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■織田いちの編(肆)

「くそっ、いちのさんの料理の腕は上がったって言うのに、こっちの方はからっきし駄目だ!」


 入山して幾日かが過ぎ、この時点でも竜之介は獄龍を抜刀出来なかった。自分で漏らした焦りの言葉が耳に入り、更に竜之介にプレッシャーを与えた。


「竜之介、お前には以前の様な殺気がない、それを思い出せ!」


――殺気? そう言えば、俺は相手がいちのさんだから、心の何処かで手を緩めていたのか?。


「それに、俺は……何故か、自分で殺気を放つ事を避けていた気がする。理由は忘れたけどな」


「良し――やって、見るか!」


 いちのの助言によって、竜之介は長信から教えて貰らった「殺気の具現化」を思い出す。


――具現化までいく必要は無い。要は殺気を制御して、放てばいいんだ。


「う、うおおおおおおっ!」


 一瞬にして、竜之介の殺気が周辺を覆い始める。空気の流れが変わった事に気付いたいちのは、竜之介を見ながら、驚いた表情を見せる。


「りゅ、竜之介、そ、その殺気は――!?」


――俺の腹の底から、殺気が溢れ出していくっ! ああ、そうだった俺は、これを抑える事が出来なくて――!


 竜之介が放ち続ける殺気は更に増幅し、やがて何かの形を模り始めた。


――この感覚は第二段階。そうだ、俺はこいつを抜く瞬間、自分の性格を変えなければいけなかったんだ!。


「くぬやろ……! 俺の……言う事を聞けえっ!」


「そう……だ。お前の主人は――長信さんじゃあ無いと……駄目だったんだよなあっ! うらああああっ!」


 竜之介はなんとか、殺気が溢れ出すのを押さえ、制御する。そのまま、地に足を踏ん張り、腰を深く沈めた。


「うっしゃああ! いくぜえええっ!」


「抜刀――獄龍っ!」


 その声に呼応するかの様に、獄龍の刀身に黒い闇の渦を巻きながら、その姿を現した。


「どっせえええいっ!」


 獄龍が全ての姿を見せた時、竜之介は気合いを入れて、正眼に構えた。


「おお……あれは正しく、あ、兄様だ……っ!」


 この時、いちのの目には獄龍を抜刀した長信が、気合いを入れ、力強く咆哮している姿が見えていた。


「そして、お前の相棒――来い! 黒子おっ!」


 次に水晶を取り出した竜之介は、獄龍の精霊――黒子の名前を口にした。


*マイ、ダーリン、生きておったかああっ!*


「どわあっ!」


 黒子は姿を見せるや否や、速攻で竜之介の頭にしがみ付いた。


「黒子、苦しいっ、少し力を緩めて……くれ!」


*却下。ある日を境にダーリンの気配がぷっつりと切れたから、黒子はもの凄く不安な毎日を枷られた*


*だからその分、ダーリンのぶ厚い抱擁を要求。あ、それ。すりすり*


「だああっ! 顔を擦り付けるなって!」


「い、いい加減にせんか、この低俗な精霊めが! 竜之介から今直ぐ離れろ!」


 黒子の大胆な行動が、目に余ったいちのは、普段見せない感情を交えながら、声を荒げた。


*ん? 誰かと思えば、お前は長信みたいな野蛮人に好意を抱いていた変態妹の――裏ではないか。今や、何の力も持たないお前はもはや無意味*


「な……!?」


*竜之介から離れろ? 笑止。お前、長信同様大うつけ。獄龍の主人は竜之介。よって黒子の全ては竜之介の物。それくらい理解しろ、このリボンお化け*


 いちののトレードマークでもある頭の上で結んでいる大きなリボンを馬鹿にされ、いちのの怒りが一気に頂点へと達した。


「お、おい……黒子、それくらいで止めとけ、このままだと、お、恐ろしい事に――」


「お前……今、いちのの趣味を貶したな、今の言葉はもはや撤回出来ぬ。今直ぐ、この薙刀の錆にしてくれる」


*かかかか、笑止。そんな鈍ら武器、獄龍には通用しない。出直せ小娘*


 その言葉を聞いた時、いちのは不適な笑みを浮かべた。


「ふむ……獄龍には通用しなくても、『お前に通用する者』を差し向ければいい訳だ」


*む? そんな物存在しない、戯言を言うな*


「そうか……お前、忘れていないか? 唯一、お前を押さえつける事が出来る者を――」


 黒子はいちのの言葉で何かを思い出したのだろう、さっきまであれ程余裕を見せていた表情が、一変に曇り始めた。


*ま、まさか。あれは確か、うつけ者がお前を溺愛し過ぎた為、無い頭を回して封印していた筈、出て来る訳が無い*


「嘘を付くな……私は知っているぞ、兄様を唆して封印させた事を。だが、それが今、お前の目の前にある鈍ら武器だったとしたらどうする?」


*う、嘘。お前は口から出任せを――*


「頃合いだ。竜之介も見るが良い、この私のみ扱う事が許された、武器――『獄霊』を」


「獄霊は竜之介の持つ獄龍と姉妹関係にある――」


 いちのは、ゆっくりと手に持っていた薙刀を、寝かし始めると静かに腰を落した。


「抜刀――獄霊」


 その瞬間、薙刀であった武器が、本来の姿を現し始めた。輝かしい銀色の柄は三つに分かれ、それぞれが鎖で繋がっている。更にその両端には薙刀と同じ鋭い刃が鋭い光を放っていた。


「し、知らなかった……いちのさんが――自分の武器を持っていたなんて!」


「さて……武器には必ず契約精霊が存在する事は、精霊でもあるお前自身なら良く分かっておるだろう?」


*あ……ああ。止めろ*


「来い……白子しらこ、説教の時間だ」


 いちのは水晶を取り出すと、白子を召喚した。くるくると踊りながら姿を現した白子の顔は、黒子と瓜二つではあるが、目元は黒子の吊り上がった目より、若干和らいでいる。


 また、身に纏っている巫女装束は、その殆どが白色で、袴は黒子同様に短めであるが、深紅色の二本線が横に入り、それが際立って目立っている。


 更に古風な雰囲気を漂わせる黒髪は黒子に負けない程の艶があり、その質の良さは、さらさらと風に美しく靡く事で証明されていた。


*ふぅ、ようやく表に出られた。あ、いちのちゃん御機嫌よう、暫く見なかったけど、元気にしてた?*


 白子は優しく微笑みながらいちのに挨拶をした。


「ああ……。それより、お前を閉じ込めた可愛い妹が、ほら、目の前で感動の再会を待ってるぞ?」


*あ、黒子もいるのね? そうそう、お姉ちゃんね、いきなりこっちに来れなくなちゃったから、何かおかしいなあ、おかしいなあって思ってたの、そしたら、何時の間にか獄霊が封印されていた事をいちのちゃんから教えて貰ってね、お姉ちゃんその事を聞いて、本当にびっくりしちゃった!*


*あ……お姉様、久しぶりの再会に黒子は超感激。それから超謝罪。あれはほんの出来心。どうか寛大な、さ、裁きを所望*


 黒子が必死で弁明しているのにも関わらず、白子はそれには全く耳を貸さず、傍らで自分を不思議そうに見つめている竜之介に近寄って、品定めを始めた。


*あら? 貴方が今度の黒子のマスター? なんて、獄龍に相応しい男の人なんでしょう、私は獄霊の契約精霊、白子と申します。何時も黒子がお世話になっております*


「いや、そんな事は。あ、俺は、風間竜之介。よろしく、白子」


*こちらこそよろしくお願いしますね。あ、そうだ! ちょおっと妹をお借りしても宜しいでしょうか?*


「え? 久々の再会みたいだし、どうぞどうぞ」


*マスター……惨い、人でなし*


 何故か、黒子の瞳が涙で滲んでいる。


*すみませんねえ。妹には此方に繋がる第一階層の扉から締め出されたお礼をしなくてはいけないんです。じゃあ黒子……ちょっと私に付き合って貰おうかしら?*


*あ、あ、あ、お姉様……ご、ご容赦*


*ふふふふ……さぁ、黒子、向こうへ行きましょうね*


 姉妹仲良く、滝壺の裏側へと消えて行く。やがて満面の笑顔を浮かべた白子が、鼻歌交じりに、竜之介達の元へ戻って来た。


「お、帰って来たか? 久しぶりの会話はどうだった? って、あれ? 寒いのか黒子? 体が小刻みに震えてるぞ? それに……衣装と髪がやたら乱れてるけど、何かあったのか?」


*マ、マスター、黒子は大丈夫。気にしてはいけない、あはははは……*


「それなら、いいんだけど……。でも、いちのさんが武器を使える人だったなんて。薙刀武隊の方へ行ってたから、全然分からなかったよ」


「まぁ……この件は色々と複雑な事情があってな。それは、またの機会にでも話す。それよりも、此処での目的は達成した。直ぐに荷物を纏めて下山するぞ。これでやっと私と一緒に秀光を討つ事が叶うのだからな」


「そうだな――って、いやいや、それは無理だ。だって今の俺は飛組のと成なんだ。だから俺は姫野さんと共に行動をしなくてはいけない」


「何を言ってる、竜之介。だから私がその飛組の隊長を務めればいいだけの事であろう?」


「つ、務めるって事はまさか――『下剋上』で姫野さんに挑むつもりですか?! いちのさん!」


「無論、そのつもりだ。だから竜之介、何時までも此処で時間を浪費してないで、さっさと拠点に戻るぞ」


*では、黒子。私もこうして、黒子と同じ二階層に戻れたから、さっきの続きは帰ってからしましょうか? お姉ちゃん、まだ黒子にお礼を十分して無いし*


*お姉様。黒子は十分。お代わり不要*


*まぁまぁ、そんなに遠慮しなくてもいいじゃない、さ、一緒に帰りましょ! ねえ……黒子*


*は、はい……お姉様*


*では、いちのちゃん、竜之介さん、御機嫌よう、暫しのさようならー*


「ああ……黒子に白子、また後で会おう」


 何やら、黒子は「帰りたくない」と竜之介に必死で両手を差し出している様にも見えたが、竜之介はそれを笑顔で見送る。


 こうして無事に獄龍を抜刀出来た竜之介達は、次の目的を果たす為、帰り支度を済ませ、十洞山から下山していくのであった。

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