必死に断片化した記憶を遡って見る。竜之介は棋将武隊の入隊試験当日に起こったあの出来事を思い出した。


「俺は確か……棋将武隊の試験で一度落ちて、その帰りで石段から足を滑らせて転げ落ちて……」


「成程。その時に不可解な現象が起き、近くに居た抜け殻状態の君の中に、長信と宗政の魂が宿ったのだね……」


 唯は自身の考えに納得しながら顎に手をやり、小さく頷いた。


「え? それは一体どういう――?」


「いいかい竜之介君、この世界で長信と宗政の魂が存在していた理由、それは――」


「使っていたのだよ――秀光と同じ秘術を。別の世界に住まう、純粋に実験結果だけを求めるだけの『私』がね……!」


「――秘術?」


「ああ……別の世界に自分の魂を転移させる、神をも恐れぬ所業の術式の事だよ……!」


 唯は瞼を閉じながら、片手を横に広げ悦に入った様子で言葉を重ねた。そして、竜之介に別世界の自分に言われた使命や、秀光の秘密について説明を始める。


「……そ、そんな事があったなんて……でも、それなら唯さんは何で、まだその事を覚えているんですか?」


「なぁに、簡単な事。『其処に行っていない』。だからそのままなだけさ」


「い、行っていないって、何で……」


「――さて、ここで問題だ竜之介君。何故私が其処に行かなかったか?」


 互いの吐息が重なりそうな位、唯は顔を近付けると、人差し指で竜之介の唇をなぞった。


「そ、そんなの検討も尽きませんよ……って、それより顔が近いですって!」


「答えは簡単だ……それは、君が『石段から足を踏み外さない』二つの世界だったからだよ」


「……な!」


 悪戯っぽく笑い、目を細めた唯は、すうっと竜之介から顔を離した。


「――つまりだ、その世界では君の持っている宗政と長信の魂は存在しない、故にどどちらの世界でも、後に君がこの棋将武隊に現れ、入隊試験を受けたとしても、不合格となる訳だ!」


「となれば、天竜様の降臨はおろか、シヴァや秀光の仇討ちも叶わない――結果、『秀光は倒せない』という事になるのだよ!」


「私は、当初から君の持つ二つの属性には注目していたのさ。他の私はどうかは分からないが、この私はどの私よりも慎重に行動し、更にその上を行く優れた者。ずっと考えていたんだ、何故此れまで秀光を全て君が倒してきたのか、何故この世界に二人の魂が存在していたのかとねえ……」


「そして私は、今の結論に辿り着き、別世界へ行く前に同じ要領で『狂科学者』と化した私の所へと遡って二人の魂を転移させた世界を確認したのさっ!」


「其処で私は気付いた――送って来た私へのメッセージに誤りがあったのだと。先行して確認した私もさぞかし余裕が無かったのだろうねえ。もし、私がそれを鵜呑みにして、その世界に赴いてしまった場合、其処は誰も居ない空間だったに違いないだろうさ」


「……そして、時間切れとなった私が再び此処に戻って来た時、全ての記憶は抹消され――バッドエンドを迎える」


「お、俺が……試験に受からない世界……それじゃあ、何をやっても、もう駄目って事じゃないか……今でも皆、秀光を倒そうと頑張ってるのに……!」


 真実を告げられた竜之介は愕然としながら頭を抱える。その瞬間、唯が吹き出す様にして苦笑し始めた。


「ゆ、唯さん、人が落ち込んでいるというのに、何がそんなに可笑しいんですか?!」


 怒りを露わにして唯に食って掛かる竜之介に唯は「待て」という感じで片手を差し出した。


「違うのだよ。他の私もこの私に引けを取らない天才だ。先程言ったであろう? メッセージに誤りがあったのだと。ちゃんと秀光を討つ方法は考えていたんだよ……それをこの私が運命的にも気付いたのさ」


「――竜之介君。全ての鍵は今この世界に居るこの私と君が握っているという事をねえ」


「す、全ての鍵?」


「そう! 今一度君に問おう、今の君の中には何が宿っている?」


「えっと……俺には宗政さんと、長信さんの……って、ああっ!」


「ふふふふふっ! そう、今竜之介君の中には二人の魂が宿っている」


「そして、私はどの世界の私よりも遥かに天才なのだよっ!」


「ゆ、唯さん……まさかとは思いますが……」


「やっと、気付いたかい? そうだ、君が秀光を討てないのだから、宗政と長信に再び生き返って貰い、その二人が秀光を倒せばいいのさっ!」


「宗政さんと……長信さんが……秀光を倒す」


「なぁ、竜之介君。君は宗政を諦めて此処から寂しく離れて行った姫野と、長信を失い、自分の人生をふらふらと悲しく彷徨っている桜子を助けたいとは思わないかい?」


「俺が……姫野さんと……桜子さんを? ――た、助けたいです!」


「宜しい。いいかい、竜之介君。私は今から君にオペを行い、君の中に存在している二人の魂を抽出する。君はそれを持って、二つの世界に飛び、骸に帰っていない、まだ肉体が存在する二人に再び命を与え給え」


「わ、分かりました。って、そんな事が可能なのですか?!」


「ふふ。先程私は言ったであろう、どの世界の私よりも誰よりも遥かに天才だと。異次元でもあるチェス界へ繋がる転送ゲートさえも創った私だ。君を別の世界に滞在させる事など、造作も無い。但し――」


「別の私が生み出した生身の転送には、滞在時間の限界や、タイムパラドックスの危険性を伴う。だが、零次元に存在する『人魂』は別物だ」


「――手法は理解した。さあ竜之介君っ! 君も神の成せる業によって次元を超えて行くがいいっ!」


 腰に手を当てながら、びしっと竜之介を指差す唯。


「ま、まさか……お、俺に秘術を?」


「狂科学者の私がやってのけたのだ。この私でも容易に出来るだろう。それに、私は興味本位や、実験をする感覚で行うのではない、これは嘆き悲しむ者を救う為に行う、正しき振る舞いなのだ!」


「唯さん……何故だろう? 顔が笑ってますよ……?」


「こ、コホン、理解したのなら、善は急げだ。早速其処のカプセルの中に入り給え。ぐずぐすしてはいけない、何と言っても最後に秀光を倒すのは竜之介君、君なのだからね!」


「この様な展開に転じたのは、決して偶然なんかではない、全てが運命なのだよ……帰って来た君が火虎、獄龍が使え無くなっても、まだ君の中には、なんと言っても天竜様の『風』が宿っているのだから……」


「そうだ! 俺には師匠から受け継いだ風神が……! って、まだいちのちゃんに返して貰ってないや……言って返して貰わないといけな――」


「――では、君が体験する向こうの時間間隔は、此方では多少時間が経過するだけだ。少しの間、仮眠する気持でいてくれればいい。それでは――いくぞ、三、二、一」


 竜之介が考え込んでいる間に、唯が着々とカウントダウンを始めている。


「わわわっ! 唯さんちょっと待って!まだ、心の準備がああ――!」


 間髪入れず、目の前が真っ青に染まった。


「どうだい? 身軽になった気分は?」


『なんて事だ……、唯さんや、ベットに横たわった俺の体が見える……』


 宙に浮いた青い人魂は、カプセル内のベットで死んだ様に眠る自分と、上を見上げ、自分に話掛ける唯の姿を見ていた。


「ふふ。どうやら上手くいったようだな、流石私だ。では、君の横にある二人の人魂が見えるかい?」


 竜之介が確認すると、その横ではまるで綿飴の様に袋詰めにされた赤い人魂と、黒い人魂が宙に浮いている。


『ああ、この色と形、懐かしい! ……宗政さん、長信さん、聞こえますか! 俺です、竜之介です!』


 袋詰めの人魂は共に何も答えない。


『唯さん……有るには有りますが、何故か話し掛けても答えてくれないし、それに袋詰めになってるんですけど……』


「それは、まだ意志を持っていない素の人魂だからね。話し掛けても無駄だよ。それに魔石の変わりでもあるその特殊な袋に入れておかなければ、近くに依代が無い限り、直ぐにどっかに飛んで行ってしまうのさっ!」


『……そ、そうなんですか』


「いいかい、その袋は君の意志で動く。二人の死に直面したら、開け放ち給え。言っておくが、絶対に関係の無い場所で、開いては駄目だよ!」


『わ、分かりました』


「まずは、宗政の所へ行くがいい。此処には宗政の復活後、一定の時間が経過すれば自動で戻って来られる。なぁに、二人のハッピーエンドを見届けるまでは十分時間があるから、心配しなくてもいい!」


『そうか……それは有り難いな』


「ちなみに、向こうの人物との会話や接触は一切叶わないからそのつもりで!」


『そうか……それは少し残念だな……』


「それでは、見届け給え! 運命が変わった瞬間を! そして蘇った宗政が秀光を討伐する勇姿をっ!」


『は、はい、唯さん、行ってきます!』


 その時、竜之介の頭上で妖しい音を響かせながら、何かの蓋が開き始めた。


「うむっ! 戻って来たら是非、君が見た全てをこの私に熱く語ってくれ給え! じゃ、三、二、一――」


『だっ、だから、唯さん、いきなり過ぎなんだってば――!』


 その文句も言い切れないまま、青い人魂――青魂と化した竜之介は、宗政の赤魂を引き連れ、別世界へ続く扉へと吸い込まれていくのであった。


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