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■加藤玉美編(捌)

「ふーん……で、そこで竜之介の記憶が戻って、白馬で乗り込んで来た竜之介が玉美を救いだした……と、いう訳さね?」


 ――棋将武隊角組控室。すっかり元気を取り戻した玉美を囲み、各隊長達が竜之介が記憶を取り戻した時の事を根掘り葉掘りと聞き出していた。


「そ……それから二人は一つに……なっただとにゃあ!?」


 立ち上がった勢いで、蛍はお茶を入れた湯呑を机にひっくり返してしまった。急いで布巾で机を拭くが、玉美の衝撃的な言葉に動揺して、全く被害の及んでいない場所を繰り返し拭いていた。


「その通りですわぁ」


 次第にそれぞれが「聞くんじゃなかった」と、後悔する位、玉美の口からのろけ話を聞かされ始めていた。


「――くうっ!」


 一瞬、部屋が大きく縦揺れする。決して地震が起きた訳では無い。単に蛍が悔しがって地団太を踏んだのだ。


「あら? 部屋の中で猛獣でも暴れてるのかしら? おほほほ!」


「おほほほ! じゃにやいにゃっ! 甘い話過ぎて、お腹一杯を通り越して、とっても気持ち悪くなってきたにゃ!」


「そもそも、竜之介が本当の自分を取り戻してくれたのなら、わざわざ此処で自分を偽らずに普通にすればいいさね、なんでまだ上品ぶってる訳さね?」


「いえ、竜之介以外にわざわざ自分を見せる必要は無いと思いまして、それに何というのかしら、棋将武隊では私の完成されたイメージといものがありますので」


「何が完成されたイメージにゃ! 只の高慢ちきなひねくれ女王なだけじゃにゃいかあ!」


「ひ、ひねくれ女王ですって……?」


「ほほ……どうやら、貴方には一度、私の指南が必要みたいですわね」


 本来の玉美であれば、蛍の暴言に眉を吊り上げ、怒りを露わにして言う所ではあるが、口元は緩みっぱなしで何処かにやけ顔になっている。


「ほう、ちょっと各上の組だからといってこの上杉蛍様を舐めてると、とっても痛い目をみるにゃよ?」


「……上等ですわ、今の私は竜之介の大きな愛に包まれて更に無敵ですわよ?」


 玉美の言葉が完全に蛍の闘争心に火を点けた。


「くううっ! 言わせていけば……このぉ!!」


「…………よさないか。二人共」


 すぐ近くで静観していた姫野が威厳ある声で、二人を制止する。


「……玉美、竜之介がお前の事を思い出して何よりだ。だが、後に控えているチェス――秀光との戦いが控えている。油断は禁物だ……」


 普段通り凛としている姫野ではあるが、何故だろうか、少し体が震えていた。


「無論……理解してますわあ」


「ああ……あれは駄目さね……すっかり骨抜きになってるさね」


 両手でほてった顔を押さえ目を虚ろにして天を仰いでいる玉美を見て、小梅は「駄目だこりゃ」という仕草を見せる。


 そんな嬉しそうにしている玉美を見ていた葵は静かに目を閉じた後、無言のまま部屋を出ていった。






「何故、私がこんな夜中に外を出歩いているかと言うと、ちょっと外の空気を吸いたくなっただけだから」


 ――深夜。竜之介の事が気になって中々寝付けない玉美は、本能に任せて外に出ていた。


「何故、私が竜之介の部屋の方向に向かっているかというと、竜之介の顔が見たいから……などでは無く、只単に、なんとなくそっちの方を歩きたいだけだから……うんうん」


 口から適当に言い訳を漏らしながら、その足は確実に竜之介の居る建物へと向かっている。


「あ……ひねくれ女王、少し当たってるかな? ふふ」


 昼間に蛍に言われた「ひねくれ女王」に改めて的を得ていると納得した玉美が思わず笑みを漏らしたその時だった。見覚えのある女が一人、人気の無い場所で誰かと通信機で通話している姿が目に映った。

 

「ん? あれは――葵か? こんな夜更けに誰と話してるのだろう?」


 葵は通話を終えると、慌ただしく駆けだした。


「葵の奴、一人で何処に行くつもりだ?」


 軽く辺りを確認した葵は、軽々と高くジャンプして十洞山の中へと入っていった。


「十洞山へ行くのか? 一体何の用事があるんだろう? 温泉に行く……訳でもなさそうだし」


 葵の謎の行動が気になった玉美は少し間を取って後を付ける事にした。気配を完全に殺し、ようやくその場所に辿り着いた時、葵は誰かと会っている場面であった。


「少し暗くて見えにくいなぁ……会話している相手は誰だ?」


 ぐっと目を凝らす。その相手を理解した瞬間、玉美は思わず息を飲んだ。葵が今、接触している相手は間違いなくチェスであった。


「……嘘だろ? 何でこんな所にチェスが!? 葵は一体何をやっているんだ?」


 その二人が接近してから直ぐに葵がふらついて後ずさりした後、地面に崩れ落ちた。


「あ、葵っ!」


 声を出し、立ち尽くす玉美の気配にチェスの一人が気付いた。


[――其処に居るのは誰? 姿を見せなさい]


「葵が……どうしてチェスなんかと……?」


 呆然としながら、葵の方へと歩を進める玉美。


[なんかとだって――? 今の台詞、聞き捨てならないわね]


 その声の方を見た玉美の視界には、全身を覆わない肌が所々露出した軽量型の鎧を装着した女のチェスが怪訝そうにしてる顔が飛び込んできた。


「お前達、よくも……よくも葵をやってくれたな……!」


[葵……そう、『お姉様』はそちらではそう名乗ってたの。健気な人ね]


「――お姉様?」


[そうよ。何処かで聞いた覚えはない? 『闇の悪女』って]


 闇の悪女――棋将武隊の者なら誰でも耳にした事のある異名、敵兵で最も危険と位置付けられている非情のランサー。玉美はその女の名を直ぐに口にした。


「え……え? 闇の悪女って――ど、ドゥルガー? お前は、一体何の事を言っている?」


[お馬鹿ねえ、まだ分からないの? そこに転がっている骸が私のお姉様――ドゥルガーだって言ってるのよ]


「は? 何を馬鹿な――!?」


 再び葵に視線を戻した玉美は一瞬、固まってしまった。確かに葵の死体がそこにあった筈なのに今は別の人間――否、青い髪の女が横たわっているではないか。そこで初めて玉美は葵がドゥルガーである事を理解した。


「……本当に葵がドゥルガーだったなんて……」


[ね? だから言ってるでしょ、お姉様なんだって。分かった? 分かったのなら――]


[さっさと死んで頂戴!]


 口で何かを唱えた瞬間、女の右手に大型のランスが現れた。女はランスを軽く一振りすると、柄を地面に突き立てた。


[フフフフ、一突きで貴方もお姉様の所へ送ってあげるわ。べトルク様、少し待ってて下さい。直ぐにこの者を始末しますから]


 棋将武隊と似た馬型を握り、口から何かを唱えるとデュルガーの目の前に黒馬が現れ始めた。


[……分かりましたデュルガー。時間も余り在りませんので、手短にお願いしますね]


[お任せください、べトルク様っ!]


 デュルガーは嬉しそうにべトルクの方を見た後、表情を一変させて、馬上から目の前に横たわったドゥルガーを一瞥した。


[それにしても、本当馬鹿なお姉様。この世の男なんかに心を奪われ、命を落すなんて……圧倒的な力を持っていたというのに、本当、無様ね]


「……無様?」


[ふん。だってそうでしょう? 誇り高き私達が餌同然の生き物に恋焦がれるなどと……考えただけでも悍ましいわ。ねぇ、べトルク様?]


 そう話し掛けられたべトルクの視線はデュルガーを見ていない。


「成程ね……お前はその男に気があるのか。だったら一つ忠告しておいてやろう」


「そんな気色の悪い男を選んだお前は趣味が悪過ぎだ……それよりも竜之介の優しさを見抜き、その魅力に惹かれ、自分を偽ってまで竜之介を求めた葵の方が何千倍もまともだ……そうだろ? なあ、葵?」


 静かに葵を抱き起すと、玉美は葵を岩影へゆっくりと運んで降ろした。


[な、何ですって……!? お前今、私の愛しいベトルク様を……き、気色が悪いと……言ったの? ああ……!]


「ああ、言ったよ……聞こえないのならもう一度はっきりと言ってやろうか?」


 優しくドゥルガーの頭を幾度か撫でた玉美は立ち上がると、踵を返し、鋭い視線でデュルガーを睨み付ける。


[ああああっ! この女、べトルク様の目の前で、なんて酷い言葉を吐きやがったあ!? お前っ、こ、殺すっ! 殺すっ! 殺す! 殺してやるうっ!]


[一突きなんかじゃ物足りないっ! 殺して、殺して、何度も何度も何度も串刺しにしてやるっ!]


「そうかい。じゃあ、やってみな――抜刀……」


 玉美の握られた鍔から雷を迸らせながら、大型のランス――雅突が現れた。只の餌だと思い込んでいたデュルガーの顔が一瞬引き攣った。


[そ、そのランス――まさかお前!?]


「あんたと同じ目線で相手してやる――来い、姫羅理きらり


*うひょおっ! 玉美ぃ? 何だ何だぁ? 今日はいつものお嬢様言葉じゃないのかあ?*


 シスターの衣装を纏った姫羅理は普段聞けない玉美の口調を聞いて、愉快そうに笑った。


「今は誰も見てないし……それよりも……私は今……」


「目の前の屑女に腸が煮えくり返ってるんでね」


*オーケー玉美ぃ! お前の怒りは主も認めていらっしゃるぜえ? 天の裁きといこうじゃねえかっ!*


 そのまま雅突へリンクする。すると、雅突の根元に四個の刻印が表れた。


「お前の力を貸して頂戴……」


 馬型を取り出して白馬を出現させる。白馬は青い目を輝かせながら前足を浮かせ、玉美の言葉に呼応するかの様に咆哮した。白馬に跨った玉美は雅突の先をデュルガー突きつけて言い放つ。


「棋将武隊角組隊長、加藤玉美……神に変わり、あんたを……裁いてやる」


[な、生意気なああっ!]


 ランスから闇を放出させながら、玉美に向かって突進してきたデュルガーは玉美の雅突を上から押さえると、その闇で玉美のランスを覆い始めた。


[フフフフフ! どう!? お姉様にも引けを取らない私の闇の力は!? 『闇の悪女』は今はこの私、デュルガー様だあっ!]


「――そう」


 その闇を玉美は何事も無かった様に、雅突を回転させて上を取った。


[うううっ! こ、この私のランスの上を! こいつ、なんて力! 押さえつけられるっ!]


*いいよ、いいよおっ! 力がガンガンに沸いてくるぜえ! この力、愛の力って奴だねええ!*


 姫羅理が楽しそうにはしゃぐと、雅突に五個目の刻印が現れ始めた。 


[――ほう。流石秀光様が目に掛けた者、あのデュルガーを相手に力が勝っているとは、中々やりますねえ]


[な、何!? どうして人間如きが私の力を上回れるっ?]


「馬鹿だねお前……いいか、人ってのは誰かに愛される時、自分の持つ力が何倍、いや無限大に跳ね上がるもんなんだよ……つまり、今の私は無敵って事だ」


「――人でも無いお前にそれがあるのか?」


[な、何ですって――!?]


[ふざけた事を口走ってるんじゃないわよ! 私は、私は勿論ベトルク様に愛――]


 縋るようにデュルガーはべトルクのを見たが、べトルクは黙ったまま、静観するだけであった。


[くっ! このおおおっ!]


 その問い掛けにべトルクの返事が聞こえた気がしたデュルガーは、それを振り払う様にしてランスを翳しながら玉美に向かって突進してきた。


「少なくとも、今の私の敵ではない。あの世で葵にきちんと詫びろ」


「雅突――雷光」


 玉美が技を繰り出すと、雅突の矛先がドリル状に変化し、雷を渦巻きながら回転し始めた。


[くたばれえええっ!]


 デュルガーが叫びながら、突き出したランスの矛先を雅突の矛先が巻き込み、デュルガーのランスは粉々に吹き飛んでいった。


[ああ! わ、私のランスが粉々に砕かれ――ぎゃあああああっ!]


 更に回転に勢いが付いた雅突はそのままデュルガーの鎧に風穴を開けて肉を貫き、馬上からデュルガーを落馬させた。


[ああ……べトルク様あっ!]


 地面に叩きつけられた瀕死状態のデュルガーは必至に手を伸ばしてべトルクに救いを求めた。


[……デュルガー]


 デュルガーの傍に歩み寄ったべトルクはその手を静かに握る。


[べトルク様……答えてください。わ、私は、ほ、本当にべトルク様を愛しておりましたのに……]


[な……何故……私は、あの女に敗れたのでしょう……っ?]


[べ、べトルク様は……わ、私の事を…………!]


[ど、どうか一言、仰って……]


[一言だけ……私を……あ、愛して……いると……ベトルク……さ……ま]


 べトルクの手を握っていたデュルガーの手が無常に地面へと堕ちた。その手を寂しそうに見つめながらべトルクは静かに口を開く。


[済まないデュルガー、私は君に――いや、異性に対して一度たりとも心を震わせた事などないのだよ……]


 視線を一度ドゥルガーに向け、再びゆっくりとデュルガーを見る。


[そして……やはり君たちは姉妹だよ。『決して愛してはならない者』を求めていたのだから……]


「別れの言葉は済んだかい? それなら、次はお前だ、べトルク」


[愛の力ですか――私が未だかって理解出来ない永遠の課題……]


 背中を向けたまま、べトルクは嘆く様に呟く。


「くたばりなああっ!」


 雅突の矛先がべトルクの背中を貫く軌道を捉えたその瞬間、玉美の目の前が眩しく光ると、白馬の前足が崩れ、白馬は激しくバランスを失った。


「な、何だ? どうした!? しっかりしろっ!」


 どうにか手綱を捌き、落馬を防いだ玉美。白馬は再度立ち上がろうとする――が、その前足は既に存在してはいなかった。そればかりでは無い、その姿が次第に消え始めたのだ。


「――くっ! お、お前、今、何をした!?」


 苦しそうな鳴き声を最後に白馬は完全に消えてしまう。地面に降ろされた玉美は雅突を構え直して体勢を整えた。


[いえ……単にその馬を形成している術式を逆にして送り込んだだけの事ですよ……そうすると、ほら、消えて元に戻ってしまったでしょう?]


「ど、どうして、そんな事が出来る!?」


[どうしてとは愚問ですね。その解は簡単に導き出せる筈ですよ……何故なら――]


[――その馬型を生み出したのはこの私なのですから……]


「う、嘘だろ……まさかお前は、にんげ――ううっ!」


 一瞬首筋から痛を感じた玉美は慌ててその部分を手で押さえた。指先で感触を確かめると、何か小さな物が首筋に食い込んでいる。


「さてと……貴方は私と一緒に向こう側へ来て貰いましょうか? 私の求めている答えを貴方は持っているみたいですからねえ」


「はあっ! はあっ! お、お前、私に、な、何をした!?」


 更に自分の意識が何かに飲まれて行く――玉美は必死にもがきながら指を動かすが、首筋に食いつた物は全く取れない。やがて意識が朦朧とし、視界が真っ赤に染まり始めた。


「――別に。ただ、愛する者同士が刃を突きつけたその末路を是非この目で見て見たいと思いましてね……この意味、貴方に理解出来ますかねえ?」


「はあっ! はあっ! ま、まさか私と、り、竜之介を……!?」


*大丈夫かっ!? 玉美いいっ! てめええっ! このナルシスト野郎があっ!*


 異常を感じた姫羅理が雅突から慌てて飛び出て、べトルクに襲い掛かろうとするが、空中から突如現れた黒い触手に拘束された。


*がああっ!*


[古から十洞千国に住まう謎の生命体――精霊……君もいい私の研究材料になりそうですねえ]


*やっ、やめろ! 何しやがる! 離しやがれこの変態っ! 主はとてもお怒り――*


 触手から黒い気体が放出され、それに覆われた姫羅理はそのまま気絶してしまった。


[やれやれ……良く口の回る精霊ですね……]


「嫌だ……助……けて……りゅう……のすけ」


 その言葉を最後に、玉美は完全に意識を失ってしまった。べトルクは地面に転がっていた玉美の鍔を回収し、馬型を拾うと、少し寂しそうに馬型を見つめ、再び手を開いて地に落した。


[さぁ秀光様、貴方と同じく『人間を捨てた』私にその先を見せて頂きましょうか……]


 手に持った何かの装置を翳し、奇門を開いたべトルクは向こう側から現れた部下に姉妹の遺体、玉美と姫羅理を運ぶ様に命じた後、その奇門の向こう側へと姿を消して行った。


 その後、微弱な奇門を感知した武隊の者が後を追って来た時、その周りは既に奇門とチェスの気配は消え、玉美の馬型だけが空しくその場所に転がっていたのであった。


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