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十六夜鏡  作者: stenn
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鏡8

 その私の様子に芹は優しく微笑んで見せる。


「盗りはしませんよ。私は、その鏡に住んでいる精霊です。――代々あなたたちを護ってきました」


「…え?」


 何を言われているのか私には分からなかった。新手の宗教――にしては鏡の事をなぜ知っているのだろうか。変質者にしても然りだが。


 突然現れたその人に『はいそうですか』と信じることは出来なかった。だが、人としての雰囲気とはどこか違うような気もしている。


「信じてなさそうですね。――まぁ、当然と言えば当然ですが」


 彼はゆったりとした動作で晃子が座っていたブランコに腰を掛けた。綺麗だと言っても長身の男性。子供用のブランコ。どこか窮屈そうに見えたが何ら気にも留めていない。


「では、そんな事はさておき。私はあなたの願いを叶えに来ました」


 ふわりと優しい笑顔を浮かべた後で何かを考えるように空を浮かべた。整った横顔はどこか別次元の様に見えた。見惚れるほどに。それに気付いて私は微かに頬を赤らめた。


「願い?」


 少し首を捻って見せ、私は鏡に目を落とした。脳裏を走馬灯の様に過ぎ去っていく何分前の自身が行った光景にジワリと汗が滲み、頬が紅潮する。そういえばあまりに鬱になり過ぎていて『助けて』と言ってみたりした気が。


 私は心の中で悲鳴あげた。


 現実に引き戻されるとつくづく恥ずかしい。さらに人が聞いていたとなると、どこかの穴に入り込みたいぐらいだった。私は思わず弾けるように立ち上がって彼を見下ろしていた。


「み、み、みて――」


 口をパクパクとさせる私に、何をいまさら。と彼はあきれるようにしてため息を吐き出した。


「嫌でも見えますって。私は鏡に住んでるんですから」


 黒い双眸に私が映り込むのが分かった。


「――つ?」


「だから助けに来たんですよ――貴方が……幸せになれるように」


 一瞬だけ、心臓が跳ねたのが分かった。どうしてかすべてを見透かされる気がしたのだ。まっすぐ私に向けられたその黒い双眸に。言いようのない不安と怒り。すべてを見透かされてしまえばここに立っていられないようなそんな気がして私は口許を固く結んだ。自分の心を護るかのように。


「何を言ってんのか――分からない」


 私は思わず彼から目を反らしていた。


「……そうですか。私には分かりますけど」


 そう言うと彼は何かに気付く様にして視線を公園の入り口に向ける。それにつられるようにして私も入口に目を向けると、一つの影が慌てたように入ってきていた。一目散に私に向かってくる影。それは弾けるように勢いよく私に抱き付いた。鈍い衝撃に、思わずバランスを崩しそうになったが足に力を込め何とか持ちこたえた。


「千里っ――!」


 甲高い声が私の耳元で響いた。


「――万里(ばんり)?」


 そこには小柄な少女が立っていた。私と双子の万里。一卵性双生児と言われているがどう見ても二卵性でその容姿は私とかけ離れとても美人だった。


 なぜ私の周りにはこんなに美女が多いのだろうとコンプレックスに陥るほど妹も晃子と共に世間では『美少女』だった。晃子の様に大和撫子と言われるような美しさではないがはきはきとした明るいひまわりの様な少女だ。かわいくて誰でも護ってやりたくなる。


 万里は目に涙をいっぱい溜め込んでいた。よほど私の事を心配したのだろう。少し申し訳なく思った。


「晃子ちゃんと喧嘩したって聞いて――帰ってこないし。心配したんだよ」


 私は軽く笑顔を浮かべた。安心させるように頭を撫でる。それが気に入らないようで頬を膨らませているがそれがとてもかわいく見えた。万里はどこか子供っぽいのだ。


「大丈夫だよ。もう帰ろうとしてた所だから。――あのっ?」


 私が見据えたブランコにはもう誰も居なかった。微かに揺れては居たものの気配などはもうない。私は誰もいないブランコを茫然と見つめる。


 確かにいたのだけれど。


「――え?」


「どうしたの?」


 万里が顔をブランコに向け、眉を潜めた。当然なにも無い。


 ――言うべきだろうか。と考えて私は口を噤むことにした。どうせ爆笑の餌食だ。そういう現実的な妹だ。それに――と私は考える。話すと言う事はいろいろなことを関連して言わなければならないだろう。晃子の事も、私の事も。言いたくなど無かった。


「なんでも。帰ろうか? パパ帰ってきてた?」


 夢だったのだろうか。と私は息を付いた。その方がしっくりするのだけれど。


 苦笑を浮かべる。


「うん。怒られるね。あれは。千里が悪いんだし。仕方ないよね」


「え? 今何時?」


 その返答に私は顔を青くして万里を連れて走っていたのだが、一つ忘れていたことを思い出して息を飲んだ。




 現代社会の課題――どうやら徹夜になりそうだ。私は泣いてしまうほどの酷い一日に頭を項垂れた。



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