春の日差し
芹の喋り方は力のある時と無い時で変えているのです。
封印前--瑠璃が生きていた時は四章の喋り方でした。
携帯にメールが着信する音で私は目を覚ました。なぜか身体痛む。ゆっくりとそれをいたわる様にして身を起こすと私は辺りを見回した。
「――どこ? ここ?」
未だぼんやりとした頭を抱えながら小さく呟く。
埃っぽいところだった。小さな薄暗い部屋。私が身を捩るたびにギシギシと床が鳴った。カタカタと風に晒されている観音扉は揺れ隙間から入り込む冷気に私の身体は芯から冷え込んでいくような気さえした。かじかむ手を延ばし引っかかるようなそれを押すと、『白』の世界が私の流の前に飛び込んでくる。すべてを消し去るかのように雪が積もっていたのだ。
古びて黒ずんでいる賽銭箱に目を向けて私はようやく思い出していた。ここは神社だ。あの神社。どうやら私は気を失ってしまったらしい。賽銭箱の横で滑る様にゆっくりと腰を落とす。
誰もいない。息を潜めている者も何もなかった。ただ静かに雪がまして降り続いている。私はそれをぼんやりと見ていた。
一体何があれからあったのだろうか。どうして気を失ってしまったのかも分からない。脳裏に過るのは先ほどまでそこにいたはずの少女たちの顔。そして――芹の顔だった。私は両手を固く結び視線を地面に落とす。無事なのだろうか。大丈夫なのだろうか。もしかして――自分が生きていると言う事はそう言う事なのだろうか。封印に失敗して――首を真綿で絞められるような息苦しさに私は口許を結んだ。
もう、誰もいないのだろうか。
「――芹」
ポツリ落ちるようにつぶやく声は白い息とともに空気に溶けて行った。答えるはずなどない。そう思っていたけれど。
――だか。
「はい?」
あっさりと辺りに響く声に私は茫然と目を向けた。
そこには青年が不思議そうな表情で壁にもたれ掛っていた。漆黒の双眸は私を見つめている。ずっと外にいたのだろうか。寒くはなさそうだったがその顔は些か白いように見えた。――いや。もとからなのかも知れないけれど。
「え? どう……何で?」
私の震える声を無視するようにして彼は私の隣に腰を掛けた。ふわりと黒い髪が舞う。どうしてだろう。雰囲気が以前に戻っている気がする。それはどこか優しくて儚げな雰囲気のように思えた。
彼は少し息を付いて苦笑を浮かべて見せた。
「簡単な話で――千里様自体が本当の封印式だったらしいですよ。瑠璃様は食えないですねぇ。あいも変わらず怖いくらいに。私は頭が上がりませんよ。しかし、ま。一時的にとは言え、私の力が流れ込んだので卒倒するのは無理有りませんね。あ、ご心配なく。今度の『力』は身体に留まるのではなく一族の血を媒体として――」
『聞いてます?』覗き込まれる両眼に私は我に返った。ドクンと反応する心臓を無理やり抑え込むとにこりと微笑む。思わず思考が可笑しな方向に行きかけるのはきっと気を失う前に行ってしまった自分の行動ゆえだろう。嬉しくて。彼がここに居ることがとても嬉しくて泣き出したいと――抱き付きたいと思うのも。
私は立ち上がると冷たい空気を大きく吸い込んだ。すべての熱を冷ますようにしてそれを吐き出す。
「あ、うん。よかったと思って。嬉しい。――けれど芹はよかった? これで。幸せになれる?」
『なれない』凪はそう言っていた気がするけれど。死んで欲しくなくて、思わず助けてしまった。もしかしなくても酷い人間なのかもしれない。私は思わず視線を落とす。
――これでよかったのだろうか。分からない。
不安で微かに双眸が揺れるのが分かった。
「千里様」
「ん?」
芹もまた立ち上がって私を見据えた。やはり怒っている気がする。やはり助けたのはまずかったのだろうか。『ごめん』そう言おうとしたのだが彼はその前に薄い口を開いていた。
「あなたは本当の馬鹿なので?」
呆れたように吐き出す息は白く濁り消えていく。
「……ば?」




