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■織田いちの編(伍)

「おい、竜之介達が帰ってきてるぞ!」


 棋将武隊に姿を現した二人を見た隊の者が声を大にする。その声を耳にした者が続々とその場所に集まってきた。


「あいつ、山に籠って修行して、長信の獄龍が抜ける様になったらしいぜ!」


「きゃあーっ! あの長信様の再降臨よっ!」


「そ、そう言えば、竜之介様も良く見れば長信様の面影があるわよね!」


「そうそう! 私もそれは初めて竜之介様を見た時から最初っから思ってたわよ! 最初っから!」


 まるで、有名人を迎える様な感じで取り巻きが出来る中、薙刀武隊の女達が竜之介に釘付けになっている時、その場所に薙刀を握り、大層怪訝そうな顔を浮かべて此方に向かってくる女を見て顔を引き攣らせる。


「――あ、貴方は!」


「いちのって、長信様の妹の立場を利用して、ずっと竜之介様の修行に付き添ってたんでしょ?」


「何か、腹立だしいわよね。私が一言、文句を言ってあげるわ……」


 その女は手に持った薙刀で、今にもいちのに斬り付けんばかりの物凄い剣幕で近付き、いちのの名を呼んだが、いちのは全く反応しなかった。


「ちょ、ちょっと、何、無視してるのよ! 貴方一体どういうつもり? 勝手に竜之介様の修行に付いて行くなんて!」


「竜之介……何だ、この女は?」


 大袈裟に騒ぎ立てた所で、いちのがやっと女に気付き、呆れ顔で竜之介を見た。


「い、いや、俺には何が何だか……」


「竜之介様、お忘れになったのですか? 何時ぞやは私に熱い視線をくれたではありませんか? 私は薙刀武隊一番手、薬師寺茜あかねです」


「熱い視線……? ほう、竜之介……何時の間にお前は――」


 今度は目が更の様になった。竜之介は動揺しながら、右手で「知らない、知らない」と手振りをしてみせる。


「竜之介様が憎き秀光の刃に掛かり、死の淵を彷徨っていたと聞いて私は、それはそれは気が気ではありませんでした。更に意識が戻ると直ぐに、大怪我な身でありながら修行に行かれて……私、竜之介様の侍魂に心から胸の奥が熱くなりました」


「そ、そう。あ、有難う」


 少し竜之介が嬉しそうに、はにかんでいる所を目にしたいちのは、少し眉を引きつけながら茜に言い放つ。


「……邪魔だ。私は急ぎの用がある、そこを退けろ」


 いちのの上から目線の物言いに、茜の顔付きが一瞬にして変わる。


「いちの、何、先程からその物の言い方は? 誰に向かって話をしているのか、分かっているのでしょうね? 急ぎの用って、一体何なの、言って見なさい!」


「出た出た、茜の奴、早速いちのに絡んでる。まぁ、棋将武隊知一の大の竜之介ファンだから仕方がないと言えば仕方ないけど……何時もやり方が露骨なんだよねえ」


 茜は、長信が生前の頃、いちのをとても可愛がっていたが、その死後は掌を返した様に冷たくあしらうようになった。そこに長信同様の力を持った竜之介が現れ、直ぐに目に留まり一目惚れしたが(当の本人は気付かず)、物怖じもせず、馴れ馴れしく竜之介に近付くいちのの事が気に入らなかったのだ。


「全く面倒だな。私は、直ぐにでも『下剋上』を行い、飛組隊長の座を貰い受けねばならないのだ、分かったら、さっさと退けろ」


「――飛組隊長? ぷっ、」


「あはははは! いちの、貴方何処かで頭を打って頭がおかしくなったんじゃないの? 下剋上に挑めるものは由緒ある鍔を持ち、精霊と契約した『選ばれし者』だけなのよ!」


「大体、普通の薙刀さえも満足に捌けないお前が、『籠手』を持つ上級クラスの私を差しおいて、一体、何様のつもりで竜之介様の傍にいるのよ! いくら、今は亡き長信様の妹だからといっても、分をわきまえなさい!」


 薙刀武隊でも籠手を持つ者は、自身の属性を籠手を通して、技を放つ事が出来る。その茜の腕前は、武隊長でもある美柑に劣らない程の凄腕であったが、いちのはその茜に対して、嘲笑う様な表情を見せた。


「ああ……いま、思い出した。確かお前、やたら私に絡んで、嫌がらせを繰り返していた女だな?」


「――嫌がらせですって? ふ、ふん、それは竜之介様と恋仲でもない癖に、私が竜之介様に近付こうとする度に何時も何時も何時も何時も何時も何時もお前が其処に居たからじゃないの!」


「あ、いちのさんその妖艶な目は……まさかとは思うけど、まさか、こんな所で――んんん!」


 地団太を踏みながら、悔しがっている茜の様を見たいちのは、ゆっくりと竜之介に顔を近づけると、その唇を竜之介の唇に重ねた。


「あっ、あああっ!」


「おおおおおおおっ!?」


 周りが一斉にどよめき、女の奇声が入り混じった声が響き渡る。


「――どうだ、納得がいったか、女。 竜之介と私は口づけを交わす仲だ。分かったら、さっさと道を開けろ」


「お、己! 己 己! 己えええっ! お前如きがああああっ!」


「……退いてろ、竜之介。此処で私の力を棋将武隊の連中に知らしめてやる」


 目の前で竜之介の唇を奪われた茜は、頭が真っ白になった瞬間、草場の影から竜之介を見守ったり、部屋の中に貼ってある「竜之介ポスタ」ーを崇める姿、最後に「等身大抱き枕」(共に棋将武隊運営部が製造、販売)を抱きしめる姿が走馬灯の様にして流れた。


「今直ぐ竜之介様から、離ろおおおっ!」


「抜刀――獄霊」


 誰しもがいちのの持つ薙刀――否、その「武器」に注目する。姿を見せた獄霊は、柄の両端に取り付けられた刃を怪しく光らせながら、茜の目の前で嘲る様に踊った。


「なっ!? ぶ、武器だと――!?」


 斜めに斬られた鋭い切り口を見つめながら、茜は役に立たなくなった薙刀を握りしめたまま、その場で崩れ落ちる。もう片方は、暫く宙を舞い、無様に回転を繰り返した後、地面へと突き刺さった。


「な、なんだありゃ!? すっ、すげえええっ!」


「知らなかった! いちのって、武器使いだったのかよ!」


「嘘……い、いちのが、『選ばれし者』だったなんて……いちが選ばれし――」


 呪文の様に茜が呟き始める。


「これくらいでいいだろう。竜之介、さっさと『下剋上』の申請をしに行くぞ……」


「お、おう……」


 騒然とする中を、いちのは平然と歩を進め出す。威圧感に押された隊の者達は、慌てて道を開け始める。その様を上空で眼帯を付けた一羽のからす――黒丸が、旋回しながら見下ろしていた。


『気にらねえなあ……竜之介』


 そう呟いた烏は、方向転換し、姫野のいる建物を目指し、飛んで行った。








「……戻ってきたか……黒丸。外の様子はどうだ?」


 飛組控室の窓際に、黒丸が降り立った事に気付いた姫野は、静かに口を開いた。


『駄目だな、ありゃあすっかり女の言いなりになってやがる。只の腑抜け男だな』


「……そうか」


 少し寂しそうな表情を見せる。


『で、どうする? 姫野。お前はいちのの下剋上を受けるのか?』


「……そうだな……それが、長信の意志ならば……私は、飛組隊長を……降りる」


 姫野の思いもよらない返事に、黒丸は黒い翼を広げながら反論の姿勢をとった。


『――な、何を言ってやがる姫野! お前さん、宗政が何時でも帰って来れる様にって、今日まで飛組の隊長を頑張ってやって来たじゃねえか!』


「……でも、もう竜之介は私の事を……それに……宗政も……消えてしまった」


『らしくねえ……』


『らしくねえ、らしくねえよ! 姫野、お前、竜之介に宗政が宿った時の元気は何処にいっちまったんだよ!』


「…………」


 姫野は何も答えない。


『全く、今のお前は見てらんねえ!』


 言い捨てて、窓枠に足の力を込めて、再び大空へと飛び立った。


『それも、これも天竜のアニキ、あんたが居なくなっちまったからだ! しかもそんな大事な事さえ、あの馬鹿野郎は忘れていやがる! ああっ! 気にらねえっ!』


 吐き捨てるように黒丸は叫ぶ。その叫び声は、地上にいる隊の者が何事かと上空を見上げさせる位、鳴き喚いていた。


「おい! 織田いちのの下剋上は三日後に行われるってよ! 今、主催側の方から正式に発表があったそうだぜ!」


 烏の鳴き声よりも、気になる言葉を投げ掛けられた隊の者が、上空を見るのを止め、その話に夢中になり始めた。

 

『三日後か……よっしゃ!』


 黒丸は姫野の居る建物とは別の方向へ旋回し、その建物を目指した。








「いちのさん……本当に飛組隊長になるつもりか……?」


 竜之介が自室で考え事をしている時だった。窓ガラスに黒い影が羽らしきものをバタつかせ、まるで「此処を開けろ!」と言わんばかりに両足で叩いている。


「な、何の音だ――?」


 恐る恐る窓を開ける竜之介。途端の黒い影がへの中へ飛び込んできた。


「うわっ! 黒い物が部屋の中にっ!?」


 なんとか我を取り戻した竜之介の視界に入ったものは、左目に眼帯をした一羽の烏――黒丸だった。


『……随分、冷たいじゃねえか、竜之介。久しぶりの再会だってのによお』


「が、眼帯烏が喋った! まさか、九官鳥っ!?」


『やかましいっ! 俺は生粋の烏だっ!』


「で、でも流暢に喋ってる……」


『アニキ――お前の師匠に教えて貰ったんだよ、それさえも忘れちまったのか?』


「お、俺の師匠?」


 竜之介の反応に、黒丸は羽を「駄目だこりゃ」といった様な感じで広げた。


『冷たい上に、薄情のお墨付きだな……お前、自分の命を救ってくれた師匠――天竜の事を忘れたのか?』


「え?て、天竜って人が、俺の命を――!?」


『……ふざけんなよ、おめえ。あんないい針鼠、否、お人を……』


「し、知らなかった……!」


『知らないだと……へっ、呆れすぎて、開いた嘴が閉まらねえや!』


 竜之介の記憶喪失が噂通りの物と分かり、黒丸は失望の声を漏らしたが、突如頭の中で何かが閃いた。目を細めた黒丸が怪しげな声で竜之介に話し掛ける。


『……お前、その様子じゃあ、師匠の「遺言」も忘れちまってるんだろうねえ』


「遺言?」


『おおよ……おめえが師匠の墓の前で、追悼の意を込め「武踏」するって話しさ……』


「追悼の武踏? そんな大事な事があったなんてっ! でも今の俺は、その師匠の事も、武踏の事も何もかも忘れてしまった!」


『……心配すんなって、その武踏の型は俺が知ってるから、お前に手解きしてやるよ」


「ほ、本当かっ!?」


『ああ……任せときな。おっと、まずは、自己紹介といこうじゃねえか、俺は黒丸――』


『お前の師匠――アニキと酒を酌み交わす仲だった烏だ』


 思惑通りの展開に黒丸は、黒い嘴をカタカタと鳴らした。


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