願い9
「自信過剰なんだよ。相変わらず。あんたは――けど、俺も今回はパス」
形の良い唇から落とされる言葉。それに彼女はある程度予想していたかのように驚きもせず肩を竦めて見せた。
「ええ――でしょうね。それは千里の命を使わないとできないし」
サラリと何でもないようなことの様に発せられる言葉に、私は茫然とした表情で瑠璃を見つめた。何を言っているのかよく分からない。命を使うとは何なのだろうか。というよりそのまま話が進めば何一つ私に説明もされないまま施行された気がする。
当の瑠璃はニコニコ笑顔を何の含みも無く浮かべていたが、私はそれに半眼で返した。
「ええと。あの? ――どういうこと? 瑠璃」
小首を傾げて見せる。
「ごめん。説明しようと思ったんだけどねぇ――鏡と共にあるべきものは封印の術式をその血に長い時間かけて埋め込むの――ついでに手放すと長い時間をかけて消えるんだけど。とにかく私が『こんなの』だからいざというとき使うために、そうせてもらったのよ」
謝っているとは思えない笑顔だ。そして何一つ意味が分からない。私は考えるようにして頭を押さえた。
「もしかしてそれが発動すれば命は削れる――という事でいい?」
何一つとしてよくないけれど。命を削る。寿命が縮むという事だろうか。
もしくは――その考えに寒気が走った気がした。
「死ぬかもな――あんただって俺の為に死ぬのは嫌だろ? ついでに言えば俺ももう二度とごめんだね」
漆黒の双眸が初めてまっすぐに私を見た気がした。なぜだかそれはどこかとても悲しそうな色を映し出しているように見える。思わず手を差し伸べたいほどに。だけれど差し伸べるには驚くほどに遠い気がした。ぼんやりと映る青年の横には凪がいる。それがとてもうらやまし――そこで私は考えを切った。前に考えたことといい、どうしてそんな事を思うのかよく分からなかったのだ。
芹はすぐ目を反らして瑠璃を見た。
「――孤独はまた狂わせるわよ?」
「凪がいるからな。かまわないさ――間違ったりしない。まあ、そんな事より一つだけいいことを教えてやるよ、瑠璃」
芹は肩を竦めてニコリと微笑んで見せた。
「……何かしら?」
「俺はな。こんな事なんて望んで無かった」
そのにこやかな表情とは裏腹にまるでどこか責めたてる様な言葉だった。しかしながら見据えた桜色の双眸が揺らぐことはない。なんにでも揺らぐことない決意がそこにあるようだった。
静かに雪の舞う境内に沈黙だけが落ちる。
『知ってたわよ』沈黙を破るのはまるで空気に溶けてしまうかのような小さな呟きだった。その後で確認するかのように言葉をはっきりと瑠璃は紡ぐ。
「知ってたわよ? 知らない筈なんて無いじゃない。あんな分かりやすい行動。でもだからなんだって言うの? 私は私の願いを叶えるためにここに居る」
『願い』と私は独り呟いて瑠璃のそれを思い出していた。彼女の願い。それは確か『芹が生きて幸せになること』だったように思う。封印することで彼は『幸せ』になるのだろうか。少なくとも封印されていた時の彼はどこか幸せそうに見えていたのだが。
もし、そうなら――私は掌を見つめた。
ぴしゃりと言う瑠璃に芹は面白そうに喉を鳴らしている。
「残酷な奴だな。思念だけだと言うのに――変わらない。そういうところだけは」
「そうね。変わるはずも無いわ。私は私だもの……あなたもね」
彼は答えずゆっくりとした動きで踵を返した。その大きな手で凪の背を押すと彼女の軽い身体は簡単に向きを変えた。少しだけバランスを崩しかかった彼女の身体を芹は支える。




