春の日差し3
「というか、私が凪に殺されるし」
「原則あの子は私自身ですのでお構いなく。今は少し眠ってもらってます。いろいろうるさいし」
彼は息を付いて軽く頭を抱えて見せた。
「え? そうなの?」
よく分からないけれど。彼はそれ以上話す気など無いらしい。
「別にもう、いいです。――で、千里様。私はあなたに何のお礼をすればいいですか? 本当の所それを言いたくてほんとはここで待ってました」
「お礼?」
私は訝しげに彼を見た。そんな事をされる覚えはない。
「私は何も」
断り切れないと彼の目を見て思った。譲らない光がそこにある。ぐっと言葉を飲み込むしかなかった。
「いいんですよ。私がそうしたいだけだから。さ、とっとと。願いを言ってみてください。できることは何でもしますよ? 鏡は消えても私の力はありますので」
――願い。私は呟いていた。鏡の願いの事だろうか。それは、とっくに叶えてもらっていたと考えていたけれど。どうやらそうではなかったようだ。願い。考えて頭を巡らすけれど何も出てこない。したい事はこれからたくさんある。欲しいものも出てくるだろう。けれどそれと願いはどこか違う気がした。もっと純粋な物の気がしたのだ。欲を言ってしまえばどこか穢れる気がして。芹自身がけがれてしまう気がして。
そう考えていると頭の中ふと、思いついたことがある。今はそれが一番いいような気がした。
私は軽く芹の胸に拳を置く。にっこりと笑いかけると彼はたじろぐように私を見た。
「なら、私は芹が幸せになってくれればいい――それだけでいいよ。それが私は嬉しいから」
少し格好を付け過ぎなのかも知れないけれど。孤独にもならないように。ずっと幸せであってくれればいい。
掌から微かな温もりが伝わって来る。彼がそこにいる事がとても幸せたった。
「それが私の願い――きっと後はどうにでもなるって……どうしたの? 聞いてる?」
覗き込むと芹は慌てて目を反らした。どうしてか頬が赤い。それを隠すようにして口許を手で押さえているが隠しきれていなかった。
よく分からなくて私は小首を傾げる。
「――あなたは、自分が何を言っているのか本当に自覚ありますか? それがどういう勘違いをもたらすとか、考えたことが?」
微かに声が上擦っていた。
「何が?」
勘違い。どう言う事だろうか。何のを言ったのだろう。彼は言いよどみながら続ける。
「お――わ、私にはあなたが私の事を『好きだ』と言っているように聞こえるんですが」
「……え?」
沈黙。理解できずに宙を二、三回転した後で私はすべてを理解した。頬が雪を解かすぐらいに赤くなっているのが分かる。鼓動が強く脈うっているのが分かる。
「え、や、あの。ごめん。そんなつもりでは――」
分かっていた。だから。気づかない振りを自分で通してきたのに。こんな気持ちはきっと迷惑だ。私の幸福は誰かの不幸。それは芹にとって不幸なのかもしれない。それに単に彼にとって迷惑な想いなだけだろう。ぐっと私は奥歯を『大丈夫』と心の中言い聞かす。何も溢れてこないように。抑え込む様に蓋をする。それはとても脆いもので簡単に壊れると知っていたけれど。
「何もかも。そう聞こえました」




