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■織田いちの編(漆)

「斎藤姫野、今一度お前に問おう。シヴァを倒し、宗政の仇を討ったお前が、未だ未練がましくも飛組隊長に留まっている理由を……」


 いちのは試合会場の中央で、姫野を睨み付けながら問う。


「……織田の妹……私は……一度は覚悟した、隊長の座を降り、宗政を……忘れると」


「だが……私は見てしまったのだ……そう、あの宗政の……再来を……!」


「――何?」


 恍惚に浸った表情を浮かべ、言葉を重ねる姫野を見て、いちのは呆然とした。


「月下の元で舞う、美しい赤剣せきけん……火虎の舞を……」


「……その瞬間、私の迷いは消え失せ……あの者――竜之介を立派な『宗政の二代目』として……見守っていく事を決意したのだ……」


 普段よりも、鋭い視線に戻った姫野は、いちのからゆっくりと間合いを取り始めた。


「抜刀――三紗……」


 抜刀をしながら姫野は、控室で姉の桜子と話を交わした時の事を思い出していた。








 ――試合開始より数時間前。控室に居た姫野の目の前には、物静かな雰囲気を漂わせている女――桜子の姿があった。


「姫野……貴方、私に言ってたわよね、飛組隊長を降りて、暫く修行に出るって」


「それが、急にいちのちゃんの下剋上を受けるなんて……一体どうしてしまったの?」


「……姉さん……聞いてくれ、宗政が……宗政が帰って来たんだ!」


「――宗政が?」


 桜子は昨夜の話を姫野から全て聞いた。


「ね、だから桜子姉さん……私は織田の妹を倒して……宗政を――」


「馬鹿! 目を覚ましなさい、姫野! 貴方、竜之介を一体何だと思ってるの!」


――何かだって? それは、竜之介は宗政……いや……違う、でも、私は……。


 姫野の理性はその事実を正しく理解していた。竜之介は竜之介だと。だが、火虎を翳し、美しく舞う竜之介の姿を、本能がそれをどうしても認めなかったのだ。


「煩い……。桜子姉さんだって……竜之介が長信に……見えていた筈」


「――なっ!?」


「それを今更……竜之介に自分の事を忘れられられたからと言って……私に全部押し付けないで欲しい……」


「――そうね……確かに私は、竜之介に長信の面影を見ていたのかも知れない……何かを期待していたかもしれない、でも、でもね、それは決して許される事では無いの……だからお願い姫野、考え直して!」


「それなら……答えてよ、桜子姉さん……試合に臨む織田の妹は……誰を追っている……? 竜之介か……それとも――長信か?」


「そっ、それは……!」


「……無理に答えなくていい……その答えは既に出ている……織田の妹が追っている者は……長信なのだから……竜之介に宗政を重ねる……この私と同じ様にな……」


 苦しそうに言葉を重ねた姫野は、桜子の横を無言で通り過ぎ、控室を出て行った。








「桜子姉さん……貴方が出来なかった事を……私がやってやる……!」


 眦を上げた姫野は水晶に手を当てて、氷の精霊――氷華を召喚する。


「来い……氷華、私の意志を貫く為……目の前の障害を退けるぞ……」


*御意*


 抜刀を終え、直ぐに氷華を召喚する。両目を白布で覆い隠し、両腕に巻かれた白布の端を不気味に靡かせた氷華が三紗にリンクすると、柄の先端部分に五個の刻印が表われる。その光景を目にした隊の者達からは、驚きの声が一斉に沸き上がった。


「……成程。だがそれは私も同じ事。お前を倒し、竜之介を立派な獄龍の使い手――『兄様』にしてみせる」


「抜刀――獄霊」


 続いて、いちのが獄霊を抜刀する。


「始めるぞ……白子」


*了解、了解!*


*でもね、どうしてだかこの子とは、相性が悪いのよねえ……*


 姿を現せた白子は獄霊を見て、溜息交じりに呟く。いちのと姫野が全ての準備を終え、定位置に着いた時点で試合開始の合図が告げられた。


「おおお! 遂に始まったぜ! 竜之介を奪い合っての決戦がっ!」


「あうう……」


 隊の者達よりも二人の近くに座らせられた特等席の竜之介に向かって、冷ややかな視線が容赦無く突き刺さる。


「でも、力の差は歴然だな。どう見ても織田の方が分が悪い」


「ああ……ありゃあ、『熊』と『猫』の対決みたいなもんだ」


 隊の者達の言葉通り、姫野の体の大きさ、武器の大きさ全てが、いちのを上回っていた。


「…………お前に見切れるか? 私の槍捌き……」


 覇気を込めながら、姫野が技の体勢に入った。


「吹雪き……貫け……三紗――嵐将らんしょう


 その体の大きさにそぐわない、異様な速さで後足で力強く地面を踏み込むと、大槍で連続の突きを繰り出し、同時に鋭い氷の刃を放った。


「――私を以前のいちのと思わない方がいい」


 姫野の動きと氷の刃の軌道を読み切ったいちのは、攻撃を難なく交わした。


「……全て……交わした?」


 無傷のいちのを目の前に、姫野は驚きの表情を見せる。


「凄い……織田さんが、あの姫野隊長と互角に戦ってるなんて……!」


 嘗ての薙刀武隊の者達が、誰もが予想だにしなかった展開を見せられ、驚嘆の声を上げた。


「――今度はこちらの番だ」


 今度はいちのが、獄霊を斜め下段に構え、技の体勢に入った。


「闇と共に唸れ……獄霊――冥道めいどう


 両端の刃に闇の炎を迸らせながら、入れ替わりで激しく姫野を攻め立てる。


「……早い…………だが」


 姫野も負けてはいない。三又に分かれた三紗の刃でそれらを全て打ち払い、いちのの刃を巻き込むと、力任せに投げ飛ばした。


「くうっ!」


「やはり、力では押されるか……流石隊長を名乗るだけの事はある」


 地面に足の軌跡と砂煙を巻き上げながら、いちのは大きく後退させられた。


「……私は絶対……負けない……お前を退け……そして『宗政』を……私の元に再び……」


 何かに憑りつかれたかの様に、姫野が防御する事も無く、その距離を徐々に詰めてくる。


「させぬ! 竜之介は私の物だ!」


 いちのが叫んだ瞬間、その脳裏に十洞山で竜之介に料理を教えて貰っていた時の場面が横切った。


――は? ち、違う! 何故今になってあの場面が!? い、今のは違う! 私は兄様を取り戻す為に戦っているのだ! 気迷うな、私!。


 一瞬にして顔が真っ赤に炎上したいちのは、頭を必死に横へ振って、それを無理やり解消させた。


「織田の妹……秘められしお前の力……認めてやる。だが……次で……終わりだ」


 その言葉の後、大槍を激しく旋回させ始めた姫野の周りからは、円を描く様にして、一気に砂煙が舞い上がり始める。


「三紗――旋乱」


「ああっ! 姫野隊長の三紗旋乱っ! 上空から獲物を一突きで仕留める大技! ああ、何時見ても華麗なお姿だわ……っ!」


 地面から姫野の足は離れ、高々と空中に上昇し始める。やがて射程圏内にいちのの姿を捉えると、旋回を止め、上空から無数の氷の刃を従え、一気にいちのへと襲い掛かった。


「…………もはや、何処にも逃げられない……覚悟!」


 身体を捻り、自身の体を高速回転させながら一直線状に向かってくる姫野に対して、いちのは不適に笑う。


「侮るな、今こそお前に見せてやる……獄霊の真の姿!」


「非情に舞え、獄霊――輪廻」


 その瞬間、一本であった獄霊は金属が分解する音を弾かせて、三つに別れた。鎖で繋がれた両端の刃先は高速回転し始め、雨の様に降ってくる氷の刃を全て打ち砕くと、そのまま三紗の羽先を絡め、槍筋を強引に変えた。


「獄霊が……変形……した!?」


 槍筋を殺された姫野は激しく動揺する。いちのは、三紗の刃先に絡み付かせた獄霊の鎖をピンと張り詰めさせながら、姫野を引きずる様にして自分の攻撃範囲まで引き寄せた。


「――三紗旋乱敗れたり! これで、竜之介は私の物だっ!」


 勝利を確信したいちのが叫んだ瞬間、再び喜怒哀楽を自分に向ける竜之介の表情が脳裏の中へ一気に流れ込んだ。


――あ、あ、まただ! な、何故だ! 何故竜之介ばかりが、頭に浮かぶ!?。


――全てはいちのの為、そして、亡き兄様の為! 姫野の槍筋は殺した! 後は止めの一撃を放つだけだっ!。


 一瞬、平常心を失ったいちのの攻撃が遅れる。再び獄霊を元の薙刀に戻し、最後の一撃を姫野の喉元へ入れようとした時、体勢を立て直した姫野の三紗の刃先は既にいちのの胸を捉えていた。


「…………まだだっ!」


 姫野が一気に三紗を突き出す。


「りゃあああああっ!」


 それと同時に、いちのは苦しそうな表情を見せながら、獄霊を突き出した。


 その動作は互角。互いの刃先が交差した瞬間、獄霊の軌道に突然、黒い物体が飛び込んで来た。


――な!? か、烏!?。


「……く、黒丸っ!」


 獄霊の刃先に接触した黒丸は、肩羽の羽を宙に撒き散らしながら、その軌道を変えた。


『行け! ……姫野!』


 空中へと弾き飛ばされた黒丸は、眼帯が吹き飛び、きりもみ状態になりながら、そのまま勢いよく地面へ落下していく。


「貴様ああああああああっ!」


 意識が途絶えようとする最中、黒丸の片目は咆哮を上げた姫野が、いちのに一撃を浴びせた瞬間を目にした。


「がああああああああっ!」


『へ……やってやたぜ……姫野、おめえの勝ちだ……!』


 いちのの悶絶の声と、砕け散っていく甲冑の破片を目にしながら黒丸は満足そうに呟く。


『こ、これで……俺も……。アニキ……やっと会えやしたね……今から俺と一杯洒落込みやしょうぜ……』


 次の瞬間、今正に命が尽きようとしている黒丸の表情が一変した。


『あ、アニキ……な、何で……だよ、何で――』


 其処で黒丸の体は地面に激しく打ち付けられ、そのまま意識が途絶えてしまった。


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