■出発!! 〜プロローグ
「ふぁぁああああ」
その日、竜之介はいつもの通り雀の囀る声に叩き起こされ、呑気に目覚める。
「うーん、今日もいい天気だな。平和で大変結構、うんうん!!」
大きく背伸びをしながら、横目で時計を見る。
「ふーん。もうこんな時間かぁ」
「竜之介!! 早く起きなさい!! 今日は棋将武隊の試験日でしょ!! まさか、忘れているんじゃあないでしょうね!?」
下の階から竜之介の母親が大きい声で呼びかけた。
「え……試験? 試験……試験……あ!!」
「う、うわあああああああッ!!」
竜之介は慌てて服に着替え、木製の階段の音を軋ませながら慌てて駆け下りた。
「まずいっ!! 試験に遅れてしまうッ!!」
「おいおい、竜之介何をそんなに焦ってるんだ? どうせ合格なんてしないから、適当に行ってくりゃあいいんだよ……」
呑気そうに竜之介の父親は新聞を読んでいる。
「あなた!! 何もそんな事を今言わなくてもいいでしょ!!」
「だって……なぁ? 俺ら風間一族は今まで誰も棋将武隊の試験に合格した者なんかいないんだぜぇ?」
「しかし、お偉い様もなんとも面倒な法律を作ってくれたもんだねぇ……。いちいち棋将武隊の試験を受けなきゃいけないなんてなぁ」
耳をほじりながらだるそうにふうっと小指に息を吹き付けた。
「しょうがないじゃない、年々チェスの襲撃が激しくなってきてるんだから、棋将武隊としても少しでもレベルの高い人を集めたい訳でしょ?」
「ふん、なら最初っから才能のある一族だけが試験を受けに行きゃあいいんだよ。なんで俺達みたいなセンスも才能もない一族が行かなきゃいけないんだかねぇ……」
「あ、あはははは……」
二人の会話を聞きながら竜之介は苦笑いをした。
「と、とにかく行っていきます!!」
「竜之介、ちょい待ち」
父親に呼び止められる。
「何?」
「試験に受ける時にはなぁ……ありゃ? あれは何処行った?」
父親は何やらごそごそと押入れを探し始める。
「お!! あった!! これだこれ!!」
やがて埃だらけの古びた大きめなケースを引っ張り出し、その蓋を開けた。
「竜之介、試験にはなぁ、こいつが必要なんだよ」
竜之介がその中を見ると、ケースの中にはポケット付きの腰ベルト、真ん中がくり抜かれている平べったい鉄、そして水晶があった。
「んじゃ、説明しながら装着するぜ? まずこれが、腰ベルト。これをこう付けてな、んでこの鉄が鍔って呼ばれてるもんだ。これはこっちのポケットな、んでこれが水晶、これはこっちのポケットに入れてと、あとこのヘッドホンみたいなのが兜な、これは首に掛けろ」
「ほれ、これで完成だ!!」
「うわっ!!」
腰を勢いよく叩かれ、竜之介は気合を入れられた。
「で、この使い方は……?」
竜之介がポケットから鍔を再度取り出し父親に尋ねると、急に表情を曇らせる。
「使い方……ねぇ。俺はその水晶で精霊を召還する時点で駄目だったから、良く分からないんだよなぁ」
頭をぼりぼり掻きながら呑気そうに欠伸をした。
「竜之介、その鍔はお前が使う武器になってね、そして首に掛けている物が装備へと変わるの。棋将武隊ではその3点をまとめて戦具と呼んでいるわ」
「お? おおっ!! 思い出した、そういや母さんは元棋将武隊で薙刀武隊のメンバーだったなっ!!」
「えええっ!! 母さんが!?」
竜之介が驚いた表情で母親を見ると、少し照れくさそうに笑った。
「丁度いい。母さん、手短でいいから竜之介に棋将武隊について説明してやってくれ」
「そうねぇ……」
「棋将武隊は王将が従える特殊武隊で、配下に飛車、角、金、銀、桂、香、歩のクラスで分けられてて、その隊長に君臨しているのは全て女性なのよ」
「なっ!? 全部女の人?」
「ふふふふ。竜之介は知らないだろうけど、十洞の女性は皆力持ちでね。所謂かかあ天下って奴ね。ただ、隊長に自分の力を認めて貰えれば、と成という称号が貰えて、男だけがその隊長のパートナーとになる事が出来るのよ」
「と成かぁ……まぁ、僕には全然縁がないかな。ははは……」
「ま、こんなところかしら。あとは自分の目で行って確かめてきなさい」
「そうだそうだ! 竜之介、気楽に行って来い」
竜之介は両親に促され急ぎ足で玄関に向かったが、ふとある事に気付き足を止めた。
「父さん、ところで風間の一族って今まで全く棋将武隊に縁がないんだよね。それならどうしてこんな戦具が家にあるんだろう?」
「んー? さあてねぇ、そう言われてみればなんでだろうなぁ? 昔から代々引き継いでいるみたいだが、実のところ俺にも良く分からんのだ」
「……そうなんだ」
竜之介は的を得た回答を得られないまま、納得のいかない表情を浮かべて玄関へと向かった。
「竜之介、落ち着いて頑張ってね」
「うん。だけど、期待しないでよ?」
「はいはい、分かったから行っておいで。あと、腹が減っては戦が出来ぬよ。これを食べておきなさい」
母親はそう言って、竜之介におにぎりを手渡した。竜之介はそれを急いで口に運ぶ。
「母さん、ごちそうさま!! それじゃあ……行ってきます!!」
「はい、いってらっしゃい」
「棋将武隊か……。挨拶がてら一度顔を出してみようかしら?」
「……あ、そう言えば棋将武隊って確か今、何かと噂になってたわね」
竜之介がため息交じりの白い息を吐きながら試験場へと足を向けた時、その背後で母親が意味ありげにぼそりと呟いた。
棋将武隊への入隊試験。これが竜之介の人生を大きく変える第一歩となるのであった。