鏡4
「へぇ」
ジワリとなんだか黒いものが心の奥から上がってくるようで私は喉を鳴らしていた。悲しいのか苦しいのか怒っているのか――よく分からない負の感情を押し込めるように私は眉を寄せた。心臓がけいれんするように脈を打っているのが分かる。ジワリと額に汗が滲むのが分かった。
それを隠すようにして笑顔を浮かべたままの私だったけれど、晃子にはどう見えているのだろうか。
晃子の表情は固まったまま動いていないように見えた。それこそ人形の様に。
「付き合っているの?」
別に頭の中で終わった感情なんてどうでもよかった。そんなものずっと持っているほど私はたぶん一途でもないから。あの少年が誰と付き合おうが私には一つだって関係ないし祝福だってできる。けれど何だろう。この疎外感は。私は殆ど逃げるようにしてに二人から目を反らしていた。
「え? あ――違うのよ。そこで偶然にあって」
苦しい弁解だと思った。心配してくれるのは分かる。けれどそんな事を言って欲しい訳ではないと思った。どうしてなのか何を言って欲しいのか、私にもよく分からない。
なんだか悔しくて微かに口許を噛んだ。
「ひでっ。なんだよ。それ! 俺たち付き合うって――」
『だまって』という鋭さを含ませた声を聞きながら、私は彼女らを無視するようにして本を拾い集めた。先ほどよりもそれが重く感じるのは気のせいだろうか。
どうしてか、自身が酷く情けなくて惨めに思えた。なんだか泣きそうだ。だけれどそんな所ここでは見せたくなかった。――心配させたくないのもある。だけどよれよりも何かに負けてしまう気がしたのだ。その何かは分からないけれど、負けたくなど無かった。
私は顔を上げて見せる。
「いいよ。大丈夫。――ごめんね。邪魔して……一之宮。晃子はとてもいい子だよ? 泣かせないで」
軽く笑いかけると彼は少し照れたように『おう』とだけ返した。悪い人ではないことは知っている。彼は晃子を傷つけたりしないだろう。
ただ晃子は不安そうに私を見ていたけれど。
なんだかひどく疲れていた。頭痛がする様な気がして私は米神を少し抑えていた。それはほとんど無意識のうちに。
「千里」
心配するように晃子は言う。
「大丈夫だって。ほんと。驚いただけだから。大丈夫」
ほとんどそれは自分に言い聞かせていたのかもしれない。
自分でも分かる。どこか歪にニコリと微笑むと私は大荷物を持ちながら踵を返していた。彼女たちを見ないようにして歩き出していた。