彼が蝉ならば
ぱちりと目が覚めた。
しばらく視線を彷徨わせ、時計を見つける。まだ起きるには早い。
目を閉じ、もう一度眠りにつこうと布団に潜る。しかし、身体が睡眠を欲していないのか、目蓋が勝手に離れた。
私は、諦めて一度だけ大きく伸び、がばりと勢いよく起き上がった。
暖房の温度を上げ、トイレへと向かう。用を済ませ、そのまま洗面所で顔を洗った。
リビングに戻ると、暖房の前に体育座りで陣取り、しばらくぼおっとしていた。どうやらお日様も起きたばかりらしく、まだ外は薄暗かった。
頭はまだ寝ているのに、身体だけが起きた、という感覚だ。ちぐはぐな身体は、まさに、自分自身を表している。
今日は何をしよう。まず、朝は何を食べよう。あ、洗濯物が溜まってる。まずは部屋の掃除から……。
ぼんやり頭の中で話しているうちに、頭と身体は一致していった。
気づけば部屋はお日様でいっぱいだった。
先ほどとは打って変わり、ゆっくりと目を開ける。時計を見やれば10時をすぎていた。
「少し寝す……ふぁ~……寝すぎたな」
あくびで言葉を遮られながらも、伸びをしたり首を回して立ち上がる。
私は、もやもやとした気持ちを払うように、もう一度だけ大きく伸びをした。
ここ最近は仕事が忙しく、帰ってきてはベッドへ倒れこみ、そのまま眠ってしまうことがしばしばあった。
高校を卒業後すぐに就職。今年で3年目になる。決して大きな会社ではないが、給料も悪くないし、環境も良い。一人暮らしにもすっかり慣れ、少しずつだが仕事も任されるようになった。
忙しいなりにも、充実した日々を送っている。……つもりだ。
適度に休みも取れているし、生活をしていく上で問題は何もない。
何もないのはずだがーー
何だか物足りない。はっきりとは分からない。でも、何かが足りない。そんな感じだ。
「やっぱり、疲れ溜まってるのかなー。……よし」
気分転換を兼ねて買い物にでも行こう。そう決めて、私は身支度を始めた。
♢
「ご注文は以上でよろしいですか?」
「はい」
「失礼します」と言って軽く頭を下げると、ウェイトレスは踵を返した。
一連の動作に堅さがみられ、まだ入りたての子なんだなと思うと、なんだか微笑ましくなる。
一通り買い物を終え、昼食をとりそこねていた事に気付き、近くのカフェに入った。
前から気にはなっていたのだが、実際に入ったことはなく、この機会に思い切って入ってみることにしたのだ。
窓の外の道ゆく車をしばらく眺めていると、ゆげを立てたオムライスが運ばれてきた。