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■織田いちの編(陸)

『――来たか、竜之介。例の「モノ」は持ってきたんだろうな?』


「この火虎の鍔とこの頬当ての事ですか?」


『ああ……それだ。それが無ければ、今から教える「武踏」は出来ねえからな』


 竜之介の部屋で全てを話し終えた黒丸は、場所を移して、竜之介を拠点の外れに呼び出していた。


「……しても、宗政さんの鍔にそれに『何故か俺の部屋にあった頬当て』を使って武踏って、一体なんの関係があるんですか?」


『――ちっ、中途半端に思い出しやがって、つくづく気に入らねえ……!』


 天竜の事を思い出せない事よりも、姫野や宗政の事を思い出せない竜之介を見て、黒丸は更に苛立ちを覚える。


『まぁいい、今日明日、俺の事を「師匠」って呼べ。いいな?』


「はい、よろしくお願いします――師匠」


――その言葉、本当はアニキのもんなんだぜ? 竜之介よぉ。……待ってろ、姫野そしてアニキ! この俺が竜之介を「宗政」に戻してやるからよ!。


 羽で握り拳を作った黒丸は空を見上げながら二人に誓った。


『さて……時間も無えし、早速おっぱじめるか、竜之介、火虎を抜刀して見せな』


「は、はい、師匠!」


 力強く方向した竜之介は火虎を握り締めながら、体勢を低くした。


「おおおっ! 抜刀――火虎!」


――馬鹿野郎! それじゃ、まんま長信じゃねえか!。


『かーっ、そんなんじゃ駄目だ! お前、宗政の事が全然分かってねえ!』


『いいか竜之介、まずは――長信を忘れろ!』


「え? 長信さんを!?」


『そうだ、長信と宗政は火と水の関係、全く真逆な性格、そもそも長信が「動」なら宗政は「静」だ』


 この時、竜之介の脳裏には、豪快に笑い飛ばす長信と、そしてもう一人、うっすらだが影の薄い男の姿を思い出していた。


「宗政さんは……静、ですか、分かりました」


『ちょいと、待ちな。これを付けろ。何かが変わる筈だ』


 頬当ての紐を口で摘まんで、竜之介の肩に飛び乗った。


「あ……持ってきた頬当てか、分かりました」


 頬当てを受け取った竜之介は、それを静かに顔へ装着する。その瞬間竜之介は、何とも言えない静寂さに身を包まれ始めた。


「なんだ? この静けさは……伝わってくるぞ……暗闇で眠る木々や草花達の息吹が……」


 この変化に黒丸も直ぐに気付いた。


――ほう、周りの空気がガラリと変わりやがった。竜之介……やはり、てめえは……。


「行くぞ……抜刀――火虎」


 再び竜之介が火虎を抜刀するが、火虎は何も答えなかった。


『ブブー。おしい、竜之介。あともう一歩だったな。今、感じた静の中で熱く燃える闘争心を滾らせろ、そうしねえと、火虎は起きねえよ』


――そうだ、思い出せよ竜之介、見た目は静かだが、長信にも負けない、その内に滾る猛虎の様な闘争心を持つ一人の剣士を!。


「熱く滾る闘争心……」


――そうだ! もう少しだ竜之介、おめえは長信なんかじゃねえ! 宗政なんだ!。


 何度も何度も抜刀を繰り返す竜之介。その度、何故だろうか竜之介の心に静寂が広がっていく。やがてその先に、一人の男が、静かに赤き剣を握って佇んでいる姿が見えた。男は、ゆっくりと剣を上段に翳すと、目にも留まらない速さで剣先を回転させ、一気に振り下ろす。竜之介はその男の動作に見覚えがあった。


「何だ……? 今、何かの技が見えた気がする。相手の剣を上から巻き込んで地に叩きつける、凄まじい技」


 徐々にその姿が鮮明な物へと変わっていく。


「あ…………火虎……隼、宗政さんの……技」


 宗政の技を口に出した竜之介の目が一瞬見開くと、遠くにある何かを見つめる様にしながらゆっくりと閉じられていく。


「抜刀……火虎」


 黒丸の目には抜刀する竜之介の足元に、一滴の雫が落ち、綺麗な波紋が広がる様が見え、波紋が広がり切った後、一匹の虎が咆哮を上げる姿が見えた。


――ああ……それだ、それだよ、竜之介! その感じこそがっ――!。


 高々と翳した竜之介の両腕には刀身に炎が迸りながら、その姿を見せていた。


『でかしたぜ! 竜之介! それこそが、宗政だあっ!』


「出来た……! 出来ましたよ! 師匠――!」


 歓喜しながら、黒丸を見つめた時、その黒く小さな体に一匹の針鼠の姿が重なった。その針鼠は腕を組みながら、怪訝そうな顔を浮かべて鼻を鳴らしている。


「あ、あ、師匠……天竜……師匠! お、思い出したあっ!」


『けっ、馬鹿が。やっとアニキの事も思い出したか? そうじゃねえとアニキも浮かばれないってもんだぜ?』


 安堵の溜息を吐いた黒丸が。一旦間を置いて、自信に満ちた声で竜之介に問い掛ける。


『それなら、当然姫野の事も思い出したよなぁ? なぁ、おい』


「はい、思い出しました! 姫野さんは――」


――良かったな……姫野……これで。


「宗政さんが愛した人だったんですよね!」


――ああ……そうだよ、確かにそうだがよ。


『おめえ、なんでそんな風に『他人事』の様の言っていやがる? ほら、もっと大事な事があんだろ?』


「いえ……それ以外は『特に』何も……」


 竜之介は確かに宗政の事を思い出していた。だがそれは、宗政が姫野を心から慕っていた――そこに留まっているだけの記憶であった。肝心な部分が不足している事実を突きつけられた黒丸は、真っ黒な体を小刻みに震わせ始めた。


『な、何だよ……何だってんだよ! そりゃよお! くそ! それじゃあ、あんまりにも姫野が不憫じゃねえかっ!』


「え? ひ、姫野さんが……ど、どうして?」


『てめえ……本気で言ってんのか? ふざけてるんじゃねえだろうな?』


「い、いや……俺は、本当の事を言ってるだけで……信じてくださいっ!」


 それが事実を物語っているという事を、竜之介の目を見た黒丸は嫌な程思い知らされた。


『……信じたくねえよ、そんなもん』


 否定する様に言葉を吐き捨てる黒丸。


――姫野。俺が出来る事は全部やってやる! 後はお前が竜之介を目覚めさせろ!。


 ――その次の日の夜、火虎の抜刀が出来る様になった竜之介を再び呼び出した黒丸は、嘗て自分が良く目にし、はっきりと頭に刻んだ美しい「武踏」を竜之介に叩き込んでいた。


『おら、そこで足を前に出せ! 何回言ったら覚えるんだ!?』


 嘴に挟んだ長い竹の切れ端で、竜之介の頭を容赦無く叩く。


「いてっ! す、すみません! 師匠!」


 それを何度も何度も繰り返し、遂に竜之介はその武踏を覚える事に成功した。


『良し、一通り流すぞ。最初っからやって見せろ!』


「分かりました、見ててください!」


 月灯りに火虎の刀身が静かな光を放ちながら、まるで清流が流れるような美しい動きを見せる。火虎を握る竜之介に黒丸は宗政の姿を重ねた。


――俺の役目は終わった……姫野、おめえさんが、いちのと全力で戦う姿が目に浮かぶぜ……。


 心の中で呟いた黒丸は、満足そうにして片目を閉じた。







「……何だ、黒丸の奴、こんな夜遅くに……剣士の丘に行って来い……とは……」


 下剋上前夜、黒丸に言われて剣士の丘に姿を現した姫野。


「さて、そろそろ約束の時間だな……武踏の準備を始めるとしよう……」


 ――同時刻。竜之介も黒丸との約束を果たすべく、頬当てを装着し、武踏の準備を始める。


「では、天竜師匠、貴方の遺言通り、これから踊らせて貰います」


 墓前で火虎を握り、目を閉じながら足を大きく開いた竜之介は深く腰を沈めた。その気配に気付き、視線を向けた姫野の目には、墓前の前で、深く息を吐き、呼吸を整えている竜之介の姿が映った。


「……あ、あれは……竜之介? こんな時間に一体何をしている?」


「抜刀――火虎」


 姫野は其処で信じられない光景を目にする。抜刀をしている竜之介に宗政の姿が重なったのだ。


「む、宗政……!?」


 咄嗟に出そうになった驚きの声を姫野は抑えるようとして両手で口を塞ぐ。だが、塞いだ口とは別に姫野の両目からは止め処も無い涙が溢れ始めていた。竜之介はその事には気付かず、黒丸に言われた通り、「武踏」を続けた。


「……良し」


 天竜の墓前で一礼をした竜之介は、眦を上げ、脇に付けた火虎を中段に構えると大きく振りかぶりながら、床の音を力強く響かせ、足を前に出して振り下ろした。


 そして今度は振り切って寸止めした火虎を体を捻りながら、力強く足を前に出して反対方向に振り切った。そのまま、火虎をすうっと上段に構えて、手首を返し瞬時に水平に構える。


 水平に寝かせた火虎を剣先を斜めに下に向けながら、その刃を背中に付け、すうっと腰を落とす。そして、片手で火虎を握り、再度力強く足を前に出しながら火虎を突き出した。


「これは……夢なのか……竜之介が……竜之介が宗政の『火虎の型』を……舞っているなんて」


 黒丸は、姫野が竜之介を諦めようとしていた事に心を痛めていた。なんとかして、再び闘争心を掻き立ててやりたかったのだ。だから黒丸は有りもしない天竜の遺言、そして武踏と称し、竜之介を騙すような形で火虎を抜刀させ、宗政の「火虎の型」を舞わせたのであった。


 火虎を引き寄せた竜之介は、再度両手で剣を握り、そのまま中段に構え直し、後ろ足を大きく引きながら腰を落とし、火虎を水平にした。


 そして、その姿勢のままゆっくりと立ち上がり、体を捻って向きを変え、自身の内なる強さを床を踏みしめる足の響きで表しながら、火虎を振り切った。


「私は……また……またこんなにも美しい……お前の姿を見れるなんて!」


 姫野の涙は止まらない。


 静かに二歩後方へと下がった竜之介は、最初に居た場所で一度中段に構えた直した後、流れる様に火虎を下げ、残心をして、最後に、火虎を脇に付け直しながら、ゆっくりと天竜の墓前の前で一礼をした。


「ふう、これで師匠もじょうぶっ――!」


 竜之介が安堵の溜息を吐いた瞬間、何か大きな物が竜之介の目の前に突然覆い被さって来た。最初、竜之介はそれが大きな野生の熊かと動揺したが、その香りと顔に伝わる胸の柔らかさで、直ぐにそれが姫野である事に気付いた。


「ひ、姫野さん? どうしたんですか? こんな所に居るなんて!?」


 姫野は竜之介にしっかり抱き付いたまま、何も言わない。


「ひ、姫野さん……?」


「あ……有難う……竜之介。私は……決めた……お前を絶対……諦めない……」


 ゆっくりと竜之介から離れた姫野は、瞳を潤ませながら、竜之介に精一杯の笑みを見せた。


「え? え?」


「見ていろ……私は……明日の下剋上……必ず……勝って……みせるから」


 踵を返し、静かに竜之介から遠ざかっていく姫野を、竜之介は呆然とした顔で見送っていた。








「斎藤姫野、兄様の仇を討つ為、お前の地位を貰い受ける」


 ――下剋上当日。互いの控室に向かう途中、すれ違い様にいちのは、普段よりも更に鋭い視線を向けて姫野を威圧する。


「織田の妹……悪いが……それはさせない……それに……竜之介も……渡さない」


 それを押し返す様にして、姫野は静かに本心を告げた。


「……何だと?」


 二人が互いに激しい火花をぶつける様を、屋根の上からじっと眺めていた黒丸は満足そうな笑みを浮かべると、黒い翼を広げ、上空へ飛び立って行った。


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