春の日差し6
「――千里」
彼女は半眼で見据える。なぜか突然笑い出した私に些か怒っているようだ。
「ごめん。でもかわいかったし」
私は芹からハンカチを貰うとブラウスや足に付いている汚れを丁寧にふき取った。彼女は少しだけ驚いたような表情を浮かべたか、黙って大沢さんがいたところに座り込んだ。
「まぁ、そう言ってもらえるのは悪い気はしません。ーー瑠璃様を褒められているようで嬉しいですしーーそれに女性の特権ですので」
ため息交じりに言う。
「……ごめん」
すっかり瑠璃の姿が板に付いているので忘れていたことだったが、芹は『男性』だった。最近はこちらが本物のようにさえ思えきたところだ。
しかしながら、私としては青年姿が少し苦手なので少女の方が安心するのだが。
とにかく瑠璃本人が知ったらどう思うだろう。怒りだしそうな予感もする。もう会えないのだろうけど。消えてしまったと芹に聞いた。
私は苦笑を浮かべる私に彼は困ったような顔を返した。
「まったく。忘れていたでしょう? ――まあ、仕方ないですが」
「あははは」
少女は整った横顔を空に向けた。柔らかな日差し。眩しそうに眼を細める。
「でも、嬉しい。この姿でも、なんでも。こうして再び空を見ながらあなたと笑えるのはとても嬉しいですよ。もう二度と会わないと思ってましたし」
会えないではなく。『会わない』だ。でもここに居てくれる。それがとても私には嬉しかった。
「うん」
「あなたの力になれることは何よりも幸せですよ――千里」
大したことはできないけれど。彼女は付け加えて笑った。とても鮮やかでまぶしい。
私は心の中で『幸せ』と転がした。何度聞いても疑問は尽きない。これが芹にとっての最善なのだろうか。無理やり封印をしてしまったけれど。彼は本当に幸せなのだろうか。私は『封印』でこの人を縛っているだけではないのだろうか。
そう思うのだ。
「――芹は幸せなの?」
何度聞いたのだろう。
「ええ。私はあなたがそう望んでくれる限り幸せです」
なんだかくすぐったい言葉をごまかすように私は肩を竦めた。
「いつか、壊れるかも知れないよ? 不幸を望むかもね」
「望みませんよ」
ぴしゃりと言った。自信があるように。けれど人の心なんてすぐ流れる。私もまた分かりはしない。芹に言った言葉はある意味、自分自身に向けた言葉だった。彼がいつそれを望んでもいいように。
芹は私の頬に手を延ばして指で汚れ――苺ミルクを拭った。まっすぐ見つめる瞳に少しだけ頬が上気するのが分かる。
「あなたは望みません」
それはどこか呪文の様に私に言い聞かせる様だった。否と言う言葉は許されないという様に。
「……分かった。」
柔らかく微笑んで手を離す芹に私は息を付いた。
「私も望みませんよ。――だってあなた以上のいい女いないもの」
十代。絶世の美少女。人から見たら頭のねじが一本飛んだのだろうかと思われるかもしれない。あるいは嘆かれるかもしれない。とにかく不思議な光景だろう。分かってはいても私もまた茫然とそう思った。




