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■加藤玉美編(伍)

「さぁ、毎年恒例の試合がやって参りましたっ! 縁日でお店を出す最高の場所と言われている『松』を手にするのは一体何処の組なのでしょうか?! この度、この試合の司会及び進行を務めさせて頂きます、私、奧斗羽須美おくとぱすみと申します! ご来場の皆様、どうぞよろしくお願いしますっ!」


――試合会場では、雇われアナウンサー、奧斗羽須美のテンションの高い声が周辺に響いている。今回行われる試合は前田家の屋敷内にある施設の一つ、大広場で行われる。用意された来賓用の観覧席は囲まれる様に配置されており、その最前列の一部が審査員席となっている。その中央では、エントリーされた各組のたこ焼専門の精鋭達が凌ぎ合う場所となっていた。


「ふふふふ……これで加藤組も安泰じゃわい」


 審査員の一人でもあり、加藤組の御大将と恐れられている玉美の祖父――加藤正忠まさただは顎から長く伸びた白い髭を満足そうに触わっては伸ばしていた。


「……ちっ」


 その様子が気に入らないのか、近くに控えていた山本は思わず舌打ちをする。


「では、時間となりましたので早速試合開始のゴングを鳴らしましょう! まずは第一戦――」


 羽須美が試合開始の合図を元気にしようとした時、白馬に乗った竜之介が砂煙を上げながら、屋敷内に突っ込んで来た。


「うおおっ!? 何だ何だ!?」


「お前等邪魔だ! 弾き飛ばされたくなかったら、其処を退けろっ! 白馬の王子、風間竜之介、愛しのお姫様を取り戻す為、只今参上だあっ!」


「うわああっ! あ、危ねえっ!」


 周りを警備していた前田組の部下達はその勢いに押され、一斉に飛び退き始める。


「あ、兄貴! あれを見てくだせえっ! あれって、まさかっ!」


 山本の子分の一人が竜之介を指差しながら声を張り上げた。その指先を目で追った山本の視線の先に不適に笑った竜之介が白馬に乗って此方側に真っ直ぐに突っ込んで来る姿が目に飛び込んで来た。


「竜之介っ! おっ、おめえ!」


 突然現れた竜之介に思わず、サングラスを外し、その姿を山本は再度確認する、その竜之介は手綱を引き、白馬の前足を高々と上げ、ぐるりと回りながら大きい声で叫び始める。


「玉美の心の隙間に付け入り、くだらねえ計画を企てた奴は誰だっ!? 今直ぐ名乗りやがれっ!」


 自分とは余りにもかけ離れた男に挑戦的な言葉を投げ掛けられた正忠は怒り心頭し、体を震わせながら席から立ち上がった。竜之介はそれに気付くと、正忠の方へと馬を進めた。


「あんたが黒幕か……」


 山本は思わず目を見開いてその勇ましい様を見つめる。以前、自分が認めた肝の据わった竜之介を目にして「やっとか……」と呟くと、その動揺を子分達に悟られない様、咳払いをしながら、そっとサングラスを掛け直した。


「な、なんと! ここで白馬の王子様がいきなり姿を現しましたああっ! この者は一体何者なのか!? 私、羽須美は皆目見当も付きませんっ!」


 番狂わせの展開に困り果てた羽須美が何とか場を繋ごうとして、慌てて竜之介達の様子を実況し始めた。


「……貴様、竜之介と言ったか、このわしに向かって馬に騎乗したまま、見下ろし接するとは、中々良い度胸じゃな」


「そんな事はどうでもいい、玉美は何処だ?」


「どうでもいい……だと? 貴様、余程命が惜しくないようだな? 今、玉美が何処におろうが貴様には関係の無い事じゃ、早々に此処から立ち去れ、この無礼者めが!」


「いいや! 関係はある、何故なら玉美は――」


「俺の大切な女だからなあっ!」


「おおーっとお! ここであの加藤組の御大将に向かって謎の青年、竜之介が『俺の女宣言』をぶちかましたああっ! その爆弾発言を聞いて私、羽須美の顔が蛸の様に一瞬にして茹で上がってしまいましたああっ!」


 竜之介の復活に最初は喜んでいた山本であったが、竜之介の口から強気の発言が飛び出す為に眉毛が徐々に吊り上がっていった。


「竜之介の野郎、確かにお嬢との記憶が蘇ってくれて嬉しいとは思うが、そうは思うが、何か気に入らねええっ!」


 そんな矛盾と葛藤した末、隣にいた子分の腹に山本は自分の拳を思いっきり突き入れた。


「ぐふうっ!」


 腹を抱えて混乱した子分が、震えながら山本を見る。


「あ、兄貴、お、俺、兄貴に何かヘマ打やしたか……っ?」


「煩せえ! 俺の隣にいるお前が悪いんだ!」


「そ、そんなあっ!」


 山本は理不尽な言葉を子分に付き付けながら、竜之介をじっと目で追っていた。


「俺の女ときたか――貴様、どうやら記憶が戻ったみたいじゃが一足遅かったようじゃのう、玉美は既に前田の倅と一緒だわい」


「そうかよ、それならこのまま取り戻しに行くまでだ!」


 竜之介が馬を屋敷の方へ向けようとした瞬間、正忠の部下達がその行く手を阻んだ。


「させぬっ! この試合は我が加藤組の名声と『松』が掛かった大事な試合なのじゃ、勝手に動く事は許さんっ!」


 正忠が手を上げると、周りの部下達が銃を抜いて、その銃口が一瞬にして竜之介に向けられた。そんな緊迫の中、突然羽須美の声が割り込んできた。


「え、ええーっと、突然ですが、戦手交代のお知らせをします! 加藤組の代表戦手として風間竜之介がエントリーされましたっ!」


 その言葉を聞いた正忠は羽須美を睨み付ける。その迫力に押し潰された羽須美は思わず涙目になってしまった。


「な!? 誰じゃ!? 誰が勝手に戦手交代なんぞさせおった!?」


 動揺する正忠はその張本人を直ぐに理解した。親子でありながらぐっと自分を見据える男――正清であった。正清は子分達に命令し、銃口を向けている正忠の部下に全員、銃口を向けさせていたのだった。


「ま、正清、お前……これは一体何の真似じゃ!?」


「親父……竜之介君が記憶を取り戻して、玉美の為に此処へ駆けつけてくれたんだ。もう、親父の思い通りにはさせない!」


「御大将……どうも話していた約束と違うようだが? これはどういう事か、分かる様、俺に説明してもらおうか?」


 仲間割れをしている二人を見た審査員の一人、前田組の総長――前田和家が鋭い目付きで問う。


「い、いや、これは何かの手違いじゃ……ま、正清! お、お前、このわしの顔に泥を塗るつもりかっ!?」


「――ちょっと待ってくれ。要は俺が『松』を取って優勝すればいいだけの事だろう?」


 その間を割って、白馬から降りた竜之介が頭を掻きながら言い放った。


「……何だと? 貴様正気か? 自分が今言った事が分かっておるのか?」


「当たり前だろ? 俺が優勝した時は、玉美は俺が貰うぜ? 分かったか、じいさん」


「おおっとぉ!? ここでまさかのお父様をすっ飛ばしての『お孫さんを私に下さい」宣言が謎の青年、竜之介戦手の口から飛び出してきたあああっ!」


「怖い物知らずの若造めが、わしをじいさん呼ばわりとは……お前はそれが出来ると言うのじゃな?」


「ああ。出来ない事は口にしない」


 正忠は沈黙したまま、竜之介と暫く睨み合っていたが、自分に対して一歩も引かない竜之介を見ると、どかっと席に腰掛け、口元を愉快そうに歪めた。


「――良かろう。じゃがな、貴様が敗北すれば、わしに大恥をかかせた代償として、その時は……分かっておるじゃろう? その命は無いと思え」


「ああ。依存は無い」


「御大将、その判断は間違っていると思うが……本当に良いのか?」


 和家が確かめる様に正忠に問い質した。


「良いも悪いも……この時点で半分わしの顔は潰されておるわ。それに、こやつも出来ると言っておる。なれば、やって見せて貰うしかなかろう」


「分かった……もともと用意していた加藤組の戦手はうちが抱えているたこ焼専門のスペシャリストだ。後で死ぬほど後悔する事になっても知らんぞ?」


「ふん……死ぬのはどうせ、こやつじゃわい」


「おおおっとお!? ここでまたまた戦手交代のお知らせをします! 何故か加藤組にエントリーされていた戦手が前田組の戦手として再エントリーし直されましたああっ! こんな事態になる事を一体誰が予想出来たのでしょうかっ? 大波乱の幕開けに私、羽須美は非常に興奮しておりますっ!」


 加藤組の代表として出場する予定だった男が竜之介とすれ違い様に目が合った瞬間、苦笑し始めた。


「お前達は馬鹿なのか? わざわざ『松』を手放す事をするなんてな」


 嘲笑う視線で踵を返して竜之介を見た。


「そうかい? 俺はやってみなけりゃ分からないと思うけどねえ?」


 不敵な笑みを見せた竜之介が、懐へ目にも止まらない速さで両手を入れ、次の瞬間その手を男の目の前に翳すと、指の間に挟まれた千枚通しが一糸乱れずに、その鋭い切っ先が男に向いた。


「お前、その構え方……」


 竜之介の動作は男が良く知っている者と被ったのだろうか、一瞬ではあったが、男の顔が曇った。


「一応聞いておいてやる。お前を指南したのは誰だ?」


 男の問い掛けに竜之介は黙ったまま、山本の方へと視線を向けた。男は予想通りの回答を得ると、満足そうな笑みを浮かべた。


「……成程、山本か。ふふふふ。どうりで冷静な俺が少し苛付く筈だ。まぁ、せいぜい俺を楽しませてくれよ」


「ああ、忘れていた。俺は、松本……松本二十呂にとろだ、期待してるぜ? 風間竜之介」


「そっちこそ、後で吠え面をかくんじゃねえぞ?」


「何とも勇まししい事だ。ふふ、ふはははははっ!」


 松本は高笑いをしながら、前田組の戦手控室の方へゆっくりと歩いて行く。竜之介はその背を見つめながら、「やってやろうじゃねえの……!」と眦を上げ、自信に満ちた表情で呟くのであった。


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