願い10
もう少しです。頑張りましょう(^_-)-☆
「行くの?」
瑠璃の言葉。芹は私に目を向けた。
「じゃあな。あんたも――二度と会う事は無いだろうな」
「え? ――あ、うん」
それしか言う事が出来なかった。何を言えと言うのだろうか。私は殆ど無意識のうちにブレスレットに触れて彼に笑いかけた。冷たい感触が指差に触れる。それは芹が私に向ける眼とよく似ているような気がした。
ただ、『馬鹿ね』と呆れたように瑠璃が呟いたのは誰に向けてだったのか。
「ま、でも。そうはいかないわ――凪。あなたも封印されたくないのならそこをどきなさい?」
滑るようにして瑠璃か宙に指を向けた刹那――瑠璃を中心にするようにして風が吹いた。それは雪を舞い上がらせ小石を飛ばす。頬に掠めた小さな石は血を滲ませていった。
「――え?」
痛い。そう思うよりも早く自らの意思に反して心臓が脈打った。聞き覚えの無い不安定なリズムで脈打ちとてつもなく私を不快にさせる。風に紛れるようにして耳に届くのは何かが滑るような音だ。ざわつくようなその音に恐る恐る視線を身体に添わせると虫のような影が私に這いずっていた。私の身体からにじみ出てくるようなそれは地面にぼたぼたと鈍い音を立てて落ちていく。
その先もなにかあるようだったが。
「ひっ! ――やっ!」
本能的な嫌悪感と恐怖に私は声にならない悲鳴を上げて腰を落とした。足に力が入らない。影を振りほどく様にして狂ったように手を動かすが触れている実体感はどこにも無かった。身体の這う音だけが不気味に響きいている。気づけはカタカタと全身が震えているのが分かった。息が浅く、荒くなる。そうしなければ息がつまりそうだったからだ。
怖い。
「や――!」
怖い――見たくなくて私は目を閉じていた。耳を塞ぐようにして手を押さえていた。けれど身体を這う『それ』の音は消えない。恐怖だけがすべてを支配していく。
気が狂いそうだ。
けれど。
「やめなよっ!」
すべてを断ち切る様に凛と耳に響く様に声が聞こえた。何もかも、その声が私を現実へと引き戻した気がする。強い力で引っ張り上げるようにして。
「え?」
同時だったろうか――ふわりと私の背には温かいものが触れる。ドクンとドクンと規則的に鳴る心臓の音は次第に私のすべてを落ち着かせていくようだった。まるでその音が『大丈夫』とでも言っているかのようで、私の心臓もゆっくりとその歩調に合わせていく。
顔を上げると芹の整った横顔がそこにあった。サラサラと落ちる漆黒の髪が私の頬に流れている。肩に回された腕は力強くとても温かく思えた。
芹はこちらなど見ていなかったが、私は安心するように小さく息を付いた。まだ、あの芹はこの人の中に居るのだと、別人ではないのだと。それがとても嬉しい。泣きそうなほど嬉しかった。
いつの間に風は止んでいたのだろうか。雪が舞う静寂が支配を強めていた。
「やめてよ――瑠璃」
凪の何にも紛れることなく声が刺すようにして響く。瑠璃の前に立った彼女は睨む様に見つめていた。
「なに? これ」
私は思わず小さく呟いていた。
よく見ると私から落ち切ったらしい『影』はすべて瑠璃の足元に向かっている。地面に蜘蛛の巣のような図形を描きながら。それは辺り一面に気付けば描かれていた。
「邪魔よ? ――凪。もう逃げられないの分かっているでしょ? ここから出られもしないことも」
ゆったりとした動作で瑠璃は私――いや芹に目を向けた後で地面の影を撫でた。触れると水の様にそれは揺らぐ。ただそれはすぐに元に戻ったけれど。




