春の日差し5
温かな日差しの中で私は大きく伸びをした。見上げれば雲一つない快晴の空。ごくたまに飛行機が低い音を立てて流れていく。温かくて心地よい空気は眠気を誘う。私はそれを振り払う様に軽く伸びをした。
いつもの屋上。ここは何一つ変わらない。誰一人いなくて静まり返っている所も。私は手元に置いていた小説をパラパラとめくろうとした時、足音が耳に響いて顔を上げた。
「中藤さん。そこ、いい?」
どこか快活そうに見える少女が立っていた。高い位置で纏められているポニーテールがさらさらと風に靡く。
「――あ。沢木さん」
私は笑顔を浮かべて座っていた位置を変えた。軽く少女は笑うと、ストンと腰を下ろし持っていたお弁当をせっせと開いていた。
あの一件以来彼女は私を何かと気にかけてくれる。いろいろなことも話したし、晃子と連れ立って遊びに行ったりもした。少しだけ気恥ずかしいがこの学校で初めての友達と言うものだ。そうなったのは私も、彼女も開き直った所為もある。ただそれ以上に皆が私に興味を無くしたと言う方が早いのかも知れない。
ある意味、不名誉な噂だけれど。私微かに苦笑を浮かべた。
「あれ? 芹ちゃんは。珍しいね。学校の中でも見なかったし。休み?」
お弁当を端で突きながら私を見る。今日もおいしそうなお弁当だ。『たべる?』と差し出されたので私はウインナーを一つつまんだ。
美味しい。思わず頬が綻んでしまう。
「さぁ。分からないよ。見てないし」
ウインナーを咀嚼し飲み込んだ後で、私は置いてあった苺ミルクに手を延ばした。柔らかく甘い感覚が喉を滑るようにして落ちていく。
「あんなに華奢でかわいいんだからそれは風邪もひくよね。薄倖の美少女って感じだもん」
「う、うん」
そう信じている沢木さんに私は何も言い返せなかった。中身二十代半ば青年――年齢はもう不明だが――で、女子高うろうろしているなんてとても言えない。
「――でもいいなぁ。彼女って。私は女の子に興味無いけど。誰かがいるって――私も。って、私は偏見とか無いから。何一つ。ただ興味があるだけだから」
「う、うん」
理解があってとてもいい娘なのだけど。なんだかすごく複雑だ。私は微かに顔を引き攣らせた。
――とにかくそんな噂もあってファンクラブは解消。私の興味も薄れて来たこの頃。やっと静かな学校生活が遅れているが、今度は違う意味で避けられていたりする。
「千里っ!! 見つけた」
突然だった。後ろから背中に衝撃が落ちて私は持っていた苺ミルクの紙容器を思わず握りつぶしていた。飛び散るピンク色の液体は私の顔に見事に襲い掛かる。
「……あ。芹ちゃん?」
ゆっくりと頬から顎にかけて滴は伝わり地に落ちた。
凍り付いた空間にその音だけが響くような気さえする。
「あ」
ゆっくり顔を上げるとそこには見慣れた美少女が立っていた。『やってしまった』と言うような顔を浮かべて。整った顔は困り果て思わず大沢さんを見るが、彼女は慌てるようにしてお弁当を片付ける。
まだ食べている途中だったのだけれど、何かよからぬ雰囲気を感じ取ったのだろう。
「と、とにかくハンカチおいていくから。ふ、二人で話し合ってね」
早口で言うと、ハンカチを芹の手に押し付ける。彼女は逃げるように離れて行ってしまった。その顔を微かにひきつらせながら。引き留めることもできなくて息を付く。
沈黙。それを破る様に声を上げたのは芹だ。
「――ええと? ごめん?」
桜色の双眸が汚れた衣服を拭きながら私の顔を覗き込む。少しだけ脅えたようにして。どこかそれが可愛らしい小動物の様に見えて私は思わず吹き出していた。怒りなんてどこ吹く風だ。




