■加藤玉美編(陸)
「さあっ! 皆様、大変お待たせしましたあっ! 仕切り直しまして、いよいよ第一試合を始めますっ!」
「おおおお! 待ってましたあっ!」
テンションを上げ、浮遊するインカムに向かって声を高らかに上げる羽須美。それを上回る様に観客達の声援が試合会場に響いた。
「まずは――高野代表、鎌瀬太郎っ!」
「よっしゃあ、やったれ、鎌瀬ええっ!」
「そして、そしてぇ、いきなりの参戦でこの試合会場をぐらぐらと沸かしておりますっ! 加藤組代表――否、白馬の王子、風間、竜之介ええっ!」
「うっしゃあ、一発かましてやってくだせえっ! 竜之介さあんっ!」
「――えー尚、風間戦手についてですが、私、羽須美の独断の判断によりまして、これより以降、風間戦手を『竜之介様』と呼ばせていただきますっ!」
「な、なんだとっ!? 公平な司会者がそんなえこひいきして良いと思ってるのかっ! おう、ねーちゃん!?」
途端に高野組――否、加藤組以外から激しい罵声が飛び始めた。
「さあっ、竜之介様は既に使用する道具のチェックを淡々と進めておりますっ!」
「『無視かいいっ!』」
一斉に声が揃った。
対戦相手の鎌瀬は竜之介を怪訝そうな目で睨み付けると、値定めするかの様に顔を近づける。
「おう、ぽっと出の兄ちゃんよぉ、風間竜之介と言ったかあ? うちらの業界では聞かない名だなあ?」
「何のつもりで、此処に来たかは知らねえが、俺と当たったのが運の尽きだなあ、悪いがお前はここで終わりだあ!」
足の先から頭の先までじろじろと見回した後、鎌瀬は竜之介が身に着けている前掛けに目をやると、鼻で笑い始めた。
「お前の前掛けにも書いてある通り、『凡人』人と達人との差、はっきりと見せてやるよお! ケケケケ!」
「……良く喋る奴だな、早く鉄板に火を入れないと試合がいつまで経っても始まらないぜ?」
鎌瀬の炊きつける様な言葉を気にも留めず、淡々と準備を進める竜之介。
「てめえっ! 後で吠えずらかくなよお!?」
「それより、その横に居る白馬はなんなんだあ? 俺を舐めてるのかあ? 目障りだ、さっさと片付けろお!」
「そうはいかない、さっさと優勝してこの手に取り戻しに行かなきゃいけない娘がいるんでね」
『ぶるるるっ!(そうだ! そうだ!)』
白馬は「あっちへ行け!」という様な感じで頭を振った。
「てっ、てめえ! ふざけてるのかあ!」
「くーっ! なんとも恰好良い台詞なのでしょう! その対象が私、羽須美で無いのが非情に残念なところではありますが――うほん、両者の準備が整いましたので、早速第一試合を開始いたしましょうっ!」
開始早々、鎌瀬は何かの音楽を聞いている仕草をして、小刻みに足でステップを踏み始めた。
「よっしゃあ、乗って来たぜえ! 鎌瀬兄貴得意のリズム、『蛸の調べ』だあっ!」
仲間達が一斉に声を上げ、リズムに乗りながら、鎌瀬は両手をくねらす。その手が動く度に焼き上がったたこ焼達が千枚通しに刺さっていった。
「なんとおっ! 鎌瀬戦手のたこ焼がまるで蛸の足の様に吸い付いていくぞおおっ!? これは美しいいっ!」
「片や――竜之介様はっ!?」
「全く、動じていませんっ! 流石、私の王――っ! し、失礼しました! 竜之介様! 無難に作業をこなしておりますっ!」
竜之介は特に技を見せる訳でも無く、手際良くたこ焼を焼いている。だが、その作業は流れる様に美しく、見ている者達を魅了していた。
「ぼ、凡人のくせに、中々やるじゃねえかあ、だがなあ、たこ焼っていうのはただ、早く焼けばいいって言うもんじゃねえぜえ? 最後の仕上げが肝ってもんだあ!」
「とくと見なあ、今日の日の為に俺が編み出した秘技、『瀬戸の小波』だあ!」
不敵に笑って、目を閉じた鎌瀬は、鰹節が入った入れ物に手を突っ込むと、高々とその手を投げ出した。
「おーっと、此処で鎌瀬戦手が仕上げの鰹節をいきなり宙に放ちましたあっ! これは高得点に繋がるのかあっ!?」
「ケケケケ! どうだあ! 華麗にて旋律う、これで俺の曲が完成するう!」
波の様にゆらゆらと舞った鰹節達が木船に収まったたこやきを目指し、静かに落ちていく。その様を再び目を開け、鎌瀬が勝ち誇る様に口元を歪めたその時、一陣の風が駆け抜けた。それに連れ去られる様にして鰹節が無様に飛散して、地面に落ちてしまった。
「な、何だとお!?」
「あああっっとお、 これは酷いっ! 鎌瀬戦手の鰹節が強風により、吹き飛んでしまったあ!」
「最後の最後で、これは手痛い減点ですっ! 結局、鎌瀬戦手は何がしたかったのでしょうか!? 全く謎ですっ!」
「――ぷっ!」
口元を押さえ、嘲笑う様に鎌瀬を見る竜之介とその傍らに居る白馬。
「し、しまったあ! この技は無風の場所でしか成り立たないい! 俺は屋外を想定していなかったあ!」
「……何なんだよ、お前は」
呆れる様にして竜之介は呟いた。
「此処で試合終了っ! 結果は――私が言うまでもありませんっ! 大事な鰹節を地面に落とした鎌瀬選手を大きく引き離し、竜之介様の大、大、大勝利ですっ! 鎌瀬戦手は名前通りの、噛ませ犬でしたあっ!」
「ち、違う、屋内ではちゃんと、成功したんだあ! ひらひらとこう、鰹節が小波の様に――」
「ちゃんと、ちゃんと、成功したんだよおおお!」
仲間達に両脇を掴まれて引きずられる様にして、鎌瀬は奥の方へと消えていった。
「…………」
その無様な姿を、竜之介は無言で見送った。
「さあっ! 盛り上がって来ましたあ! 続きまして、第二戦目は――田沢組代表、紅正加掛蔵戦手っ!」
「いけえっ! 掛蔵兄貴っ! 今年こそは優勝ですぜええっ!」
「片や大戦相手は――な、なんとおっ! 先程、加藤組から前田組へ寝返った戦手、前田組代表、松本二十呂戦手の登場だああっ!」
最初はやる気満々な表情を見せていた紅正加であったが、ふと二十呂の顔を見て、何かを思い出したのだろうか、急に顔が強張り始めた。
「二十呂……どこかで聞いた事があると思ったら、あんた、まさかあの『神の手』を持つと言われた流れ者の……」
松本二十呂、この男、どこの組にも属さない、要請があれば高額でこういった試合に応じるといった、はぐれ者のたこ焼のスペシャリストであり、この業界で、知らない者は誰もいなかった。
「な、何であんたがこの試合に出てるんだ!?」
「でも、丁度いい、ここであんたを潰せば、俺は――」
掛蔵が、言い掛けている途中、二十呂は退屈そうに顔を上げると、怪訝そうに呟く。
「悪いが……お前は俺の敵ではない……」
「――ううっ!」
蛇に睨まれた蛙。この時点で勝負は既に決していた。
「ご来場の皆様、今回は存分にこの試合を楽しんでおられる事と思います! いよいよ『松』を賭けた決勝戦! 会場の中央には期待を裏切らないこのお二人――二十呂戦手、そしてっ、竜之介様が勝ち残ってきましたあっ!」
「おおおおおおおっ! すげえな、あの若造! あんな奴がこの業界にいたなんて!」
――決勝戦。この時、無難に勝ち進んで来た二十呂と竜之介の両名が勝ち残っていた。観客達の視線は今回の台風の目、竜之介に釘付けとなり、組同士で驚きの声を飛び交わしていた。
「今、皆様方の熱い視線に包まれながら、両者が中央で対峙しましたあっ!」
竜之介を見据えながら、二十呂が満足そうな表情を見せた。
「竜之介……良く此処まで勝ち上がってきたな。褒めてやる」
「そんな物は要らない、俺が欲しいのはあそこにある優勝カップだ」
棚の上に置いてある金色のたこ焼が乗った優勝カップを指差しながら竜之介は言い放つ。二十呂はその方向に一度だけ、視線を向けると再び竜之介を見て不敵に笑った。
「そうか、それならお前の実力で勝ち取ってみろ……」
「言われなくても――そのつもりだぜ!」
「互いに激しい火花をぶつけ合いながら、両者が自陣へと引き上げ――」
「――決勝戦、開始いっ!」
拳を握りしめながら、羽須美は興奮気味に声を張り上げた。その声に応える様に、二人の試合は凄まじい物となる。一歩も譲らない両名は息をも飲む流れで着々とたこ焼きを作り上げていく。
「ここまで両者、全くの互角といっても良いでしょう! しかし竜之介様は本当に凄い、その若さにしてこれだけの手際を見せるとは、私、羽須美は心底痺れ、一人の女として、竜之介様をモノにしたくなって参りましたあっ!」
羽須美の司会進行に私心が入り混じり、お互いのたこ焼の焼き具合が、最高潮に達した時、二人の両手に千枚通しが握られた。
「いくぜ! 勝負だあっ! 二十呂おおっ!」
「来いっ! 竜之介えええっ!」
その二人の姿に周りの者達は皆、龍と虎が対峙し、咆哮を上げている様を見ている錯覚に捕らわれていた。
「おおおおっ! 千手観音っ!」
「――神の手おおおっ!」
龍と虎は体をうねらせ、空中で激しい音を轟かせながら、激しくぶつかり合った。




